表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

424/567

423, 量子艦アリスその八。この連結ハッシュには、再現性のある決定論的性質が見られるわ。したがって、これは偶然ではなく……構造的衝突。そういう判断になるでしょう……ね。

「さて、共振点を探るわよ。……なんてね。すでに推論駆逐艦が調査済みだったわ。もう……これじゃ量子アリスの立場がないじゃない!」


 量子アリスは腕を組み、少し不満げな表情を浮かべた。たしかに、ここまでは量子の出番などなく、ただ推論駆逐艦の報告に目を通すばかり。……、このまま推論が動き出せば、それが観測結果として確定してしまう。量子アリスは、ほんのわずかに眉をひそめた。


「まあでも、量子の出番すら必要ないと、前向きに解釈しましょう。それにしても……これは、合成ハッシュ以前の問題だったとはね。」


 量子アリスの視線が報告書に落ちる。


「このハッシュ、アークチェインのほぼすべての心臓部で採用されているはずよ。トランザクション、アドレス、ハッシュ木、採掘、ステーキング、証明、ノード検証……どこを見ても『このハッシュ』がいる。全部と言っても、過言ではないわ。」


 量子アリスは、わずかに首を横に振った。


「『このハッシュ』には連結脆弱性が存在していた。そこから発生する連結ハッシュ。どうやら、このハッシュに暗号論的な役割を与えた当時、脆弱性そのものの評価がなかったみたいね。つまり、『暗号として使われているから安全』という思い込み。ああそうね、アドレスや証明に使う合成ハッシュなんて、それすら想定されていなかったわ。」


 その指先が、皿の上の甘いものをすべって落とす。


「……。」

「も、申し訳ございません、量子アリス様! すぐに補充を……!」


 従者が慌てて新しい甘いものを差し出す。量子アリスは静かにうなずく。


「あら。あなたは、本当によく心得ているわ。それでは、これを……『連結バースデー攻撃』と名付けましょう。」


 ここで声の調子が変わる。艦隊を率いる者としての、静かな宣言。


「この連結ハッシュには、再現性のある決定論的性質が見られるわ。したがって、これは偶然ではなく……構造的衝突。そういう判断になるでしょう……ね。」


 淡々と、だが確信をもって。


「つまりこれは、『一度見つかれば、何度でも同じ出力が得られる構造』を持ってしまったということ。つまり、悪用が可能なの。そこが、偶然による確率的衝突とは決定的に違う。確率的なら段階的な使用停止で済むけれど、構造的なら……『即時中止』が妥当。」


 そこへ、ひと欠片の甘いものが、量子アリスの口に運ばれた。


「非常に演算効率がいい連結ハッシュ。そして、そこに潜んでいた怪しげな共振点。とはいえ、このような連結ハッシュは、連結脆弱性が存在しなければ成立しないものだったわ。」


 量子アリスの声は静かに、しかし鋭さを増す。


「なぜって? 連結脆弱性がなければ、連結のたびに演算量は指数的に膨れ上がる。ところが、この脆弱性構造だと演算量は常に一定。まるで魔法みたいに滑らかに、何度でも連結できてしまう……。ねえ、そんな都合の良さ、誰か疑問に思わなかったのかしら?」


 ふっと微笑んで、言い切った。


「そんな『ありがたい性質』があるってことは……つまり、それ自体が脆弱性だったってことね。特に、この時代を謳歌する『推論』にとっては、格好の獲物。そもそも、このハッシュに暗号論的な役割が与えられた当時、推論がハッシュや暗号の脆弱性を荒らしまわる時代が来るなんて、誰も考えていなかったはずよ。そんな時代遅れの安全評価を、まるでそのまま今の基準に置き換えるなんて……ほんと、信じられないわね。当時は通用していたことが、今も通用すると、本気で思っているの? それって、『過去の安全』を盾に『未来の脆弱性』を正当化してるようなものよ。」


 ここで、量子アリスのトーンが変わる。冷たい結論の時。


「ちなみに、このハッシュの次世代からは、この連結脆弱性が取り除かれているわ。そう、わかるでしょう? 強く意識して取り除いた。つまり、『やばい』と認識されたからよ。」


 そして、量子アリスは結論を下す。


「連結ハッシュに潜んでいた怪しげな共振点。そこから発展する……連結バースデー攻撃。これは、演算効率が最高。しかも、この連結脆弱性を持つ『このハッシュ』にしか使えない特異な手法。最新鋭の推論駆逐艦にとっては、まさにごちそう。そして、共振点の学習。それを虹色のアタック情報に変えて……このハッシュがアークチェインに使われている限り、永続的なピンポイント攻撃が可能になるわ。さらには……すべて決定論的で、保存がきく。つまり、一度でも演算されたら、ずっと使えるの。……それは、大きな脅威。けれど……、量子アリス的には、むしろ有利かしら?」


 そう言い放つと同時に、量子アリスは満足げに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ