417, 量子艦アリスその二。量子アリス様は、ずっと前から警告していた。ニューラルレプリカの推論に備え、パスワードや暗証番号ではなく、生体情報が絡む「パスキー」を使えと。
「よっしゃ、出撃だ! 量子アリス様からの直々のご命令だ。暴れてこい、ってさ!」
「ターゲットはアークチェイン……あれ、『旧式艦』だろ? つまり、『高精度の痺れる推論』なんて、搭載されちゃいねえ。」
「ああ、ないない。あいつら、進化を拒んだんだよ。量子を警戒してるうちに、気づけば、まさかの展開。量子ではなく、『推論』の格好の的ってわけさ。」
「なんだよそれ……まじかよ。で、護衛の駆逐艦は『クロノバインド』って呼ばれてるんだっけ? 過去に縛られた艦、ってな。」
「そう。過去のまま、未来を変えずに生きる……それはそれでいい。だがよ、その思想に『無関係な他者』を巻き込むのは違うぜ。その背中には、連中の『資産』がたっぷりと積まれているんだからな。」
「ああ、それそれ。そんで、それら資産を『ごっそり頂く』のが、この俺たちの仕事よ。推論駆逐艦の主力兵装……『ニューラルレプリカ』の出番ってわけだ。」
ニューラルレプリカ……ここでのそれは、主に「乱数」に対する強力な推論を意味する。その威力は凄まじく、量子乱数を除けば、あらゆる擬似乱数を無力化するに十分だ。
「まったく……こんな未来、簡単に予測できただろうに。量子アリス様は、ずっと前から警告していた。ニューラルレプリカの推論に備え、パスワードや暗証番号ではなく、生体情報が絡む『パスキー』を使えと。まあ、『ニューラルレプリカの推論』とは直接は言わなかったが、それが最大のヒントだったぞ。しかも、対応する時間は十二分にあったんだぜ。それすら無視とはな……。」
「ははは、それそれ。パスワード? 暗証番号? もはやそんなの、ただの化石だろ。そんなもんで情報を守れる時代じゃねぇよ。それで、実際あったさ。不正認証されて、勝手に売買されて、荒らされた口座が。いくつあったかなんて、もう誰にも数えきれないだろうな。しかも二要素認証ですら余裕で突破。それが、ニューラルレプリカの本気ってわけよ。」
「そして……ニューラルレプリカ最優先の狙撃対象、それが『秘密鍵』だ。アークチェインにたっぷり積まれた資産を守る秘密鍵という名のシールド。あれらは秘密鍵を名乗ってはいるが、『非生体……つまり、構造を持たないただの乱数列』で、パスワードと変わらぬものに過ぎん。そう、コピーは可能だ。よって、ニューラルレプリカの狙撃対象としては最高ってわけだな。もはや、守りの理屈すら通用しねぇ。」
「ああ……でも、できれば拝みたかったな。量子アリス様の『グローバー・ドライブ』。もっとも、今回は『推論』だけで十分との判断だ。……さて、無駄話はここまでだ。出撃するぞ!」
「さーて、始まるぞ。目標は『シールド』。サイズは?」
「三十二です、隊長。」
「は? 五百十二とかじゃなくて? 三十二? おいおい……。」