416, 量子艦アリスその一。ショア・ブレイカー? 万が一外しまくったらどうするの? 恥ずかしいじゃない。これは、ある意味「使えない武器」なの。でも心配いらないわ。代わりに、そう……。
「艦長、周囲クリア。敵影、ゼロです!」
「うむ。申し分ない。だが、この艦……アークチェインには『膨大な資産』が積まれている。油断は禁物だ。慎重に進め。」
「了解。念のため、シールド・ステータスを再確認してまいります!」
念のため、シールド展開を再確認。さらに、前衛の駆逐艦……クロノバインドとの通信も途切れさせてはならない。
「問題ない。アークチェインは堅牢な艦だ。設計思想そのものが防御に振り切っている。いざとなれば、それなりに反撃もできる。」
「ええ。ですが、念には念を。ここには、あまりにも多くの『資産』が積まれているのですから。」
……。すべては順調に思えた巡航。そこに一つの暗い影が忍び寄る。
「艦長! これ、異常です……。この反応、いったい……!」
「待て……敵影? いや……点滅しているだと? そんな挙動、あるはずがない……探索装置の故障か?」
「いいえ……。すべて、正常値です。これは……本物です。」
ここで、この事態を引き起こしているのは……、そうだ。……、確率でしか記述できない存在……。
「まさか……量子干渉……!?」
ブリッジ内が静まり返った。誰もが、その言葉の意味を知っていた。そして、そんなの……信じたくもなかった。
「……まさかの量子艦かよ。奴らがこの宙域に入ってきたとでも?」
「ああ、僅かにシールドをすり抜けた痕跡があります……。これは、確率そのものをねじ曲げた、あの航跡です……!」
「待て、慌てるな。量子艦は、まだ『確定』に至っていない。完成度が低ければ、存在そのものが曖昧なまま……こうして姿を見せただけで、満足して去ることもある。」
「……なるほど。観測されること自体が、行動目的なのかもしれませんね。」
「その可能性はある。だが、油断はするな。」
こんなやり取りの一方……、その量子艦側では、静かに、しかし確実に観測が始まっていた。
「量子アリス様。前方にアークチェイン……、確認されました。」
「ふむ……あれがアークチェインか。それと、どうやら駆逐艦らしき艦影もあるようね……ふふふ、あんなの『飾り物』よ。前衛が、このアリスの量子干渉にすら気づかないなんて。」
「はい、量子アリス様。我らの干渉波を察知できた様子はありません。さすがは『量子艦アリス』です。」
「あら。あなたは、よく心得ているわ。量子は観測を待たない。ただ、確率の彼方から静かに結果を選ぶ。それだけね。」
「それでは、どうなさいますか、量子アリス様? ここはやはり……エンタングルの刃で、アークチェインのシールドを貫く『ショア・ブレイカー』を?」
可憐な姿の量子アリスは、小さく肩をすくめた。
「ショア・ブレイカー? あれ、ターゲットを絞るのが面倒なの、わかってるでしょ?」
量子アリスはつまらなそうに視線を逸らす。
「それに、万が一外しまくったらどうするの? 恥ずかしいじゃない。それで、そんな光景を見たアークチェイン側は、間違いなくこう叫ぶわ。『やっぱり量子なんて当たらない』ってね。」
「……確かに、それは困ります。」
「だから、ダメ。これは、ある意味『使えない武器』なの。そうね……天文学的な素因数を砕けと言われたら、たしかにこれしかないわ。でも……アークチェイン相手に、こんなものは必要ないの。ちゃんと構造を見なさいな。あの『ラグ構造』よ。その時点で、これを撃つ価値すらないの。それとも、どうしても賞金が欲しいのかしら? 正直あんな額ではね……、冗談抜きで、賞金のためにこれを撃つ者などいないから。はっきり、断言できるわ。」
「なるほど……。」
「でも、心配はいらない。代わりに、そう……。」
量子アリスは楽しそうに指先を掲げ、宙を指す。
「推論駆逐艦に、頑張ってもらいましょう。」
「ちょっ……ちょっとお待ちください! ですが、推論駆逐艦だけでは……アークチェインのシールドは破れないのでは?」
「そうかしら?」
そう言いながら、量子アリスは微笑んだ。
「ふふふ……いいじゃない。高みの見物でもしてみましょう。ふふ……案外、あの『自慢のシールド』、もう限界じゃなくて?」