3, この新しい地に「新しいカギ」をかけたいのです
「基本的な『大切な犬』の送り方、慣れてきましたね! まずはトランザクションです。そして、それに慣れましたらムーブを習得しましょう!」
フィーさんから犬をお預かりしたのは良いが、まずは使い方です。もちろん、必死です! えっと、なんで必死なのかって? それはもちろん、やはり俺って、フィーさんが考えているほど強くないと思います。なぜなら、この犬のトリメンダスな価値を知ってから、なぜか、物覚えがよいことよいこと。笑ってしまいます。さっさと習得してアキュムレイトします!
いつもの俺ならさ、肝心なことすら、その辺に落ちているチリ紙、新聞紙、その他色々……に書き留めたって覚えられず、液晶タブレットやホワイトボードまで買い出して努力したのですが、それらに大きく書き込んでも、それでも……、翌朝にはスッキリと忘れているんですよ。朝っぱらから出すものを出してスッキリすると、記憶もスッカラになるように出来てるのかな。おや……、このあたりの記憶は、まだ残っているんだな。
さてさて、そんなのはもう過去の話です。どうでもよいです。いや……、俺みたいな者に対して、良くしていただいた方々にお別れの挨拶くらいはしたかったかな。でも、これはフィーさんからの「いきなり契約」だったので、見逃してください。
ところで、今の生活はどうでしょうか。大切な犬を預かった生活なので「犬の生活」と呼ばれても、いたし方ないです。ワンワンです。つまり、特に不満はなく、すごく快適なんです。なぜならまず第一に、俺が連れてこられたこの場所についてです。まわりには何もなく、草原の中にポツンとある、なかなか落ち着く場所でした。フィーさんいわく、今はどこでも生活できるため、この場所に定住したと伺いました。案外、悪くないね、このようなポツンとした場所。特に、俺みたいな不勉強な者にはもってこいです。なぜなら、特に! 儲かった日は、今夜こそはチャートの勉強をするぞ! と、気合を入れるまでは良いのですが、気が付いたら……酒と肴です。なんで、右手にペンではなく、いつの間にか大ジョッキを持っているの!! これの繰り返しなんです。これ、もう治りません。きっぱりと諦めていたのですが……、このように、周りに何もなければ、ジョッキに遭遇しないため、嫌でもペンを持ちます。勉強します。本当に素晴らしい環境です。今、俺のハートには、感謝の気持ちで満ち溢れています。
次に、食事面です。これがいわゆる「エサの時間」というものですか、なんてね。そこで、口に合わないものばかりだと、地獄ですよね? そこは心配だったのですが、まったくもってノープロブレムでした。おっとここで、その仕組みはまったくもってわからないと前置きしておきますが、俺の思考に絡むブロックを辿ると、俺の好みが正確にわかるらしいです! フィーさんって、一体……、です。とにかく、これで、美味しいものばかりが出てきます。おっと、フィーさんってお堅いイメージがあったのですが、案外、そうではないんです! 俺の好みを調べたとき、微笑みながら「ちょっと……、お酒の種類が多過ぎです。なお、この地でお酒は貴重品ですので、大事な客人を『おもてなし』する場合など、特別な機会に限るのです。そもそも、浴びるように飲むなんて、それだけはいただけませんよ? まったく、呆れるくらいにお酒に頼られていたのですね? そして、そのままGo To ホスピタルですか? たしかに……『おもてなし』されましたね!」だったかな。何気ない会話に、なかなかの面白みを持たせてくるとはね。えっ? 含みって? それはね、「おもてなし」の横文字を考えてみましょう。
とまあ、フィーさんの元でこんな流れの修行です。おっと、ただ一つ、大事な点に気が付きました。どうやら、中央の仕組みがない……非中央では、管理する者がいないゆえに、ミステイクが自己責任だということです。今までの中央だと救済措置がある場合でも、この地では自己責任として処理されるので、大事な時に不注意になるという俺の困った悪い癖は直さないとね。例えば、お金を振り込みして喜んでいたら、あれ……ってなり、実は送金先を誤っていて、そこから大きく滑ったとか、多かったんだ。うん、こういうショッキングなことは、まだ鮮明に残っているみたいだ。
「ディグさん! ムーブの習得の前に、お食事にしましょう! あっ、お酒はないのです。」
おっと、エサの時間みたいです。あっ、エサではなく食事ね。そういや俺、三毛猫を飼っていた時期がありまして、必ず朝晩の同じ時間帯に、エサをねだるんです。あの気持ちを、まさか、こんな地で味わえるとはね。今の気持ちは、それはそれは、ワンワンですよ。
「特に激しい運動とかではないのに、腹は減るんだよな。おっ! 今日も旨そうなのが揃っているね。こんな事もしっかりできるのか!」
「あ、あの、こういう作業は得意なのです。ディグさんの記憶にある最終形から、少しずつプリミティブに分解していき、そこから逆に、どう組み立てるかを考えると、おのずと解がみえてきます。なぜなら、どんなものでも、原始的なものを組み合わせているだけですから。」
えっ……? 作業って……。ここにあるものは、食べても大丈夫なのか、です。
「作業ってさ……。ここでは、料理のことを指すんだよね? フィーさん?」
「料理……ですか。たしかに、料理という言葉自体は、聞いた事があります。」
「そ、そうなの……。」
はい! 適応の早さが、重要な場面ですね。どういう手順を踏んでも、温かい料理が、そこにあります。味も、最高です。最高なんですから、何を迷う? これが「作業」であっても何の問題もない。ありがたく、いただくだけだ。これで適応、完了です!
「もしかしたら、お口に合いませんでしょうか? もし、これすらできないようでは、便利なものに頼り過ぎるのは、考え直す必要性が出てきそうです。明らかに、わたし自身の能力が低下してきているという証拠なのです……」
「あっ! ただ俺が、『作業』という言葉に敏感に反応しただけです。別に、美味しいのですから、全くもって無問題! バクバクいっちゃうよ!」
「バクバクですか……。……。ここで一つ疑問があります。」
なんか、遠くのものをみるような目で俺を見つめてきています。ちょっと調子に乗り過ぎたかな。
「ディグさんの元の地では、こんなご馳走を、毎日のように、召し上がっていたのでしょうか?」
ご馳走か……。まあ、そう突っ込まれると、たしかにそうなるよな。
「さすがに一人で寂しく食事するときは、こんなにはないですよ。ただ、大人数で調子に乗ると、こんな感じで料理が並びますね。」
「そうでしたか。そうです、こんな豪華なもの、毎日なんて考えられませんよね。年に一回の特別な日とか、そんな感じでしょうか?」
年に一回? まさか。勝っても負けても大暴れだから、毎晩に近かったはず……。うん、まだ憶えているね。これ位は大切な思い出なのだから、消えないで欲しいな。ところで、どう回答しましょうか。でも、嘘は言えないんだよな、俺って。いつもそうだった。心はいつも楽な方に傾いているのにさ。さて、正直に答えましょうか。
「それなんですが、毎晩に近いというか、うん、です。しかもお酒付きですよ。」
「ま……、毎晩だったですか? しかも……お酒って。そんな生活、この地では『天の方々』すら厳しいかもしれないのに……です。」
「フィーさん? 『天の方々』って?」
これは、かなり気になる言葉が飛び出してきました。さすがに突っ込みたくなります。
「あっ! その部分については、聞かなかったことにしていただくのは……。」
「フィーさん? 隠し事は、ダメですぜ。」
「……。わかりました。話せる分は、しっかりお伝えいたします。」
「そうこないとね。そういえばフィーさん、この地には中央が存在しない点を強調していたのにさ、『天の方々』って、中央のことだよね?」
「……、はい。しかし、厳密には、『元』中央です。」
「元って? それだと、中央は存在していて、非中央に移行したってこと?」
「はい。そうなります。ただし、移行というよりは、強制だったのです。自ら、中央を手放す訳がないのですから。その辺の事情については、詳説がなくても、掴めると思いますよ!」
自ら、美味しいポジションを手放す訳がないか。そりゃ、愉快なことです。何の説明もいらないね。とても高潔な方々だったのでしょうね。直感と本能で、すぐにピンときました!
「了解です! ただ、そうなるとさ、どうやって強制で移行したのか、すごく気になります!」
「気になりましたか……。わかりました。わたしも、覚悟を決めました。お話ししましょう。」
「えっ、そんなに重い話?」
「はい。実は……、ある日のことなのです。『天の方々』は、重大な物事を判断するとき、『確率』で方向性を決めているのか、という話になりました。」
「確率!? でも、それは普通ではないかな? 確実なことなんて絶対にない! どう? 大きく散った元投機家の意見として?」
「……、そこで投機家を名乗りますか。まさしく、その通りですね。しかしです、『天の方々』は、民に対して……神に匹敵する万能感を謳い文句にしていたのですから、まさか、『確率』で対応しているなんて、口が裂けても言えなくなりました。」
「フィーさん? かなり詳しいみたいだけど……、もしや?」
いくら何でも部外者が、ここまでは詳しくないよね。なぜなら、部外者に、それだけ内部事情が漏れているようでは、まずいでしょう。
「その表情……、わたしが誰だったのか、なんとなくわかっているようですね。なら、これ以上隠しても、仕方がないですね。でも、勘違いされないでくださいね。わたしも……、途中で投げ出したくなったのです。」
「えっ!?」
「あのまま中央が継続していたら、きっと、投げ出していたでしょう。結局、夢が叶って、そこから転落した点については、わたしもなのです。ただ、わたしの場合は、その強制な移行により救われました。悪運については、わたしの方が上かしら?」
「うう……、何も言い返せない。」
「では……、改めて。わたしは、まさしく、あの日です。民に対し、『確率』で対応していることについて、正直に伝えるべきと提案いたしました。もちろん、受け入れられる訳がなく、どうしましょうか、になります。そこに、一の目しかない立方体のサイコロが、現れました。」
「なになに? サイコロが現れた?」
「ディグさん? この唐突に現れたサイコロを投げて、出目を調べるのです。どうなります?」
……、フィーさん? 俺って、究極のアホだと思われるのかな? たしかに、自分でも、どうしようもないとは思うよ。でも、さすがに、その問いは、ね?
「フィーさん……、そのサイコロ、一の目しかないのだから、調べる必要がないよ!」
「さすがです、ディグさん。そこで『一』と答えてはいけないのです。調べる必要がない場合、調べないが正解です。そして、調べなくて済むのなら、それを調査する方々は不要ですよね? つまり、仮にでも万能な能力を持ち合わせていて、すべてを確定させて確実に遂行できるのなら、『天の方々』自体が不要の存在になります。なぜなら、それなら、この先、起きることがすべて決まっているのですから。すなわち、この『確率』を受け入れないのなら、自分たちの役割および存在を否定する事になるのです。」
一応、正解だったらしい。だが、その先の話は、わけがわからん。
「ああ、はい。」
「ここで、このサイコロの出目が一ではない場合を考えていきます。」
「えっ?」
「そのままの解釈です。」
「いやいや、無理でしょう? 絶対に一だよ、それ。」
「そうでしょうか? では、無理ではない理由を説明いたしますね……。」
フィーさんは何を説明するのだろうか。ほんと、何だろう。さすがに、気になるね。でも、一しか出ないよね? これだけは譲れない。やっぱり一だよね?
「実は、一に似ている何か、とか? そんな訳ないか。」
「いいえ。違いますよ。無理ではない理由、それは『見えているものが全てではない』です。だから『常に、確実なことは何一つもない』です。一の目しかないなら、一しか出ない、それではダメなのです。常に、あらゆる可能性を考える必要があります。今回の場合は簡単で、これではまだ情報が足らないゆえ、ここで事象を確定させてしまうと、非常に危険です。なぜなら、一の目という情報はありましたが、その目の色までは、わからなかったはずです。これは大問題で、例えば、今回は『黒の目以外は無効』だと一方的に伝えられ、いざ確認したら『半分は黒ではなく赤の一の目』だった場合、確実に一が出ると思っていたのに、実は半分の確率しかなく、こういう追い込まれた状況でサイコロを投げると、なぜか、外しやすいですね。」
フィーさん! それ、よくあるんですよ。特に相場で。相場で勝つために、みんな研究してそれなりの理論をまとめているとは思いますが、そんなの……何の役にも立たない状況に追い込まれるのが、まさに、そのサイコロですね! 時価総額が低いと動きが激しい? 黒を積み上げて値が上がる? ゴーイング何とかでもう確実に終わりとみていたら思い切り跳ね上がったり……。コツコツ積み上げても、このような番狂わせで、それ以上に持っていかれる! そして、短期間で儲けるしか生き残れないとなってしまい、気が付いたら……投資家から投機家になっていました。今は、元投機家から、番狂わせで、犬になりました。なんということでしょう。
「それは十分に想定内だね。俺が相場でハシゴを外された前とか、まさにその雰囲気!」
「ご納得いただけて嬉しいです。以上をまとめますと……、調べる必要がないなら関わらないですぐに手を引くか、関わるなら徹底的に調べ上げてあらゆる状況に備える、です。しかし、みな心は弱いので、気が付いたら……関わったのに調べ上げていないという『落とし穴』に、すっぽりとはまって動けなくなるのです。そして、何かも奪われるのです。」
「それについては、もう思い当たることばかりで……。」
「では、話を戻しますね。『天の方々』は、万能感を謳い文句にしていましたね。こんなにもフワフワと浮いたもの、本当に万能なのか? 調べる必要すらないですね。だったら、それに近い存在になれるように調べ上げるしかないのですが……。その追求どころか、情けないことに『祈る』こと位しか、やっていなかったと思いますね。当たるも八卦当たらぬも八卦、『確率』に身をゆだねて、それが外れてもまったく気にしない、そんな日が続いていました。それでも、そのことを民にしっかり説明していれば、同意が得られた可能性は十分にありました。そうでなければ提案なんかしないためです。しかし、それからも逃げて、そしてです。」
「そして?」
フィーさん……、言いにくそうな表情を浮かべているのがよくわかる。
「『天の方々』が思う存分、力を行使するために必要だった中枢の一部に、民の一部が興味深いカギをかけてしまいました。」
「えっ?」
なんか、結末は、何というか……あっさりしているね。
「『天の方々』は、そんなもの、すぐに外せると豪語していたのですが、実は、今でも外せていません。そして、これが外せないと、一定間隔で、少しずつ湧き出てくる分しか扱えません。自分達の思い通りにはなりません。自然は……非中央の仕組みで存在していたのですね。そして、それしか扱えないため、強制的に、非中央になっているのです。」
「ちょっと待って、フィーさん! その興味深いカギって、俺が受け取ったものとは違うの?」
「はい。違います。構造が簡単なのです。そして、『天の方々』は……、諦めていないのです。外せれば、また、あの……、あっ、すみません。嫌な思い出が蘇ってきて、むせてしまいました。」
「大丈夫?」
「すみません。これから大事なことをお願いしなくてはならないのに、情けない限りです。」
大事なこと? それを俺に? 大切な犬だけではないのか? おっと、適応の早さ。大事ですね! なんかフィーさん、かなり苦労を重ねてきたようなので、力になりたいね!
「何なりとお申し付けください。」
「ディグさん……、ありがとうございます! では、わたしが力の限り調べ上げて作りました、新しいカギを受け取っていただけますか?」
フィーさんは目を閉じて、俺に……、新しいカギを送るようです。前回とは違う、明らかに異なる、頭から離れず何度も頭の中で共鳴しあう言語が……、一つになった。これで受理なのかな。
「成功みたいだね。確かに、頭から絶対離れないという強い意志を持つカギが増えたみたいです。なんと表現したらよいのだろうか。この不思議な感覚、カギを頭の中に持つって、こういうことなのかな。」
「ありがとうございます。その新しいカギは、あの日から……、わたしが調べ尽くして知識を蓄え、ようやく完成したものです。」
あの日って、おいおい。かなり貴重、いや、フィーさんの命に等しいものを受け取ってしまったのかもしれない。そう考えたら、体が震えてきました。失敗は禁物ですね。
「その新しいカギを、『天の方々』が狙う中枢の空いている場所にかけてください。その新しいカギがかかれば、古い方が外されても大丈夫です。」
「……。俺が、その中枢に?」
「はい。本来はわたしがかけるべきなのですが、それではダメなのです。わたしがかけてしまうと、わたしの頭の中に、それを外す手法が残ってしまうためなのです。」
いや、なんか、それだと俺はどうなるのでしょうか?
「フィーさん? それだとさ、俺の頭の中には、外す手法が残るよね?」
「はい。たしかに残ります。しかし、そこはご安心ください。それは……。」
また、言いにくそうな表情を浮かべるフィーさん。
「無理に言わなくても大丈夫ですよ。ほら、俺さ、単純だから、そんとき、考えます。」
「……。ありがとうございます。」
「この新しいカギ、相当、作り込んだの?」
表情がみるみるうちに明るくなった。こういうのは得意だからな。特に負けているときは、強制的に、明るくなるように仕向けたもんです。まあ、酒を片手に……ですが!
「そのカギは、外すのに、正規の手順ではない仕組みが組み込まれています。つまり、手順通りに処理しても外れません。場合の数から考えて、諦めるしかない……となるように作ったのです。」
うん。つまり、こうだ。
「まあ……、頑丈なんだ。」
「えっ! まあ、そうなのです。」
「わかった。でも、どうやってかけるのか、知りたいです!」
「色々と、ありがとうございます。実は、その新しいカギは、かけるのが結構大変で……。」
「そ、そうなの?」
「まずは基本を習得して、犬を投げて、じっくり慣れてからお話ししたいと考えています。それ位の時間は残されていますので大丈夫です。基本となるトランザクションとムーブから、焦らず、じっくり、先に進みましょう! あっ! お食事前に長話なんて……。冷めてしまいましたね。」
基本習得後ね。了解了解。ただ、『犬を投げて』って? なにこれ、です。ただ、ここでさらに話が長くなるのはな……。明日明日!
「別に冷めたままでも……」
「ちょっとお待ちくださいね。再配置で暖まります。」
フィーさん……、再配置って何をするの? あっ、できればそのままで……。