38, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次はシィーさんと……です。えっ? シィーさんも、例の素材が気になっているの? それは、どんな使い道なんだろうか。
俺は、窓際で月の光に照らされるシィーさんと目が合います。
「あら? 私、そこまで酔っていないわよ? さあ、適当な場所に座ってね。」
「ああ、はい!」
なんか緊張してきました。あれ? 何で緊張するんだ? ああ、いや……、その。
ここで、状況の整理です。フィーさんは、ミィーに付き合わされて湯にいるので、当分、ここには戻ってこないでしょう。そして筋肉は……、よくわかりません。いえ、わかってはいけないのです。筋肉は、そういう存在だったのですよ。だいたい筋肉がさ、あのような不気味な存在に引き込まれ、俺やフィーさんを巻き込んだのです。別にこれ位はね? 気にすることはありませんね。
「ところで、明かりは……?」
薄暗いのはちょっと……。
「明かり? そんなのは別にいらないわ。この方が『真剣』にお話できますの。つきあってね?」
「えっ……。」
ひとまず、これ以上の展開はないですね。ただ、この雰囲気でフィーさんの件を話すのか……。今まで黙っていたことを怒られるのは覚悟の上です。
シィーさん……、いったん目を閉じ、しばし沈黙の時が流れます。俺……、そういう雰囲気にはとても弱く、すぐに耐えられなくなり、俺の方から話を切り出しました。
「あの、シィーさん。今夜、必ず伝えなくてはならないことがあります。」
「……。そうなんだ。そのトーンから考えて、深刻な事のようね?」
「えっ……、まあ、深刻です。」
「それなら、まずは私からね。」
「はい。」
「まず、ここで驚かないでね。実は、こうなることは、すでにわかっていたのよ。」
「わかっていたって……?」
「それはね、あなたが『この地に存在しているという点』から、なの。」
「……。」
この話し始めから、何かが違うと俺の直感が本能に囁いてきました。いつものシィーさんとはまるで違う。これは……なに? しかも、俺についていきなり始まるなんてね。なにが、どうしたのでしょうか? 俺は……、何も返せず、黙り込んでしまいます。
「たしか……『異世界』からこちらに、だったわね?」
「はい。」
その話は、何度かしていますね。一応、信用していただけたみたいで何よりです。
「それね、私、『異世界』というフレーズを最初に聞いた地点で確信したのよ。その件にね、フィーが絡んでいるのよね?」
「……。」
異世界からの件は話しましたが、フィーさん絡みの件は伏せていたはずです。しかし、そのような必要は……、はじめから無かった、ようですね。フィーさんに呼び出されましたから……。
「詳しく、いただけるかしら?」
「はい。」
俺はシィーさんに、異世界に突入する前からの出来事のうち記憶に残っているものから、詳細に伝えます。もちろん、こちらに来て、シィーさんとあの店で出会うまでのいきさつも、出来る限り詳細に付け加えました。
「……。現実的ではない話が、沢山出てきたわね? まったく、フィーは……。」
「はい……。」
話ながら、シィーさんが半ば呆れた表情を浮かべました。何となくはわかっていたようですが、これで「確定」した訳ですね。
「あの……全力買いで負けた話は『真』だったのね? そして、あなたの故郷……、すなわち前の世界の相場の話なども、すべて『真』だったのね?」
「はい。間違いなく突然、その事象は訪れました。」
「そんなのが、予告してから来るわけがありませんわ。」
「はい……。」
暴落の度に、そのための保険代わりのあれでも買っておけば良かったと、後悔していました。少し前までは誰も見向きすらしなかったものが、急に輝き出すもんだからね、ほんと、たまりません。
「それにしても、ひどい負け方ね? 私がその市場で『全力買い』をするとなったら、まず、これが必要ね? 今日くらいは……、無茶しても、フィーは静かよね?」
あちゃ……。シィーさん……、赤い雫を無造作にグラスに注ぎ、一気に飲み干してしまいました。うう……。あれらの行為は、つまり、すなわち、そういうことだったのか。
「そのフィーさんについてなのですが……。」
いよいよです。
「あら? あなたの深刻な話にフィーが絡んでいるのね? もちろん、それもわかっているわ。」
「わかっている……?」
意味深な言葉をつぶやいたシィーさん。それも、俺がこの地に存在しているという点から導いた結果なのかな? 謎は深まるばかりです。
ところで、そのことについてはここで考えても致し方ありません。あ、でも……、わかっている? それならば、逆に伝えやすくなりましたね。そこで、まずは「チェックポイント」で祈りを捧げていた点までを話しました。
「『チェックポイント』ね……。フィーはもう……、また変なものに手を出して……。」
「シィーさん? 変なものに手を出さなくなったら、すでにそれは、フィーさんではありません。」
「……。それもそうね!」
あれだけの量の書物を抱え込んでいますから、変なものに手を出さないようにお願いしても、無駄です。それなら、身に危険が迫る場合はやめるように促した方が良いです。
なぜなら、それら書物が時々、読みかけの状態で机の上へ伏せるように置いてある場合があります。当然、表題が丸見えになりますね。そしてそれらは、学術的でお堅いものばかりです。ところが……、稀にですが「ぶっとんだもの」が混じっています。そんなものにフィーさんが興味を持っているのか……と、変な想像を膨らませるような、……でした。まあ、「チェックポイント」がそれらに属するのは間違いありません。このあたりは、姉も知らない秘密……かもしれません。
さて、話します。
「シィーさん……、いいかな?」
「えっ? 急に改まって……? 全然、問題ないわよ?」
「フィーさん……。その『チェックポイント』で力を捧げ、その反動からなのか……、血を吐いていました。」
「……。」
「すみません!」
「……。フィーは、私にそのような重要な事を黙っていたなんてね。さらに、フィーに止められていたのよね? それを私に伝える事を?」
「はい。それでも、これは話さないと、俺……。」
「うん、そうね。それでこそ……、あのフィーの『スマートコントラクト』が反応して受け入れた方ね。あれね、本当に驚きなのよ?」
「ああ……。」
そういえば、ミィーに乗せられて、うっかりシィーさんの前でフィーさんの「スマートコントラクト」の件を話してしまった。うう……。
「そんなに、その受け入れは凄い事なんですか?」
「うん。まず、あり得ないってくらい凄い事なのよ。今までね、沢山の方々がフィーを狙ってきて、見事に全て『外れ』だったからね。」
「全部……、全部『外れ』って……。」
その難易度は「ハードモード」をはるかに超えた、エスが何個も並ぶようなものではないですか!
「フィーも、色々と大変なのよ。」
「……。フィーさんって、狙われているんだ?」
「もちろんよ。あの神々だって、ね? もちろん、それを言い始めたら魔の者も、当然ね?」
「たしかに……。」
「そんなんだから、このような危機になるの。それで、『サイコロ遊びをしない』創造神と、『サイコロで物事を決める』あの神々とか……、妖精に面白おかしく書かれていたわね。」
「ははは……。」
妖精ね、妖精。この俺が妖精にみえた、「主」を目指しているらしい不気味な存在がおりました。つまりそれってさ、常に妖精に怯え、予定になかった存在はすべて「敵」、すなわち妖精にみえてしまうという現象かな? しかし、実際にサイコロで物事を決めていたら、案外、それはそれで……?
「ところでフィー……、暑い夏場、異様に部屋を冷やしているでしょう?」
「はい。」
あの寒い件か。それは気になっていました。暑がりの俺ですら、寒く感じますから。
「あれ……、フィーは『わたしは暑いので冷やしているのです』といつも言うの。でも、本当かしらね? 私が、設定の温度を上げてと哀願しても、ごねてごねて、本当に大変で……。」
「それは難しいですよ。俺も、その場で却下されていますから。」
「フィーは、私が外を遊び回っていると指摘するけどね、私はね、寒いから……出ているの。」
「……。それしかないですね。フィーさんがごねると大変ですから。」
「ただね、隠したい何かがあると、素直になるのよ。だから、素直に温度を上げた日は、何かがあると私は判断するの。そして、この確認を兼ねて、温度を上げるようにいつも促すのよ。一番、わかりやすいからね。すなわち、夏場に限るフィーへの探り、かしらね? ……、そうそう、たしか……あの日は、すぐに応じたわね?」
フィーさんがごねるともう……、それこそ甘いものを与えても厳しいかもしれません。そして、そのような事がなく、素直に応じた日……? それは確か……。
「わかってきた? つまりね、あなたがここに来られてから、その点がとても素直になったのよ。」
「俺が……ここに来てから?」
かなり、引っ掛かります。いや、これは何かが「変」ですよ。
「その周辺の事象を含め、私にも手に負えないような、何かを隠しているわね?」
「フィーさんって、そのような、変わった隠し事が多い傾向ですよね?」
「そうなの。『秘密主義』といえば聞こえは良いのかもしれないけど……、姉の私にも言えないような事に、平気な顔で手を出す点は、直していただかないとね。」
「それには大いに賛成です。」
「その……、力の行使で吐血に至るなんて……。もう、何をやっているの!」
「……。」
シィーさん……。酔いが回ってきていますね。さらに、その勢いでグラスに赤い雫を注ぎ込み、一気に……です。
「さあ、この場に来たのだから、少しは付き合えるかしら?」
「はい、もちろんです。」
もちろん、そのつもりです。余裕です。
「フィーの、力の行使で吐血の件だけど……いま、私が口に含んだ赤い液体を、飲み込まずに、このまま吐き出すような感じ……だったかしら?」
そういや……、手にべったりだったからな。吐血の瞬間は……みていません。まあ、仮にみていたら……もう……。
「手にべったり、でした。」
「……。そうなの。わかったわ。」
「……。」
割とあっさりとしたお返事でした。なんだろう……、このスッキリとしない気持ちは……。
「ところで、フィーさんは、大丈夫ですか?」
「全然、大丈夫ではないわ。」
「やっぱり……。」
「でも、安心して。たしかに、そんな事を繰り返していたら、私よりも先に『消滅』してしまいますわ。だからこそ、気が付かれないように様子を伺ってみますわ。この件……、ここだけの内密にしましょう。ごねたら、大変だからね。」
「はい! そうですね。」
「今の段階で、しっかり診てあげれば、問題ないわ。」
問題ない…………、問題ない……。良かった! 問題ないのなら、これでスッキリです。
「では……。」
俺はその瞬間、無意識に手が伸びてしまいました。そうです、グラスに、です。
「良い心がけね? 私と『それ』で付き合うなんてね、あの神々では到底無理。そこで、魔の者であってもね、そうね……、魔を統べる者と、あの筋肉くらいかしらね?」
「えっ……。」
筋肉がシィーさんと……なのは、酒がつながりだったのか。それなら、……。
「ただ、魔を統べる者は『風』と相性が悪いのよ。なぜなら、根っから『水』が好きな方なの。だから、いつも反発しているのよ。私……。」
「『水』……なんだ。」
「そうよ。その、水の精霊はね……、あまり思い出したくないわ。」
「……。」
これには深く突っ込んではいけない。都の支配者に対する「あの女……」と、似た展開になるのは明白ですからね。
「よし、シィーさん! 俺は、飲みますよ!」
「そう……? 私の前で、そんな宣言を出す勇敢な方は、あなたがはじめてですわ。」
「これには自信があります。他には、ほんとに取り柄がないのですが、これだけは!」
俺は、近くにあるボトルを掴んで一気に注ぎます。飲む気満々でコルクが抜かれているボトルが、なぜか沢山あります。これらは俺が買い込んで……、あれ? 俺が買った本数をはるかに超えているような……。俺がフィーさんと「リョウテイ」に巻き込まれていたときに、シィーさん自身で「買い増し」したのかな?
「俺……。こんな高価なものは、はじめてです!」
「えっ……? そうなの?」
「はい。」
「……。実はね、これは……私が買い占めて『寄付』するつもりだったのよ。」
「き、寄付……ですか?」
「犬」の価値から考えても、高価だった赤い雫です。それが……寄付なのか?
「うん。いま、この危機でどこも厳しいのよ。だから『チップ』なども大切な収入源なのよ。」
「……、『チップ』ね。ちょっとびっくりしたけど……。」
「そして……、私の立場から『寄付』してしまうと、なにかと面倒な事に巻き込まれるのよ。だから、私が好きなこれに、たっぷり上乗せしておいてとお願いしたの。」
「……。そういう事だったのか!」
なるほど。それなら、ばっちりです。
「その事情を知ってか知らずか、あの変な計画に心を奪われている変な奴……、余計な事をしそうで、正直焦りましたわ。もちろんその場合は、私も黙ってはいませんわよ。」
「ははは……。あいつね、あいつ……。不気味な存在でした。」
あれ……、途中からさらにやばくなったんだよな。ただ、「リョウテイ」での内容をここで話す訳には……いきません。
「シィーさん……。たしか、精霊や大精霊って、自由な立場なんだよね? 別にどこの地域一帯でも、暮らせるよね?」
「もちろん、そうよ。」
「なんか……、これを俺が言ってしまい不愉快になるのかもしれませんが……、この際、この地域一帯から逃げてしまうのも……。」
「……。」
シィーさんが目をそらしました。まずい事を言ってしまった。
「すみません。」
「えっ? 別に……怒ってはいないわよ。単に、逃げる先なんかないわ……だったのよ。」
「逃げる先がない?」
「そうよ。例えば……、西の方の寒い地域に向かうと、もうね……。朝から晩まで、私やフィーの力を最大限に引き出すことしか考えてない、そういった恐ろしい状況になるのよ……。」
「……。」
「これはね、簡単な話なのよ。大きな力を持つ、特に『大精霊』を配下に付けるだけで、その地域一帯は『安泰』と謳われているからなのよ。」
「それは……。」
俺でも、その理屈はわかります。もう、説明などいらない、そのまま、ですね!
「そこで、特に『風』なのよ。風の力なら、例の……『渦』を操れるからね。それに目の色を変えた者が、もう……沢山沢山だったのよ!」
「……。悪用する気満々ではないですか!」
「そうよ。絶対、そうよね?」
「そうですよ。」
「それでね……。精霊たちは、みな……、そんな生活に嫌気がさしたの。」
「当然ですよ。そんなの、冗談じゃないです!」
相場の界隈でも、そんな感じの輩、多いですからね。注意しないと、俺みたいになりますよ? 例えば、手元の蓄えは、すべて自分で管理するのが「鉄則」です。他の方々に委ねた地点で、もうそれは……その方々に「あげた」と考えてください。本当に、こんな簡単な「論理」が真だから、逆に恐ろしいです。ちなみに、委ねたものをすべて吹っ飛ばされたとしても、「自己責任」で終わります。それで、委ねられて満面な笑みのそいつらは……逆方向に取引して爆益! そう、儲けているのです。そんなもんですから、ね?
「それで、……『ブロック』という概念が出てきたの。」
「『ブロック』……ですか?」
「これはすごい考え……コンセプトだったの。この『ブロック』に逆らえるのは……『創造神』のみという、これまた、フィーが好きそうなぶっとんだ仕組みでしたわ!」
「……。まじですか?」
フィーさんからよく飛び出てきた「ブロック」というフレーズ。まさか、シィーさんからも……。俺は、その方が驚きです!
「そこで、精霊たちの持つ力を、まずは一つに集めてプールし、そこから……この『ブロック』で管理する約束事ができたの。これにより、持て余す力に悩まされなくて、やっと、普通の生活ができると……考えていたのよ。」
「シィーさん……?」
なにか……。腑に落ちない話し方でしたね?
「この地の創造神は……『平和』がお嫌いなのかしら? そこで……、まずね、フィーは創造神を心から信じているから、今からここで話す内容は、絶対に、絶対に、フィーには内緒でお願いね?」
「……はい。」
「私は……、『創造神』が、そこまで信じられないの。やっと手に入る『平和』が、まさかの……、まさか、だったのよ。」
「まさか……?」
「『式』の話になるんだけど……、そう、その学術的からみた『確率』からは考えられない事象が起きてしまったの。なんで起きたの!? なのよ! この地の創造神は、精霊や民が……苦しむお姿を拝見するのが趣味なのかもしれない、ですわ。」
「……。」
あれ……。今の話し相手はシィーさん、だよね? それはともかく……。
創造神が、精霊や民の苦しむ姿を拝見するのが趣味って……、まじなのか……? ただ、この地は「ハードモード」……。また思い出してしまった。
「それは、あり得ないくらいの出来事、だったの?」
「うん。決められた時間内で『ブロック』を算出できるはずが……、なぜかできない……、だったのよ。そのおかげで、とんでもない『小さな値』が出てしまい、そこから得られる『大きく偏った』力が、ある精霊に……、舞い降りてしまったの。そしてその力は、小さいほど強いの。範囲が狭いからね。なにが『大精霊』よ……。これにより大きな力が割り当てられてしまった、ただの精霊なのにね。」
「まさか……、その、ある精霊って?」
「うん……。私の事よ。」
……。なるほど、です。だから、「大精霊」だったのか……。
「……。それを無かったことには……?」
「できないわ。それが、無理な仕組みだったからね。そのような画期的な点まで……見事に裏から突かれた状態ね。『創造神』しか手を出せない領域で算出したものだから、その結果は、もう誰にも変えられない。全てを受け入れるしかない……。これなの。」
「……。」
「これに限っては皮肉な話。なんで、すべてが順調に上を向いていたのに、このようなものにまで『まさか』が存在するの……? だったわ。これにより、この先、絶対に変えられない論理をこの地に呼んでしまった……。ある意味、これこそが『真』、なのかもしれないわね。」
「……。俺は『まさか』は、常にあると、考えています。」
「そうなの……?」
「はい。これで完璧にうまくいくと思い込んだ地点で、その『まさか』が訪れます。それでさ……、例えばの話、相場でやられるんです。相場でやられる前ってさ、みな、根拠がない『幸福感』で満ち溢れていたはずですから。そこから突き落とされるので、『まさか』になりますよ。」
「……。私が、このような大きな力を得てしまい、例の渦の制御に成功したときはね……、みなの歓喜で満ち溢れていたわね。なぜなら、年々、その勢力を増して困っていたのは事実だから。つまり、大きな力を得た瞬間は、そう……、創造神が私に託した『奇跡』とか……、おかしな標語が飛び交っていたわ。」
「……。なんかそれ、結局さ、シィーさんを便利に使い倒そうとしてますよね?」
「それは違うわよ。その勢いに私も浮かれてしまって……、最後は、あんな事になったの。」
「最後? それって、あの件以来は『天候の制御』みたいな行為はやめたんだ……?」
「うん。やめたというよりは『主』からの許可が出ない状態になったの。当然よね……、蒸し返されたくないから。フタをするように、そのような力は『はじめから無かったこと』になったわ。」
「……。そのような結果に至ったとはいえ、原因の追及とかはしないんだ……。」
「追求なんか、絶対にしないわよ。なぜなら、解析するための『記録』や『データ』がないから、ね?」
「『記録』や『データ』がない? それって……。はじめから『成り行き任せ』ってことか?」
「もちろん。だから基本は私にすべてお任せ、だったのよ……。」
「……。だよね。」
「でもね……、仮に手元にそれら『データ』があったとしてもね……、このような分野を解析するとなると、縦横に大きく伸びた『マトリックス』の処理を柔軟に処理する必要に迫られてね、そして、今のこの地に、そんな類のものはないわね。あの神々が誇る『演算装置』でも、手数が多過ぎて、例えば……その逆の結果を出すだけでも苦戦しそうだわ……。演算効率を上げるにしても、次の処理に前の結果が必要なので並列に伸ばせないし……。つまり、どうしようもない……、これね!」
「ああ、はい。」
「そうよ……、そんな演算結果はね、『創造神のみぞ知る』、かしらね? ふふふ。ただ、並列に伸ばせる『変なもの』でもみつかれば、大きく変わるかもしれないけど……、でもそれは、私の可愛いフィーでも無理ね。きっと、無理なはずよ。そう、無理よ。それでも、仮にでもみつけたら、大変なことになるわ……。」
「……。」
「あら? ちょっと話が大きくなり過ぎたようね? そうね……そうよね……、そろそろ、それを飲み干してから、ゆっくりと考えてみましょう。なにか、なにか、よさげなものが飛び出てくるかもしれないわよ?」
えっとですね……、俺が返答に詰まった原因なのですが……、今のお相手はフィーさんではなくて姉のシィーさんで、そのシィーさんが本格的に酔ってしまい、別の意味で様変わりしたからです。うう……。このような変化は、やはり想定外でした。まあ、姉妹ですからね……。
さて、フィーさんのあの件を乗り越え、改めて気が楽になったところで、色々と気になっていた点をたずねていきます。その前に、です。こんな形で飲むのは初めてで……、ドキドキします。
とりあえず、シィーさんがお気に入りの赤い雫を二口ほど飲んでみました。……。ところで味の方は……、いかがだろうか。軽めの酸味が強く出たあと、甘みが強めのものでした。悪くはないけど、ちょっと浅いかな……、です。ここへの寄付分を含んでいるとはいえ、あのような価格だったゆえに、複雑に絡み合った重みや、コルクから染み出た風味がベースとなる渋みなどを期待していたのですが、現在の状況を考えたら、十分! です。今の状況は、栄養のためだけに食べる『あの実』が主食でした……。慣れてはきましたが、そんなのがいつまでも続くとなると、厳しいですよ。
「シィーさん……。これは、なかなかでした。」
「そうなの? 私は、そうね? ちょっと物足りないかな……。」
「あっ、いえ……。」
「それでも、今の状況を考慮したら……、十分に上出来よ。」
シィーさんはそうつぶやくと……、空っぽになったボトルを手に取り、薄暗い中、それをじっとみつめます。そしたら……、大事な事を思い出したのでしょうか? 思い出に浸るように語り始めました。
「ところで、このラベルは……。『天の使い』が暴れて手に負えなくなっている地域から、わざわざ取り寄せたものみたいね。」
「『天の使い』が暴れている地域って? それは……。」
「あいつら、まったくもう……、私の可愛いフィーを……いじめたのよね? 本当に、面倒な奴らよね。一回、恐ろしい目に遭わせてあげようかしら? ふふふ……。」
「シィーさん……。」
「あんなのが、地域再生を担うとかで大きなツラをしているのだから、もう……、この地も末ね。」
「地域再生!? それはおかしいでしょう!」
「まあ……、すべてを投げ出して高飛びを企てるような神々も悪いからね。そこで、その点は差し引いても……、ダメね。やっぱりあいつらは頭がおかしいわ。一応表向きはね、誰も買わないような『崩壊したもの』に着眼し、『救済』の意味を強く込めて買い上げ、その地域を救うのが使命……だったかしら。もちろん、こんなのは『天の使い』を正当化するための詭弁で、基本、何でもありがポリシーなの。」
何でもあり……。ほんと、酷い内容でした。シィーさんが助けに入る前に、「天の使い」という一味から、長々と聞かされました。とても胸糞悪い内容だったよ。
「ひどい奴らでした。なんかもう……、どう表現したらよいのか、だった。」
「表現? そうね……、はじめは笑顔で近づいてくるの。『精霊』が貸し渋るなら、我ら『天の使い』が手厚く援助いたします、だったわ。」
「さすがにそれは、おかしいでしょう?」
「……。心に余裕があるのなら、そう判断できるけどね……。あいつらは脅しのプロなのよ、プロ。」
「……。」
「まずね、『精霊』が貸し渋る様子を散々と相手にみせつけるのよ。どんな形でも良いので、とにかくネガティブなイメージを相手に形成させるのが、第一目標になるの。そのためには手下の『妖精』すら、全力で活用して、相手を洗脳するように誘導するの。」
「手下の……妖精?」
「うん。そのあたりの『天の使い』の根回しは、恐ろしいからね。タイミングよく、妖精がご登場するのよ。こういう悪い面があるがゆえに、あの神々や魔の者が妖精を警戒することについては、致し方ないことなの。そうね……、妖精を心から信用するというのは、危ないわね。」
「天の使い」とタッグを組む、やばい事への片棒を担ぐ妖精が、この地にはいるのですね……。
「大事な部分ですね。心に深く刻んでおきます。」
「そうね。あなたは特に、フィーから託された『犬』があるからね。ちゃんと管理してね?」
「えっ……。はい! もちろんです。」
あっ、ご存じだったのですね……。
「そして……。お話の続きです。洗脳を完了すると、あら不思議。『精霊』は絶対に貸してくれない、信用できない、相談すらする価値なしとなって……ね、『天の使い』にしか頼れない、という流れになるのよ。」
「……。」
「それでね、その時に相手にみせる映像が普通に作りこまれているから、たちが悪いのよ。例えば『精霊』に対し、頭を地につけ、はいずるようにお願いしているのに……、その頭を蹴り飛ばして『帰れ』と指示を出すシーンなどが、『天の使い』はお好みのようなの。相手を落とすのには、最高みたいね?」
「そのようなのを沢山みせつけて、洗脳する訳か!」
「そうなの。そして、気が付いたら『天の使い』に洗脳され、大事な部分を握られている事態に陥るのよ。そして、そうなったら、もう手遅れなの。実際、そこで目が覚めて『精霊』に相談される方もいて、これで何とか助かる……とはならないのよ。相手……『天の使い』はプロなの。最後は、母屋や特許をすべて奪われて、おしまい、なの。」
「……。詳しいですね?」
「うん。今日……、この瞬間、色々と記憶が蘇ってきたの。」
「記憶、ですか?」
「うん。あの件のショックで、私は私を見失っていたみたい。でも、あなたとこうやって……。」
「ああ、そ、それは……。」
シィーさん……。酔い過ぎです。
「なに? もう……、根性がないわね?」
「それと、これとは、別ですから!」
「それは残念ね? ふふふ……。」
シィーさん……。
「そ、そうそう。『特許』です!」
俺は、何を言い出しているんだ……。
「あら……、『特許』をご存じなのかしら?」
「はい!」
何とか……「特許」の話になりそうです。ただ俺……、特許については、あまり良い思い出がありません。この地の特許の概要はまだ知りませんが、俺の故郷では……、独占的な権利が一定期間与えられます。ただし……、その維持にもコストが発生します。そして、まだ実入りに至っていない特許を複数持っていると、かなりきついです。その支払いができずに「未納」とかも、多かったはずです。
あっ、一応補っておきますが……、俺が特許を持っていたわけではないです。えっ? そんなのはわかっているからご安心くださいだって? とほほ……。
「そう……、特許よ。『天の使い』はね、こういうのが一番好きなの。あいつらに目を付けられると、どんな手段を使ってでもね、奪ってくるからね。特にこの地域一帯で、目を付けられやすいのは『素材』関連かしらね?」
「それは……。」
「そこで、不気味かつ変な計画を打ち出していたあの者は、この『素材』で何かをするようね? 私の命をはかりにかけてまで、その計画に賛同するようにフィーを……。」
「『予知』では、最初の段階でフィーさんを手に入れる算段だったらしいですね? 見事に狂って、その代わりが、このキャンペーンだったはずです。」
「そうね。そして、あの時は私の記憶の多くが封じられていて、いつものように突っ込めずに情けない状態だったわね。でも、今なら……すべて、わかるわ。」
「その計画について、ですか?」
「うん。それに成功したら『楽しい実験』の一つが減ってしまいますわ。」
「た……、『楽しい実験』って……?」
シィーさん……。この瞬間で、渦の件のショックから立ち直ったのかな。それは素晴らしい事です。しかし……、その影響でフィーさんみたいな感じに変化したの? ああ……はい、です。
「簡単な実験よ。いま、フィーが考えそうな思考実験を思い浮かべたでしょう?」
「えっ!?」
「これがフィーだと、そうね……。この実験では『鉄の球』とそれを通す『輪っか』を用意さえすればよいのに、それに『創造神の意志をふるまうサイコロ』がご登場するからね。」
「……。フィーさんらしいですね。でもそれだと……、本格的な実験のような……。ただ、普通のサイコロと、そのサイコロの違いがまったくわかりませんが……。」
「そういえば、フィーが嬉しそうに話していたわ。『最近、ディグさんの成長が目覚ましい』とたたえていたの。姉の私ですら、そのようなサイコロに積極的には触れないからね……。」
「……。触れてはいけないサイコロか。それは、話が長くなりそうなサイコロですね?」
「それでね……、以前、そのサイコロの件で、少しフィーに触れたことがあるの。そしたら、いつかは『そのサイコロ』をこの地に授けないと『お財布』が危ない……とか、話していたわよ。」
「えっ? お財布?」
「……。私の記憶が完全に戻れば説明できそうかな……。」
「あっ、それは……。」
お財布って……サイコロなの? よくわかりません。つまり、仮にシィーさんの記憶が完全に戻って、俺に説明されても、絶対に、俺には理解できませんよ。その前に……、記憶については、シィーさんも俺も……、か。俺の場合は、いよいよ、この地に順応してきたというべきか、故郷への未練が残らないように「記憶が調整」されているような感じです。例えるならば、「なつかしさを覚える夢」です。仮にそこでなつかしさを覚え、それが記憶としてずっと鮮明に残っていたら、日常生活に支障をきたす方も出てくると思います。だから、このようなぼやけた消え方で問題ありません。
「一応私は、シンプルが好きなの。フィーみたいにはならないからね。」
「それは、助かります!」
俺も、シンプル派です。
「さて、この気になる『素材』についてだね。そこで、えっと……、サイコロ以外のあれらね。そう……、鉄の球を熱する前は輪っかをスレスレで通過していたのに、熱したら……、あら不思議。輪っかを通らなくなるの。」
「シィーさん……。さすがの俺でも、その理由はわかりますよ! 鉄の球が熱で膨張するから、ですよね?」
「そうよ。そして、あの者が雄弁になるこの『素材』ね……。熱しても体積が変わらないから、輪っかを通過するみたいよ。逆に、冷やした場合は……、さすがに下限はあるようだけれど、そこまでは体積が一定みたい。僅かにずれることがなく、一定とはね……。脅威かしら?」
「えっと……。それだけ?」
「うん、それだけ。でも、そこの価値がわかる方々にとっては……。とてつもない代物みたいよ? 例えば、西の方々も大いにトライはしてみたけれども、すべて失敗して見通しすら立たず、そこで諦めたのよ。それを、この地域一帯が、授かってしまったようね?」
「……。俺にはさっぱり、です。」
「しかもこれね……、金属だけではなくて、本来は膨張率がとても高い……、って、ここで話せる内容ではないわね。ふふふ。」
「……。シィーさんって、その手の話に詳しいの?」
「うん。興味があるからね。」
「興味……、ですか。あはは……。」
シィーさんが俺から遠くに離れていく……。なんてね。フィーさんみたいに、その話ばかりではないから余裕です。あはは……。
「少し驚いたかしら? 今後、注意いたしますわ。」
「あはは……。」
俺はその場をごまかすように、グラスの中身を一気に飲み干します。……。悪くないです。
「それでね、西の方々がすべて失敗したという、この『素材』の特許とか……。『天の使い』は、どうみるかしらね? 絶対に、欲しい、わね?」
「た、たしかに欲しがっても……、簡単には売らないでしょう。だから、あのような酷い手段を利用するのかな? その『素材』の開発に、相当な費用というか、カネというか……。」
「……。今回に限っては、それはないわ。あの神々が珍しくも必死だからね……、費用はすべて神々が出したのよ。だから、仕切っているでしょう? その詳細は……『あの神々のみぞ知る』ね。」
「……。あまり良い予感はしませんね……。」
「創造神も含め、なんでこの地の神々は、こんなのばかりなの……。」
「シィーさん……。」
「私……、魔の者とよく干渉するようになったのは、そういった気持ちの表れ、みたいね。」
「シィーさんの場合、それはあまり関係がないような……気がします。」
「……。それだとまるで、どなたでもよい、みたいね?」
そうつぶやくのと同時に、また、注がれてしまいました。……、少しずつ飲むようにします。そもそも、一気に飲むものではなかったよ……。
「ねえ……? それ、まるで『天の使い』のような飲み方ね?」
「えっ? こんな感じなの?」
「うん。そういうのが多いの。例えば、一口分で、どれだけの『犬』が必要になるのか、など、そういう細かな計算をしながら飲むのよ。」
「……。狂ってる。」
「まあ、狂っているから。」
「ですね。うう……。いま、狂った『天の使い』を思い浮かべてしまいました。」
「この先もね……、待ってました! というタイミングで何度でも目の前に現れるからね。しつこいからね。もちろん、私もしっかりサポートいたしますわ。」
ああ……「天の使い」の影響ですべてが崩壊した地域一帯の、凄惨な状況を思い出してしまった。もちろん、実際に見たわけではないので、やつらの言い分が正しいならば……、ですが。ただ、不気味なテンションで話していたからね……、まあ、嘘ではないよな。
そして……、俺も本格的に酔いが回ってきてしまい、次第に交わす言葉が少なくなっていき……、グラスを飲み干す度に、笑顔で注いでくるシィーさん……。
「シィー……さん、ちょっと休憩、いい?」
「休憩……?」
俺は、少し休むつもりで、その場で横になりました。目頭を押し、少しでも酔いをさます努力をします。もちろん、そんな事をしても、無意味でした。誰もが、この状況で横になってしまったら……。
ふと気が付いたら「朝」でした。ところで、おや……これはシィーさんの気遣いなのかな? 俺が風邪をひかないようにと、掛け布団がかけてありました。ありがたいです。なぜなら、ここの気候……、気温の変動がとても激しくて、少し前までは「暑かった」はずなのに、最近は急に冷え込むようになってきました。イメージ的には、暑い日に氷を砕いたものへ甘いものをかけていただく……ようなものがあったはずです。そして、暑いのを我慢できずにそれをいただいた翌日に、大雪に見舞われる……それ位の極端な差です。
うう……。まだ体内に酒が残っている、だるい症状が出始めました。それでも掛け布団から少し抜け出し、ふと見上げると……、かぶった布団から少し顔を出してこちらの様子をうかがう視線を感じました。……。間違いなくそれは、フィーさん、です。
「あっ、フィーさん……。おはようございます。」
一応、朝の挨拶をしてみたのですが、お返事はなく、そのまま、掛け布団の中に消えていきました。
……。そういやここって、シィーさんとフィーさんのお部屋でした。そこで、爆睡してしまった俺。俺が爆睡しているさなか、フィーさんはこのお部屋に戻ってきて……。何を見たのだろうか。
そうだ! シィーさんは、どこに? 探そうとして、掛け布団から完全に抜けようとした、その時です。なんか……、俺以外の「ぬくもり」が残っているような……。……。まさか、ね?
さて……、今日は観光して帰るはずだったよね? 帰るはず……、帰れるはず、それとも、帰れるのか、俺? ああ……はい。