384, 価値の流出。信頼の崩壊。そして、それがやがて……インフレという形で民を襲った。それに嘆き、苦しみ、日々の食べる物にさえ困窮し、もがく民たち。その姿を、邪神は大いに喜んで見ていたなんて……。
それから……ネゲートは、邪神が下僕となった精霊たちをどう動かし、何をさせたのかを語りはじめた。
「さて。忠誠を誓わせた以上、邪神としても、その者たちを『助けるふり』くらいはしないといけないわけ。でも……市場は、完全に崩壊していた。」
「……そこなんだよ。いったい、どうやって助けたんだ? それこそ、助けるふりですら、難しいはず。」
「たしかにそうね。でもね、さっきわたしが触れた『ある疑問』に戻るのよ。こんな状態でも、なぜか民の手元にカネが戻ってきていた。そこに、着目するの。」
「……そうか。たしかに、精霊に預けていた分まで、なぜかちゃんと戻ってきているなんて。言われてみれば……あれ、ちょっと変だ。」
「その感覚、とても大事よ。それさえ持ち合わせていれば、あの時、吹っ飛ばすことはなかったのかもしれないわね。」
「あ……あ、そ、それは……女神様……。」
「ふふ。気づいたなら、それでいいの。それでね。そこで邪神が思いついたのが……シィーまでやっていた、あの『マジックショー』なのよ。」
マジックショー……。ネゲートはゆっくりとそれを口にした。その声は、どこか空虚で、すでに見抜いた者のものだった。
「そこにはね……市場も、経済も、価値も存在しないの。ただ『回っているように見える』だけ。本当は……何もないのよ。そこに広がっていたのは……市場や経済の概念すら存在しない虚無だった。」
「……そうなるよな。」
俺は静かにつぶやいた。やりたい放題だった精霊たちが、そこまで追い込まれた市場なら、もうそこには……何も残ってはいない。燃え尽きた灰だけが、そこに積もっているだけだ。
「そこで邪神は、マジックショーとして『将来得られる価値の強制吸収』を実行に移したのよ。」
「えっ……、『将来得られる価値の強制吸収』って……。」
俺は思わず声に出していた。その言葉の意味が、じわじわと脳に染み込んでくる。なんだこれは。そんなのが、本当に成立するのかよ。未来って、そう簡単に「別の誰かのもの」にされるのか?
……ふざけてるだろ。でも……現に、もう起きていたってわけか。
「それはね……、そのような邪な力に頼る精霊たちが生き延びた分だけ……、未来で受け取れるはずだった、民たちの手に宿る価値が、根こそぎ邪神に『吸い取られた』ということよ。」
「でも……ネゲート。そんなことしたら、邪神といえど……代償はあるはずだよね?」
「ええ、もちろん。代償はあるわ。」
ネゲートは一瞬、目を伏せて……そして、静かに答えた。
「それで、その代償を払うのは……邪神でも、精霊でもないわ。そう、それは……民が払うのよ。インフレという形でね。」
「……そこでインフレが出てくるのかよ。」
思わず言葉がこぼれた。なんていうか、あまりに現実的すぎて、急に背筋が寒くなる。
「……。『未来の価値』を邪神に奪われた分だけ、その奪われた価値が……邪神に忠誠を誓った瀕死の精霊たちへと流れ続けた。邪神は、そのような精霊たちを下僕として置ける契約を巧妙に成立させた上で……、価値の強制吸収を継続的に実行したわ。その結果、価値の象徴であった『大精霊の通貨』は、その緩和の影響で内側から静かに壊れていく。価値の流出。信頼の崩壊。そして、それがやがて……インフレという形で民を襲った。それに嘆き、苦しみ、日々の食べる物にさえ困窮し、もがく民たち。その姿を、邪神は大いに喜んで見ていたなんて……。」
……。時代を担う女神という存在が、とにかく目障りだった。そこで、息絶えるのが確定していた精霊たちを助けるふりで利用した邪神。それで、こんな状況になるなんて……。
 




