382, ……つまり、邪神はついに動き出したのね。今度こそ、時代を担う女神を打ち砕くために……そのパートナーとして、「推論」と「量子」を選んだってことよ。
邪神の存在自体は、知っていた。だが……改めて、こんな所でその名が出されたことで、俺は……動揺を隠せなかった。しかし……この時代を任された女神ネゲートは、すぐにそれを見抜いていた。
そして、何かに気づいた顔だった。……点と点が、一気につながり、線になった……そんな表情。まるで、すべてが見えた者だけが持つ「静かな確信」が、その瞳に宿っていた。
「ええ、そうよ。助かるために、邪神の力を借りる代わりに条件として……『下僕』になることを、飲まされたのよ。」
「おいおい、下僕って……。」
少しだけ、ネゲートが目を伏せる。そして……続けた。
「それでね。ほとぼりが冷めるまで、その邪神は、静かに眠りについた。でも……わたしの時代が始まったと同時に、復活したのよ。まるで、待ってましたって顔で。」
「そんなことって……。」
これはもう、仮説でもなんでもない。……まじなんだろうな。そう……肌で、感じたよ。全身が、それを事実として受け入れてしまった。
「その当時、この地の市場全体を吹き飛ばす勢いだった、恨みが未だに積もる闇の不手際。……その中には、そう……あの有名な精霊すら、高レバレッジの状態で直撃を受けて瀕死の状態を彷徨っていたという話もあるのよ。」
「えっ? それってハイレバってことだよね? ちょっと待って、それ……信用全力だった俺じゃん。」
「あら? 俺じゃん……? ふふっ。まるで、あんたを鏡に映したみたいね。」
「うわ……まじかよ。有名な精霊ですら、それかよ。……ちょっと、笑っちゃうな、それ。」
それからネゲートは、あの当時の出来事を、ひとつずつ思い出しながら再現していった。断片だったネゲートの記憶が、少しずつ形を取り戻していく。あのときの空気。言葉。沈黙。震え。そして……、闇。
……確かに、そこにはあの時間が蘇っていた。
足元から崩れていく市場。パニックが一気に広がり、あっという間にすべてが絶望で染め上げられていく。
……このままでは、絶対に助からない。本能がそう叫ぶほど、そう思わされた。いや、突き落とされたんだ。俺の記憶にすら、なぜかその凄惨な響きが残っているほどの「やりたい放題」だった精霊たちが、絶望の谷へとね……。
でも、そこは……闇だった。そう、わかっていたはずだ。最も大事なものを差し出せば……邪神が、精霊にだけは救いの手を差し伸べる。……、こんな状況だったのか?
まさか……そんな闇まで、紡ぎ出されていたなんてな。あの精霊たちは、それでもさ、己の魂を邪神に差し出せば助けてもらえたとは……。やっぱり、あいつらは「特別階級の存在」だったんだな。
……俺みたいな弱小がさ、そんな市場パニックを食らったら、即死だよ、即死! 問答無用で、な。でも、俺は……?
「……つまり、邪神はついに動き出したのね。今度こそ、時代を担う女神を打ち砕くために……そのパートナーとして、『推論』と『量子』を選んだってことよ。」
それからネゲートは、ゆっくりと息を吐いた。その瞳には、覚悟と確信が混ざっている。
「……話が、つながってきたわね。それで、わたしが闇に堕ちてくれれば、それこそが邪神にとっては最高の展開だったんでしょうね。」
ネゲートはゆっくりと目を閉じた。だが、すぐにその瞳は静かに、確かに、光を放った。
「わたしが闇に堕ちる? ……それだけは、絶対にないから。そろそろ、その事実も……、闇の勢力には、十分に浸透してきたはずよ。だからその証拠に、ここにきて、やたらと増えてきた『量子による攻撃』の数々……やっぱり、間違いないわ。わたしが闇に堕ちないのなら……あとは、時代を担うその女神を打ち砕くしかない。そう、邪神は判断したのね。」
どうやら急に、女神らしい雰囲気をまとい始めた。その言葉の一つ一つに加え、空気が、肌に触れる感触が……変わった気がした。どうやら……これで、ゆるいのは終わりなんだろうな。そう……俺は、直感した。




