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36, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次はなぜか、市場の精霊……です。そして「ハッシュ」から、姉のシィーさんが適任だそうです。そもそも「ハッシュ」って? 俺には、よくわかりません。

 あれ……? つい先ほどまでは、こんな件などさっさと断って、また湯にでもつかってから……と、安易な気持ちで構えていました。そうです……、チョコから、歯車が狂い始めました。


「もう、帰るのです。これ以上は、話しても仕方がないのです。チョコの件も、ほぼ解明できましたし、もうここに、思い残すことはないのです。では、さようなら、なのです。」

「フィー様……、それでも、次の品だけはお召し上がりになってからで、お願いいたします。せっかくご用意いたしました。お願いいたします。」

「もうわたしは……これ以上は入らないのですよ?」

「甘いものは別腹ではないですか! わし……私も、甘いものが好みな者として、それは間違いないと確信しています。どうか、お考え直しください。」


 俺もフィーさんも、同じような内容の繰り返しに飽き飽きしていまして、料理はうまいのですが、はやく部屋に帰って、ゆっくりしたいです! こいつは、なかなか往生際が悪いですね? フィーさんは、すでに断っています。思想だっけ? フィーさんと、その段階から考えがあっていませんし、「犬」も否定気味だったよね。それもさ、否定するだけならともかく、別の話にすり替えてくるからね。たしか「犬」の例については、こいつの思想の欠点を説明するために取り上げたはずなのに、いつの間にかチョコの話になっていましたから。


 フィーさんは、呆れた表情を浮かべながら、先ほど出した「犬」の画面を閉じました。そして、席から立ちました。それに合わせ、俺も立ちます。


「では、もうお会いすることはないと思いますが……、お互い、頑張りましょう、なのです。」

「フィー様。それは、断じてございません。その理由が、ここですぐに明らかになります。」


 何が明らかになるのでしょうか? また、同じような話を繰り返し行い、疲れたところを狙うのでしょうか? 俺の故郷で投資関連を扱う者に、そのようなタイプが多かったですよ。とにかく、相手を疲れさせるための道具をいくつも束ねて顧客を攻撃してきます。そのような場合に遭遇したら、すぐに逃げるのが最善なのですが、そんな獲物は、そう簡単には逃がしてはくれません。疲れ切ったところで怪しげな条件の契約を迫ります。これについては、よく「なんでそんなのに引っ掛かるの?」と突っ込みたくなるような、前提から崩れている案件に多いです。例えば「月に一割儲かる」とか、です。なぜなら、それこそ「年間で一割」であってもプロの中のプロトレーダーとして扱われるのですから、あり得ないんです、こんなのは! あと、値が高くなると検証が雑になりやすい傾向もありますね。これについては、コツコツと貯めるのが得意な方に多いです。値が高いからこそ「徹底的に検証」する必要があるのに、とても気持ちが良い、たった一つの営業トークで落ちてしまう……、よくあります。


 でも、今回のお相手はフィーさんです。まさか、こんな手に……、と思ってはいました。しかし、あの神々の重鎮に気に入られ、「主」を目指すだけの事はあるのかな……? 急に、手札を切ってきました。そうですよね……。わざわざ招待する位です。勝てる打算なく、こんな場所に呼び出す訳がありません。


「理由、なのですか?」

「きっと、興味を抱いていただけると確信しております。あのチョコの中でも選りすぐった最高級品をチョコのタルトにして、栗のクリームで包み込んだものでございます。」

「チョコ……を、タルトにしたのですか?」

「おお……。ご興味いただけましたでしょうか? 少し前……気軽に甘いものが手に入る良き時代でもそう簡単には手に入らない、このような場であってもスペシャリテで通るタルトです。わし……私も気に入っています。」


 タルトって……。固めの焼いた生地のようなもの……、だったはずです。それ以前に、「リョウテイ」で出すような品なのか? これって……、趣旨が異なるよね。つまり、こいつが無理に頼み込んだのかな? ただ……、板前さんに、そのようなタルトを作れるのでしょうか……?


 フィーさん……、立ちながら少し悩み、ゆっくりと着席いたしました。どうやら、興味があるようですね。まあ、さっさと食べたら帰りましょう。大した問題ではないはず、でした。


「ここの料理人は、元々、西の方で修行された方です。単身で飛び込んで独学でその道を極めたという、努力家でもあります。ぜひとも、その方が魂から作り上げる、この甘味をご賞味ください。」

「西……なのですか?」

「はい、フィー様。西でございます。」

「……、それは楽しみ、なのです。」

「それから、こちらの界隈に身を置き、さらに腕を磨き、我ら神々のお気に入りとなりました。」


 ……。途中までは「すごいな」と感心しました。しかし、「最後の一言」で少々胡散臭くなりました。まったく……、です。おっと、料理自体はとても美味しいのですから、そこは問題なしです。


「ところで妖精さんは、どういたしますか?」

「あっ、俺? そうだね……、いただいていきますか!」

「甘いものは苦手であれば、例えば……あのエビなどでも構いませんよ?」

「そうだね……、でも、その甘いものでお願いいたします。」


 あのエビ……、なぜか目が合ってしまってね……。どのみち数日以内には食される運命だろう。しかし、なんだかね……。それ以前に、お腹が膨れておいしくいただけません。


 でもこれで、フィーさんの目の前からチョコが消えたのは、はじめから仕組まれていたという事実で、やっと確定しましたね。ここでフィーさんを「確実」に引き留めるには、あの段階でフィーさんにチョコを与えてはいけないからです。最大限まで我慢させ、別の甘いもので妥協させ、ようやく、準備が整います、かな。ところでこれは、「予知」から導いたのか……。いや、それは違う。こいつ自身の策略だろう。今まで、このような手段を駆使して巧みに相手の攻撃をかわしつつ、最も重要な場面で一気に攻めるという手法、か。そうなると……、最後に、でかいのが来そうです。さすがに、これ位はできないと……あの神々の重鎮が気に入るということはないよな……。そもそも、その重鎮すら「予知」のことは知らないのかもしれない。


 さて、どんなタルトが来るのでしょうか? どのみち、さっさと食べたらおさらばです。でかいのが来る前に、フィーさんを連れ出してでも、逃げます。逃げたいです!


 そして、そのタルトが目の前にやってきました。膨らんだ楕円の形をしていて、オムレツみたいな感じです。上にかかっているのは……、甘酸っぱい苺のシロップかな?


 フィーさん……、すでにスプーンを手に持ち、目の色を変えながら楕円を半分に割っていました。


「これは……変わったタルト、なのです。硬めなのですが、これを口に含むと……、少しずつ溶け出して、そこから甘みと香りが広がる、なのですか?」

「さすがはフィー様です。それ位は当たり前、そして、当然です。この日のために、独自に研究を重ねて生み出したタルトですから!」


 えっ、今なんて……? 「この日のために」だって……?。結局それって、これも「予知」かい! 俺って、やはりダメだね。少し前まで、さすがにこれ位は「予知」ではないだろうと少しは見直してしまったからね。結局、こいつは、こいつで、こいつでした。


 フィーさんは、すでにそのタルトに夢中です。一口目、入りました! 目を閉じて味わっています。おいしいのは確実のようですね。


「フィーさん? どう、お味は?」

「これは……、おいしいのです。始めは硬めなのですが、口の中で少しずつ溶け始めて、……、チョコなのです。そして、栗もおいしいのです。そして、甘酸っぱいソースが合うなんて……。」

「フィーさん……。さっさと食べ終えたら、帰ろうね!」


 俺がそう言った瞬間、やはり反応してきました。


「このような貴重な場は、そう何度も取れません。是非ともここで、ごゆっくりしていただきたく、フィー様にお願いできませんか?」

「そのお気持ちはありがたいのですが、姉のシィーさんが首を長くして待っています。」


 特に考えもなく「シィー」さんの名前を挙げてしまいました。これが、これが……、こいつの真の狙いだったのかもしれません。相手は「予知の精霊」に忠誠を誓った怪しげな輩です。最大限に警戒しておくべきでした。


「シィー様……。あの麗しきシィー様のことですね?」

「はい、そうですよ。」

「わし……私は、シィー様および我ら神々の重鎮を心から尊敬しております。思想と信念が合致するためです。ただそれでも、一つだけ重鎮と賛同できないのが……、シィー様の件です。」

「賛同できない、とは? ここで話せる内容ですか?」

「妖精さん……、そのための『リョウテイ』ですよ?」

「そうだった。すみません。」

「シィー様については、わし……私も心が痛むんだ。あのような残酷な判断を我ら神々の重鎮が下したとは、今でも信じがたいからです。」

「……、ちょっと待ってください!」

「ほう……、よいぞ、妖精さん。」


 シィーさんを苦しめているその判断を下したのは「主」だろ? なんであの神々の重鎮が出てくるの? それとも、その当時は重鎮が「主」だったのかな? でもそれなら、シィーさんが愚痴ってるはずから、それは違うと思うんだ。


「その判断を下したのは、『主』ではないの?」

「ほほう……。さすがは妖精さんですね。もちろん『主』だぞ。しかし、それが『主』の『意志』とは限らないという事だ。」


 その瞬間、フィーさんの手が止まりました。


「わたしが、あの当時、遭遇したおかしな事象は……それだったのすね?」

「フィー様。本当にすまない事をしてしまった。わし……私が『主』になった暁には、この事について、再度、見直しを求める見込みです。」


 どこまでが、本当で、どこまでが、嘘で、どこまでが、予知なんだ? こいつは……。予知が絡むとさ、相手の真意を見抜くのが急激に困難となります。つまり、予知自体はすべてを当てさせる必要はない。相手を疑心暗鬼にさせ、煙に巻き、真意を見抜かせないように作用すれば、「実用的な予知」としては完成みたいですね。


「そんな事が可能なのですか? 相手は、重鎮なのですよ? 申し訳ないのですが、『主』であっても、策もなく重鎮の『意志』に逆らうのは、適正な範囲に入る確率が狭すぎるのです。あの『ゆらぎ』に対抗されるのなら、それなりの準備が必要となるのです。」

「フィー様……。その通りでございます。そして、真実に導く強い力をお持ちの方がおります。」

「……、それは、誰なのですか?」

「それは……、フィー様です。」


 フィーさん……、惑わされてはいけない。そして、気が付いたのが遅かったのかもしれない……、これは罠だったよ。はじめは探られないように控え目に相手に合わせて、途中から、あらかじめ「予知」から割り出して用意させた「相手の弱い面」を活用し、自分に興味が向くように最大限の仕掛けを行ってから、一気に畳み込むという作戦を繰り返して、いよいよ「主」の目前まで迫ってきたようですね。だから、最初は適当に相槌を打って油断させ、最後は……自分のものにする。都の支配者よりも、断然……策士のような気がしてきましたよ! ただし、こいつが「予知」を失ったら、何も残らないただの「空っぽ」だ。それでも、完璧過ぎては相手だって油断はしません。だからこそ生まれる隙が、相手の油断に駆り立て、その油断がこいつの成功に大きく作用しているのかもしれないとは……、皮肉なもんです。


「それが……、わたし……、なのですか?」


 完全に相手のペースに乗せられています。さらには、フィーさんがとても気がかりな姉のシィーさんを全力で引き合いに出されてしまっては、もう、こいつに抗うことはできません。しかも、フィーさんが最も気にされる渦の件を、最も厄介なあの神々の重鎮のばつの悪さに合わせて出してくるなんて、反則技だよ!


 俺の役目は……、なんだったか。あれ? 役目って、なに? なぜか不思議な使命感に包まれています。ここは、落ち着け。相手はさ……、最後に「このような流れになるとわかった上」で、切り札を切っているからね。たちが悪いね。


 この悪い流れを断ち切るにはどうしたらよいのだろうか。相手の「予知」をはるかに上回る、俺とフィーさんに味方する「ゆらぎ」を支配する確率を、俺の運で引き寄せるしかないのかな。……、そうだな、まずはかき乱そう。そうだ! あの時だ……、あの神々とフィーさんの交渉で、同席の場で少し暴れたら、その故障の結果だけは「予知」が外れたらしいからな。はは、この方法しかない。


「フィーさん! そろそろ引き上げましょう。ほら、『楽しい時間』に間に合いませんよ!」

「妖精さん、今は『話の途中』ですよ?」


 すぐに、話を遮られました。とにかく、何でもよいので話をつなぎます。


「酒を求める列に、何食わぬ顔で割り込んだ者に、そのような事を言われる筋合いはありません。」

「ほう……、たしかに、『そんな事があった』な。それは悪かった。ただあれは、必要な『最適化』だったんだ。」

「えっ?」


 俺は一瞬、自分の耳を疑いました。今、「最適化」って、こいつの口から出てきたよな? フィーさんが好きそうな、そんな言葉が、なぜこのタイミングで出てくる?


「どうされましたか? 特に『驚く内容ではないはず』、ですが?」

「いや、ああ、そうですね。特に問題はないですね!」


 こいつは急に、自信たっぷりな態度に豹変して、「驚く内容ではないはず」と述べました。


「どうやら驚かれているようですね? しかし、気にすることはありませんよ。我ら神々であっても、結果の『イニシャライズ』には『奇抜な行動』が必要ですから。そもそも、そのような行為はこの地の概念に反していて、局所的な役回りに徹するべきでした。それこそ、一度生じた『インスタンス』を直接ねじ曲げて自分に合った事象に似せる力技は、精霊様が唯一持たれる力……『モナド』が絶対に必要で、その力に限っては本当にうらやましい限りでございます。ちなみに、あの割り込みの件は、たまたま歩いていたら、大精霊のシィー様をおみかけしたに過ぎなかった、そんな程度のささいな事象として、心の中に収めてください。」

「あ、あの……。」


 な、なにこれ? 俺は……、何も言い返せませんでした。本当に、訳が……わかりません。この相手はフィーさんではないですよ! どうみても、フィーさんにしか相手に出来ない言葉ばかりでさ、急にこいつ、どうかしたの? どうなっているんだよ!


 焦っていましたが、そこで一旦、フィーさんをみます。フィーさん……、あれ? 特に驚いている様子はありません。それどころか、目が合った瞬間に、話しかけられました。


「ディグさん? まずは落ち着いてください、なのです。」

「う、うん……。」


 フィーさんに促されるまま、うなずきました。そして、フィーさんは……、不気味な存在に化けた存在の方を向いて、語りかけるように、質問をはじめました。


「あの、一つ、伺ってもよろしいのですか?」

「フィー様。構いませんよ。」

「今の、あなたの名をお聞かせください、なのです。ただし、名乗れない場合は『ハッシュ』で構いません。」


 ハッシュ? この地は、相手に名乗れない場合は「ハッシュ」で呼び合うのかな? おっと、この肝心な「ハッシュ」の意味を、俺は知りません。


「『ハッシュ』ですか。なつかしい響きですね。」

「はい、なのです。」

「私の『ハッシュ』をみても、特に驚く値ではなく、きっと、失望する事でしょう。」

「そうなのですか……。あなたには『ハッシュ』の『知識』が存在するのですね? その事実だけで十分なのです。」


 うん、まったくわからない。この会話には参加してはいけないんだ。普通に怖いです。


「おや、さすがはフィー様ですね。知らぬうちに誘導されてしまったとは、あはは!」

「ご冗談を、なのです。わざと乗りましたね? そして、あなたが『予知』なのですか?」

「おっと、これ以上は口が裂けても言えませんよ?」

「そうですか、それは残念、なのです。」


 えっ……? なんか今、とっても大切な事実が出てきたような? ……、気のせいかな。


「ところで、大精霊シィー様の『ハッシュ』は、まさに芸術……、あんな『小さな値』が急に飛び出るなんて、誰もが予想もしなかったはずだ。しかし、現実に起きたんだ。」

「はい、なのです。『精霊の式』に準じる『ゆらぎ』もびっくりだったはず、なのです。しかし、すべては『ジェネシス』から来ていますから、はじめから、このタイミングで飛び出すように組み込まれていたと、わたしは信じているのです。さすがは創造神、なのです。これが、『創造神の意志』なのです。」

「つまり、はじめからこの危機を『予知』し、乗り越えるために創造神が遣わせた、奇跡を超えた存在および希望が、大精霊シィー様という認識で間違いありませんね。あの『小さな値』ゆえに、取り込んだ力は莫大です。それは、この地の窮地を、すべてひっくり返せるほどの力です。」

「はい、なのです。そして、創造神なら端から端までの事象を束ね、一度にすべてを『観測』できますから、予知できるのです。」


 なんか……、フィーさんがフィーさんと話すと、こんな感じになるのでしょうか。話の内容は、どこから手を付ければ理解できるのかすら、その糸口すらわかりません。しかし、そんな俺でもわかったことがあります。シィーさんが……、代わりがいない大精霊だったということです。そんなすごい方がおそばに……。まあ、俺も「異世界から来ました」だけどね。……、ちっとも凄くないですね。うう……。


「あの『ハッシュ』は、それを当てて報酬を得るディグ達が何時間も当てられず、『ハッシュ』を生成する……塩で包み込んだ隠し味が壊れたのではないかと疑い始めるくらいでしたからね。それだけの高貴な存在を……、まるで生ゴミを捨てるかのように扱ったあの神々の重鎮には、必ずや天罰が下ることでしょう。寛大な創造神でさえ、許してはくれません。そしてその時は……、妖精が大暴れし、民が一丸となってその重鎮を神々の領域から引きずりおろすことになるのでしょう。」


 なに? ディグだと? 今、俺の名を呼ばれた気がしました。この変な名前さ……、その「ハッシュ」と何かしらの関係がありそうですね。そういや「ハッシュ」を「塩で包み込んだ」って表現していたね。この「ハッシュ」って、美味しい食べ物なのかな?


 ところで、名付けたのはフィーさんですから……。そういや、この地に呼ばれた瞬間から自分の名を完璧に憶えていませんでした。何かが壊れ、入れ替わり、そして狂ったかのように自分の名を忘れている……、そんな不思議な感覚でした。


 それにしても、こいつは一体何者なんだ? さきほどまでは……仮面をかぶり、本当の姿を隠していたようにしか考えられません。ただ、それが仮に演技であっても、ここまで急に変えられるものなのか? 普段からこのような身の振る舞い方をしていて慣れているのかもしれませんが……、同じ者が別々に演じきれる次元を超えているというか……厳しいです。それこそ、こいつの「中身」が全てすり替わる位の変化がないと、ここまでの変化は得られないかと。


「そうなのですか? しつこいのですが……、それは本当に、重鎮だけの判断、なのですか?」

「フィー様。これだけは、信じていただきたく、お願い申し上げます。それこそ、天が地になっても……重鎮には逆らえません。だからこそ、そのような状況が『天の地』と揶揄されているのですから。しかし、その『天の地』で重要な約束事が調整されているのですから、皮肉なものですね。」


 フィーさん……、疑ってますね。


「いいえ、なのです。よくある手なので、警戒はするのです。敵の敵は味方と同じなのです。その重鎮を敵に見立て、わたしを味方として取り込む……、これは、否定できるのですか?」

「ほう。それを今ここで否定したとして、ご信用いただけないのですよね?」

「そうですね。はい、なのです。」

「では、これなら……、ご信用いただける、かと。」


 ……。まだあるのか。いわゆる「切り札」ってやつなか?


「まず、ご信用いただける論拠から話しましょうか。私は、我ら神々の重鎮に気に入られ、いつの間にか、私の意志が通るようになりました。」

「……。あなたは、重鎮の『意志』を超えているのですか? 重鎮には逆らえないと……、ついさきほど、話されたばかりではないのですか?」

「たしかに、我ら神々の重鎮には逆らえません。しかし、その重鎮への反逆が、創造神の『意志』だとしたら、フィー様は、この事象をどう解釈されますか? 『ゆらぎ』を生み出した、すべての解釈が静かに上方向に向くという、絶対的な存在が創造神なのですから、これを超えるのは不可能かと、私は理解しています。」

「……。創造神の『意志』なのですか。あなたは、そのようなものを一体どこで……なのですか?」


 フィーさんと対等に会話できる者が、いたとはね。それを間近でみて、俺は震えております。なお、弟子の俺は本来、このようなフィーさんと対応に会話できるくらいまで成長する必要があります。ただし、間違いなく優秀なミィーの兄すらフィーさんを相手では苦戦気味だったからな……。俺が対等にフィーさんと話せる日など、来るのでしょうか?


「そうですね……。私の『ハッシュ』は、大精霊シィー様やフィー様のような『小さな値』ではありません。当然ながら、このような界隈とは無縁だったはずです。しかし、創造神は、この私が生まれながらの罪を清算する場として、この界隈へと導いてくださいました。それゆえに、ちょっとした、あり得ない偶然が『必然』となって事象になります。」

「そうなのですか? そんなにも都合が良い『確率』は、はたして『確率』と呼んで良いのでしょうか? 新しい定義が必要になるのです。」

「フィー様。私も、それには悩みました。そしてこれで、ご信用いただける論拠を、フィー様に託しました。いよいよ、本題です。」

「……。そうですね。その新しい定義は、今晩、じっくり考えるのです。そして、古くなった部分は『白く塗りつぶして』、修正するのです。」

「……。白で、ですか。たしかに、誤った『知識』は修正ですね。」

「白……、なのですよ? いいえ、なのです。」


 今晩って……? 今晩は休むんだよ! シィーさんとの約束だよ!


「……。では、本題です。」

「はい、なのです。」

「今、どこの地域も荒れています。これが、創造神が与えた罰なのか、苦しみなのか、いずれにせよ耐えるしかありません。そして、当然ながら『市場』も大荒れで……手に負えない事態に向かっています。だからといって、ただ眺めているわけにはいきません。」

「……。そうなのですか? ……、捧げられるものは、すべて捧げたと……、あの方より伺ったのです。これは、本当なのですか? もう……、余力はないのですか?」

「あの方……、ほほう。ミィーという妹を溺愛している、あの者の事だな? たしかに、余力は乏しいが、例の計画もある。安心してよいぞ。」

「例の計画……、ですか。意識はシンクロしているのですね?」

「意識のシンクロ、ですか? 一体、なんの事でしょうか?」

「……。その件は保留、なのです。」

「ほほう。『白紙』から『保留』ですか。それは、格上げですね! それでこそ、私が出てきた喜びですね。それはそれは、嬉しい限りでございます。」


 ……。……。さすがはあの神々自慢の「情報網」ですね。というかさ……、そんな余計な事まで知っているのか? でもそれは……、ああ、はい。


 あと……、こいつの中にこの不気味な存在があって、今はその不気味側に切り替わっているかのような言い方でしたね? こんなのが「主」を目指しているのか……。


「……。はい、なのです。」

「そこで、大精霊シィー様に、『市場の精霊』をお願いしたい。まさしく、適任だ。そして『精霊』ですから、全権限をお渡しいたします。」


 シィーさんって……、「売り売り」だぞ!? こいつは一体、何を考えているんだ……。売りまくる市場でもはじまるのか!? もちろん、雰囲気に流されるような者が生き残れることはなく、俺みたいなことになりますから、雰囲気だけなら問題はないです。しかし、売りまくるための仕組みを次々と導入していったら、どうなるかわかりません。権限を渡すって、そういう事ですよね? ただ、顔を出して「しっかりみています」と挨拶するだけとかではないよね? シィーさん……、そんなのを引き受けたらさ、やるだろうな。間違いなくね。シィーさんが登場する度に値が下がるから、その前に売りまくれとかになるのかな? なんか……、俺も似た経験をしたような記憶が……。登場する度に通貨の価値が跳ね上がるから、それを利用すれば確実に儲かる、だったかな。うん……。


 ただ、そうそう、筋肉だったかな。魔の者が軌道へ乗せたいプロジェクトに「市場の精霊」が必要らしいね。そして、その奇特な精霊は確かに、神々側に所属するようですね。でもさ……、市場の精霊がシィーさんならば、魔の者からでも余裕に頼めるよね? でも……それで、決まるの? それもな……、という気持ちも強いです。


「……。市場、なのですか? 私の姉様を……、市場に?」

「そうです。」

「……。姉様は嫌がると思うのです。」

「フィー様、それならば説得すべきです。なぜなら、これは最高な選択だからです。論拠については……、この大切な役割を引き受けている間は、まさか……『消滅』させる訳にはいきませんからね。そんな事をしでかしたら、投資家の疑心暗鬼の『渦』で手に負えなくなり、市場が何日も真っ黒になります。この危機でそれが起きたら、何を意味するのか……。絶対に防がなくてはなりません。聡明なフィー様なら、すぐにでもおわかりいただけると、強く願っております。」


 何日も……真っ黒か。俺が、故郷で最後に見た悶絶な光景でした。……。そして、これが「切り札」なのかよ。これは……、フィーさん……、断れないよ。こいつが「主」を目指して、「主」になって、フィーさんにとって最も苦痛な選択肢……シィーさんがこの地のために犠牲になるという「消滅」を、この「主」が命じたら……。たしか、「主」の命令は絶対だったはずですから。この俺ですら、すぐにわかったのですから、もう止めることはできません。


「その役目を引き受けている間は、私の大切な姉様の命が保証されるのですね?」

「さすがはフィー様です。理解が早くて、とても嬉しいです。」

「わかりました、なのです。必ず、説得するのです。」


 フィーさん……、何の迷いもなく即答でした。一度は断った相手に、承諾を即答させるとは……。こいつは。いつもこのやり方で「主」に接近してきたようですね。これは……きついです。


 さらに、後で気が変わらないようにするためなのか、押しの一言がありました。もちろん、それ自体は受け入れ難いものです。しかし、このような条件で丸め込まれると、なぜか綺麗に映ってしまう……。「ゆらぎ」って、なんだろう。


「任期は十年……、いいえ。私が『主』の間は必ずお願いすると、確実に保証しましょう。つまり、それは『永遠』を意味するのかもしれませんね。いかがでしょうか、フィー様。」

「……。それは……。」


 あのフィーさんが言葉をつまらせました。さらには俺だって、衝撃を受けましたよ。永遠って……、なにこれ?

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