35, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次は……小さいものは潰せ、か。
フィーさんが……、おかしくなったのか? 生けすに「甘いもの」は泳いでいませんよ。
「そ、それは……フィー様。どのようなご要望、ですか? それとも、このエビにご不満があると? このエビは、この地域一帯で古代より祭られる地で獲れた、大変貴重な種でございます。」
「そのエビは、関係ないのです。わたしは、あなたの『予知』がどの程度かを計るために、予期しないことを告げてみただけ、なのです。」
……。そういうことね。そして、こいつは慌てていました。つまり、その「予知」でも、まさか生けすに「甘いもの」が要求されるような事象は出ていなかったみたいですね。
「わし……私は、フィー様に試されているのか。そのような試練なら、苦ではない。とにかく、生けすの前で立ち話では……、カウンターにご着席くださいませ。」
「はい、なのです。」
促されるまま、指定された場所に着席します。そしてすぐに、眠気を誘う話がはじまりました。
「それにしても、妖精をお連れするとは……。」
「妖精はお嫌いなのですか?」
「妖精を好む者は、この界隈には、なかなかおりません。」
「そうなのですか?」
「わし……私は、『予知』と出会うまでは、本当に、妖精の存在が怖い日々でした。あれらは、なぜか『小さいもの』を好んで取り上げるため、私の思想と合わず、苦しんできました。」
「思想……、なのですか? 信念ではなく、思想、なのですね?」
「思想です。そして、できれば信念にしたい……、そんなところです。まずは概要からです。それは、効率を重視するという概念です。小さいものたちが分散するようでは、いつまでたっても効率は低いままです。だから、このような危機には対処できない。それゆえに、大きなものに吸収させることにより、効率が大幅に上がり、結果的に豊かになります。しかし、それを邪魔するように……、あの妖精たちは動いています。嘆かわしいです。」
「大きなものに吸収させる、なのですね?」
「そうだ。」
「あなたは、地に足を付けているのですか? 自然に起こる……すなわち介入できない確率に左右されて大きなものに吸収されるのなら問題はないのです。しかし、大きな介入でそれらを行うと『ゆらぎ』の変化の変化に影響が出るのです。本来は、その非中央集権的な確率で満遍なく恩恵が降り注ぎ、多種多様な生物が『ジェネシス』から分岐して、肩を寄せ合って生きているのです。しかし、その確率に偏りが起きると、『ジェネシス』に元から備わる『生き残るための本能』が働き、あなたが指摘した『思想』が大きな方に『固定化』されていくのです。これを避けるには、変化の変化を自然に戻し、何度作用しても……変化しないようにするしかありません。ただ、この『本能』は非常に厄介で、一度でも働き始めると暴走するのです。明らかに自分には不利に働く作用すら、気が付かずになぜか受け入れてしまう……、よくやる『シーケンス』の見誤りや、そのような『勘違い』をうまく利用し、巧みに成り上がる者が、この地にはおりました。これについて、あなたの見解をお願いしたいのです。」
甘いもので復活したフィーさん……相手に、こいつがどこまで粘れるのか、見物です。えっ? 弟子なら弟子らしく、しっかりとフィーさんを支えろだって? 無茶は言わないでください。
「フィー様? それは、難しく解釈し過ぎです。もう少し、簡単にまとめ上げられないかと……。」
「これでも……簡単にまとめているのです。たとえば、式は出ていないのです。」
えっ……。式があるの? これに? そうなんだ。
「これで簡易的にまとまっているのか……。すごい方々が揃っていますね、精霊様は! わし……私は、そのような精霊様に囲まれ、大変うれしく感じております。」
明らかなごまかし、だね。でも、それがフィーさんに通用すると思ったら、大間違いだ。今まで詭弁を繰り返して生きてきた者ほど、フィーさんを相手にするのは厳しいだろうね。
「わたしは、見解を伺ったのです。感想では、ないのです。」
ほらね。ごねはじめたら、大変なんですから! フィーさんは。
「……。小さいものは大きなものに吸収され、効率よく稼ぐだけ。これだけのことが、なぜ、そのような展開に至るのか……? 複雑な展開については、精霊様にしか、わからないかと……。」
「まさか、それが見解なのですか? ……。あなたはそれで本当に、民を導けると、考えているのですか?」
すでに回答がおぼつかないみたいです。こんな程度で苦戦とはね。呆れるね……。なんてね。俺もまったく理解できていません。しかし、こいつよりかは良い見解をはっきりと言えるつもりです。毎日、フィーさんに論理を鍛えられています。「予知」についてだってさ、湯につかりながらですが、道筋を立てられました。実は、成長しているのかな……、俺。
「その点については自信がある。」
「自信……なのですか?」
たしかこいつは、元「予想屋」の先生だった。根拠のない予想を並べながら「自信あり」とか、あったな! めずらしく根拠があるときは、他で開かれている市場の値を見ながら書いているだけ。
「自信のない者が『主』を目指すことはしない。このような危機的な状況であっても、余裕だ。」
「その余裕は、どこから湧いてくるのですか? この場に来る前に、わたしは姉様に、あなたが姉様に話した内容の概要を伺っているのですよ? そこに、わたしが否定した計画の概要があったのです。『燃え尽きぬ計画』、でしたね?」
「フィー様……。それは、妖精の前では……。」
「そうなのですか? たしかに、立ち話の内容ではないため、姉様が慌てて止めたと伺っているのです。」
「シィー様が、そのような細かい部分まで、わざわざ……。すぐにでも忘れるはずだと……。」
「わたしの姉様は、わたし以上に手強いのです。なぜなら、わたしが目標としているのですから。」
フィーさんの目標が……、シィーさん? それは本当に? シィーさんの口から、フィーさんの「楽しい時間」に飛び出るような言葉が出てくるの? それは、想像できないな……。
「まあ、過ぎた事だ。万一、その計画がとん挫してもだ、我ら神々には『予知』がある。」
「その『予知』は、何かの作用があるのですか? 姉様の話だと……、わたしがその計画に快く手を貸す、だったはずですよ? しかし、起きた事象は『旅行キャンペーン』で、否定されたのです。」
「なんとも、それについてはとても落胆している。しかし、それ以外はすべて当てている。」
そうなんだ。よし、ここは弟子として……、一言ですね。
「あの、一言、いいですか?」
「妖精……。余計な事は言わないぞ? それでもよいか?」
余計な事は言わないって……。それが、割り込みをして騒ぎを起こしてから、あんな立ち話をするのか……? あれ……。待て……、割り込みしたのは酒を買い占めたかった欲望からではなく……、騒ぎを起こすためだったのか? 騒ぎを起こして、そこで「わざと」あの内容をあの場で吹聴すると……。何かがつながりそうで、つながらない。とにかく今は、予知について探ろう。
「構いません。伺いたいのは『予知』の活用方法について、ですから。そんなにすごい『予知』ならさ、例えば……、番号が合致すると、その場でたっぷりと富が手に入る、あれとかに使えないの?」
「番号が合致すると富、なのですか? それは……『精霊くじ』ですね?」
「ほほう。くじ、か。」
精霊くじ? なんとなく聞いた事があるような、ないような……。でも、俺の頭の中にある概要と同じものだろう。
「それは、仮に『予知』という力が存在したとしても、その力は必要ないのです。」
「フィーさん?」
あれ……。フィーさんが話し始めてしまいました。
「なぜなら、本当のくじなら、当選の番号を決める部分に『精霊の式』を使う必要があるのです。しかし現実は、『古典の式』で算出された値または運動量を利用していて、古典ですから……、事前に何が出るのか位は……計算でわかるのです。それでは『くじ』になりません、なのです。」
「そ、そうなんだ……。つまり、そうだよね! 当たらないのは、それが理由か!」
「はい、なのです。それにも関わらず『精霊くじ』と名乗る所が気に入らないのです。それでも、古典を司る『シード』を『ゆらぎ』に従う存在にすれば……、シードがわからないので安全にはなるのです。例えば、無作為に選びだした任意の方にシードを入れてもらう、などがあります。しかし、そこにも『古典の式』から導かれるシードで、そのシードが計算できるのなら、意味がないのです。」
あぶないあぶない。突然、この展開ですから。今後、注意します……。つまり、なぜか小さな確率の事象ばかりを当てまくる奴の存在が、その「シード」……なのかな? たしか俺の故郷にも、いました。そいつと一緒に空の旅だけはしたくないという噂まで広がり、かわいそうだった。……、空の旅? あれ……、なんだろうか。どうやったら空を旅するなんて、できるのか? 翼でも生えたのかな? なんか今の俺、記憶が途切れ途切れで整合性までも失ってきて、時々、こうやって不意に思い出すのだが……、非現実の風景が脳裏に浮かんで消えていくという、不思議で浮いた感覚が全身を支配して、悩んで、またその繰り返しです。そのうち、消えるのかな?
「フィー様。わし……私は、くじは苦手で……。」
「それについては、わたしも、なのです。」
「やっと……気が合いましたね?」
「いいえ、なのです。」
「フィー様、冷たい。」
「この『旅行キャンペーン』と、あの計画を比較し、このキャンペーンが劣っているとお考えの方と気が合うことはないのです。」
「そこは、少しでも妥協して、是非とも……。」
「嫌、なのです。」
「そうですか……。しかし『予知』では、来年はこの地域一帯に『素晴らしい福音』があると出ているぞ。しっかりと着実に稼ぎ、安定させる。これについては、特に問題ない行為ですよね?」
「それは、どの視点から『素晴らしい』のですか?」
「視点、ですか……?」
「はい、なのです。あなたの『予知』には、疑問が沢山あるのです。例えば、です。あなたの『素晴らしい』は、本当に『この地域一帯の民からの視点』、なのですか? もしその視点が『他の地域一帯』だった場合、逆の意味になる場合もあるのですよ?」
「ちょっと、待ってください! それは、いくらなんでも!」
「なぜ、そこまで慌てるのですか?」
「……。それは考え過ぎですよ! そう、考え過ぎ! 『予知』については、わし……私が服従を誓う、高潔な精霊様なのですから。」
「そうですか。それなら、これ以上は、ここでは問わないのです。どうぞご勝手に、なのです。」
それさ……俺もフィーさんと同意見です。一番頼ってはならない「予知」だぞ。そういうのはね、「肝心な大きな出来事」で大きく外し……取り返しがつかないことになるから!
「このように、わたしがこのように攻撃的な姿勢に出ることは、その『予知』には無かったのですか? もしわかっていれば、あの神々の参謀から、よき回答例を事前に準備できていたでしょうから、なのです。ただしそれらを得ても、『紙』に書き留めて、それらを読むだけでは相手に失礼なのです。」
「……。精霊様を相手に、『予知』は失礼極まりない。この力は、民を相手に行使するものです。我ら神々の重鎮からも、そこは厳守せよと、直に申し付けられております。」
……。何が「民を相手」にだよ。ふざけるな、だよ! すでにこいつは、あの神々とフィーさんの交渉結果に、その「予知」の力を利用して、見事に外したではないか! ああそうか、外したからノーカウント? ははっ! きっと、そうだよね。
「そうなのですか……。わたしも『民』ですから、多少の矛盾は問いませんので、大丈夫なのです。では、あなたの思想が、全体を破壊させてしまう事例を挙げるのです。」
「フィー様? 全体が破壊? それは決してない。効率が上がり、稼ぎがよくなるはずなんだ。」
「そんなに簡単ではないのです。まずは、これをみてください、なのです。」
フィーさんが空中に手をかざすと……そこには! 俺がいつの間にか身に付いた、頭の中に映し出される……トランザクションの画面です。それが宙に浮いていて、とても……、神秘的です。俺もできるのかな? ちょっと期待です!
「精霊様に備わる神秘的な力は、どれもこれも美しい。わし……私は、これより美しいものはないと考えております。」
うう……。それは精霊の力なのね。俺が、できる訳ないよね。そしてこいつは、事あるごとに、心にもないことを口から出しますね。みているこちらが恥ずかしくなって顔をそらしたくなります。
「これは、わたしに残されている『犬』の残高、なのです。」
「『犬』だと……。」
急に苦笑いを浮かべて、何かを言いたそうです。怖いです。
「はい、なのです。」
「それは……、古代より我ら神々の領域に手を出してきた、不届きものではないか。」
「不届きもの、なのですか? つまり、否定、されるのですか?」
「そうだ。」
価値のある「大切な犬」は嫌いなのか? こういうものでは動かないタイプなのかな? 予想屋をやっていたのなら、こういうものには目を光らせるはずなんだが……。だから、嫌っているのか?
「あなたは……、精霊の力は『どれもこれも美しい』と、述べたばかりではないのですか? そしてこの『犬』は、精霊の力なのですよ? ところで、あなたの『どれもこれも』は、何を指しているのですか?」
「それは……、これが精霊の力? それは初めて知ったよ!」
「ここで、初めて知ったのですか? それであなたは、民を導くのですか?」
「それについては、すまん。謝る。精霊様の扱う『知識』は、とても広く、深淵をのぞき込むように深いため、どうしても、その、初めての分野というものが出てきてしまいます。」
「そうなのですか? そのような大切な『知識』から逃げ、大局的な視点……『大きなものに集めて、稼ぐ』を掲げてしまうなんて、そこには何の論拠もないのですね?」
「それは違う。しっかりと内容を熟知して、掲げているんだ!」
「そうなのですか。しっかりと熟知されたのなら、護衛の精霊様を必要もなく通路に並べ、それを眺めてご満悦という行為に対しては、恥ずかしいものだと強く感じるのですが……。この『リョウテイ』に至る通路に、そのような護衛が沢山ならんでいたのです。あれらについては、どういった解釈をお持ちなのですか?」
「今はその話ではないぞ!」
「そのようですね。では、戻すのですか?」
「……。フィー様? その話は、今の……なんでしたっけ? 『犬』……だっけ?」
「今の議題をお忘れなのですか? 『犬』については、これからわたしが掲げる具体例、なのです。今は、あなたの思想について、なのです。そして、その『犬』をあなたは否定したので、少しばかり話が脱線したのです。」
「そ……、そうなのか。」
こいつさ……。「予知の精霊」がいないと、恥ずかしい位に何もできないな。まじで……自分では何もできないタイプですよね? この界隈で、なおさら「主」を目指すのなら、それが苦手な分野でもさ……、フィーさんが手をかざして「見てね」と誘ってきたのなら、話を合わせるくらいの話術は欲しいよね? こいつは、ただ美辞麗句を連ねるだけで、その前後につながりがないから、相手が理論的なほど、すぐにその矛盾を突かれ、混乱してしまう、ですね。
「はい、なのです。『小さいものは大きなものに吸収され、効率よく稼ぐ』、でしたね? どうして、このような流れが必要になるのか、理解に苦しむのです。」
「流れ……ですか?」
「はい、なのです。こんなのは『小さいものは潰せ』、これでいいのです。意味は、ご一緒なのですよ?」
「フィー様! お、恐ろしい事を……。」
「どうされたのですか? あなたの思想を変換しただけ、なのですよ?」
「違う! それは、断じて違います!」
「そうなのですか。せっかくの機会ですので、『小さいものは潰せ』に対する、ちょっとしたチップを、と考えていたのですが……。」
「……。」
「まず、子は邪魔になるのです。なぜなら、『ジェネシス』から派生した『意志』で操られる子は、『ゆらぎ』の上に存在するのですから、天の思い通りにはならず『非効率』なのです。とにかく、そういった小さいものから潰すのです。これについては、天からの手当てを一部打ち切れば、簡単です。次に、その穴埋めなのです。天の意向にすべて従う、隷属となる『人形』が大量に必要となるのです。もちろん効率のために子を捨てたのですから、効率的に『人形』を創造する必要があります。そこで、事象が確定しているものが揃う『古典の式』を活用します。あとは、天の意向に従うように、それらで深層まで学習させるだけ、なのです。これで、息絶えるまで天に従う『効率的』な人形がたくさん手に入りますよ。あとはもう、おわかりですね? それら『人形』を意のままに操り、儲けて、その利益はすべて天が享受するのです。あとは……、飢えない程度に民への配給をして『最小限の民』を生かします。そして、その残った民らには、『人形』には実現できない本当の意味での『おもてなし』を……、神々や精霊に『快楽』として施す……、そういった地を目指すのですね? それはそれは、美しい地になりそうで、わくわくするのです。いかがですか?」
……。その類は聞いた事があります。最小限生きていくだけの飯と設備は保障されているが、全てが管理され、思考までもが中央集権的な集団になり果てる……だった。たしかに、生きていくことはできます。しかし、全てが管理されます。食べる物や、食べる時間、そして寝る時間だけではなく、あんなことやこんなことをする時間まで、その……天が完全管理するんだよね? それって、『死んだ方がまし』ってやつですよ!
「フィー様のご助言は難しくて、わし……私のような者には厳しいというか……。」
「そうですか。それは残念なのです。わたしは、あなたが『主』を目指すのなら、もうこれ以上の協力はしないと、決めたのです。親しくて愛おしい別の精霊を当たっていただけますか?」
フィーさん、しっかり断りましたね。そのフィーさんの口調が強めでね、強い『意志』を感じられました。断るよね……、こんなやつが率いる神々に協力はできないよ。
「フィー様、それは困ります。」
「なぜ、困るのですか? わたしは協力の条件に、あの計画を外すことを提示したはずです。しかし……、わたしの姉様から、そのときの表情までも伺っています。それは……、まだあきらめる様子は微塵もなく、燃え尽きぬ……とかで悦に浸っていたと。」
「フィー様は……、理想で話を組み立てるのがお上手なだけです。」
「そうなのですか? では、先ほどからここに映っている『犬』を、よくその目でみてください。」
「また……『犬』なのか。」
「はい、なのです。」
「その『犬』っていうのは、どこで、動いているんだ? 我ら神々はもちろん、他の地域の神々すら、そんなものを管理している覚えは一切ないと告げている。わし……私からみても不気味な存在だ。」
そういや……、この「犬」って、誰が動かしているのだろうか。精霊ではないのか? これについては……、俺も知らない。とにかく、トランザクションで「犬」が移動する、ただそれだけだと考えていました。でも、そのような処理だって……、勝手には動かないよね?
「この『犬』は、誰にも管理されていないのです。それこそ……『主』であっても、思い通りに操ることはできないのです。それが、この『犬』の特徴なのですから。そして、わたしは『ゆらぎ』の上に『犬』は存在すると推測しているのです。ただ、……、いえ、ここではやめておくのです。」
それは……、やめておいた方がよいね。うん……。
「……、何だと? 『主』の思い通りにならないものが、存在するのか?」
「はい、なのです。そもそも、思い通りにならない事象の方が多いのですが……。例えば、あの『渦』です。あれも『ゆらぎ』の上に存在するのですよ? だから、『主』が『この地域一帯の上を、渦が通過ことは今後禁止する』と告げても、あの渦は海上で発生し、何食わぬ顔で通過するのです。」
「それは……自然だろ? あと、ある程度なら精霊の力で……。」
精霊の力、ね? それでシィーさんは苦しんでいるんだよ? まったく……こいつは、ほんと、久々にみた……です。もう、頭の中に思い浮かべる事すら苦痛だよ。
俺は、妖精として……、こいつに、言ってやります!
「おい! 何が『ある程度なら精霊の力で』、だよ? ここって海に囲まれているのだから、毎年、渦が通過する事くらいはわかりきっているはずだろ。だから、精霊に頼らなくても済むようにしっかりと準備をしておくべきなのにさ、はじめから精霊に頼りきって、それで失敗したら精霊にすべてをなすり付けるとか……、腐った『天の使い』をみているようで、吐き気すら覚えるよ?」
「……、妖精が、何を言い出している!?」
「なんだい? 妖精が口出しをしたら悪いのか? 一応、俺も民だぜ?」
うう……。言ってから少し後悔です。前にも、あの神々のやつら相手に暴走してしまった。また、やってしまったよ。フィーさん……。
「ディグさん……。わたしの姉様の苦しみを代弁していただき、ありがとうございます、なのです。」
「まったく……。失敗するからこうなるんだ……。」
「そうなのですか。あの件はすべて、わたしの姉様が悪いのですね。わかりました、なのです。」
おいおい……、こいつの本性が少し出てきたのかな? 先ほどまでは「シィー様」だったぞ。それが、これですから。やれやれ、です。
フィーさんも、いらいらしていますね。どうみても中身がない輩の相手ですから。手ごたえもなく、得るものもなく、無駄に時間だけが過ぎていくのが耐えられない。きっと、これですね。
「フィー様、それは大きな勘違いでございます。では……、こちらをご賞味くださいませ。」
「ご賞味? なにを突然……なのですか? わたしはもう……、入らないのです。」
本性なのか、失言なのか。その次は……ご機嫌を取るのですか? そもそもここは、あの「生けす」で生かされている食材や、この厳粛とした雰囲気からみて、俺には縁がない、手が届かないようなものを食すところだよね? そういや、あの筋肉が「リョウテイ」で済ませてきたと、話していたな。まったく……シィーさんを置いてきぼりにして、何をしているんだ、奴は! それでこいつに絡まれて、巻き込まれるように招待されてしまった、だろうな。それもと、あの筋肉がまた裏で糸を……? さすがに考え過ぎか。ただ……、この界隈に片足を突っ込んでからというもの、こいつのような者ばかりでさ、意味もなく精神が消耗して、本当に疲れます。
「そこを何とか……、一口だけでも、お願いいたします。」
「そうですか……。」
一口って……。結構な品が出るのかな。
「そちらの妖精さんも、是非とも、お召し上がりください。」
「えっ? 俺もいいの?」
「是非とも……。」
まあ、うまそうな物が真横で食われるのを眺めているだけは、むごいよね。ただ俺も……、シィーさんにあの「水」をかなり飲まされていてね、腹が膨れています。
……。目の前に一品目が優しく置かれました。上品な白い器に、魚の切り身が盛り付けられ……、何かの油がまぶしてあり、その切り身が輝いています。一体、なんだろう?
「おお、これは! これは、とても高価な鮮魚ですが……、『四季』と呼ばれていたものが存在した古代ではこの時期、近海でよく獲れていて民に親しまれていた脂乗りがとてもよい魚です。それだけでも美味なのですが、さらに酸味のある貴重な果実で丁寧に下ごしらえして、身がしまり、かつ、そこに芳醇な香りと魚の脂が絡み合って、最大のうま味を引き出しています。」
「それは……、間違いなく美味だよ。」
「妖精さん……、お詳しいのですか?」
「いや、詳しくないです。」
「……。そこは見栄を張るところでは? まったく、そこまで正直な妖精さんは、はじめてみる。さすがは、フィー様が認めた妖精さんです。」
この表面に光る油は……、魚の脂がほどよくしみ出したものだったのね。なんかバカにされたことを言われたような気がしたが、もはやどうでもよい。その切り身を口に運ぶ。……。食感と風味が良いのはもちろん、僅かだが辛みもあります。うん、うまいです!
フィーさんも……、一口は食べたようですね。
「フィーさんは、甘いもの……デザートしか食べていないので、順番が逆になったね?」
「ディグさん? あれらは夕食なのです。」
「おや? フィー様……。甘いものが好みなのですか?」
「……。はい、なのです。」
「それは奇遇です! わし……私も、甘いものが好物です。」
嘘つけ……。それはないと思うぞ。ただな……、案外、甘党は多いからな。ただ、こいつが……、フィーさんが満面の笑みで楽しんでいた栗のお菓子……ケーキかな。それを食べている姿とかは、俺の想像力で描くことが困難な状況です。
「では、どのような甘いものがお好み、なのですか?」
「それは、茶にハチミツを入れたり、あと……とても甘くてコクが深い飲み物……ココアです。」
「ココア、なのですか?」
ココアといえば、チョコではないか。さりげなくフィーさんの弱い部分を抑えてきていますね。こいつが忠誠を誓う「予知」の精霊に「ココアで攻めろ」と、はっきり出ていたのでしょうか?
「ココアは、今回のキャンペーンでも重要な位置付けとなっています。わし……私は、このキャンペーンに否定的でしたが、フィー様の喜ぶ顔をみて……、是非ともこれを成功させ、盛り上がればと……、考え始めています。」
相変わらず、調子だけはいいね……。でもね、その予知の精霊は、フィーさんの心までは読めなかったみたいですね。甘いもので一時的に思考が止まったフィーさんには、何を言っても意味がないのですから。
「ココアは……、チョコになるのです。」
「フィー様?」
「ココアは、チョコ、ですね。」
「あの……。フィー様?」
「チョコ……、なのです。」
フィーさんの調子は、そう簡単には戻りません。
「あの……?」
「この切り身は……、チョコの代わりなのですか?」
「チョコの代わりというと……? なるほど! 本日は、わし……私が苦労してかき集めた原料からなるチョコが沢山あったはずですから……、心ゆくまで、お召し上がりになられたのでしょうか?」
おや? チョコで攻めていきますか。それなら……、このままでは困りますから、俺から話しかけて、目覚めさせてみましょうか。試しに、「楽しい時間」に出てきそうな言葉をぶつけてみます。おそらく、反応するはずです。
「フィーさん? チョコの件は残念だったよね?」
「はい……、なのです。」
「チョコは美味しいよね?」
「……。はい、なのです。」
「たしか……、『最適化』だったよね?」
「最適化……、なのですか? 最適化……、そうだったのです。」
「最適化」の意味はわかりません。ところで、目を覚ましました。そして、そのうち知ることになるのでしょう。一応、弟子ですからね。
「フィー様……。チョコはお嫌いなのでしょうか?」
「いいえ、なのです。」
「では……、なぜ? あれだけの量がありながら、フィー様が取り逃がしてしまったのですか?」
あれだけの量? 何かがおかしいね……。こいつは「リョウテイ」がある別館にいたはずです。それならば、なぜその事を知っているのでしょうか? 間違いなく、ここのメニューに介入したってことだよね?
フィーさんも余裕に気が付いているようです。
「はい、なのです。前にいた少年が、残りのすべてを奪っていったのです。」
「なんて……、ひどい事が起きていたんだ。」
両手で顔を覆い、悲劇の顛末を同情するかのような見苦しい姿をさらけ出しています。フィーさんは、そんな演技にはまったく反応せず、淡々と話を続けていきます。
「たしかに、後ろの方々を考えずにすべてを奪っていったのは事実なのです。しかし、自由に取っていいルールなのですから、悔しいのですが、諦めているのです。」
「……。さすがは偉大な風系統の精霊でおられるフィー様です。しかしながら、それは誠に残念でなりません。我ら神々は、チョコの原料にこだわり、この地で最も品質が高いと呼ばれる地域一帯から苦労してたくさん仕入れてきたのですから!」
「そうなのですか……。ところで、原料にこだわったのは、なぜなのですか?」
「フィー様……、それは、その……。」
「それは、わたしの好物だったから、なのですか? そして、わたしの目の前でチョコが奪われたのは、ここに招待するための『必須となる事象』だった、これですね?」
「必須となる事象」って、どういうこと? フィーさんの好物を知っていた件ついては……、昔から知っていた、それとも「例の情報網」か……あの「予知」なのかな? 色々な選択肢が出てきますね……。
「フィー様……。それは誤解です。失礼ながらフィー様、甘いものを目の前にすると浮かれてしまう傾向がございます。そのお気持ちは、わし……私もよくわかります。」
「そう指摘されてしまうと……、否定はできないのです。わたしが甘いものに弱い事については、わたし自身も十分に承知しているのです。」
「誰にも弱い部分はあります。たまたま残りが少なく、無くなったのは間違いございません。」
「そうなのですか……。」
それは違う……。あの異様な奪われ方は、俺がこの目でしっかり確認しているからね。
「そして、わし……私には、フィー様のような『知識』や、都の支配者のような『知恵』はありません。しかし、それらを十分に補える力を身に付けました。それこそが、このチョコの件です。」
「身に付けた……、そうではなく、それはその身にまとった『予知』の力なのですか? また、それらとチョコの件が、何と結びつくのでしょうか?」
そして……、今回は余裕の相手と考えられていた状況が、大きく様変わりします。こいつはさ……、大きな成果を得るために、はじめからあの異質な予知の力を最大限に活用し、すべてを計画通りに運ぶのが得意だったようです。