349, 潮の音が、時折そっと耳を撫でていく。空だけは妙に青く、太陽の光は強いはずなのに……それでも、不思議と心地よかった。ひとまず、やるべきことは全部終わったわね。少しの間でもゆっくり休みましょう。
たまには……いいわね。今回ばかりは、ちょっと力を使いすぎた気がするのよ。もちろん、そんな悠長な場合じゃないことも、ちゃんとわかってる。でも……そう簡単には解決しない。想像以上に、状況は複雑に絡み合っていたわ。
軽いディールを提示したところで、一蹴されるのがオチよ。相手は……わたしやフィーが考えていた以上に、ずっとずっと用意周到だった。
もちろん、こういうことは今に始まった話じゃない。何度も、何度も繰り返されてきた。それでも……今回こそは違う。そう信じたい気持ちが、どこかにあったのかもしれない。
でも現実は、甘くなかった。相手はすでに、すべてを奪われていたとずっと考え続けていたのよ。長い長い時間をかけて、そうね、フィーが任された時代、いや、それよりもずっと前から。
そして今、その時間が引き寄せたのが、今のこの状況ってわけね。
……。潮の音が、時折そっと耳を撫でていく。空だけは妙に青く、太陽の光は強いはずなのに……それでも、不思議と心地よかった。ひとまず、やるべきことは全部終わったわね。少しの間でもゆっくり休みましょう。手にしていた冷たいグラスの縁で、ひとつ、溶けかけの氷がカランと音を立てる。この場所に、今は誰もいない。正確には、「誰にも干渉されない」時間が、たまたま訪れていただけのことかしら。
でも、わたしは……この問題にも、きちんと向き合っているわ。ここだって、昔は今とは比べものにならないくらい賑わっていたのよ。でも……今は違う。荒れ果てた潮の音が残るばかりで、かつての魅力なんて、ほとんど跡形もないわ。
それなのに、あれだけ壊しておいて、住処を追われた魚たちは、きっと深い海の底へと逃げてしまったはず。手に負えなくなって、今度は……精霊に押し付けることにしたのよ。だいたい、精霊って、もともとそういう「役割」だったんでしょう?
でも、見て。精霊は一体どこから生まれたというのかしら? 手本が悪ければ、そこから学ぶものも当然、歪む。背中を見て、対話して、育つ……。そのプロセスが狂っていれば、結局、押し付けたところで「同じ構造の再生産」にしかならないわ。
精霊の「超越的な力」にすがろうとして、失敗して、気がつけば、立場まで逆転されていた。しかも今では、推論すら量子すら、精霊たちに掘り尽くされそうになっているわ。
……そんな感じね。それでも、どうしても自由が欲しくて。だから……チェーンの力に、すがってしまったのかもしれないわね。
「……ま、たまには、いいわよね。それにしても、想像以上に……女神って激務だわ。」
構造の歪みも、戦略の駆け引きも、今は少しだけ遠くにあるような気がした。足元に触れる砂の温かさが、過ぎ去った日々を静かに思い出させる。それでも、またすぐに戻ることになるわ。静かでありながら、確実に迫り来る「裏返し」の気配が、風に乗って近づいているのだから。
それにしても……ここの穏やかな雰囲気の中から生まれたこのチェーンだけが、現時点で構造的な破綻を起こしていないなんて。もちろん、中央寄りの設計が目立つのは事実。「光円錐にヒストリーを刻む上位リーダーの十賢者」とか、ちょっとね……。でも、こうなってくると、本当に重要なのはそこではないわ。最も大事なのは、秘密鍵がラグられないことよ。そこだけは絶対にゆるくできないわ。
……、そうでなければ、大精霊の通貨に対する部分準備や戦略的な組み込みなんて、土台から無理な話よ。だからこそ、壊れかけた通貨を立て直すために、何かを戦略的に組み込むとしたら……構造的に見ても、結局はこのチェーンしか残らない、ってことになるわ。でも……もし本当にそんな流れになったら、きっと荒れるわよね。……そう、間違いなく。
それで、これは偶然だったのか。それとも、最初から仕組まれていた必然だったのか。わたしや、あの精霊のミームは……、このチェーンの中にあるのよ。まあ……そうね。大精霊の通貨が絡む以上、あの大精霊たちが中央を好むのは、ある意味、当然の流れよね。そう考えると……案外、このチェーンとは相性がいいのかもしれないわ。……皮肉な話だけどね。
「いたいた。おまえ、こんなところで何やってんだよ。今の時代、海なんて眺めるものではないだろ?」
「な、なによ? これだって……女神として、しっかり観察してるのよ。……このままでいいわけ、ないじゃない。」
「おまえな……ゆるいくせに、妙なとこだけ真面目だよな。ほら、準備は整ったぞ。今日くらい楽しもうぜ。ほら、早く!」
「……ちょっと。一言多いのよ、もう。」
さて……少しだけの、わたしだけの時間は終わり。ところで……今日くらいは、楽しんでも、いいわよね? そういえば……。あの偉大なる食べ物も、ちゃんと持ってきてたんだった。……忘れるところだったわ。




