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34, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次はフィーさん絶好調です。

 まったく、何が「招待」だよ? どうせ、俺のような者なんかは相手にしない、そして、されない。だから「招待」という表現がピッタリです。そんな表現を精霊のフィーさんに使うとは、呆れてものが言えません。


 それにしてもフィーさん……、俺が同伴で大丈夫なのか? ミィーの兄だっていたぞ。シィーさんはほろ酔いで少し壊れているので除外ですが……。なぜ、俺なんだろう?


 俺みたいなアホが追加されることについては、ミィーの兄が承認を得てきました。仕事がとても早く、正確ですね。冗談抜きで、あの神々にこき使われているなんて……勿体ないです!


 そのようなアホを連れ出すという謎めいたフィーさんに手を引かれ、別館の前に立ちます。そして、俺の予感が的中しました。その別館に渡るための通路の入り口は、高そうな木材で作られた重厚な扉で……俺らがいるような空間とは完全に仕切られ、その扉の脇に「護衛の筋肉」がいます。見張りのようですね。


 その護衛の筋肉がフィーさんに、この場から立ち去るように促しました。


「おっと、この先は立ち入り禁止だよ、お嬢さん。」


 何が「立ち入り禁止」だよ……。その先には、俺には手が届かない「リョウテイ」があるんだよ。


「その先に招待された、フィーと申すのです。お通し願えませんか?」

「フィー……。あっ、フィー様ですか! 大変、失礼いたしました!」


 護衛らが慌てはじめました。おそらく、シィーさんみたいな雰囲気を想像していたら、まったく違っていたからかもしれませんね。


 たしかに……。今までの成り行きをみていたら、フィーさんって……、都でその名が知れ渡っている割には、謎めいた存在みたいですね。都の端っこでひっそりと暮らすイメージ、そんな感じのようです。


 さて、護衛らが扉をゆっくりと開きました。ゆっくり、少しずつ……、その先を見せつけるように扉を開くなんて、あいつから「訓練」されている、そう……未来の「主」へ忠誠を誓う証です。


 ざっと眺めたところ……、その別館へと続く長い廊下には、一定の間隔で護衛の筋肉らが整列し、まるで精巧な彫刻のように微動だにしない異様な光景が広がっていました。このあたりは趣味、ですかね?


「おまえ、ちょっと待て。何者だ?」


 俺は護衛に呼び止められました。


「俺はフィー様の弟子の者です。お通しいただけますか?」


 面倒になることを避けるために、丁寧に答えてやったぞ。


「ふざけるのはやめろ。フィー様のみ、許可と受け賜わっている。」

「そうなんですか?」


 そのやり取りをみて、フィーさんは……、こちらをみて、そのまま笑顔で立ち止まっています。


「そうだ。今すぐに立ち去れ。おまえ、妖精なんだろ? 我らは、妖精にはうんざりしているからな。みつけたらすぐにでもつまみ出せと、日頃から命じられている。わかったか?」


 えっと……。俺が妖精? 俺がそんな風にみえるの? これは好都合だ。


「あの?」

「なんだ、しつこいぞ?」

「フィー様の許可を得て、ご一緒させていただいたのに、入れていただけないとはね。このことを民が知ったら、どういう方向で解釈するのでしょうかね? 裏をしっかり取る必要はありますが、なかなか悦に浸るものが生み出せそうで、何よりでございます。久々だね、この躍動感は!」

「なんだと……。」


 腕を組み、悩み込む護衛……筋肉。悪いが、筋肉に負けるほど、頭は衰えていません。


「どうするんだ? こうなったら、あえて『つまみ出される』のも悪くないね。逆にそれが、我らが生み出す芸術に花を添える、か?」

「……。わかった、そこで少し待っていなさい。許可をいただいてくる。」


 これから許可を得るのか? 俺が同伴することは、ミィーの兄が知らせているはずです。それを知らない護衛……。案外これって……、統率が取れていないのでは? ほら、おかしな力の片棒を担いで、破滅したくないでしょう。護衛の筋肉にも大切な家族がいるでしょうからね。当然、です。


 おや? フィーさんが、俺の所に戻ってきました。


「妖精さん……、このような事態に至ってしまい、申し訳ないのです。」


 そう声をかけると、なにやら吸い込まれそうな青い目で合図してきます。……、話を合わせろ、かな。そもそもフィーさんって……、近寄りがたく、固そうなイメージですよね? まさか、このような柔軟な戦略も取れるとは、です。


 そういえば、フィーさんは浴衣姿でした。最も小さなサイズでも合わなかったのか……、やや大きめではありますが、とても似合っています。それにしても浴衣か……。もちろん、俺もです。こんな格好で、大丈夫なのかな? ……、考えても仕方がないか。話を合わせましょう。どのみち、旅行にフォーマルな服装を持ち合わせてなんかいません。普段着では……、浴衣と大差ないよね。


 さて、護衛を煙に巻きましょうか。


「フィーさん? もし俺が同伴できなくても気にしないで挑んでください。必ずや、このような排他的な処置に対し、ご期待に応えるものを今日中に仕上げ、本部に送ります。」


 ところで、言うまでもなく俺はアホですが、このような戦略は得意なんです。わざとらしく声を張り上げて、フィーさんに伝えました。相手が護衛の筋肉であっても、怖さはまったくありません。なぜなら、シィーさんに例の「水」をかなり飲まされています。自信はありましたが、ちょっと量が多くてね……、少し酔っています。ただ、シィーさんみたいに壊れてはいませんよ!


 もくろみ通り、その声に反応したようで、近くにいた護衛の筋肉が慌てて俺とフィーさんの間に割り込んできました。


「我らは、民のために最善を尽くします。」


 困り果てると、それを言ってごまかせ、でしょうね。さて、もう少し困らせてやるか。


「まったく、酷い有様だね? あの『都の支配者』でさえ、このような排他的な対応はしないぜ? だからかな、俺らの仲間にはめ込まれて、あの『ブロードキャスト』か。それでも、信仰心にはそこまで影響がないらしいぜ? まあ、ある意味で己のすべてを晒し出しているからな。それに対して、あんたらが護衛しているあの者は何だ? よくわからない力で、こそこそしながら成り上がっただけか? 恥ずかしいね?」

「……。これだから妖精は……。」


 おっと、脇腹をフィーさんに突かれました。どうやら、これ以上はストップのようです。


「ディグさん……、それ以上は、かわいそうなのです。いくら事実でも、口に出して並べてはいけないことが沢山あるのです。」


 フィーさん……、心につき刺さるような内容を小声でつぶやきました。猛省です……。


 なんか気まずい雰囲気になってしまい、それをごまかそうと……、スクワットをしてみました。そのスクワットに反応したのでしょうか? 声をかけられました。


「おい、妖精?」

「はい?」

「俺たちはな、生まれながら神々につくんだ。そして、護衛の相手を『選べない』からな。そこは、わかってくれ。こちらにも『生活』があるんだ。そこは、頼むぞ? そして、変な騒ぎとかを起こされると、酷い目に遭わされる。お願いだ、頼む……、妖精さんよ!」

「……。そうなんですか。」

「最近、娘を授かったばかりなんだ。ここで、万一の事があったら、気が狂いそうだ……。一家離散は間違いない。もう俺様……、生きていく自信がなくなる……。」

「す、すみません……。」

「俺様だって、選べるのなら……、なぜか神々に嫌われているあの方とかを……、護衛したい。」

「神々に嫌われているのが、神々に属しているのか?」

「そうだ。とにかく、色々と難なくこなして、とにかく『できる』やつでね……。」

「なるほど。それで神々の重鎮に嫌われて、自然と、その嫌われる流れになってしまったと?」

「……。俺様、妖精を相手に、初めて共感できたかもしれない。まさに、その通りなんだ!」


 この地は、複雑な事情が絡み合って統率されているようですね。うかつな事は言えませんね……。俺はその事情を理解し、その護衛の筋肉に謝りました。


 そんな話の流れから、あいつは「予知」の力があっても頼りないのか。普通に終わっていますね。そんなレベルの者が「主」になってさ、食べるものが日に日に減っていくというこの強大な危機に立ち向かえるのか? 非常に疑問です。おそらく、手に負えなくなったら……高飛びでもするのかね? 右腕となった「予知」の腐った精霊とご一緒に、二度とこの地域一帯には戻ってこない外遊でもするのかね? そしてボロボロになってからようやく、魔の者やフィーさんにすべてを押し付けるように……、そんな話ではないよな? まさか、ね?


 ようやく、長く感じるこのような時間が過ぎて……、許可を取りに向かった護衛の筋肉が戻ってきました。ミィーの兄が事前に交渉していますから、許可は取れていたはずです。


「フィー様。その者の許可はすでに承認されていたようです。お通りください。」

「はい、なのです。」


 左右に護衛の筋肉が並ぶ、不気味な廊下を急ぎ足で渡ります。このような道を、笑顔で胸を張ってゆっくりと行き来するのが趣味なのでしょうか? こんなに護衛は必要ないはずです。ところで、この護衛らの生活を支える分って……自分の懐を痛めたものではないよね? 民から徴収しているあれ……、だよね?


 何かを話していないと、正常を保てないような……非日常な空間です。そうだ、フィーさん……、今日はあらゆる事があり過ぎて、疲れているはずです。


「そういえばフィーさん……、体調は大丈夫なの?」

「はい、なのです。わたしの大切な姉様をたぶらかし、わたしをこのタイミングで招待するとは、運が尽きた者かもしれないのです。」

「運が……尽きたとは?」

「簡単、なのです。わたしは、とても美味しい甘い夕食をいただきました。おかげさまで、考える力は完璧に回復いたしました。すなわち、話の内容次第では、本気でいくのです。」


 本気ですか……。あの食事で力を出せるとは、です。そして、あれらって、やはり夕食だった。栄養面は……。


「そういえば……、デザートというか、お菓子というか、なんというか……。」

「夕食、なのです。」

「ああ、そうだね。夕食ですね。」

「チョコがなかったのは、とても残念なのです。ただ、そこまでわたしに揃えてしまったら、わたしを招待した者には勝ち目がありません。そして、はじめから勝てない勝負なんて、ただの『弱い者いじめ』になってしまうのです。だから、チョコがなかった事は、『ゆらぎ』の観点からみると、元々低い確率で推移していて、その低い確率すら遠ざけるために、わたしの目の前でチョコをすべて奪ったあの少年の行動が起きたと結論できるのです。つまり、そう考えますと、あの少年は悪くないのです。これが、『意志』の簡単な推量モデルになります。あの少年自身はチョコが好きでたまらず、気が付いたらわたしの分のチョコまで全てかっさらい、自分のトレイにあったのです。いいですか? ここからが面白くなるのです。ちょうどよい機会なので、歩きながら『楽しい時間』を過ごしましょう。まず、確実に起こることは『ない』のです。その証明は簡単で、僅かでも一より小さい……一未満なら、それを何度も試行すると、必ずゼロに向かうからです。そして一のまま推移したら『揺らぎません』ので、観測はできませんが一ではない箇所が存在するから『ゆらぎ』なのです。『ゆらぎ』の存在自体は『精霊の式』で証明されていますから、一のまま推移することはありません。これで構いませんね? ところで、何度も試行して一を保てるのは、一以下の場合、一のみですね? ここで楽しいのが、それを逆手にとって、一未満になることが証明できれば、それを何度も試行することによりゼロに向かわせることが証明できる点なのです。もし、このセロに向かわせるのが、いわゆる『演算結果の誤り』……すなわちエラーだった場合です。計算して得られた結果が確実な場合と、確率的な場合があるのですが、確率的な場合で、その確率による誤りが証明されていれば、それを何度も試行することにより『ほぼ確実』なものが得られるという、楽しい仕組みが存在するのです。さて、ようやくここで物語が始まります。あの少年がチョコを取ったとき、わたしの分まで奪おうと心に誓った確率は、一ではありません。それは、一つ目にも適用されます。一つ目を自分の分にすること自体は不自然でも何でもなく、確実に起こると勘違いしてしまいがちですが、チョコの気分ではない……という邪念が、あの少年にチョコを一つも取らせないという場合を与える事があります。そして、二つ目以降は、わたしを含めた後続がいるため、その分まで取ってしまうという後ろめたさが働き、チョコを取る確率が下がってきます。すべてのチョコを取ってしまう確率となると、それは大変低く、わたしは少年の後ろで待っていて、確実に、あの甘くて美味しいチョコをいただけると信じていました。しかし、その期待は見事に裏切られます。ここで、わたしは冒頭で、その低い確率すら遠ざけるために起きたと、この現象を表現いたしました。『遠ざける』というのは、もちろん『ゆらぎ』から起きることもあるのですが、他の『強い意志』がぶつかってきて、『ゆらぎ』が乱れ、本来は本流に乗るはずだった『ブロック』がまさかの転落で、その『強い意志』が当てた『ブロック』が本流に乗った場合が考えられ、それはすなわち……わたしをチョコから遠ざけるために、もともと仕組まれていた可能性が考えられるのです。いわゆるプロット、なのです。ではここで、『意志』と『強い意志』の違い、ですね? ここで、中盤に話した内容……、何度も試行すると『ほぼ確実』なものが得られるという、あの楽しい仕組みなのです。あの楽しい仕組みを『ほぼ確実』とするには、より低い確率を『固定』にする必要があります。いいですか? ここからが大事な点です。『ゆらぎ』による変動に対して、さらに、その変動の変動に着目いたします。これについては、二階建ての参照……などを、耳にいたします。そして、『強い意志』は、その変動の変動に対する作用が強く、結果的に『ゆらぎ』を抑え込むための力が強くなって、より低い確率で『固定』に近い水準を保つことができるのです。そして、その水準で何度も試行すると、『ほぼ確実』な事象を『未来』に得られるという、……いわゆる『予知』に近いことを実現できてしまうのです。ただし、問題はこの『試行』なのです。事象が式で表わせるのなら、何度も試行できるのですが、それぞれ事象は……式で表現できるとは限りません。すなわち、『ゆらぎ』を抑え込んでより低い確率で『固定』に近い水準を保ったとしても……、『試行』ができるとは限りません。つまり、どんなに『強い意志』で抑え込んでも、それが実現しないという『低い確率』は残ります。これは、最初に述べた証明と矛盾せず、裏付けになるのです。ただ、自然において、このような『強い意志』を避ける仕組みが備わっているのが興味深いのです。『ゆらぎ』が大きく動いてしまい、この地の安定がおびやかされる存在になるのことを創造神は望みません。そして、さすがは創造神なのです。あの神々とは大きく違うのです。しっかりとその対策が施されていました。それは、何度も何度もしつこく変動させても、最初の状態と変わらない……、美しい変動が用意されています。これを基準に『ゆらぎ』を紡いでいけば、『強い意志』におびやかされる心配がなく、自然発生的に生じる『意志』で和やかにバランスを保っていけるのです。しかし、わたしなどの精霊がこれを『知識』として書物に残しているということは……、本来は知らなくて良かったことを、知ってしまった可能性があるのです。知ってしまうと、『自然以外の変動』を色々と試したくなるのです。そして、それら変動を重ね合わせて、応用し、精霊の手によって生み出されたのが『予知』の精霊なのかもしれないのです。わたしは、姉様からこの件を伺った瞬間に、この事が脳裏に浮かんだのです。その昔、これに似たことを行い、表向きは『ゆらぎの変動の変動が強い意志を持って動き始めたことを確認いたしましたが、倫理上の理由から、この実験は即中止し、実験材料はすべて廃棄して、研究室も解体いたしました。ご安心ください。』と、この地全体に対してアピールした団体がありました。ところで、このような研究に興味を示した精霊が、果たして……、この研究をやめられたでしょうか? さらには、研究を生業とする精霊にとっては『己の命と等しい存在の実験材料および研究室』まで破棄、放棄するとは、到底、考えられないのです。もちろん、憶測ですが……。ただ、この実験で生き残った個体が、『ジェネシス』に逆らって分岐し、『進化』をしていたら……、さらには『ゆらぎ』を操る個体になりますから、相場などで暗躍してそうなのです。そんな個体、身近にいるのです。そう……『天の使い』なのです。その場合、『予知』の精霊と呼ばれているようですが、『天の使い』は精霊ではありません。すなわち、ただの『予知の個体』なのです。ただ、『予知の個体』と呼んでしまうと、この事を勘付かれたと……相手に情報を与えてしまいます。それゆえに、予知について話すときは『予知の精霊』に統一しましょう。これは、わたしからのお願いなのです。」

「ああ……はい。」

「わたしの今の状態は、絶好調なのです。チョコを逃したのは残念ですが、あの栗のお菓子は、大好物で……。二つもいただいてしまいました。」


 これは……、ある意味で最強のフィーさんではないか。歩きながらでこれですから。間違いなく、あいつは終わりました。途中で耐えられないだろう。なおさらシィーさんに、そのような事をほのめかされていたからな。それこそ「天の使い」に翻弄され、疲れているフィーさんにすら勝てるのかわからないのに、あの夕食で絶好調のフィーさんに、どのようにして勝つのでしょうか?


 おっと、俺はフィーさんの弟子らしい……ので、これ位は余裕に理解……できませんでした! ただ、「予知」を扱うのが、あいつに相応しいクズの「天の使い」である可能性が高い点は理解できました。


「フィーさん……、それは『天の使い』で間違いないと思います。なぜなら、似た者同士は気が合うからです。」

「はい、なのです。そのそも『演算装置』を『天の使い』のために利用した件もあるのです。そこから、何かしら関係があるとみて間違いないのです。」

「そういえば、あの時……、そのような事も話していましたね。『天の使い』の成り立ちについて解明されてきたとか……、相変わらず不気味なやつらですね。」

「はい、なのです。しっかり、大事な部分は覚えているのですね。」

「えっ……。まあ、単に俺も興味があったからね……、あの話には。」

「興味……、ですか?」

「あの時さ……、やつらはその『演算装置』を利用して得た『進化』の過程について、大いに語っていたよね? それが、俺の記憶に強く残ったみたいで……。」

「そうなのですか……。それで記憶に……、なのですか。」


 これはまずい。フィーさんが、ごねそうです……。なお、「進化」に対して良い印象を持っていない事については、これで確実ですね。おっと、ここでごねられては大変ですから、落ち着かせます。


「なんというか……、そうそう、『演算装置』が気になって、覚えていたんだよ。」


 フィーさんが興味を強く示しそうな方向に、ちょっと頭を使い、話題を振ってみました。


「気になるのですか?」

「もちろん。何度も出てきているからね。それ、役に立つの?」

「はい、なのです。」

「それは……、どんな感じなの?」


 実は……、俺も気になっていました。概要については、ぼやけて残っている記憶を辿ればつかみ取ることができるのですが、おそらく、それとは違った概念で動くものなのは明らかです。


 とは言いつつも、本当の目的は違います。「演算装置」といえば……フィーさんの「例のカギ」です。このように示唆してうまく引っ張り出すしか、話し出しそうにないですからね。俺は……託された「大切な犬」なんかよりも、交換をお願いされた「例のカギ」の方が重大なんですから。なぜ、その役目が俺なのでしょうか? 「演算装置」に近づくことができるフィーさんなら、フィーさんが自らの手で可能なはず……です。それができない意味を知らされていません。


「……。不思議なもの、なのです。」

「それだけ?」

「はい、なのです。」


 えっと……。このような話題なのに、あのフィーさんの語り口が弱いなんて……。先ほどの長いご説明……「楽しい時間」のような展開は何処へ? 俺の魂胆など、完全に見透かされていますね。


 でも、ごねそうだったのを回避できたので、よしとします。


「まあ、『演算装置』の件は、もういいや。さあて、『リョウテイ』か。もうお腹いっぱいなんだよね。」

「ディグさん? あの場は、食事をする所ではないのです。」

「……、だよね。」

「はい、なのです。そして、姉様のお願いもあります。」

「ああ……、なんか話していたね。」

「姉様は『予知の精霊』について、相当、気にかけておりました。あの姉様がこだわるという事には、重大な意味があるのです。」

「たしかに。シィーさん、細かなことは気にしないタイプ……?」

「はい……、どうかなされました?」

「ああ、いや……、その案外、繊細な部分を持ち合わせているからね、シィーさん。」


 はは……。お酒の買い出しは「俺」でした。買い込む姿を見られるのは恥ずかしいらしい。


「そうなのですか? 姉様の『売り売り』をみていると、大雑把な印象を強く持っているのです。」

「……。フィーさんは『売り』のとき、慎重なの?」

「はい、なのです。『売り』には難しい印象があります。」

「フィーさんでも難しいのか……。」

「はい、なのです。それよりも『ノイズ』を調べ上げたほうが早いですから。」


 ノイズ? 俺が最も気にしている内容ではないか!


「フィーさん?」

「はい? 改まって、何を伺うのですか?」

「あっ……。まず、俺はフィーさんの弟子、だよね?」

「……。わたしの『スマートコントラクト』に受理されたことが弟子を示すなら、そうなるのです。」

「なら、その『ノイズ』について、冒頭部分だけでも……。」

「ディグさん……? そうですね。そろそろ詳細をお渡ししても、良い頃なのかもしれません。」

「そこに、勝ち続ける秘密があるんだよね?」

「……。ディグさん? そのような欲や邪念を捨てないと、『ノイズ』をみつけても手に入らない……『含み益』だけになるのです。なぜならこの方法は、わたし以外にも知っている精霊がおります。つまり、先に検出した精霊が『仕手』をしかけるかもしれません。すなわち、自分が『ノイズ』を見つけて、もしそれが『仕手』だったら……、大火傷では済まないのです。しっかりと事前に『ルール』を定め、その範囲内を順守する強い心が、先に必要なのです。」

「……。俺の心は弱いです。」

「それならば、先に、そちらを鍛えてから……なのです。ただし、わたしも弱いのです……。つまり、全部を鍛える必要はありません。必要な要素を含む部分だけを鍛えるのが、効率的で簡単なのです。」


 それで大負けした俺。でもさ……、あの時、もし勝っていたら……。俺はこの地に呼ばれたのでしょうか? でも、負けました。どうしようもないほどに。本当に、情けないというか……です。


「少しずつ、前に進めばよいのね?」

「はい、なのです。それでは、今から始めましょう。」

「い……、今から?」

「思い立ったらすぐに行動、なのです。まずは『それから始める』のです。よいですか? 連鎖的に獲得できるものを最初に始めれば、自然と良い習慣が根付いてくるのです。思い立ったらすぐに行動……、まずはここからです。」


 なるほど。それなら……、あれしかない、です。


「フィーさん、『天の使い』と変な約束したでしょ? 俺も、できる限りの事は手伝うよ。」

「……。」


 フィーさんが黙り込む? まさか、ごねた? そんなはずはない。何か……、おかしな事を言ってしまったのでしょうか……。


「あ、あの……? フィーさん……?」

「ディグさん……。ここ、なのです。」

「ここ? ああ……、そうだったな。」


 なんだよ、びっくりしました。本来の目的を忘れかけていましたよ。「リョウテイ」だっけ? あいつが別館にある「リョウテイ」にフィーさんを招待するくらいだから、とても良さげな席とお料理ですよね?


 ちなみに俺は……シィーさんと酒を付き合う分しか余力がないのが現状です。そして、フィーさんは……、あの甘いもので、これ以上は入らないはずです。


 旅館の別館にあるお店……なのかな? フィーさんがゆっくりと、風情のある戸を開けます。すると、カウンターの席に……、いましたよ。あいつが。


 カウンターに着席しているという事は、ここ、貸し切りか。まあ、ご趣味であれだけの護衛を配置する位の手駒は揃っている、か。さすがはあの神々の重鎮に気に入られたのか、それとも、「予知」を駆使して弱みを握ったのか、はたして、どちらなのでしょうかね?


 嬉しそうに、扉を開けたフィーさんに、声をかけてきました。


「お初にお目にかかります、フィー様。そういえば、出迎えの護衛を向かわせたのですが……。」

「はじめまして、なのです。唐突で申し訳ないのですが、わたしに護衛は不要なのです。自分の身は、自分で護れるのです。」

「さすがは、あのシィー様が可愛がる風の精霊様、ですね?」


 フィーさん……。本当に自分で自分を護れるの? 少し前、「天の使い」相手に、危なかったばかりだぞ……? ふと、そう思いました。


「ところで、フィー様のお連れの方は……、召使いか、何かでしょうか?」

「いいえ、なのです。」


 何が、召使い……だよ。フィーさんが強く否定しました。これは……嬉しいです。


「はじめまして、ではないよ? もう、忘れたのか?」

「おっと、そうでした。興味がない者については、すぐに忘れてしまう癖がありまして……。」


 そうだろうね。酒の列に割り込んで喜んでいたからね。


「護衛から聞いていないのか? 『妖精』だということを?」


 俺自身を妖精を呼ぶことに抵抗があります。どこからみても、妖精ではないです。しかし、この誤解は大いに利用すべきと判断いたしました。


 なぜか……フィーさんが感心しています。なぜ、わかるのかって? そのあたりは、僅かな表情の変化でわかるようになってきました。


「『妖精』……、ですか。それは、大変失礼いたしました。」

「なーに、安心してね。あの割り込んだ件は『書かない』からね。」

「……。シィー様があの様子を『記録』していたのか……。」

「はい?」


 なんか、シィーさんが盗み撮りでもしたかのような表現ですよね、それ?


「精霊様は念じるだけで、処理できますからね……。」


 こいつ、やはり変です。念じるだけって……、それは力の行使を示すのかもしれませんが「記録」みたいなのは無理でしょう。


 その時、フィーさんが俺の腰のあたりを軽く叩いてきました。何か、用があるみたいです。俺はフィーさんの背たけに合わせるように前かがみになり、フィーさんは俺の耳元で、小さな声でつぶやき始めました。


「ディグさん? 今は、あの方と話を合わせてください、なのです。詳細は、後ほど、なのです。」

「了解です。」


 精霊には、さらに特別な力があるのかな? 詳細は後ほど、みたいです。


「おや、何か秘密の打ち合わせ、ですか?」


 ……。あいつは、こういうのは見逃さないよね。すぐに質問してきました。


「違う違う。その大きな『生けす』が気になってね。それでさ。」


 ごまかすのは俺……。得意です。


「そうでしたか! では、お好きなものをどうぞ。」


 やや強引に、その「生けす」に案内されました。お好きなものってさ……、ここで指定すると、目の前におられる板前さんがその場でさばいてご提供、ですよね。ただ、お腹いっぱいです……。おや、やたらと触覚がでかいエビらしい生物と目があいました。フィーさんの好みではないですね。いつかは食べられる運命なのですが、今日は生き残れるのかな、このエビ……は。


「妖精さんは、エビをご存じですか?」

「あのな……、それ位、知っていますよ!」


 ここまで精霊とさ、大切な部分を含めて差を付けられると、さすがの俺でも嫌になってきます。我慢の連続です。


「エビは、そうだ……。皮をむくのが大変だから、むいてあると食べやすいよね。」


 これが、俺が導いたエビへの解釈です。……情けないです。それに対してフィーさんは……?


「エビなのですか。同じ『ジェネシス』から分岐して、ここまで姿形が変わるなんて、これこそが創造神の力、なのです。姿形は異なりますが、例えば……あの触覚、なのです。複雑にみえます。しかし、『プリミティブ』に分解して、副作用の完了点……『シーケンス』の観点から細かく集めていくと、色々と使い回された結果、あの形状になった結果が先にきているという思考プロセスが、わたしは好みなのです。」


 ……。以上、絶好調のフィーさんでした。食事の時にもふと出てきた「最適化」と同様、手出し無用です。ノータッチが鉄則です。こんなのに触れたら大変な目に遭います。


「フィー様……。わし……私のような者には、理解が届きません。さすがは、精霊様です。では、そのエビをお召し上がりになりますか?」

「いいえ、なのです。この『生けす』は、よくないのです。」


 フィーさんに生けすを否定された途端……、こいつは……板前さんに怒りをぶつけ始めました。


「おい、どうなっている? 精霊様が好むものを、いくらでも予算を注ぎ込んで良いから準備しておけって言ったよな? この可憐な精霊様が機嫌を損ねるようなものを用意しやがって……。」


 ……。こいつが「主」になるの? それだけは、勘弁なんだけどさ。なぜ、民で選べないのかな?


「フィー様、大変申し訳ございません。不満点を挙げていただけますと、ありがたいです。それに代わるものをすぐに用意させます。」

「不満点、なのですか? それは簡単なのです。甘いものが……生けすで泳いでいないから、なのです。」


 えっ? なにそれ?

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