342, 進化をやめた果実に、進化し続ける病原体が取り付く。いま、まさに同じことが……この構造にも起きようとしているわ。その相手は量子。そして、その補強は推論。さらに古典だけでも、崩れ始めている。
そう、意図的に避けていた……それが、かつてわたしを取り込もうとした、理想を名乗る、あのチェーンだった。そこにあるのは、巧妙に、この問題を避けていた構造。表向きの説明は、恐らくスケーラビリティの向上とか、そんなところでしょうね。
でも、実際はどうかしら? この偏りの問題……知らなかったとは、考えにくい。それどころか、探索空間は結果的に九十六ビットも広がっていたわ。そのおかげで、量子的な演算でこれを崩すには、「量子脆弱性……ラグのアルゴリズム」などの探索系ではかなり厳しく、結局……、あの有名な量子アルゴリズムによる逆演算……、その一択になるわ。
それで、唯一の欠点は、そのアルゴリズムに対してはやや弱くなっていることね。でも……あのフィーですら「それを現実的に量子演算するのは極めて難しい」と指摘していたほどよ。それなら、過度に不安になる必要はなく、結果的に量子脆弱性も避けているのよね。
つまり……完全な偶然ではない。そこまで見越して、トレードオフを受け入れた設計。そうして、他とは異なるこの構造を選んだ。案外、こんなものなのね。わたしは……言葉にできない、不思議な感情に包まれていたわ。
それでも、本当に意図されたものなのか、それともただの偶然の産物なのか……それは、まだわからない。
ところが……。あのミームな精霊よ。いくつもの可能性の中から、確かに「このチェーン」を選び抜いていたという事実だけは、間違いなく、そこにあったわ。そして、わたしのミームも……。
「ねえ。ほんのわずかにだけ、って……やっぱり、『わずか』なのね?」
「はい、女神ネゲート様。もともとチェーンは『株分け』のような形で、種類を増やしていった経緯がございますので……どうしても、親株の構造をそのまま引き継いでしまうといいますか……はい。」
……。わかってはいたけど……。改めて言葉にされると……やっぱり、どこか不思議な気持ちになるわ。
「……そのため、この構造を避けたと確認できるものとしては、わずか二つ。そのうちの一つが……例の理想的なチェーン。そしてもう一つが、よくダークな方面で非常に有名な、あれです。」
「その二つだけが……僅かな進化を受け入れたのね?」
「はい、女神ネゲート様。……そのような、感じになります。」
……、そうなるわよね。進化をやめた果実に、進化し続ける病原体が取り付く。いま、まさに同じことが……この構造にも起きようとしているわ。その相手は量子。そして、その補強は推論。さらに古典だけでも、崩れ始めている。もはや、これはただの課題ではないわ。一刻の猶予もない「生存」の問題よ。
「それにしても……あの政敵……いや、あの男と言うべきかしら。数ある中から、よりによってこのチェーンを選ぶなんて……。あの男が、論理的に考え抜いて選んだとは、とても思えない。となると……やっぱり直感かしら? どこまで……強運の持ち主なのよ、ほんとに……。」
「シィー……。」
……思わず言い放ったシィーの言葉に、わたしはつい、同調してしまった。ほんと……あの運の良さだけは、どこから湧き出てくるのかしらね。でも……「運も実力のうち」なんて言うけど……本当に、そうなのかしら?
そして……コンジュ姉は、さっきからずっと黙ったまま。……どうやら、あの男に対して何か大きな確執があるようね。




