340, ……やっぱり、ここで鍵に行き着くのか。そのあたりの、場当たり的な考え方……案外、俺とそう変わらないな。
思った以上に、時間がかかっているようね。まあ……間違いが一切許されない演算だもの。慎重になるのも当然。それで……、気まずいお願いをしてしまったあいつの様子を見に行ったの。
「どうかしら?」
「……なんだよ。本来、俺みたいなタイプはさ、自由を満喫しながら、あっちで心躍るような生活が……って、そこまでは望まないけどさ。それでも……、俺に全部投げときゃ、なんとかなるって思ってる節、ないか?」
「……。今だけはお願い。ほんと、それどころじゃないのよ。」
「……ああ、わかった。今だけじゃなくて、この先もずっとお願いって意味な?」
「な、なによそれ……。それで……どうなの? やっぱり……多いかしら?」
正直、助けられているわ。わたしに対する「カネ返せ」なんて声は、ほとんど聞かなくなった。……でも、その分の負荷は当然、この担い手に全部流れているわ。
「ああ、確かに多いさ。預けてあった分の出金不能……これは、正直よろしくない。そもそも、なんでそんなことになってんのって感じだよ。俺だって、そんなふうに嵌められたら、間違いなく『カネ返せ』って言うさ。」
「……そうよね。」
「でも最近、ちょっと鼻につくのがさ……、『逆指値を狩られた』とか、『チャートが壊れてた』とか、そういう話が妙に増えてきている。」
「そっちも、多いの?」
「多い。しかも、やたらと話が長い。チャートのおかしさを延々と語って、女神に責任を求めてくるって感じかな。」
「……それは、きついわね。」
「きついさ。でもさ、そもそも逆指値なんて、狩られるために存在するんだから。そんな注文、初めから入れるなって話でもあるよ。俺としては、どんな状況であっても……『注文を出した以上、自己責任』です。そこはブレてないよ。」
……実際のところ、わたしはちゃんと理解してるの。そういう話を持ち出すなんて、ほんの一部……ごく少数よ。それに、たとえ逆指値で狩られたとしても、自分で注文して負けた分は、きちんと割り切っている……そういうタイプが圧倒的に多い。そうでなきゃ、相場なんて成立しないもの。
でも……、出金不能だけは、話が別よね。その部分に関してだけは、誰もが怒っている。当然だわ。預けた資産が、ルールも説明もなく動かせなくなるなんて……。そんなの、信頼の前提を裏切る行為だもの。
それから、わたしはこれからのことについて、少しだけ触れたの。
「それで……鍵を集めるつもりなんだ?」
「そうよ。もちろん……そんな重要なこと、もっと早くやっておけばって言われたら……何も言い返せないわ。」
「……やっぱり、ここで鍵に行き着くのか。そのあたりの、場当たり的な考え方……案外、俺とそう変わらないな。」
「そうね……。」
いつもみたいに、言い返せなかった。その一言が……静かに、でも確かに、わたしの奥深くに響いていた。
「それで、今のところ……どれくらい集まったの? まあ、俺が聞いても、どうせ何もわからないけどさ。」
「……まだ、数個だけ。しかも、ただ『集めればいい』ってものじゃないの。全部、検証が必要になるのよ。」
「検証か……。」
「そう。探索空間が今より広くて、雪崩効果が正常で偏りがなくて、量子の逆演算にも耐えられて、スケーラビリティも悪くない……、そんな公開鍵方式の鍵を探し出して、さらに検証するってことよ。」
「……言葉にすると簡単そうだけど、ってやつかな?」
「そう。現実は、全然簡単ではないのよ。」
「……ああ。よくわからないけど……、その条件のうち、どれかひとつでも欠けたらアウト、なんだよね?」
「そうよ。欠けることは、絶対に許されない。それだけ……この鍵が、重要ってことよ。」
……そして、いよいよ、かしら。刻一刻と、その瞬間が……確実に近づいてきている。わたしの鼓動が、それを先に知っているみたいに、静かに、でも確かに速くなっていく……。