339, そういえば、フィーが、そこまで悩むなんて……。本当に、初めて見るかもしれない。やれやれ……、わたしらしくないわね。
そういえば、フィーが、そこまで悩むなんて……。本当に、初めて見るかもしれない。やれやれ……、わたしらしくないわね。
シィーの演算完了を待つ間……、気がつけば、わたしの意識はフィーのことに向いていた。だって……最も大きなショックを受けているのは、他でもない、このわたしではなく、フィーだから。
でも、それをわたしに簡単に気づかせてくれなかった何かがあった。そうとしか、もう解釈できなかった。
「木を見て森を見ず」……有名なフレーズよね。けれど今回、わたしはその言葉の本当の怖さを知った気がした。これは意識して陥るものではなく、気づかぬうちに、無意識でそうなってしまう……そんな罠のような言葉だったのね。今回の場合……木は「ポスト量子暗号」、そして、森は「探索空間」よ。
あの探索空間……あのアドレス空間を見ずに、暗号だけを見ていたら、本当の脅威も本質も、きっと……見逃していたわ。
でも……気づけるタイミングって、実は何度もあったのよね。たとえば、あの座標空間の小ささ。そのおかげで、署名のサイズは小さくて済む……確かに、それは利点のように見えたわ。ところがセキュリティの観点から見れば、こうした「サイズと安全性」って、数の性質なんかではなくて、本来は「トレードオフの関係」であるはずよ。
つまり、署名が小さいのに同じ安全性だなんて、そんな理想的な鍵は……あの有名な量子アルゴリズムが登場するずっと前から、もともと存在しなかったってことなのよ。
……ほんの少し前まで、そんなこと、疑問にすら感じていなかった。絶対に大丈夫だと信じてこの地を舞っていた、女神というわたし。それが映し出されていた現実。フィー、あなたは気にしなくていいわ。悪いのは……わたしよ。
とにかく、理想的な鍵なんて存在しない。スケーラビリティとのトレードオフを受け入れながら、用途に応じた「最適な鍵」を探すか、なければ……、一から構築するくらいの覚悟が今は必要ね。
そのためには、候補となる「鍵の構造」を集めまくるしかないわ。とにかく、集めて、集めて……推論が炸裂するか、それとも量子アリスが発動するか、それらのタイムリミットが迫る前に、いま使っている楕円曲線の構造と交換する。
……やっぱり、この地はそんなに甘くはないわ。でも……、これでいいのよ。なぜなら……、この時代を託されたのは、他でもない、このわたしだから。そうよ、わたしは……もともと、そのために「ここ」に立っているわ。
誰かの後を追うわけでも、過去の栄光にすがるわけでもない。この構造を見抜き、最適な鍵の構造を選び取り、この「未来」に手をかけるのは……そう、わたしに課された責務なのよ。




