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33, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次はお食事です。そして、シィーさんが壊れました。

 やっと、やっと美味しいものです。俺は、高まる期待を抑えられそうにありません。それにしても、甘いものが目前に迫ってきたときのフィーさんの行動力には目を見張りました。着いたと同時に、軽い身のこなしで俺の目前から消え去り、すでに……トレイを片手にデザートが並ぶ列に笑顔でおりました。俺は……、しっかり食べたいので、「普通の場所」に並びます。


 並びながら、そこに並ぶ「特に目立つもの」に着目します。その中でも特に印象が強いものは、心が折れそうな不作の中、なんとか努力を積み重ねて育った「米」が自慢のようで、白米をメインに……、そういった応援メッセージが、寄贈されたと思われるボード上に連なっています。そして、メインらしい扱いで、その舞台は華やかです。下部に炎を舞わせる仕組みがある器に、まだ炊かれる前の白米が並んでいました。迷わず、手に取ります。


 次に現れたのが、えっ……? 海産物、海の幸です! ただ……、あの海の汚れをみてしまったので、食べても大丈夫なのかという一抹の不安にかられました。しかし、うまそうです。例えば、目が大きくて赤みを帯びたお魚が煮つけになっています。……、不安はすぐに消え去り、こちらも手に取りました。


 そのとき、フィーさんと目が合いました。一応……、ここでその名前を呼ぶのはやめておきたいので、軽く会釈するに留めました。その順番待ちで、長い銀髪がゆっくりと左右に揺れています。どうやら、甘いものが待ちきれないご様子で、嬉しさが体中からあふれ出ているようです。


 突然、その銀髪の揺れがピタッと静止します。何が起きたのでしょうか? なんか、固まっているような気が……。不測の事態が起きたのでしょうか?


「全部、いただき!」


 どうやら、フィーさんの前にいた少年が、残っていたチョコのお菓子を、すべて取ってしまいました。まだ、だいぶ残っていた気がしますが、何故に全部を取ったのか……。


「あっ……、わたしの分……。」

「全部もらったから、もうないよ! ごめんね! お姉ちゃん!」


 そう言い残して、その場を離れる少年。フィーさんは諦めたご様子で、その先にある「栗のケーキ」などを取っていました……。あの、渦が巻いてるものです。


 俺は、ちょっとばかり欲を出して、すでに残り数が少ない揚げ物を取りました。揚げ物なんて、久々です。俺がこの地に来て、最初の頃はあったのですが……。途中から、この地の食事に切り替わりました。ところで、その切り替わる前の、俺の故郷にあったと考えられる食べ慣れた食材については、一体、どこから調達してきたのか……、今でも腑に落ちません。


「その栗のお菓子……、というかケーキ、好きなんだ?」

「はい、なのです。渦の形状は苦手なのですが、上品な甘さでとても美味しいもの、なのです。」

「渦の形状が苦手って……。ああ、あの件か。」

「はい、なのです。でも、この美味しさには代えられません。」

「一応伺うけどさ……、それら、夕食、なんだよね?」

「はい、なのです。これらは『最適化』、なのです。」

「そっ、そうなんだ……。」


 フィーさんの体調がすぐれない件、この偏り過ぎた食事のような気がしてきました。そういえばミィーが同席するらしい。すなわち、このフィーさんのお食事を眺めることになります。間違いなく驚くことでしょう。


 そしてフィーさん、毎度のことで慣れてはいますが、また……よくわからない言葉をつぶやきました。「最適化」って、何を意味するのでしょうか? もちろん、こんなところでわざわざ聞きませんよ。やばいからね。


「それでも、チョコのお菓子は、欲しかったのです。」

「前にいた少年が、すべてかっさらっていくとはね。」

「はい、なのです。驚きのあまり、硬直したのです。」

「でも……、なんで全部を取ったのかな。まだ沢山あったよね? 遠目で見ても五つ以上はあったと思うよ。」

「はい、なのです。ショック、なのです。」


 あれは違和感を覚える取り方だったよ。いくらチョコが好きでも、それをやるかな、です。しかも、その先には栗や苺のお菓子がたくさん並んでいるので、わざわざ、チョコを独り占めしなくてもね?


「まあ、無くなったものを追求しても時間がもったいないです。無事、この手に取ってきたものを召し上がりましょう。」

「はい、なのです。」

「席はどこでも良いの?」

「はい、なのです。しかし、すでに姉様が……。手を振っているのです。」


 結構離れた位置で、シィーさんが手を振っていました。位置的には……、海を一望できる窓際のテーブルです。眺めは最高なのですが……、肝心の海が、「青い海」ではありません。ただ、すでに日は落ち、海の汚れは目立ちません。これなら、俺の故郷にあった「青い海」と似た感じです。


「この、冷たくて刺激的なお水が身体にしみ込む度に、精霊としての力が回復いたしますわ。」


 シィーさんにお呼ばれしたそのテーブルには、すでに……、中身がない茶褐色のビンが数本、転がっていました。


「シィーさん……。もう、そんなに飲んだの?」

「えっ? 湯で温まったら、喉が渇いたのよ。ただ、それだけの話よ。」

「な……、なるほど。」


 たしか、底なしだっけ……? 俺は今夜、頑張ります。……、変な意味ではないぞ?


 さて、俺とフィーさんは、シィーさんの隣から着席します。おや? シィーさんがフィーさんのトレイに並んだお菓子をみつめます。


「フィー? デザートはまだ早いわよ? それともフィーは、もう夕食を済ませたのかしら?」

「これらはデザート……、なのですか? わたしにとっては夕食なのです。」

「それらが夕食……なの?」

「姉様? 姉様がお部屋でいただくために買い込んだ『赤いお酒』は、とても高価だった点を確認しているのです。でも、今日に限りわたしは、一切問いません。これで同じ条件、なのです。」

「えっ? ……。フィーには完敗だわ。」

「甘いものは、夕食なのです。」

「わかったわ……、好きにしなさい。では……、思う存分、ね?」

「はい、なのです。」


 ……。そこに要点を持っていくのか。たしかに、言い逃れを並べるより効果的だ。さて、俺も……、おお……、この感触。冷えた茶褐色のビンの中身は、……、ごくり。


 俺は、湯上がりの時からこの瞬間を我慢してきました。誰だって、この瞬間は大切にしますよね? それにしても……、シィーさんって、どれだけ飲む気なのでしょうか? 怖くなってきた? いいえ、楽しみです。是非とも、最後までお付き合いいたしますよ!


「ディグさん? その冷えたグラスに、お注ぎいたします。」

「えっ? いいの?」

「はい、なのです。約束ですから。」

「そんな約束したっけ?」

「では、グラスを傾けてください。」

「あっ……、ありがたいです。」


 フィーさんに言われるがまま、目の前に置かれている冷えたグラスを手に取って傾けます。


「はい……。ゆっくりと、注ぐのです。」


 こいつとは、今までの疲れを吹き飛ばす衝撃的な出会いとなりそうです。


「はい、注いだのです。」

「それでフィーさん? 『磁界』の話とかは、ちょっとね?」


 そんな、フィーさんらしい約束だったはずです。


「いいえ、なのです。そのような話ではなく、ミィーさんについて、なのです。」


 ミィーについて? そういやあのミィー、フィーさんと湯をご一緒したらしいね。背中でも流して、ご機嫌を取って、上手く立ち回ったのかな? 直感ですが、おそらく間違いないでしょう。


「ミィー? あいつ、何だかんだで調子が良いからね。注意だよ?」

「はい、なのです。」

「あれかな? 背中を流され、ぽかぽかにもされて、そこで、何かを頼まれたとか?」

「ディグさん? それは違うのです……。」

「本当に? そういえば俺の故郷だったかな……、その手法を詳しく解説した書物が出回ていたからね。もうぼやけて詳細までは憶えていないが、多少は参考にしたんだよ。嫌だったけどね。例えば、芝生の上でボールを打ちあい、相手を楽しませるものだったかな……。あれは、行き当たりばったりでは失敗します。しっかりと勉強して挑まないと成功できないもので……、あれはあれで相当の才覚を要求されます。そういった立ち回る力を……、ミィーには感じます。」

「ディグさん……。それは、あの『都の支配者』が話していた知恵の一つ、なのです。わたしは、そのような知恵は苦手なのです……。」

「フィーさんには、まったく向いていない分野ですよ……。それに対し、都の支配者は……、終始笑顔で、すべてを完璧にこなすだろう。」

「あの方は……、『天の使い』すら、平然と自分の手持ちの駒にしそうで、怖いのです。そして……」


 フィーさんが笑みを浮かべながら、都の支配者のあれこれを次々と語り始めました。それは、いつものフィーさんとは異なり、とても明るくて、話しやすいです。


「『主』になるためなら、手当たり次第に、何でもしそうだな。」

「はい、なのです。今……、くしゃみをしてそうです。」

「この程度でくしゃみをするようなお方、かな?」


 そこに、シィーさんが会話に参加してきました。あっ……、気が付いたらシィーさんの前で、都の支配者を出してしまうとは……。とほほ、です。


「フィー? さっきから、あの女の話をしているのかしら?」

「あ、姉様……。」

「あの女はね……。どんなに踏み潰しても、確実に再生する驚異的な能力を生まれつき持ち合わせているのよ。」

「そうなのですね……。それは、簡単には諦めないと、良い方向に解釈しておくのです。」

「そうね。あの女は、猛毒と薬を混ぜたような存在だけれど、あの女くらいに度胸が据わっていないとね……、『予知』の精霊なんて、理解が届かない存在を作り出して暗躍しているあの者には、対抗できないわ……。」

「姉様? なんですか……、その『予知』の精霊って? 知りたいのです。」

「あっ……、『予知』なんて言葉が、思わず口から出てしまいましたわ。これね……。私にも、まったくわからない不気味な存在なの。」


 どうやら筋肉は、本当のことを話していたようです。あのフィーさんが「知りたい」と哀願するほどです……、書物にはない存在だったのは、間違いありません。そして、フィーさんの書物にない存在……、それは、この地に存在しないことを意味するのでしょうか。


「そのあたりに詳しい姉様でもご存じないのであれば、わたし、諦めるのです……。」

「えっ? フィーさんが、諦める……?」

「はい、なのです。姉様は、……、いえ、なんでもないのです。」

「フィーさん……?」


 また何かを隠したあたり、ちょっと怪しいのですが……、シィーさんが精霊について詳しいことは、間違いないですね。なぜなら、あのフィーさんが知りたがるなんて、本当に珍しいですから。


 これならなおさら、フィーさんの吐血の件について今夜、伺いましょう。たまたま心身に大きな負荷がかかると、あのような事になるだけなら、一時的な症状となりますので安心できます。あの「チェックポイント」を確実にやめさせれば、済みますから。そしたら諦めがつかないようで、何やら「自動」で「チェックポイント」だっけ? ただ、俺からの追及を避けるために、同じものを名を変え当てはめた感触があります。フィーさんは、何を言っても言い返してくる……でした。このあたりのヘリクツは、本当に手強いです。


「フィー? これは私からのお願いで……『予知』の精霊について、出来る限り調べておいてね?」

「はい、なのです。姉様からのお願いは、最優先、なのです。」

「シィーさんからのお願いとは、これ……?」

「わたしも、そこは気になるのです。」

「あっ、そうね。フィーに、理由を説明しないとダメね。」


 シィーさんは、買い出しの時に出会ってしまった、あの割り込んだ者との話について、要点のみをさっと伝えました。それが、的を得ていて非常にわかりやすく、シィーさんって実は……?


「姉様……。そんな話をあの場で……。」

「『予知』の精霊で嬉しそうにしながら、勝手に向こうから話しを始めたのよ。私が止めて、それ以上は……、だったからね。」

「詳細な調べが必要、なのです。」

「そうよ。だから、今日はしっかり休むのよ?」 

「はい、なのです。」


 思い返すだけで、この気持ち良い気分をすべてぶち壊すほど不愉快になる存在だったからな、あれは。あの神々の重鎮もさ……、少しは見抜けよって感じです。どこを気に入ったのさ? それとも、その重鎮さえも「予知」に操られているとか? それなら、危機的な状況だぞ!


 そんな事を考えていたら、おっと! ミィーが現れました。そして、そのお隣の方は……、やはりミィーの兄だったのか。深々と頭を下げ、フィーさんに硬い挨拶をしておりました。


「フィー様の向かいの席、最高! 神々しいフィー様を崇めながら、お食事できます。」

「ミィーさん……。そういう表現はちょっと……、なのです。」


 神々しい……か。その表現はまずいぞ、ミィー。それはね、自分は派手に失敗したから、似た分野で成功した相手に己の立場を悪用して手柄を要求するという悪い意味が……あるのかも、しれないから。


「フィー様、なんてご謙遜な……。」

「ミィーさん……。これから、大切な話をするのです。」


 大切な話? ああそういや、ミィーについて何かあるってなって……、そのままになっていたな。


「わたし……、ミィーさんを『承認』しようと考えております。」

「フィー様!?」

「えっ、承認!?」


 俺としたことが……、びっくりして声が弾んでしまいました。周りから白い目でみられていないか心配です。ああ……、ミィーから白い目でみられています。でも、びっくりするよ、これは?


「フィー? あの子を認めるのね?」

「はい、なのです。」

「フィーが認める気になるなんてね。」

「わたし……、閉鎖的、なのですか?」

「そうね……。今まで断ってきた数から考えたら……そうなるわね。」

「シィーさん、それって本当なの?」

「うん、本当よ。」

「そうなんだ……。」

「フィー様……。緊張してきました。」


 筋肉がフィーさんに対して話していた内容は、本当でした。俺……も、一応認められて、だよね? ちなみに、フィーさんとの修行はハードですよ。あの「楽しい時間」に耐えなくては、です。ミィーに耐えられるのかな? それでも、要領よく逃げながら耐える日々か。大歓迎です!


「姉様? それは少し、論理が異なるのです。わたしは、すべてを受け入れるつもりです。しかし、いざ、受け入れるとなって、わたしの『スマートコントラクト』で締結しようと試みても、まず通らないのです。」

「フィーさん? それって、拒否されたってことだよね?」

「はい、なのです。わたしは、拒否していないのです。『スマートコントラクト』が拒否するのです。両方から承認されないと、わたしが『承認』したことには、ならないのです。」

「ということは……。まだミィーは、フィーさんの『承認』が確実ではなく、まだ遠い状態か!」

「ディグさん……。さすが、なのです。論理の組み立てに慣れてきましたね。しっかり論理の式をみつめると、先を読むことができるのです。」

「先を読む……。それって……?」

「はい、一種の『予知』に似たもの、なのです。ただし、『予知』ではないので注意です。」


 その瞬間、ミィーが立ち上がります。


「フィー様! 私……、フィー様の『スマートコントラクト』に拒否されたら、私には能力がなかったということで、その場で諦めます。その一回限りの機会に、すべてを委ねたいです。」

「ミィーさん? オポチュニティ……好機は滅多に現れない『ゆらぎ』の中の非確定事象なのです。その確定には『確率』が絡みますが、ミィーさんの『意志』が『精霊の式』に作用し、わたしの『スマートコントラクト』に受理される確率が上がれば、『ゆらぎ』の確率を自分有利に引き寄せることができるのです。この引き寄せは、逃げずに一回で決めるという強い考えと、この地域一帯の魔の者の口癖……弛まぬ努力を積み重ねる、この二点が重要、なのです。そして、逃げずに一回で決めるという覚悟は成功後でも忘れないでください。なぜなら、『一度でも逃したら次はない』『逃した魚は大きい』、よく聞くフレーズがあります。これは感覚的にそうなったのではなく、……『ゆらぎ』の中で、沢山の『孤児ブロック』が『夢』として本流に入れず、その過程らで消えていくものが多過ぎるために、このような『逃す』という『確定』した錯覚を伴うのです。『意志』も自ら起こした錯覚の一種ですが、そのような事象同士であの確率に絡み合うのですから、少しでも有利になるように働きかける心理状態で、わたしの『スマートコントラクト』に挑んでください。」

「フィー様……。」


 ミィーは、下を向いたまま、何やら考え事をはじめました。一応、これ位の内容は軽くこなせないとね、フィーさんの承認……、弟子にはなれないぞ。ミィーの場合は「設計図」だっけ? 俺……その「設計図」について詳しくはまだ知らないが、おそらく、野心的な計画……いわゆる「プロジェクト」みたいな感じかな? それならば、そこにフィーさんの承認……「フィー様」の名がミィーの設計図に付与されると、それは間違いなく強大な「ネームバリュー」になりますね。ただし、「特許」と同じように、強大な「ネームバリュー」を掲げた所で、失敗するプロジェクトは数多にあります。なぜなら、そこがゴールではないのに、展示会などでちやほやされてしまうからね……、そこをゴールだと勘違いして気が付いたら失敗しているプロジェクトが多かったです。例えばそこは、時間を区切られ、順番にプレゼンするのですが、他のプロジェクトは空席が目立つのに対し、その強大な「ネームバリュー」を掲げたプロジェクトは……満席なのはもちろん、立ち見までいました。正直、相当な優越感はありますよ。しかし、実際に成功したプロジェクトは……、その空席が目立ったプロジェクトの場合がとても多く、ほんと、皮肉なもんです。それとも……、その場にみなが集まり顔合わせしますからね……、なんなの? みたいな「悔しさ」があるんだと思います。優越感に浸るようでは勝てないわけですね。なぜか、こんな惨めな記憶は残っています。そして、フィーさんが「承認」を嫌がる理由は、このあたりにあるのかもしれません。承認されないのは、一応、「スマートコントラクト」の影響と話していましたが、実際のところはどうでしょうか?


 ところで、俺はフィーさんのこの内容を理解しているのでしょうか? いいえ。俺は、まだ見習いですから、よくわかりません。うう……。


 お隣のミィーの兄は苦笑いを浮かべています。この兄は……、この内容を理解できていて余裕なんだよな。うらやましいです。俺はどうあがいても、その域には到達できませんから。


「ミィーさん? 隣のディグさんは、わたしの『スマートコントラクト』が承認しているのです。」

「承認……、ディグが……?」

「はい、なのです。」

「ミィー、疑っていないか?」

「疑いますよ! あり得ない! いつもそばにいるのは、フィー様の召使い的な存在ではないの?」

「召使いだと……?」

「それしか考えられません!」

「そこまでおっしゃるのなら……、フィーさん、ちょっといいかな? 念のため、もう一度です。俺は、フィーさんの『スマートコントラクト』に承認されているよね?」

「……。はい、なのです。」


 どうだミィーよ。承認の件は真だぞ。フィーさんの「スマートコントラクト」に拒否されたら、元の地……故郷に戻されていたからな。ただ、「犬」の価値に釣られるのが嫌で、断ったはずなんだ。しかし、なぜか「締結」してしまい、今日に至ります。


 ……。今、とんでもない優越感に浸ってしまいました。俺のような弱い心の持ち主は、無意識に、そのような甘い感覚に支配されてしまいます。これが、失敗の原因に直結します。心にその事を深く刻み、まい進していきます!


「フィーさん、ちょっといいかな? 俺、さっきさ、湯につかりながら、『予知』について論理で考えてみたんだ。」

「ディグさん……。この夕食は奇跡の集まり、なのです。こんなにも楽しい瞬間が連続でやってくるなんて……。嬉しいのです。」

「奇跡って……。」

「はい、なのです。」

「これらも楽しい瞬間、か……。おっとその前に、グラスのこれ、いいかな?」

「はい、なのです。冷えているうちに、どうぞ!」


 すぐに飲むべきだったのに、時間を忘れて話に没頭してしまいました。こんなにもわくわくする時間は、この地で初めてかな。そういや、故郷では毎晩だったな……、ああ、はい。相場の結果と連動して頼むメニューを変えていたので、このあたりはまだ憶えているようです。ただ、そのうちそれらも消えるのかな。でも今の俺は、フィーさんをはじめシィーさんや、筋肉、ミィー、その兄などに囲まれ始めました。常に孤独で、ときどき仲間と顔合わせしていたあの頃よりも、幸せかもしれません。あれ……? 筋肉はどうした? まあ、いいか。


 冷えたグラスに収められた、癒しのウォータを一気に飲み干しました。これは……、故郷で飲んでいたものと大差ないぞ。うまい、うまい、うまい! です。


 俺が飲み干したのを確認したシィーさんが、笑顔でみつめてきます。とても美しいです。


「なかなかね? どう? この地の水は?」

「シィーさん! 最高です。これがこの地の『水』なのですね?」

「そうよ。この地の『水』を超える水はないのよ。だから、しっかりと『水』で喉を潤わすのが、とても大切なのよ。」


 「水」を超える水。すごい、すごいです。


「うまい、うまいです!」

「まあ、最高ね? そこまで素直になれるなんて、非常に純粋なのね? これならフィーが……。」

「姉様! 酔い過ぎ、なのです……。」


 びっくりです。フィーさんが、シィーさんの言葉を勢いよく、慌てながら遮りました。


「フィー? フィーも素直にならないと、ダメなところなのよ?」

「す、素直……、なのですか?」

「うん。『水』を注ぐくらいでは、逃げちゃうかもよ? あ、そうそう! 久々に私と再会した都のあの店だって……。フィーがあのような店にいたから、成長したのね……と感心したのよ!」

「姉様……。酔い過ぎ、なのです……。あの店の件は、暑くて、避難しただけなのです。」

「フィー? 私が『水』なんかで酔うわけないわ? ここで酔っていたら、これからお部屋で……大精霊の回復儀式が始まるのよ?」

「姉様……。酔い過ぎ、なのです。あれが回復の儀式、なのですか……。」


 シィーさん……。たしかにあの店には……、俺自身も驚いたからね。


「私だって……、色々と悩み事が沢山あり過ぎて……もう……。」

「シィーさん! 俺……、今夜は朝まででも付き合いますよ!」


 あれだけの事を抱えていたら、それくらい、何の問題もないです。


「ディグさん! それは、取ってはいけない選択肢なのです。姉様は、そんなに甘くないのです!」

「フィーさん。シィーさんの事が心配ならば、ここは許してあげるべきだよ?」

「ディグさん……、わたしは……、ディグさんが心配なのですよ?」

「フィー? 余計な詮索はやめてね。男がね、言い放った事を守れないなんて、あってはならないの。もう、朝まで付き合うと言い切ったのだから、付き合ってもらうわよ?」

「当然です。余裕ですよ!」

「はい、なのです。わかりました。では……わたしも、そろそろいただくのです。」


 フィーさん……、溢れんばかりの笑みを浮かべつつ、夢中になって取ってきたお菓子をながめながら、感極まって……、つぶやきました。


「わたし……。このような大切な『家族』に囲まれて、こんなにも幸せな時間を過ごせるなんて……。もう……。」


 フィーさんがとても嬉しそうで、俺も嬉しくて涙もろくなってきました。ようやく、楽しい旅行らしくなってきました! それにしても、「家族」か……。その家族に、俺は含まれているのでしょうか?


「ところでフィー様? もうデザートですか?」

「いいえ、なのです。これらは、夕食、なのです。ミィーさん、これは重要事項なのですよ?」

「えっ、夕食……。」


 ……、こんな感じで、楽しい時間はあっという間でした。終盤、ようやく……、筋肉がやってきました。いくら何でも遅過ぎです。何か、あったのでしょうか?


「フィー様……。伝言を預かってまいりました。」

「伝言って?」


 なになに? 筋肉って、食事に来ないでさ、一体、何をしていたのさ?


「おい筋肉、もう終盤だぞ。みてみろ、みんなここぞとばかりに食べ尽くしたから、もう……ほとんど残っていないぞ。」

「あっ、それは心配しないでおくれ。俺様……、運悪く付き合いたくない奴に絡まれてさ、そいつと一緒に食べてきたんだ。」

「食べてきた? ここ以外にも食べる場所があるのか。まあ、広いからね、この旅館。」

「そうなんだ。『リョウテイ』って言ったかな。この旅館の奥にある別館にあるんだ、それ。」


 別館だと……。しかも「リョウテイ」って。そんな所に宿泊する奴は……あいつしかいない。その「リョウテイ」ってさ、その別館に付属する食事処だろうな。当然、別館に宿泊する者以外は「立ち入り禁止」です。


「招待状を預かってきました。これをフィー様にお渡しする前に……、内容の確認をお願いしても、よろしいですか?」

「はい、構いませんよ。」


 ミィーの兄が、その招待状を手に取って、素早く眺め、その内容を確認します。ちなみに、その招待状は「紙」です。間違いなく、あの神々が筋肉に手渡したもので間違いないですね。そう……、あの神々の重鎮に認められた、あいつです。


「この方……。あの神々の頂点を所有物にしたと噂されている……。」

「そうなんだ。俺様……、そいつだけは苦手でさ、絡まれたくなかったよ。」

「内容は、特に問題ありません。ただ……、お会いになるのは避けた方が賢明かと……。」

「だよな。ただ、絶対に来てくれと、声を張り上げていたぞ。」

「そうですか……。しかし、こういう事態に備え、私みたいな存在がこの地にはあります。もし避けるのなら、私が直接、交渉してきます。」


 やばい内容なのか? ただ、ミィーの兄がいて助かったな。


「いいえ、その『紙』をわたしに、お願いいたします。その者は、わたしが行かない限り、絶対に諦めないのです。なぜなら、姉様からその者の詳細を受け賜り、そこから概要を掴みまして、その結論……絶対に諦めない、に至りました。」

「……。わかりました。フィー様の『意志』を尊重いたします。」


 フィーさんは、その紙を手に取ると、一旦深呼吸してから、内容を読み始めました。


「……。要約すると、わたしだけで、『リョウテイ』に来てください、なのです。」

「どういたしますか? もちろん、読まれてしまった以上、知ったことになりました。」

「はい、なのです。」


 ……。なるほど。ミィーの兄が読んだ地点ならば、フィーさんはまだ「知らなかった」ことにできるのか。なかなか、面倒な……界隈ですね。


「一方的な要求なのです。だから、こちらも条件を出します。」

「そうですね。では、何を要求されますか?」

「それは……、ディグさんを同伴させてください。これが条件、なのです。」


 ……。俺が、フィーさんとご一緒に「リョウテイ」に? まじで?

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