330, はい……それは、「意図的な選択」と考えるのが自然です。他に、安全性の高い構造はいくらでもあったはずなのに……なぜ、あえて「最も弱い場所」を、選んだのか、です。
量子アリスが、何かを話したがっている……その気配は、すぐにわかったわ。
でも、それはとても話しにくいこと。……そう、その表情が、すべてを物語っていた。それでも……わたしは、女神。ここまで来た以上、隠さずに話してほしい。……そう、量子アリスに願い出たの。
そして、量子アリスから語られたのは……あのハッシュ構造の偏りについてだった。フィーとも話していた、あの雪崩効果の件。あれから、ずっと調べ続けていてくれたなんて……。
量子アリスは、少し申し訳なさそうにしていたけれど……、わたしは、ただ……感謝の気持ちを伝えたの。
「女神ネゲート様……ありがとうございます。わたし……これで、嫌われてしまうのではないかと……。もう……女神コンジュゲート様にも顔向けできないって、ずっと……そう思っていました。」
「そんなこと、あるはずないわ。……むしろ、古典でも僅かに突破可能な点についての理解が深まったわ。それにしても……そこまで明確に、偏りが数値として出ていたなんて……。」
量子アリスは……すでに実測に基づく結論を持っていた。独自に検査モデルを構築し、あらゆる条件下で全構造を調べ上げていたなんて……。さすがは、コンジュ姉の従者ね。
その検査モデルは、「しきい値十一」を基準とするもので、この値を下回ればセキュリティ的に問題ないとされる仕様。そして……問題となった構造は、なんと「十四から十五に達していた」というの。
……これでは、下位の切り出しによって量子的には解空間が束にならず不利となるだけでなく、古典的にも、雪崩の偏りによって探索に対数的スケール、つまり「べき根」の作用が加わるという異常事態ね。
念のため、検査モデルそのものの妥当性も確認したわ。量子アリスによれば、他のハッシュ構造を持つチェーンはすべて「七から八の範囲」で、しきい値の十一を大きく下回っていたとのこと。つまり、他は正常で……、これについて問題なのは「この構造だけ」だった。そこには、そう……現物だけじゃない。ステーブル、ラップ、トークン、そして非代替性まで……あらゆる膨大な価値が「この構造」に紐づいているなんて。よりにもよって……この構造だけが。
……そういうことよね。さらにこの構造は、すでにチェーンに書き込まれているわ。……つまり、修正はもう効かない。チェーンに刻まれた以上、それは「不可逆」なのよ。すべてが、この構造で固定化されてしまった。
でも……これは、いったいどうして、こんなことになったのかしら。雪崩が壊れていることには、ずっと前から気づいていた。そして今この瞬間……それは、はっきりと「実証」された。
けれども……そのような深刻な事態に至った「理由」が、まったく見えてこない。偶然? ……いいえ、偶然ではないわ。そう考えた方が、ずっと自然だった。
「ねえ……これって、もしかして……。」
「はい……それは、『意図的な選択』と考えるのが自然です。他に、安全性の高い構造はいくらでもあったはずなのに……なぜ、あえて『最も弱い場所』を、選んだのか、です。」
……量子アリスが口にした、「意図的な選択」……。
たしかに……その言葉を聞いてから、ずっと引っかかっていた。思い返してみると、それを裏付けるような言動や兆候……確かにあった気がするわ。
……えっ……それって、まさか……。




