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32, 旅行キャンペーンの温泉旅行で「犬」の本質を知ることになりました。これ、取引できるの? 俺……血が騒ぎます。

 今俺は、湯につかりながら、なぜか「犬」への想いに浸っております。この地で与えられてしまった「ハードモード」により、疲れきった心を癒します。


 あのままフィーさんに呼ばれることなく過ごしていたら……ぞっとしますね。さらなる地獄で間違いなかったです。主要な銘柄がすべてぶっ飛んで値が付かない状況だったからね。俺が好んで買い込む新興銘柄など、もはや手に負えない状況だったはずです。結局、「自分以外は信用するな」と心の中ではつぶやきながら、ずるずると流されるように他の情報を鵜呑みにしてしまい、最後は、散りました。どうしても、流されやすい空気が蔓延しているためです。


 ところで……、泳ぎたくなるくらい広いです。さらには、お食事の時間が近いからなのか……、誰もいません。独り占めです。それでも、泳ぐことは断じてしませんよ。そこは「人としての品格」です。あれ……、なんだ? なんか、僅かながら記憶が舞い戻ってきたような、そんな寒気に襲われました。寒気を紛らわすために肩までつかります。ふう……。


 唯一の利点だった「体が資本」の俺が寒気だなんて……。こんなときに限ってさ、さきほど「主」になるとか騒いでいた、あのような輩と鉢合わせしないか、心配です。あんなのが「主」になったら、先が思いやられますから。冗談抜きで「都の支配者」が「主」になられた方が数千倍ましです。あっ……でも、あの神々の重鎮に認められた特別なお方のようですから、俺らが肩を寄せ合ってつかるような大浴場には来ないよね。今ごろ「独り占めの湯」で、ご満悦の頃かな?


 まったく、「予知の精霊」というけしからん力で成り上がったとは、とにかくひどい奴です。ただな……、俺がもし「予知の精霊」を手に入れたら、なにをするのだろうか。えっ? 底で全力で仕込んで天井ですべて売るために、その「予知」の力を……。ああ……。


 ははは、どうせまともな用途には使われませんから、「予知」なんてものはね。俺の考えではありますが、この「予知」の力は「存在しない」とみます。ここで……いつもフィーさんに付き合ってやらされている「思考の整理」というものを、湯につかりながらやってみますか。


 「存在しない」……それは論理を否定するので、一つでも違うことを例として挙げればよいですね。ではまず……、俺は「大損」して予想の先生が「爆益」となる予知が「先生に出た」としましょう。これって、よくある「先生が儲けるために顧客をはめ込んだ」、ただそれだけの事です。先生に予知が出たのですから、それは何の迷いもなく、その「はめ込み」を実行することを意味します。しかし、その予知が「俺に出た」場合です。大損はしたくないのですから、その先生から、すぐにでも離れます。すると、どうなるでしょうか? そう……この予知は起こりませんね。これが……、フィーさんの難しい言葉をお借りすると「孤児ブロックとして消える」という現象ですね。しかし、フィーさんの論理では確定した事象ではなく「偶然的に」という条件が付いてました。そして、いま挙げた例の予知は「偶然的に起きた」のではありません。確実に大損をする権利を笑顔で行使する者など、間違いなく、どこにもおりません。すなわち、偶然ではなく「確実」となります。そして「確実」という条件で「孤児ブロックとして消える」という現象になってしまい、一つでも確実に消えるような「孤児ブロック」は、「ゆらぎ」の上では存在できません。よって、予知という力の存在は「ゆらぎ」の観点から「矛盾」しています。……、どうです? 俺にしては上出来かな?


 ……、これだけでも、疲れました。こんな思考を常に行うフィーさんって一体……。


 疲れた俺は「癒し」を求め、まず足を伸ばしました。伸ばしたときの解放感がとても気持ちよいですね。次に、足をばたつかせます。もちろん、泳ぎません。泳いだ気分だけを味わいました。これからが俺にとっての大事な時間です。


 湯を出て一旦部屋まで戻る通路で、あのむさ苦しいスクワットを終えたのでしょうか……筋肉と出会いました。さすがに、無視するわけにはいきません。


「スクワットを終えたの?」

「ああ、突然で悪いね。俺様にとって都合の悪い者がうろついていたんで、警戒していたんだ。」

「都合の悪い……って? なに?」


 筋肉らしくない、噛み合わない会話が始まりました。一応この精霊ね、元々は「魔の者」として暴れていて、なぜか「フィー様」になって、裏切って、「都の支配者」と意気投合でもしたのか……、そしてシィーさんと喧嘩し、また魔の者に所属するらしい? ので、思考の単純さに似合わず、色々と忙しいのかもしれません。それにしてもさ、「精霊」が魔の者に所属するって、それだけでも「目の前で突然のスクワット」です。びっくりしましたから。


「俺様も、色々とあるんだよ。」

「一応……、精霊なんだよね? 精霊が魔の者に忠誠を誓うのは、ありなの?」

「精霊の件は、よく言われます……。そして、もちろん良くない。」

「だよね? でも、また魔の者に戻るんだ?」

「なんか……、勘違いされていないか? 精霊が『神々』や『魔の者』と癒着するのが良くないと、言っているだけだぞ? そして、なぜか『神々』は精霊に密接な関係を求めてくるので、警戒しているんだ。『魔の者』については……入るのは自由、そして去る者は追わずって感じだな。」

「えっ、魔の方が自由なの?」

「そうだよ。それどころか、この地域一帯に限らず、『神々』の中には……、一度でも『魔の者』に触れた精霊を極端に嫌う者がいてね、その影響で……、精霊が『神々』を裏切ったら終わりだという言葉が独り歩きしているという現実がある。基本的には、精霊はフリーで、どちらについても、特に問題はないよ。」

「そうなんだ……。」


 あの神々か……、それはよくわかる。「精霊は我ら神々に味方するしかない」、日頃から当たり前のように、わめき散らしてそうです。


「神々と魔の者は、相反するのか?」

「まあ、そういう関係ではある。特に最近では、量産系のことで揉めて、頭にきている。ただ、神々が『スマートコントラクト』を使いこなして味方を増やしているという黒い噂があって、その話し合いはいつも平行線で終わるんだ。」

「えっ? あの神々がね……、横文字が並ぶ力らしきものを、好んで使うかな? たしか『スマートコントラクト』って契約や話し合いのときに利用される力だよね? だったらなおさら、フィーさんがあの神々との交渉のとき……、手渡されたのは、余裕の『紙』だったぞ? あのフィーさんに契約を迫るなら、その便利な力を使うはずです。しかし、『紙』でしたよ。」

「……。確かに『紙』だった。」

「でしょ? なんかそれさ、考え過ぎとか……。噂なんて、ほんと、信じない方が良いからね。」


 俺は……、そういう噂で資産を飛ばしたんだよ。説得力あるでしょう。でも、恥ずかしいから、ここでは口にしません。他の方々に聞かれるのは……ちょっとね。


「所詮は噂、か。だったら、量産系の件は強気で責め立てるのも一考だな。」

「ところで、さっきから気になっているんだが、その量産系って、なに?」

「あの時に……、少し話題として出ていたでしょう? 神々の愛する母屋がどうのこうって。」

「あった。あれってさ、話の流れから、俺みたいに豪快に吹っ飛ばしただけ、だよね?」

「吹っ飛ばした……?」

「あっ……。いや、何でもないです。うん、なんかあったね。」


 危ない危ない。つい……、です。


「魔の者が手掛けた量産系プロジェクトがあって、それが軌道に乗りかけているんだ。」

「おお……。やるじゃん。」


 まじで、魔の者が? おいおい、です。有能な方々が揃っているということだよね……。量産系が偶然で上手くいくことなんて「絶対に」ないからね。


 まあ、「主」を目指すあの神々のリーダーが「予知」に頼るだっけ? あんなものに頼るから、肝心なときに裏切られる。あの顔色から、どうみてもフィーさんとの交渉が最も大事で、それを外したとはね、皮肉なもんです。なんでだろうね? 日頃の行いが悪いからかな? それとも……、それとも……、あれ? いや、頭から何かが浮かんできそうで、消えました。なんだろう。


「さらに好調で、母屋の増設なども考えているんだ。最近暗いじゃん?」

「うん、暗いよ。あれではね……。」

「そこで、久々の明るいニュースになれれば嬉しいかなと、俺様……魔の者は思っているんだ。」


 筋肉って、……、やはり「精霊」なのかな。あと、魔の者って……?


「もうそれ、軌道に乗っているんでは? 儲かりそう?」

「もちろん。仕掛けたからには、しっかり儲けるよ。」

「たしかに、明るい話題になるね。」

「しかし、これをあの神々がみてさ、どう思うかな? あの時も……、そんなの儲からないとか愚痴をこぼしていたよね。当然ながら、面白くないはず。その影響からか、少しばかり手柄をよこせとか……、そういった話し合いばかりで、正直、うんざりしているんだ。」

「……。別に、無視すればよくないか、それ?」


 この地で「神々しい」とうっかり言ったら、別の悪い意味に取られそうな、ひどさですね。まじで、気を付けます。ちょっと、それはね……、ダメです。


「無視できるのならありがたい。それは、あの神々と関わらなくて済むのなら問題ないんだ。しかし……、あの神々に仕える『市場の精霊』をこちらに派遣していただかないと、このプロジェクトを軌道に乗せることができないから、たちが悪いんだ。」


 市場の精霊って……、なんだろう。色々とおられるようですね。


「……。それを熟知したうえで、手柄をよこせ、か。」

「間違いないく、それだ。そして、手柄の一部を渡すまでは、絶対に派遣しないからな。それでも、この地域の魔を統べるあの方は間違いなく妥協しないので……時間がかかりそうです。」

「魔の統べる方……?」

「魔を管理する方だよ。そして俺様は、その方の右腕でした。つまり、二番目の地位だ。」

「二番目……。」


 フィーさんと、そんな感じの話になっていて、説得され、フィー様に鞍替えしたんだよな。量産系を軌道に乗せる能力を持つ方か。たしかに……、筋肉なんかではただの手駒で、おもちゃのように使われて終わりそうですね。でも……、また戻るんだよね?


「でも、それは偽りだった。フィー様に説得され、納得しました。筋肉で二番目は無理だった。」

「ああ、そうだよ、そうだと思うよ。」

「その証拠に、『都の支配者』が……。さすがに、ここではまずいか。今夜、いかがです?」

「今夜? それは断じて、無理なご注文です。」

「……、そうか。」


 何を考えているんだ? 温泉旅行で筋肉と過ごす夜なんて、勘弁してくれよ……。まだフィーさんとの楽しい時間の方がましだぞ。今夜はシィーさんに用があります。でも、俺を誘ってくるなんて、筋肉はシィーさんと過ごさないのか? もう、意味がわかりません。それにしても、俺を誘うとは……、いや、何でもないです。


「その、謎めいた回答はよしてくれ! 少し考えれば、わかるでしょう!」

「……。済まなかった。では、またの機会にします。」

「そうそう。あとね、『都の支配者』という言葉は、あまり口から出さない方がよいよ?」

「えっ? なんで?」

「なんでって……。シィーさんがみていたら、どうする気なんだ? シィーさんは、その言葉に反応するんだぞ? あの女……とか、始まるぞ?」

「……。今後、気を付けます。」

「まったく……。」


 筋肉って、繊細で肝心なところが、すっかり抜けていますね。


「それにしても、シィーさんの妹がフィー様だったとは……。あれには驚いたよ。」

「一応、精霊でしょ? そして相手は大精霊だよ? それ位、知らなかったのか……?」

「俺様……。筋肉ですから。そのあたりの事情を求められても、困るというか……。」

「……。了解です。了解。」


 一応、自覚はあるのか。まあ俺も、筋肉の事は言えませんが。


「そしてフィー様……。『あのカギ』さえなければ、強制的な力で……、なんだよな。」


 あのカギか……。まさかここでも、それが出てきてしまうとは。


「まあ……、フィー様は何かを勘付いて、あのカギを託したと、今は考えていますよ。また、俺様は裏切り者だ。そこは心得ています。」

「その裏切った件ね……。それについてはフィーさん、気にしてないから大丈夫です。俺も、許しています。よくある話だと伺いましたよ。」

「フィー様……。」

「ほら、お心が広いフィー様のためにも、何か情報を、吐け。」


 筋肉を軽くおあってみました。それにしても、なかなか興味深い界隈に、この俺が身を置くことになるとは、です。偽りの「予知」に手を出してあの神々の重鎮に気に入られた者もいれば、裏切りで渡り歩いてきた精霊までいるとはね。それで、裏切りで歩いてきたのなら、それなりの情報を掴んでいるはずですから、素直にお願いいたしますね。


「情報と言われても……。どのような情報がお好みで?」

「俺が選べるのか?」


 これは、なかなかの手応えです。


「それならば、『予知』の精霊について、何でも良いから、知っていることをすべて頼む。」


 シィーさんがこの精霊について、不思議そうな表情を浮かべていたので気になっています。先ほど、湯につかりながら自分なりに考えをまとめましたが、それでも、気になりますので伺います。


「『予知』の精霊、なんだそれは?」

「……。存在しないの?」

「いないいない。仮にでも、そんな精霊がいたら、大変なことになるぞ。」

「……。だよな。仮にいたら、俺さ、その予知を利用し、底を全力で買って天井で売りきるから。」

「買って売る……? ああ、あれのことか。シィーさんは『売り売り』にこだわっていたな。」

「おや? 『売り売り』について、筋肉も知っているんだ?」

「もちろん。有名だからね。シィーさんといったら、売り専門の『売り売り』、だったはず。」

「それを知っておいて、大精霊の件とか、フィーさんを知らなかったとは……。」

「その点は仕方がない面もあるんだ。なぜなら、妖精は、そこばかり取り上げるからね。有名な部分は知っているが、結局ね……、中身は知らないという状況になりがちなんだよ。」


 「売り売り」の話は置いておいて……、ここで、予知の精霊は存在しないという事実が確定いたしました。もちろん、裏切った筋肉の話が信用できるのか? それはあります。ただ、「フィー様のために」を付け加えたので、嘘ではないと信じます。


「あと、もう一ついい?」

「いいよ。」

「『コミュニティ』って知ってますか?」


 本当は、コミュニティの存在を知るために……、フィーさんとお出かけしたはずなのに! あの日の「ブロードキャスト」から、忙しく目が回る日々になってしまい、肝心の「コミュニティ」に到達できていません。概要だけでもわかれば、安心につながります。俺の存在って……、浮いているよね? 突然、この地に呼ばれたので浮いているのは当たり前なのですが、現状維持のままって訳にはいきません。


「……。あれに興味あるんだ?」

「えっ……?」

「簡単に述べると、魔で知らぬ者はいないとされるのが『コミュニティ』だ。」


 えっと……、なんか、やばいのか? 魔の者が知らぬ存在って、メジャーなのか、それともダークなのか、どっち? それとも、量産系が絡むのか?


「それでも知りたい。実は、フィーさんから詳しく授けていただける日に、ちょっとした騒動に巻き込まれてしまい、それから話が全然進んでいないんだ。」

「そうか。ならば俺様が授けてやろうではないか。」


 急に態度がでかくなった気が?


「だったら、利点から教えてもらいたいです。」

「利点か。それは簡単だよ。この地域の魔を統べる強面の支配者が、『犬』のコミュニティにはまっているんだ。」

「……、い、犬のコミュニティ? そんなのがあるの?」

「そこで、ほんの僅かばかりの『犬』を投げてもらい、喜んでいたんだぞ。」

「なになに? この地域の魔を統べるお偉いさんが、僅かな『犬』を恵んでもらい、尻尾を振って喜んでいると?」


 なんか……、可愛い。これは、全然構いません。


 あの神々で「主」を目指すものは存在しないはずの「予知」に狂ってしまい、魔を統べる者は「犬」にはまる、か。この地域一帯って……、あっ……、何でもないです!


「あの風のシィーさんが、魔の至る所にその話をばらまいてしまい、魔を統べるお偉いさんが顔を真っ赤にする状況になっているんだ。」


 シィーさん……。この手の話、好きそうだ。そして、ばらまいたのね……。


「つまり……、どんな者も笑顔で夢中になる、『犬』を恵んでもらうための集まり、これで合っていますか?」

「まあ、そんな所かな。実際には、会話したりして、時々『犬』を恵んでもらう、これが正解かな。もちろん、自分からも『犬』を投げることを忘れずにね。もらってばかりでは、ダメだぞ。」


 なんとなくわかってきました。俺の故郷にもあったよな、そのようなの。しかし、もう想い出せません。なんか、手に持ってさ……指先で操作していた、ぼんやりとした記憶は残っていますが、それが何だったのか、すでにわかりません。


「わかってきたぞ! トランザクションが便利になった、集まりだね?」

「トランザクション? ああ、そういや俺様、骨の野郎と話していたとき、そんな用語が飛び交っていたな。」


 どうやら筋肉は、トランザクションをわかっていないようです。もちろん、俺も詳しくは知りません。これで「犬」を渡せるとしか……。ところで、この他に「ムーブ」という言葉があったな。コミュニティでは、どちらなんだ? 「ムーブ」というからには、移動を意味するよね? 「トランザクション」と、何が違うのかね? 不思議な界隈です。


 ところで、わかっていない者から聞いても意味がありません。そこで、別の場所を突っ込みます。


「骨の野郎って……、なに?」

「えっ? 知らないの? そのままだよ。」

「そうなんだ……。骨、なんだ?」

「そうだよ。性格は極めて温厚で、特に、恐れる存在ではないぞ?」

「いや……。」


 骨の標本が、話しかけてくる感じなのか? かなり厳しいです……。それでも龍よりは、ましか。


「ただ、自己責任の思考が強く、例えば……、「犬」を第三者や取引の場に預けてから、自分の手元に戻さないまま持ち逃げされても、それは自己責任という考えを持っていたな。」

「……。」

「いまだに多いらしい。特に……、『犬』とかの価値が上がる始めると『預けたままの分が持ち逃げされた』が出てきて、ちょっとした騒動に発展するからね。常に、善意の方々が警告しているのに……、なんでだろうね。」

「……、そうなんだ。」


 「犬」を他に預けるとは、どういう意味なのだろうか? 俺がミィーに「犬」を投げたときみたいに、トランザクションで相手に渡して預けるのかな……。それともムーブ? それらしかないよね?


 それでも何か変だよね? 価値があるものを第三者に預けたままにするのって、普通は抵抗があります。なぜなら、トランザクションの場合は、公開されている場所に記録され、完全に相手の所有物になりますから。つまり、ミィーに投げた分は、ミィーのものです。だから……、預けたつもりでも、持ち逃げされたら、「持ち逃げ」自体を主張できないのか……。だって、トランザクションを出した地点で、相手の所有物ですからね。それでも預けるのだから、なにか、魅力があるのでしょう。


「それで……、預けなくても取引ができるように、何やら試行錯誤が行われているとか。」


 「取引」という甘い言葉が、俺の血を騒ぎ立てます。


「さっきから『取引』という言葉が出てきているよね? 『犬』って、取引できるのか?」

「……。もちろん、当然だよ。」


 フィーさんから、取引の事は教わっていません。フィーさん……、最も大切な要素ではないか!


「それは、知らなかったよ。」

「……、本当に? フィー様って、それで有名だったはず。それで、その弟子ではないの?」


 あれ……、筋肉には異世界の件、話していなかったのか。まあ、話したところで理解はできていないだろうから、忘れたのかな。この場は適当にごまかして、そこでスクワットでもしていなさい。


「一応、弟子だ。そういや、フィーさんって弟子をほとんど取らないらしいね。その影響でさ、この俺が、よく羨望の眼差しでみつめられる珍現象が起きているから。俺なんかをみつめるなんて、信じられる?」


 弟子の件については、先ほどの買い出しで、気が付きました。私も弟子入りしたいとか……、明らかに「欲望」を含んだ、ちょっとした騒ぎになっていましたので……。


「実は、弟子をほとんど取らない話を後から知って、驚愕だったよ。とにかく難しいらしく、フィー様と『スマートコントラクト』で師弟関係を契約できた者だけが、弟子になれるらしいね。」

「……、まじなの、それ?」

「……。それで契約して弟子になったのではないのか?」

「たしかに、契約した。あの日……、うつむいて、絶望の中で、契約しました。」

「絶望の中で契約って……。やっぱりそれくらいハードなんだ。」

「フィーさんとハードな契約……。なんだ、それは!」


 たしかにハードだよ。あの「楽しい時間」とかに耐えられる精神力が要求されます。ちなみに俺……精神力には自信があるんだ。狂乱した銘柄に、何度もアタックしてきましたから。余裕です。


「フィー様との、その手の契約はまず無理だと、俺様が目を通した情報にあったぞ。」

「……、そんな情報があるのかよ。」

「調べてみたら……、かなり有名だった。あの神々がフィー様を欲しがる気持ちは、わかるよ。」

「ああ……、たしか銘柄選別も『人気投票』だったからな。特に、新興では。赤でもクソでも関係なく、人気さえあれば上がる、そういう市場でした。ただ、その投機から抜けられなくなってさ、気が付いたらすべてを……。途中で手堅くなって、ファンダ重視に切り替える必要があったよ……。」

「途中で手堅いファンダ重視に切り替えられる者が、投機はできないよ。おや、矛盾するね?」

「……。」


 筋肉に痛い所を突かれました。結構、ショックです。でも、事実です……。


「しかしフィー様は、うまく立ち回れる才覚をお持ちの、それで有名になったお方のようですね。あの神々と揉め、あの神々から離れ、もともと研究していた『ブロック』による『犬』に目覚め、一気に資産を築き上げたとか。」

「……。俺と正反対。」

「正反対?」

「あっ、いまのは何でもない。」


 今日は、うっかりが多い。筋肉相手に気が緩んでいるのかな。ただ、それは少し違うんだよ。もちろん、筋肉には話せません。たしか、ノイズだったかな? あの研究結果は本当に欲しい。でも、何度頼んでも、いつもいつも「楽しい時間」に戻ってしまうんだ。


 ただ、その「犬」の部分の話に関しては本当だろう。フィーさん……、そうやって築き上げた「大切な犬」を俺に託した理由は、異世界に呼び出してしまった負い目からなのは、俺に打ち明けたあの話から間違いありません。ただ、別の方法も沢山ある中から、「犬」ですからね。例えば「スマートコントラクト」を託すとか、いくらでもあるはずです。この地まで俺を呼び出す力をお持ちなのですから。その辺は融通が利いたと思うのですが……。


 それからさらに雑談して、筋肉と別れました。部屋に戻って軽く休んでから……、お食事に向かうのでした。そして、その途中……、フィーさんです。


「ディグさん? 今日は楽しみ、なのです。本当は、あの件で気が進まないのですが……、でも、それでも……。」

「おっと、フィーさん。それを考え始めたらね、すべて、食べることが出来なくなるよ。」

「……。はい、なのです。」

「自分で選んで取っていく方式らしいね。」

「はい、なのです。好みのものが並べられるので、都合が良いのです。」

「好みのものね……。」

「まずは、チョコ、なのです。次に、栗がふんだんに使用されたお菓子、なのです。」

「フィーさん? 夕食なんだよ?」

「はい、なのです。だから、さらに追加で、冷たくて甘いもの、なのです。」

「甘いものって……。」

「はい、なのです。さらに……、追加しても、大丈夫なのですか?」

「まあ……、残してはいけないけど、食べられるのならね……。」

「はい、なのです。今日は、疲れが癒えて、新しい発想が得られそうです。例えば……『チェックポイント』を覚えていますよね……?」

「フィーさん……。それだけは、忘れないよ! それは絶対にしないと、約束したはずだよ?」


 急に出てきた「チェックポイント」という言葉で、あの約束を強く思い出してしまった。俺は今夜、シィーさんにあの件を話すんだ。あの時交わした、お互いの約束を……、俺は破ることになります。それを考えたら……。なんか苦しいです。


「はい、なのです。そこで、自動的に『チェックポイント』を打ち込む方法をひらめいたのです。」

「自動的に? 自動的なお祈りで……、また吐血では、意味がないよ?」

「……。いいえ、なのです。わたしは、なにもしません。素晴らしい方法なのです。ひらめいたのは、この旅行キャンペーンのおかげです。すべてが上手く回っているのです。」

「本当に? それは安全なの?」

「はい、なのです。」


 怪しいが……、今は食事です。急ぎましょう!


「わかった。今は信じるよ。では、急ぎましょう。チョコだっけ? すぐに無くなるだろう。実は……、俺も興味あります。うまそうなので。」

「そ、それは困るのです。急ぐのです!」


 急にフィーさんに手を引かれ……、食事処に向かうのであった。

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