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323, ふつうのラグプルは「投資先が資産を持ち逃げ」という意味ですが、このハイパーラグプルは「量子という無作為な巨大な力が無差別に資産を抜き去る」という自然災害に近い不可避の脅威になります。

 量子アリスは、まるで秘密を告げるようなささやき声で、その影響を静かにまとめ始めたわ。それは……。


「はい。それではまず、ラグプルという言葉のニュアンスから整理しましょう。」

「えっ? ラグプルは、ラグプルじゃないの?」

「はい、その通りです。ただ……ここで『超の概念』を定義します。つまり、ハイパーラグプルです。」

「……それなら、コンジュ姉から聞いたわ。たしか……そう、ラグプルとマーケットマニピュレーションが結びついて、ハイパーラグプルになるって。」

「その理論は、女神コンジュゲート様から直接伝授されたものですか?」

「えっ……それは……。」


 ……違う。この理論は、コンジュ姉から聞いたハイパーラグプルマニピュレーションの話を、自分なりに解釈し、組み立てたものだったわ。


「そのご様子だと……どうやら違うようですね。女神コンジュゲート様からは抽象的な概念だけが伝えられ、今述べられた具体的な理論は、女神ネゲート様ご自身で構築なさった結果、というわけですね?」

「……そうよ。」

「それなら、ちょうどよい機会です。ハイパーラグプル、そしてハイパーラグプルマニピュレーションの本質を……量子アリスから、正式にお伝えしましょう。」


 ……。どうやら、このハイパーラグプルという言葉には、想像以上に重いニュアンスが隠されているみたい。わかったわよ。それなら……そうね。しっかりと、女神として受け止めるわ。


 コンジュ姉があの時、あえて言及を避けたのは……わたしがショックを受けるその姿を見たくなかったからかもしれない。そんな気がしてきた。そうなると……その内容は、背筋が凍るなんて生易しいものでは済まない。もっと、凄惨で、目を背けたくなるような「現実」が待っているわ。でも……わたしは、ちゃんと受け止める。


「それでは……。量子を手に入れた『黒い帽子を好むイブ』が、いよいよアタックに手を染めるとき。その影響が市場にもたらす波紋について、考えていきましょう。まず、イブが手に入れた量子は……大幅にスケールダウンされた民生品です。そのため、難易度の高い量子演算は実行できません。とはいえ、効率重視のイブが、なかなか当たらない『公開鍵から秘密鍵を破る』あの手法を選ぶことは、たとえ可能だったとしても、ありません。その理由は明確で……、公開鍵アドレスはターゲットにならないからです。そのような保管専用のアドレスは、公開鍵のハッシュであって……そもそも公開鍵を晒していません。つまり、肝心の資産がある場所を狙うことができない。でも、ランダム探索型……『ラグのアルゴリズム』なら話は別です。保管専用アドレスであろうと、秘密鍵さえ直接釣り上げることができる。そこが、イブにとっての決定的な『選択理由』となるはずです。」


 量子アリスは淡々と語り続けたわ。


「まず、イブは採掘における量子脆弱性には興味を示しません。理由は単純で……安定性に欠けるからです。採掘の速度を量子で引き上げすぎれば、チェーンそのものが壊れ、市場を破壊してしまい、その結果、稼げなくなってしまう。その理由はすでにご存じのはずです。逆に、慎重に速度を落としても……量子的な特性上、それはソロでしか機能せず、結果としてそれは『不審なアドレスによるソロ採掘』として記録されてしまいます。」


 量子アリスの声はさらに静かに落ちていく。


 たしかに、ソロの件はそうなるわ。採掘の量子脆弱性が狙うのは、三十二ビットのナンスではない。量子的探索空間を別に用意した二百五十六ビット……、そう、「キューナンス」とフィーが名付けた場所を狙うのよ。


 ところで、みんなで採掘するプールと呼ばれるやり方では、当然、三十二ビットのナンスを狙うため、量子では参加できない。だから、必然的にソロになるのね。


 それで、ソロで採掘すると……それを見張っている精霊がいるって話ね。それは事実よ。あまりにも続けば、間違いなくその精霊は騒ぎ始めるわ。そのため、採掘の報酬は美味しいけれど、現実的に狙うのは難しい。


 ……もちろん、もしチェーンそのものを破壊する覚悟があるのなら、話は別よ。採掘の量子脆弱性に向かって、量子の波を一気に押し寄せる。そして……毎秒単位で、ためらうことなく継続的に採掘を重ねていく。それを続ければ、たった数台の量子によってコンセンサスが占有され、その日一日で「終焉」を迎えることになるわ。


 ……、なぜ「終焉」になるのか? 量子アリスが語っていたわ。それは、毎秒で採掘されると、難易度が急激に爆上げされるからよ。なぜなら、その調整は量子に合わせた、とんでもない水準になってしまうから……。


 そして……その量子が、ふと採掘を止める。その瞬間、「古典……採掘の機材」の全ハッシュパワーであっても高すぎるその難易度を突破できない。にもかかわらず……、新しい採掘が生じないと、難易度調整は起きない仕組みなのよ。つまり、量子の採掘が止まった時点で、難易度は下がることもなく、チェーンは「永久停止」に陥る。


 わざわざ量子による百パーセントアタックなんてしなくてもいい。たった数台の量子で、こうして息の根を止めることができる性質もあった。だから、量子に一度でも採掘されてしまったら……チェーンは「終わる」ものと強く認識しないといけないわ。エコでもなんでもない。それは、静かで、確実な死よ。


「そして、それらは常時、監視体制にある精霊……監視者たちによって、すぐに検知されてしまうでしょう。つまり、採掘によるアタックはリスクが高すぎる。イブにとっては、あまりにも割に合わない選択肢というわけです。」


 それから一拍置いて、決定的な一言を告げた。


「よって……イブが静かに、確実に利益を得ようとするなら、やはり……、秘密鍵を釣り上げていく『ラグのアルゴリズム』を、必ず試す流れとなります。」


 わたしはごくりと息を飲んだ。ここからが本当の恐怖の入り口なのが理解できる。


「ここまでは、よろしいですね?」


 量子アリスは、わたしを見つめながら、問いかけた。


「問題ないわ。」

「それなら……ここで、ハイパーラグプルについて、その概要を伝授しましょう。」


 量子アリスは静かに告げた。まるで、これから語る内容こそが、真に恐れるべきものだと言わんばかりに。


「ふつうのラグプルは『投資先が資産を持ち逃げ』という意味ですが、このハイパーラグプルは『量子という無作為な巨大な力が無差別に資産を抜き去る』という自然災害に近い不可避の脅威になります。」


 ……。やっぱり、そういう解釈だったのね。このままだと……ハイパーラグプルは、もはや自然災害と同じ。意思を持たない量子の波が、無差別に資産をさらっていく。わたしたちは、ただ巻き込まれるだけ。抗うこともできずに……。

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