321, 鍵をピンポイントで破れる量子が、一般の手に渡るとでも思っていますか? せいぜい大幅にスケールダウンされた量子が関の山です。それでも、ナンスや秘密の鍵を拾うには十分。そこも、問題です。
「女神ネゲート様。ご機嫌麗しゅうございます。」
「ちょっと……量子アリス。急になによ?」
いったい、何が始まるというのかしら? わたしが考察を並べている間、なにやら量子アリスの様子がおかしいのよ。
「……いえ、これは、ちょっとした練習です。」
「練習って、なによ?」
「はい。女神コンジュゲート様と共に舞う女神ネゲート様が、闇の勢力の領域で観測された瞬間に備えています。」
「……。」
「……あの、どうされました?」
「わたし、闇ではないわよ?」
「……そろそろ、かと?」
「あのね、勝手に闇に誘わないで。もう……。」
……コンジュ姉からの誘いはなくなったと思っていたら、今度は量子アリスから……。……。
「……わかりました。さすがに心配だったので、つい、誘ってしまいました。」
「あのね、どんな論理で、そこからわたしを闇に誘うことになるのよ?」
「それは……わたしたち闇から時代を奪ったあの精霊が、女神ネゲート様をビップ待遇で招待すると言ってましたよ? 信じられません。女神様に対してビップも何もないはず。なぜなら、女神ネゲート様はこの地で最上位のお方なのですから。」
「えっ……な、なにそれ……。」
「あの? まさか……初耳でしたか?」
「うん……。」
なによ……。あのミームな精霊、今度はなんなの? ラグプルだけでも衝撃的だったのに……わたしにいったい、何の用かしら。……そういうのは、「時代を創る大精霊」と呼ばれるようになってからにしてもらいたいわ。
まあ、その「時代を創る大精霊」がシィーのときは、わたしから無理に押しかけた立場だった。そのため、これを断ったら……おかしな話よね。……行くしかないわね。
「わかったわ。あまり気は乗らないけど、顔は出すわ。」
「そうですか。でも……なんか、偉大なる食べ物で最高のおもてなし! そう伺いましたよ。」
「……。それを聞いて、急に胃が痛くなってきたわ……。」
「女神ネゲート様! やはり……、早い段階で闇に向かわれた方が……!」
「……あのね。わたしは闇には興味がないの。そこは、よろしくね?」
「……そうですか……。残念でなりません。」
もう……。コンジュ姉はもう誘わないって言ったのに、量子アリスがこれでは……。……、まあいいわ。わたしは闇には向かわない。そこは、決めたのだから。
それにしても、偉大なる食べ物って……いったい、なにかしら? わたしの本能は、静かに危険を察知していた。本当に……痛みが走った……胃に……。
だって、考えてみて? あの額をラグプルするくらいの精霊が、しっかりとした食べ物を用意できるわけがないじゃない。「偉大なる」とか言ってごまかしているけど……期待できるはずもない。だって、ね?
ちゃんと……ちゃんと食べられるものなら、何でもいいわ。そう、もう、強くお祈りしたい気分。でも……女神であるわたしがお祈りだなんて……。この地はどうなっているのよ……、ほんとに。
「ところで女神ネゲート様、考えはまとまりましたか? ……、今回の量子脆弱性の件は、その辺に転がっているような量子でも演算できてしまう……、そこが最も大きなリスクを孕んでいる、とわたしは見ています。いかがでしょう?」
「……、その辺に転がっている量子って……?」
「よくお考えください、女神ネゲート様。鍵をピンポイントで破れる量子が、一般の手に渡るとでも思っていますか? せいぜい大幅にスケールダウンされた量子が関の山です。それでも、ナンスや秘密の鍵を拾うには十分。そこも、問題です。」
「それって……!」
わたしは、そこに気付いて……はっと息を呑んだ。そうよ……。楕円曲線をピンポイントで破れるようなアルゴリズムから、いくら鍵を守ったところで、そもそもそんな「ずば抜けた量子」……一般の手に渡るわけがないわ。
闇の勢力ですら、最大の機密として、そんなものは絶対に表には出さない。民生用にばらまかれるのは、大幅にスケールダウンした量子。エンタングルメントも意図的に弱められ、高度なアルゴリズムは実行できない仕様。
それでも……、採掘の量子脆弱性と、秘密の鍵を拾うラグのアルゴリズムは、実行できるわ。




