31, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次は予知の精霊です。えっ、そんな精霊は存在しないはず?
シィーさんの大切な用事、そうです……大精霊様を祭るためのお飲み物の買い出しです。この地で、各属性につき「お一方」という唯一の存在……風の大精霊様が、ご満足いただけるように最善を尽くします。
ただ……、「ブロードキャスト」で暗躍している妖精だったかな? あれら妖精が好みそうなネタでしょうね、こういう大精霊のさりげない行動は特に、です。また、俺のカンですが、間違いなく「お持ち帰り」の分を含んでいますよね? 今回は「旅行キャンペーン」に付属する特別な「おもてなし」、旅館などの旅先に限り「解禁」だったはずですから。
それにしても……、この旅館、やたらと通路が長く、くねくねしていて迷います。なぜここまで、複雑になるんだ。この状況から、部屋を出たら最後で……、迷ってしまって戻れなくなる旅行客が出そうです。
ようやく受付までたどり着き、ロビーにある「ベンディングマシン」に出来ている列に並びます。時間的には「夕食前」なので、酒を買い求める行列なのかな? ここで買って持ち込むのかな。
「ここは、俺にまかせてね。この程度の行列は、俺が以前いた世界でもよくありましたから! 余裕余裕です。シィーさんはその辺をぶらぶらしていてください。また、一度に『売り切れ』まで買うのは持ちきれないというか……怪しまれますので、何度も並びなおし、分散して『売り切れ』になるまで買います。それで……、お好みは?」
「……。その勇気ある行動に、心から感謝いたしますわ。私は今、飲むものを決めたわ。この機会をのがしたら、次はいつになるのだろうかと考えたら……、甘酸っぱい果実を発酵してつくられた芳醇な香りを放つ赤い雫、がいいわ。今日はそれだけを、お願いね。そこに並んでいるマシンは、『犬』で決済できるはずから……、後から買った分をお渡しする形で清算いたしますわ。」
「……。了解です。あと、今日の分は『俺のおごり』で構いません。」
「えっ……? いいの? でも……それで赤い雫だと悪いわね、それならば、この地域一帯ならではの美味なお酒……『米』からつくられたおいしい雫でも問題ないわ。」
「シィーさんの第一希望を最優先いたします。」
「本当に? では……、お言葉に甘えようかしら。」
おごりといっても……、俺の「犬」はフィーさんからお預かりした大切なものです。しかし、姉のシィーさんに使う分には、全然問題ないはずです。
「ところで、あのあたりかな?」
形状から、なんとなくわかりました。ただ……、他の行列と比べて、そこはすいています。なぜなんだろう。赤い雫は、この地域一帯では人気がないのかな?
「それよ。では、その辺をぶらついてきます」
……。買うだけなのですが、少し、緊張してきました。そして、あまり並んでいなかったせいで、すぐに俺の番が回ってきました。
えっと……、先に商品を選んで、決済すると下からそれが出てくる仕組みのようです。そこで、商品の下にある値をみてみたら……。
「えっ?」
思わず……声が出てしまいました。これさ……。無意識に顔が横を向き、隣に並んでいる商品の値札と比較します。
あっ……。桁が二つも違います。もちろん、大麦からなるあの酒の数倍になること位は覚悟していました。でも、桁が一つならともかく……。まさか、二つとは。えっと……、これを「売り切れ」までだっけ……。
しかし、約束……。いえ、「約定」してしまいました。相場で約定したら、それは「絶対」です。仮にそれが誤発注であろうとも、約定の取り消しは許されない、そういう世界です。そういう世界に身をおいていた俺が、これを理由に破棄することは絶対に許されません。
それでも悩んでいたら、少ないとはいえ並び始めてしまいました。そうですよね……、この解禁を、「高級なお酒」で祝う方も多いのですね……。フィーさんが「お酒は高級品」と力説していた点、もしかしたらシィーさんが日頃からこんなのばかりを開けていて、これらを「一般的なお酒」と勘違いされているのではなかろうか。シィーさん……。
震える指先で、その中から「中間的なもの」を押下し、決済いたしました。すぐに、商品が下から出てきます。腹をくくって一本目を購入したら、二本目以降は、案外、悩まずに買えるようになりました。
さて買い終えてその場を離れようとした、その時でした。初老の男が隣の並びの先頭に乱入してきました。しかし、ひど過ぎる割り込みにも関わらず、みな、諦め顔でその並びから離れていきます。
俺は、辺りをぶらついているシィーさんの所まで駆け寄りました。
「シィーさん……。とりあえず、例の品々を手に入れました。」
「……。本当にいいの? これらをいただいてしまって?」
「もちろんです。」
うう……。フィーさんの「大切な犬」でご購入ですから、情けない気分にもなります。なんで、この地に呼ばれたのが「俺」なんだ……。「大切な犬」に飼われてしまっている俺、まさにフィーさんの飼い犬? うう……。時々、このような気分に浸ります。結構、きついです。
「私……。筋肉から、あなたに乗り換えようかしら?」
「えっ!?」
おいおい。急に、何を言い出すんだ……。シィーさんは。
「……。照れてる? なんてね。そんなことをしたら、フィーに恨まれてしまうからね。」
「……。はい?」
フィーさんに恨まれる? なぜ……。まあ、いいか。
「私ね……、フィーが心配でいたたまれないの。でもね、最近は明るくなってきたから、安心してよいのかしら? ただ、今日はしっかり休ませるの。どうみても、なにやら知識をつむいで無理を重ねているようね?」
「いつも、無理をしすぎです。フィーさんは……。」
今夜はかならず、あの件を絶対に伝えます。ああ……、こうやって心の中でなんどもつぶやいている自分。こういう心理のときは、いざとなっても、なかなか相手に伝えられません。でも、今夜は頑張りますよ。
シィーさんは満面の笑みを浮かべながら、それらの品々を転送いたしました。俺はその光景を……、引っ越しの時にその力があれば、さぞかし便利だろうなという眼差しでみつめていました。
「ところでシィーさん? 俺の隣の列に、割り込んだ不届き者が出たんだよ。」
「割り込みね……。この地域一帯で割り込みとは珍しいわね。それはすなわち、間違いなく『精霊の召使い』ね。」
「召使い!?」
またまた、おかしな存在が出てきました。
「うん。精霊を『後ろ盾』にして、好き放題にやっているのよ。」
いやさ……、もう、そのままですね。俺の故郷を含めて、どこにでもいますからね。
「……。やっぱりいるんだ?」
「特に珍しくはないんだけどね、今回のはやり過ぎよ。割り込んで、民が買い求めるお酒を『すべて』買い占めて、独り占めにする気なのよ……。」
「えっと……。それは、シィーさんも……。」
それは……、シィーさんも、ですよね?
「どうしたの? ……、私との比較は無意味よ。私の場合は『お持ち帰り用』を含めて買っただけ。私が好む例の酒を買い込んだら、潔く去るわ。しかしこの手下は……、このまま全てを買いあさり『上納』でもするのでしょう。」
上納って……。もしや「お屋敷」と呼ばれる豪邸に住まわれる方への上納ですか?
「……。」
「まあ、そんなもんよ。精霊に気に入ってもらえるのなら何でもする召使いは、案外多いのよ。そして、精霊はすべて『まとも』ではないからね。例えば……、私をみれば、それがわかるでしょう。」
「えっ? シィーさん?」
「私も……、あの件で取り返しのつかないことをしたから。」
「シィーさん……。」
あれは命令でやらされたから、です。なんか、とても不愉快ですね。そして、そういう時に限って不愉快な野郎が声をかけてくるのです。
「おやまあ、あなたは都の救世主、シィー様ではないですか!」
急に声をかけられました。振り向くと……。うわ、割り込みした野郎ではないか!
「あら? お酒の買い占めなのかしら?」
「シィー様、これらはですね、いつもお世話になっている方々への感謝の気持ちです。」
「感謝の気持ちがあるのなら、何をしてもよいのかしら? みんな、並んでいたのよ?」
シィーさん、攻め込んでいきました。素敵です。
「……。シィー様なら、この崇高な考えがご理解いただけると存じております。本来、お酒は神々や精霊を祭るために存在いたします。だから、このような場に集まる者達の口には合いません。そこで私は、これらのお酒を救うべく、率先して割り込み、買い占めることにより、神々や精霊の名誉をお守りしたに過ぎません。シィー様、ぜひともこの一本を、この場で献上させてください。」
こいつ、そういう生き方で、今まで来たんだろうな。俺の故郷にも……、いたかな?
「そう? それで私が受け取るとでも? 高く付くわよね、それ?」
シィーさん……。それは、プライスレスな黒い思い出になりますよ、きっと。
「……。失礼いたしました。」
シィーさんは、その男が手に持つ酒のラベルをじっとみつめて、つぶやきました。
「……。なるほど。ケチなのね。」
「あっ、あの……?」
「ううん。今のは独り言よ。気にしないでね。」
あっ……。たしか隣にあったやつなので……、俺のは桁が「二つ」も違っていました。それと比べたら、どんな酒でも「ケチ」になってしまいますよ……。
「……。ありがとうございます。さすがに気持ちがたかぶりましても、この隣にある赤いお酒には手が届きません。」
「はい? そうなの?」
「シィー様……。あれは、ぼったくりです。急激に悪化している例の危機の影響で、経営が苦しいのは理解できます。しかし、なぜ、あのような価格にしたのか……。あの酒は、シィー様が好むものですから、狙われた、そう考えると筋が通ります。」
「……。別に、いくらで売ろうと、別にね? 観光地価格なんて、よくあるわよ?」
「しかし、私が購入した酒と比較して、ゼロが二つも多いです。」
「ゼロが二つって……? たしかに、高いわね。」
「大精霊様に対する、このような粗末な扱い、わし……私は見逃せません。この旅館について、旅行キャンペーンから除外することを考えています。」
「……、待ちなさい、それは許さないわよ?」
「こんな事をされて、許すのですか?」
「こんな事? たいしたことないわよ、はっきり言って!」
あれは、シィーさんが沢山買うことを見込んだ価格だったのか。そして、チップの件もありました。かなり苦しい経営状態が……、手に取るようにわかりました。
「さすがは、都の救世主。格が違いますね。」
「さっきから、その上辺だけをなぞった表現は、なにかしら?」
「心から申し上げております。なぜなら、わし……私は、神々の『主』を任される可能性がある者ですから。後日、しっかりとご挨拶に伺う見込みでした。」
「えっ? 主を任されるって? あなたのその表現……『神々の主』はおかしいわよ? もう、『天』を取り返したおつもりなの? それって、あの都の支配者が喉から手が出るほど欲しがっている『天』の『主』を示すのよね?」
「シィー様は、あの都の支配者について、どのような印象をお持ちなのでしょうか? ああ、孤児院上がりの、どう調理してもまずくて呑み込めないと揶揄される、あのお方で、合っておりますか? 『大精霊の祭典』を終え次第、都の民を切り捨てて、我らの一員に加わる気なのか? ごほん、仮にでも『主』を目指すには、それしかないからね。おっと、今は『魔の者』が、似つかない席で何もできずにうわの空、だった。まったく、はやいところさっさと辞めて、こちらに引き渡して欲しい。」
……。まじで言っているの? 冗談はやめてくれよ。それって、あの神々が「天」を取り返したら、こいつに仕切られるのかよ……。ちょっと、それはないです!
「それはそれは、そのような『高潔』な方が、このような旅館に? 護衛もなしで?」
シィーさんが微笑を浮かべています。何か面白いことを思い付いたに違いありません。
「大精霊シィー様および、我ら神々への全面的な協力を惜しみなくいただけると伺いました精霊フィー様が大変お気に召しているとの情報を得まして、それで、宿泊することを選びました。」
「……、神々が率いる情報網は、すごいのね?」
「シィー様? 旅行キャンペーンの還元で宿泊先の情報を神々に委ねる必要があります。なにゆえ、強制力を働かせてかき集めた情報では、断じてございませんよ?」
「えっ? ……、たしかに、そうね。」
個人情報が筒抜けかと思い、ヒヤッとしました。よく考えたら、当たり前でした。
「でも、そういう情報って、無闇に私物化して、よいものなの?」
「私物化とは……。それとは断じて、異なります。聞き耳を立てていたら、偶然にも入ってしまった情報でございます。シィー様、なにとぞお言葉をお選びいただけますと、幸いでございます。」
「そうなの?」
「シィー様? わし……、いや、我ら神々は常に民のために最善を尽くしています。」
「ねえ? そんな当たり前な事を、わざわざ、言葉に変えて話すのかしら? あなた、ひどすぎるわよ?」
民のために最善を尽くす……。たしかに、当たり前ですよね? 声に出して笑いそうになりました。ここは我慢です!
「それは誤解です、シィー様。その信用として、護衛は必要ありません。いかがですか?」
「必要ない? それは、相手にされないからよね? 見た感じ、あなた、『空っぽ』よ?」
シィーさん……。結構、はっきり言うんだな。まあ、「天の使い」相手に「シィーショック」だったからね。それでも、「主」には逆らえない、か。ただ、この地で唯一の風の存在なら、「主」より上のような気もするんだけど……。そこには、なにかあるのかな?
「そ、それは……。何をおしゃいますか?」
「そのままのご感想よ?」
「シィー様は、とても手厳しい。それは、わし……私が『主』となるための励ましと、とらえましょう!」
「……。勝手にしなさい。」
「ありがたき、幸せでございます。」
こいつ、どのような状況でも自分の都合に合うように脳内変換するようです。あっ、そういや「都の支配者」もこのタイプだった。脳内変換が同じタイプ同士って、相性が悪いため、こいつは「都の支配者」に強い反感を覚えているのだろう。わかりやすくて、いいね!
ただし、注意があります。このようなタイプに恨まれると、根に持たれます。何年経過しても、その恨みを晴らしてくるため、たちが悪いです。しかも、立場すらわきまえずに平然と行うため、こいつが「主」になったら、……、反対してきた方々をすべて「粛清」するだろう。まじで怖いです。
「それならシィーとして、ではなく『大精霊』として、一つ、伺います。よろしいかしら?」
「はい、何なりとお申し付けください。」
「では、遠慮なくいくわよ。ついさきほど、そこに並ばれていた方々も『民』なのよ? それなのにあなたは、どの舌で『民のために最善を尽くす』なの? そのあなたの『民』は、どのような『民』を示すの? これは『大精霊』として、あなたに伺います。」
……。さて、何が返ってくるのでしょうか。……、おや、気になるのか、周りに「民」が集まってきました。もしかしたら「フィー」さんの名前が出たからかな? ちょうどいいですね。この回答、ぜひとも「都の民」でもある俺にも納得できるように、是非とも、お願いしたいですね?
「……。時には、厳しさも必要です。さきほどあなたは、わし……私をお叱りくださいました。私は、この界隈にはじめから身を投じた訳ではございません。若い頃は、上げ下げを予想する『先生』と呼ばれる職業を生業としてきました。そこで、偶然的にも神々の方とお知り合いになり、靴底がすり減ってなくなるまで歩き回り、民の信仰を地道に集め、ようやくここまできました。」
……。ありふれた、つまらない回答ですね。上げ下げを予想? なんだそれ、です。
「……。上げ下げ予想の『先生』だったの? たしか……『買い』『売り』『売り売り』を指南するのよね? あれで……食べていけたんだ?」
まさかそれって……。俺の故郷にもいたぞ。ほんと、ふざけているというか……。例えば時間差で開く相場の値をみてから、明日は「買いで間違いない」とか、そんなの俺だってわかるんだよ! と、負けた日なんかに文句を垂れていました。
「さようでございます。しかし、精霊様の一部が、大いなる繁栄の時代にあった『演算装置』を再現してしまい……、それらの予想精度は遥かに高く、気が付いたら……。今でも、その時の苦しみをふと思い出し、その悔しさをバネにして頑張っています。」
こいつの予想は……、演算装置に負けたのね。そういや、フィーさんとの会話によく出てきた「演算装置」って、昔にあったものを再現したんだ。こういうのって、異世界らしくてよいですね。……、でも、その繁栄した時代は最後、どうなったのさ? また疑問ですね。なんか、気が付いたら疑問だらけ。シィーさんが過去を話してくださるらしいので、そこで聞いてみようかな。
「そうなんだ。」
「シィー様。わし……私は、嘘はつきません。正直に話しております。」
「そうよね。食べていけなくなった話を、精霊なんかにしないわよね?」
「……。ご理解いただき、誠にありがとうございます。」
「では、その『正直なお方』に最後に一つ、よろしいかしら? ねえ? 正直な方……。」
シィーさん……。「売り売り」の時とは全然違います。なんか、輝いています。
「……。最後に、ですか?」
「そうよ。ところで、あの神々と知り合って、地道に歩き回って信仰を集めたとは、感心するわ。」
「はい。たくさんの靴を履き潰し、地道に歩き回り、手を取り合って信仰を集めました。」
「すごいね。そんな程度で『主』を、目指せるのかしら? そうね……、一体どこを、地道に歩き回ったのかしら、ね?」
それって、どういうことなの? ……。こいつの行動パターンから考えて……、なるほどね。
「そっ、それは……。」
「正直な方なのよね? それなら正直に、お願いね? そして、この周りに集まった民の方々にもしっかり伝わるように、わかりやすく大きな声で、お願いしますわ。」
……。民の前で、あれを言わせる気なのか! シィーさんって、案外、しっかりしているのか? こういう流れって、フィーさんの特技だったような……。さすがは、姉ですね。さてこいつは、今、どうやって逃げるのか、考えているのでしょうか。
「シィー様、これ以上は我ら神々の機密に触れます。」
「地道に歩き回った先が機密に相当するの? ……すごい解釈ね?」
うわ……。またまた面白くないご回答ですね。逃げるときは、これって決めているんでしょう。まったく……、シィーさんが直感で見抜いた通りだ、本当に「空っぽ」なやつだ!
「まったく……、風の精霊様は、なぜにそんなに、ひねくれているんだ……。いにしえの都に住まわれる黒龍様などを見習ってほしいものだ。」
「……、今、なんか言いました?」
「おや……。聞こえてしまいましたか?」
「ひねくれていて、悪かったわね?」
「いえ、今のは、わし……私の失言です。お許しください。シィー様。」
なにこれ? わざと独り言の文句を聞かせて、煙に巻く作戦なのかな? こいつは、ずる賢い手段をたくさん持ち合わせているんだな。
「……。調子が狂うわ。もう、いいわ。」
「ありがたき、幸せでございます。シィー様。」
「ほんと、私だからこれで済むけどね? これがフィー相手だったら、あなた、やばかったわよ?」
「……。フィー様ですか。」
「そうよ。」
「フィー様の知識は、素晴らしいものだと伺っています。だか、わし……私は、非常に珍しい精霊様の召使いになり、とても気に入られ、そして『奇跡の力』を手にしたのです。」
「非常に珍しい精霊?」
「シィー様も驚くことでしょう。なんと、『予知』を司る精霊様です。それは……上げ下げの予想とは大きく異なる『異次元』の力です。」
「い、いま何て……?」
おいおい、予知の力だと……。砂浜で、フィーさんがそれらしき奇跡を起こしたばかりだよ。たしか……「孤児ブロック」が、なにかと衝突すると……だっけ? ただ、衝突しないと予知できないから、そこまでは意味がない、だったような……。
「わたしはこの奇跡に導かれ、いよいよ、『主』になるのですから、素晴らしきことです。すでに、この力の脅威の前には、どの神々も抗えません。わし……私の言いなりになるしか、ないのです。」
「……。嘘はやめなさい。『予知』の精霊なんて、存在しないから。予知を司るって、時間を触るのかしら? 『時の流れ』は『非中央集権』で創造神すら介入できないのよ? それを、精霊の分際で握れるとでも?」
……。予知なんて、普通は、あり得ないよね? そうなるとフィーさんって、一体……。衝突という狭い条件があるとはいえ、予知できていました……。
「たしかに、それには一理あります。」
「なにが、一理なのかしら?」
「まず、その精霊様は、今まですべての『予知』を的中させてきました。」
なに……、すべての予知を的中させた、だと? たしかに、ここにフィーさんがいたら、大変なことになっていました。もう、宿泊どころではないです。ああ……はい。
「なによそれ? たしかに、それが真ならば脅威ね? 誰も、あなたには逆らえないわ。」
「本当のお話です。」
「それなら、今日、私やフィーがここに来ることは、『予知』できたのかしら? 仮に、それら予知が本物なら、あの神々の情報網なんてただのゴミだから。」
「いいえ、シィー様。いま、その精霊様は大変疲れておりまして、お休みしております。」
「……。さっきから、話が噛み合わないわね?」
「実は……、つい先日の話ですが……、肝心の『予知』を外したのです!」
急に声を張り上げたため、俺やシィーさんはもちろん、そこに集まり始めていた民の方々もびっくりです。
「急に、そうかしたの? そんな予知、当たるも八卦当たらぬも八卦よね? 銘柄上げ下げ予想の『先生』が、己の予想をすべて信じてしまうように……、あなたも、信じてしまった、だけなのよ。」
「そんなことはありません、シィー様。それまでは、重大な局面を含め、すべての『予知』が当たってきました。そのお陰で、神々の『重鎮』に気に入られ、今のわし……私があります。」
「……。あなた、意志がない『主』になりそうね? ところで、その『予知』を外した件については……、ここで話せるのかしら?」
「シィー様……、さすがです。そろそろ、封じられた記憶が戻ってきているのでは?」
「……。ううん。まだまだ、よ。」
えっ?
「『予知』の精霊様は、いつも、シィー様のことを崇拝しております。あれだけの論理を組み上げたのですから。それをベースにして、『予知』が完成したと、伺っています。」
「……、ダメね。思い出せないわ。私が、そんなのに関わっているのかしら? 冗談よね?」
俺が故郷の記憶を失っていくのと似たような感じなのかな? シィーさん……。
「それでも、最も大事な約束の場面で『予知』を外しました。嘆かわしい事です。きっと、お疲れだったと、深く信じたいです。」
「あら? あなたが悲しそうな表情を浮かべるなんてね。それは、外れてよかったわ。」
「シィー様……。この危機で、あなたの命と民の存続が、天秤にかけられているのですよ? そんな非情な選択、わし……私は拒否したいです。そこで、私が提案した、この地域一帯が再起するための『燃え尽きぬ計画』をフィー様とご一緒に成功させるという第三の選択肢です。そして『予知』では、シィー様のお命を天秤にかければ、特に問題なくフィー様の『承認』を得られるはずでした。なのに、なのに、なのに……、なぜか『拒絶』され、我らが愛した母屋を罵倒されたあげくに、その代わりがこのゴミみたいな『旅行キャンペーン』だったのです。こんな程度で、疲弊した経済を立て直せるなんて、あり得ません。どうして、こうなった!」
こいつは、「予知」という力に洗脳されているね。そんなもの、外れるときは外れます。銘柄予想の「先生」が、依頼された方々の資産を、次々と吹っ飛ばすようにね……。
「……。あのとき、あの神々に提案されたあの計画……。あなたが一枚噛んでいるのね? あんな計画に、私の可愛いフィーを巻き込んだら、本気で許さないからね?」
「シィー様! 道具となる『素材』は、我ら神々で準備しました。あとは、『約束事』の問題を解決できるフィー様への深い信仰心と、フィー様の『ゆらぎ』と『確率』に対する深い知識が、この計画には欠かせません。あと、必要なのは……、フィー様の『承認』だけです。」
「しつこい。ほんと、しつこいわ。」
「シィー様は、この地域一帯を、お嫌いになられたのですか?」
「どうして、そうなるの?」
「シィー様……、この計画には魂を揺さぶられます。拒絶など、あり得ません。熱い空気層に包まれた瞬間、我ら神々……いや、我ら民だけが、見失うことなく制御できる……」
シィーさんが慌てたそぶりで、その男の話を遮ります。
「それ以上は……、ここで立ち話をするような内容ではないわ。」
……。シィーさんの命を利用して脅し、フィーさんに、あのやばそうな計画を手伝わせようとした、あれかよ! シィーさんの渦の件みたいなことを、フィーさんにも背負わせようとしていたとは……。なんという、ひどさ、です。
だからあのとき、なんか……必死だったよな。これから「主」になりそうなこいつからみたら、上下関係ではこいつが「上」で、……こいつの命令で、フィーさんを脅したのか!
「さようですね。では、わしは……、これから湯につかって、これからの最善策を考えます。」
「……。あなたとは、二度と会いたくないわ。」
「シィー様……。最後になりますが、わしは『燃え尽きぬ計画』を決して諦めない。『主』になりましたら、是非ともフィー様にも、よろしくと、お伝えください。」
「……。さっさと、消えなさい。」
「わかりました。シィー様……。」
そう言い残すと、集まっていた民をかき分け、足早に消えていきました。
「とんでもないやつだった……。」
「……。フィーがだいぶ前に話していたの、覚えているかしら? あの神々ね……もともとは、あんな暗い雰囲気で物騒、ではなかったのよ。私とフィーがこの地域一帯を訪れて、そのまま住み着いた頃はね、やわらかい物腰で……とても快適だったのよ。そう……あの良き頃は、フィーが毎日笑顔を絶やさずに、頑張っていたからね。」
「ここを訪れてから住み着いたんだ……。そして、フィーさんが常に笑顔、か。」
「うん。今のフィーからは考えられないけどね。この地域一帯は……、それだけの魅力で溢れていたのよ。」
「シィーさん……。今夜、そのあたりを詳しくお願いします。そして……。」
意を決して、シィーさんと約束します。
「フィーさんについて、一つ、お話があります。」
「フィーについて? なにかあったの?」
「はい……。」
「……。わかったわ。」
これで、もう逃げられません。あの血の件は、知らせるべきです。
「では、追加でまた並んできます!」
「……、そうね! 飲んで忘れましょう。」
さてさて、またあの高価なあれか……。寄付だと思って買い込みます。
……、おや? どこかでみたことがあるような者が、珍しそうにこちらを眺めています。……、ミィーだ。声をかけてみます。
「ミィー、いつからここに?」
駆け寄りながら呼びかけました。すると、その身に隠れるように……。フィーさんです。
「ディグさん? ぽかぽかで、気持ちがよいのです。」
「えっ、そ、そうなんだ……。」
フィーさんは、ご機嫌モードのようです。ハードモードより全然良いですから!
「いつからって……、湯がこの先だから、自然と通ることになるよ。そしたら、みんなが集まっているからのぞいてみると……、みんな、酒を買い求めるために、並んでいたのね。それで、振り向いたら、なぜかディグとシィー様がここにいるのかしら? そこを説明してね?」
ミィー……。なにか、とんでもない勘違いを起こしていないか。
「ところで、ミィーはここで何を……?」
ミィーって飲めるのか。さすがに、それは聞けないですから……想像におまかせ、です。
「丸々とした梅入りのものが好物なの。ただし、アルコールはダメだけどね。」
「あっ、それ、梅ジュースね。」
「ディグ……。アルコールが入っていない梅酒と、梅ジュースは『別物』なの? わかる?」
「いや、わからない。同じものでしょう。」
「……。フィー様、どうですか、この問いは?」
……おい、ミィー! そのような問いをフィーさんに告げたら……。しかも『フィー様』っと大声で叫んだもんだから、……フィーさんを一目見たい系が周りに集まってきたよ。
「はい、なのです。物事が同じかどうかを計るには、それらを『プリミティブ』に分解すればよいのです。そして、『プリミティブ』に存在する左右からの作用からみていきます。ここで、左の作用は変化と参照を兼ねて、右の作用は参照だけ、なのです。ところでディグさん? これはだいぶ前に説明しましたよ? では、ディグさん、この分解をお願いできますか?」
……。俺が分解するの……。なんか……そら耳なのかな、「あのフィー様が弟子をとった」とか、聞こえてきました。やばい、どうしましょう。そもそも、左の作用と右の作用って、なに?
「えっと、右、かな?」
適当に、言ってみた。
「右、なのですか。よく、本来は右の形をした式に左の作用……変化を加えようとする、きわどい式があるのです。このような場合には、右の作用を明示的にすると、その変化を抑制することができるのです。それゆえに概念が掴みにくいとされる右から、分解されるのですか? なかなか、高度で、わたしは……とてもうれしいのです!」
うれしいの……? なにこれ? なんて答えたら、フィーさんから解放されるのだろうか……。
「フィー? また、そういった言葉遊びを繰り返しているのかしら?」
……、シィーさん! 助けに来てくださいました。
「姉様……。これは、論理的な学術なのです。」
「そうね。両方とも梅の実が存在するけれども、梅の実の味わい……、深みがまったく違うのよ。だから、『別物』で正解なの。いくら……その『プリミティブ』に分解してもね、僅かでも作用が異なれば、まったく違うものになるのよね? 直感で十分なのよ、そんな程度。右も左も関係ないのよ。フィー? いい加減にしなさい。」
「シィー様……。やっぱり別物ですよね!」
「姉様……。はい、なのです。」
どうなるかと焦りましたが、ここでしっかりと反省して、次に生かしてほしいのですが……。ただ、これがフィーさんらしいと言えば、そう言えなくもない……。
「では、フィーが来てしまったので、これ以上の買い込みは……無理ね。」
「姉様……、何を買われていたのですか?」
「えっと……。『プリミティブ』に分解してみましょうかしら。上品な甘さと芳醇な香りを放つ紫の実を、皮のまますり潰して発酵させた……。」
「姉様……。ほどほどに、お願いしたいのです。」
「わかっているわ。ここで買った分だけで我慢するわ。」
えっ……? 抱え込んでいたので、結構あるぞ。あれ……、全部、飲むの?
「姉様! はい、なのです。それなら、大丈夫なのです。」
……。フィーさん? どれだけの量か、わかっているのかな? 俺も……頑張ります!
「ではいよいよ、お食事ね。」
「……。」
「どうしたの? フィー?」
「わたし……、その……、なのです。」
「天の使い」が語っていた、あの件だよね。ここにある美味しいものはすべて、「天の使い」が腐った「きずな」を片手に「備蓄品」を強奪して手に入れ、売却されたものだった……。たしかに……、知ってしまうと食べにくいです。というか、あの神々……、仕入れ先くらいは、ちゃんと調べろよ、です。経済に詳しいやつくらい、いるだろう?
あれ……、経済って、大きなカテゴリ的には「学術」なんだよね? こんなのを許して、果たして良いのだろうか? 純粋に、疑問を抱きました。
また、俺が託された「大切な犬」です。これって、「天の使い」も利用していて、これで川を渡る分を託した、だっけ? でも、明らかにこの地域一帯から遠く離れた場所だよね? そこを管理している神々や魔の者もこことは違うわけで、当然、「通貨」も異なるはずです。しかし、「天の使い」は「犬」を渡していました。すなわち、この「犬」って……この地、全地域共通の「通貨」なのか?
「フィー? 今日の夕食では、あの神々も少しは気が利くようで、フィーのご機嫌を取るためかしら? フィーが大好物な甘くて黒くてとろける、美味しいものがあるのよ? しかも、最高品質らしいわ。」
「それは……。最高品質のチョコ、なのですか?」
フィーさんの好物を特別にご用意だなんて。フィーさんがこの旅館に来ることを、予約の以前から、あの神々が手元の情報網から見据えていて、この旅館に頼んで準備しておいたのかもしれませんね。甘いものに弱い……、ばれているようです。あの神々の情報網、別の意味で「さすが」ですね。ただそれでも、「予知」には勝てません。「予知」……これがすべて当たるのなら「脅威」以外の何物でもないです。
そして、その好物……チョコの原料が、備蓄品の中にあったのかな。カロリーは高いはず。ああ……です。それとも備蓄品ではなく、「天の使い」のことですから、備蓄以外の輸出品にまで強制ストップをかけて、強奪した品々なのかな? 高飛びしたというその地域一帯の神々を、あごで使えば簡単ですよね?
「フィー? 今日くらい、楽しむのよ。それにしても、どうやって手に入れたのか、ね? これらは相当、お高いはずよ。」
「……。姉様。」
「フィー? なにか様子が変ね? ……、あの時『天の使い』から、変なことを吹き込まれたの?」
「……。はい、なのです。」
「あいつらの言う事は、信じてはダメよ? わかった?」
「姉様……。いいえ、なのです。わたしも、信じたくはないのです。しかし、『天の使い』が悪意の気持ちから利用した『犬』のトランザクションを調べてみたら、『天の使い』が堂々と語っていたあの内容は……、真実だったことを示していたのです。」
「フィー、あの内容って……? あとで、話して。何を吹き込まれたのか。」
「はい、なのです。わたしは、とても悔しいのです。『大切な犬』が悪用されたのです。」
まあ、高飛びした神々は無責任すぎるので……。ただ、この気持ちの切り替えは難しいかな。
「フィーさん! 『天の使い』が『犬』を悪用した点、俺も……。」
「はい、なのです。どんな者でも、どこでも『同じ価値』で使えるのが特徴で、例えば神々や魔の者がおかしくなったときの備え……という意味もあるのです。それを、あんなひどい使い方……。」
「フィーさん……。これ、同じ価値で、どこでも通じるものだったのか……。」
「はい、なのです。だから、わたしのお気に入り、なのです。それなのに……。」
「フィーさん? それならば、たしかに、あいつらの話はひどいよ、でも逆に、『犬』でうまく立ち回って、助かっている方々もいるだろう。こういう場合は少しでも良い部分を思い浮かべて、前に進むしかないよ?」
俺らしい楽観的な思考が、つい、口に出てしまいました。
「……。気が楽になりました。ありがとうございます、なのです。」
「それなら良かった。では、チョコを口いっぱいに含んで、忘れましょう。」
「ディグさん? そんな贅沢ないただき方……、わたしには……、でも、なのです。」
「フィーさん? そう決めて、迷わず、いただきましょう。」
「……。はい、なのです。」
「それで、ミィーはどうするの? 夕食とか?」
「私もご一緒いたします! 兄さまも、よろしいですか?」
「ミィー……。兄……も来ているの?」
「もちろんです。私だけで旅行なんかしたら、私が帰ってくるまで心配で心配で、右往左往になってしまいますから。」
「フィー? では、先に行っていてね。私は、まだ湯につかっていないのよ。」
「姉様……。はい、なのです。」
ミィーの兄って……。ほんとに? そうなんだ。ちょっと意外でした。まあ、完璧なやつなんかいないよね。ははは。さらにここには、酒のことで頭がいっぱいで、湯につかるのを忘れたお方もおりますからね。あっ、それに付き合った俺も、まだでした。湯上がりの一杯……。
色々とある、長い一日です。さらに、まだ終わっていません。この地は悪い面が多いようですが、それでもね、俺は思う存分、楽しみたいです。そうだ! 今日は、ミィーに「犬」を投げてやろう。