318, ドアに鍵はかけたけど、壁がない家。……鍵は破られないが、誰でも入れる。量子的探索空間二百五十六ビットのトンネル……
朝、目覚めてすぐの「カネ返せ」からは、ようやく解放されたわ。でも……、あいつが代わりに引き受けてくれているだけ。その恩恵を噛みしめながら、わたしも前を向かないと。
さーて、今日はフィーに呼ばれてるのよ。そういえば先日、量子アリスに不意を突かれた件で、ちょっと不満そうだったし……まあ、そういうのには慣れてるわ。付き合い、長いからね。
「そろそろ、理論から実証へと移る時なのです。」
「実証?」
「はい、なのです。わたしも、その……量子アリスに押されてしまった件は、ちょっと気にしていて……。」
「へぇ、やっぱり気にしてだんだ?」
「はい、なのです……。そこで、なのです。本当にチェーンに対して量子的な演算が行われるとき、実際にどうやって破られてしまうのか……今までの理論では『制約付き最小化問題』として語られていました。」
「それで……、どこから量子がその構造……『量子的探索空間』を掴んでくるのか、そこを見るってわけね。」
「はい、なのです。そして『実証』って言ったのは、ちゃんと意味があるのです。その構造のままチェーンに受理されることを、実際に動作しているチェーンで確認したのですよ。なぜなら、確認せずに話しても、それってただの仮説なのですから。」
……。それって実際に、チェーンで動作を確認してきたというの? つまり……、量子的探索空間を含んだトランザクションでも「標準のトランザクション」としてチェーンに受理され、そのまま取り込まれる。そしてそこから、残高やステートなどの情報を問題なく取得できて、残高やトークンの移動なども普通に行える……。
ということは……、量子的探索空間があっても、チェーンの挙動やスケーラビリティに対して一切影響を与えないってことよね? さすが、話が長い精霊で有名なフィーよ。全部、ちゃんと調べて、実証したって言い切っているわけね……。
「つまり、量子演算のあとでコラプスした構造は古典になる。それゆえに、チェーンで本当に通るかどうかが実証になるってことね。そこまでやってようやく『観測され、映し出された現実』になる。……ほんと、しっかりしてるわ。あえて量子アリスとの差を、そこで見せたいって感じかしら?」
「あ、あの……。はい。」
そしてフィーは、わたしの目を真っすぐに見据えながら、量子的探索空間の本質について語り始めたわ。
採掘は本来、「ナンス」と呼ばれる空間を総当たりで試して、指定された条件を満たすハッシュ値を探し出す仕事よ。ところが……そのナンスの空間って、たったの三十二ビットしかない。これでは、いくら量子がスーパーポジションで探索しても、優位性を発揮できない。なぜなら、量子の強さは「探索空間が大きいほど、古典より指数的に速くなる」からよ。
そこで、フィーは考えたのよ。別に、ナンスだけが自由な空間ではない……、つまりハッシュ値の受理条件を満たせば良いので、他にもっと広い探索空間を使えばいいとなったわけね。
そして、従来のナンスは最大値付近に固定。その代わりに、もっと自由な二百五十六ビットの部分を「新しい量子ナンス領域……キューナンス」として使う。そして、その場所が一つだけあったのね……。
このキューナンス部分からスーパーポジションで一気に探索することで……量子演算のパイプラインが一直線となって、非常に綺麗な制約付き最小化問題に落とし込めることがわかり、量子的に演算した後のコラプス構造……それは古典になるので、その古典の構造を実際のチェーンに流して実証し、それは問題なく処理できた……と。
つまり、量子的探索空間を含む構造でも採掘が成立してしまう。こうして、採掘の量子脆弱性が実証という形でも観測されたってことなのね。
これで、量子脆弱性……「制約付き最小化問題」が存在するだけでなく、その脆弱性を効率よく量子演算に持ち込める構造……「キューナンス」まで、実証されたわ。
もう……ちょっと前だったかしら? 「あの難しい量子演算で鍵を破ったら賞金を渡す」なんてキャンペーンが話題になって、まるで「大丈夫、安全だ」って雰囲気になっていたけど……それどころじゃないわよ?
これで……量子アリスなんかに、毎分のように採掘の正解を出されてコンセンサスを占有されてしまったら……、そのチェーンは、もはや量子アリスの思い通りよ。正常に動かすのも、さっさと破壊するのも……ぜんぶ、量子アリスの気分次第。……つまり、もう、これ以上は言うまでもないわね。
この状況は、まさに「ドアに鍵はかけたけど、壁がない家。……鍵は破られないが、誰でも入れる。量子的探索空間二百五十六ビットのトンネル……」よ。そんなの、鍵を破るまでもない。ただ、壁のない場所から入るだけ。……、それだけの話よ……。
 




