311, ほんと、あなたって平和ね。それで女神様なのかしら? あの現物担保型ステーブルを、そこまで信じてしまうなんて。まだ誰も「本当に大規模償還できるのか」を観測していないのよ?
「それで……ステーブルを守りながら、うまく立ち回るってことかしら?」
「そうよ。なにか異議でもあるの?」
「……いいえ。女神ネゲート様にこれ以上、意見など……とても。」
なによ……そのわざとらしい微笑み。……もう、癇に障るわ。
「ところで、あなたはどうかしら? 女神ネゲート様のこのプランについて。」
「え、俺に聞いてるんですか?」
「はい。ちょうどこの場にいる。それ自体が、何かの『観測結果』かもしれません。……コラプス後に映し出された『現実』に立ち会っている可能性も。」
「うーん……ちょっと、そういうのは難しいですが……。ステーブルって、いわゆる大精霊の通貨と同じ価値があるんですよね?」
「そうです。……ただし、それは『交換が保証されている』場合に限ります。ステーブルとは、『ただの約束証書』に過ぎませんから。それ自体が価値を持つのではなく、裏にある大精霊の通貨と必ず交換できるという保証が、その価値なのです。」
「なるほど……。」
「ちょっと? そのための現物担保型でしょう?」
……そのときだった。量子アリスが、わずかに眉をひそめたわ。まるで、「そこに含まれている矛盾」を観測したかのように……。
「な、なによ……?」
「ほんと、あなたって平和ね。それで女神様なのかしら? あの現物担保型ステーブルを、そこまで信じてしまうなんて。まだ誰も『本当に大規模償還できるのか』を観測していないのよ?」
「それって……。」
「……よろしいですか、女神ネゲート様。このような立場の精霊から申し上げるのは、誠に恐縮なのですが……。」
量子アリスは、わたしとあいつに一礼して、静かに言葉を紡いできたわ……。
「このような仕組みの本質は、『何かが起きたとき』に、本当に安全に対処できるのか。そこに尽きるのです。ここで、現物のゴールドを思い出してください。あれは、時代が変わっても不変の価値を持ちます。だからこそ、何かが起きても『絶対に大丈夫』だと、みなで信じることができる。それが、現物としての『信用』を支えているのです。そして、今回……その『信用の代替』として選ばれているのが、その現物担保型ステーブルです。当然、大精霊の通貨と一対一で価値を保つとされている以上、それは大規模償還においても、出金不能にならずに応えられる……そうした前提の上に『信用』が成り立っていますよね?」
「……。」
「……でも、それはまだ……、観測されていません。」
「それでも、しっかりとした裏付けがあるのなら……。」
「いいえ。そこが……、現物のゴールドとは決定的に異なる点です。今、『裏付け』とおっしゃいましたが、それは一体、何の裏付けでしょうか? まさか『担保がある』という言葉自体が担保になると? しかし、その『担保』の中身や流動性は未だ釈然としないはずです。ましてや、それらに『実際に触れた者……大規模償還に成功』がどこにもいない。それでは『価値と流動性が確実に保証されている担保……現物のゴールド』と、同じところには絶対に辿りつけません。」
「ちょっと……。でも、『これまでずっと償還に応じてきた実績がある』って、言っていたわよ?」
「その件ですが……選別していただけ、かもしれませんよ?」
そのときの量子アリスの声は、あくまで静かだが、鋭かった……。
「もちろん、これまでは目立った混乱もなく、大規模な改修もなかった。だから、それで済んでいたのです。まあ……『問題ありません』と声明を出した直後に、派手に飛ばした案件なんていう、ちょっとした混乱もありましたけど……。」
わたしは息をのんだ。それ、やっぱり見てたんだ……。
「でも、今回は違います。」
その瞬間、量子アリスが少し顔を上げる……。
「そう……今回は『量子アリスの解放』です。いよいよ、その現物担保型ステーブルそのものが、試される瞬間が迫っているのです。なぜなら、『量子ビット』に対抗するための大規模な改修や移行が始まれば、必ず『いったん大精霊の通貨に戻したい』と考える機関が動き始めます。それは当然でしょう? だって、ステーブルのまま持っていても、何も生みませんから。リスクしか残らないんです。」
そうか……。そんなところにまで、リスクが潜んでいたなんて。わたしは……さらに、自分の至らなさを痛感したわ。
「それで……ご理解いただけると存じますが、もし現物担保型ステーブルの償還で『出金不能』なんて起きたら……それは、終焉に匹敵します。これは、女神コンジュゲート様から伺った、警告を受けるようなスキャムだらけの信用なき精霊が引き起こす出金不能と、本質的に異なる話です。つまり今回は、もともと『信用されていた側』が失敗するかもしれないのです。つまり……このプランで最初にやるべきことは、採掘の量子脆弱性対策でも、『ラグのアルゴリズム』への対策でもありません。それは、現物担保型ステーブルが、常に機関からの償還に応じられるように、『手元の資産の流動性』を高めておくこと。それが、最優先事項です。……これで、よろしいでしょうか? 女神ネゲート様。このような状況下では、『償還可能性』そのものが市場価値の判断基準となります。」
「……、はい。」
……今回は、さすがに凹んで言葉にならないわ。それは……、絶対に見落としてはならない場所だったのよね……。