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30, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次は浴衣を羽織ったシィーさんと……です。その前に磁界? そんなのは、勘弁です。

 「天の使い」のご登場で、何ともいえない……暗い雰囲気に包まれています。それゆえに俺は、あの「天の使い」が消えた後に、シィーさんを誘ってはみたのですが……。果たして、その効果は続くのでしょうか。


 あと、ミィーが気がかりです。「天の使い」がシィーさんの渦の件で話を盛って、心をかき乱す闇をミィーにまとわせた可能性があるからです。たしかに、あの神々がシィーさんに負わせた渦の件はひどすぎます。しかし、それを巧みに利用し、第三者に必要のない憎しみを負わせ、その憎しみを「自分の利潤につながるようにいざなう、ひねくれ曲がった根性」は、それ以上にひどいものだと、俺自身は考えています。


 さらに、フィーさんが「天の使い」と交わした「スマートコントラクト」です。「天の使い」の成り立ちについての論理? だったかな。ただ、その「天の使い」の論理を破壊できないと、フィーさん自身が……。怒りに身を委ねた、勢い余った「スマートコントラクト」でないことを強く祈ります。それにしても、あの「天の使い」です。自分らには「感情がない」とか「感情くらいは入れるべきだった」とか、まともな思考ではない事を言い放っていたけれども、その割には……、相手の感情を巧みに悪用している気がします。いわゆる「関わってはいけない」カテゴリに属するやつらで間違いないですね。なんとも嫌な気分にさせてくれましたよ!


 本来はすぐに到着するはずが、やっとの思いで、シィーさんが予約した旅館に到着いたしました。ただし、俺ってね、色々な多難があっても、目の前に楽しみが迫ってくると、それらをすべて忘れて楽しめる「特技」が備わっていますから、ご安心ください。


「……。ここは……。姉様、わたし……。」


 もしや……、フィーさんです。気が付いたようです。


「フィー? 今日は、しっかり休みなさい。湯につかって、ちゃんと食べ終えたら、すぐに寝るのよ? わかった?」

「はい……、なのです。」


 おや? いつもなら、必ずごねます。しかしなぜか、ごねずに素直です。よほど疲れているのか、それとも、なにかを企てているのか、です。フィーさんが、そんな簡単に諦めるわけないですから。今夜だって、……。


 おお! 旅館の入り口に「歓迎:大精霊シィー様御一行」という板が掲げられていました。こういう粋な計らいは大好きです。旅行キャンペーンでお客が多く、そのような歓迎の板が枠いっぱいに敷き詰められ、よさげな雰囲気を醸し出しています。


 あっ、そういや……。ミィーはどこに泊まるんだ?


「ミィー? シィーさんの力でここまでついてきたようだけれど、どこに泊まるんだ?」

「私も、そこですよ。並んでいる板を、よくみてください。」


 よくみるって……。どれどれ、「歓迎:億で俺についてこい様」「歓迎:売りに耐えて住み処を失う様」「歓迎:夢と泡に包まれ異次元の時空を旅する新興市場様」……よくみたら、うん……、ごくり、でした。これらって好きな文を入れられるタイプのようですね。そしてミィーは、どれだろう? えっと……「歓迎:ミィーの設計図完成祝い様」、これなのか? 完成したんだ、「設計図」?


「みたぞ。『設計図』が完成したんだ?」

「はい! あの時、フィー様に一度は拒絶され、良かったです。改めて作り込んで、完成しました。後日、また伺って承認を……。です!」

「承認、なのですか?」


 フィーさんが「設計図」という言葉に反応しました。


「フィー様……。」

「ミィーさん? 『設計図』の承認に対しては、わたし、厳しめなのです。」

「それは、わかっています!」

「わかりました。わたしの力が回復次第、拝見するのです。」

「……。フィー様、ありがとうございます。私、フィー様を信じて、ここまで頑張ってきました。そして、シィー……様。私の愚かな勘違いで……、大精霊様に対して、口にするのも恥ずかしい愚かな表現でシィー様を呼んでしまい、なんとお詫びしたら……。」

「えっ? あのこと? 驚いたのは事実だけど、気になんかしていないわよ!」

「……。ありがとうございます!」

「それよりも、『シィー様』はやめて。それね……、あの神々が私に、心が折れる用事を押し付けるときのみに使う敬称になっているの。つまり、敬称というより……蔑称ね、それ。普段は『シィー君』なのに、稀に『シィー様』になって、ドキッとするの。だから、気軽に呼んでね!」

「その神々って、あの神々? 神々……!」

「あっ、あの……。」


 ミィー……、まずいね。「神々」という言葉に対して敏感になっています。そういえば「天の使い」、ミィーに用事があると言い残していったな。間違いなく利用されます。そうならないように、フィーさんを経由して、ミィーの兄にこの件を伝えておくのが最善ですね。それで、なんとかなるでしょう。


「あっ! すみません! では……、シィーさんで、いいの?」

「それで、問題ないわ。」

「なんか……、ずるいのです。わたしは『フィー様』で続くのですか?」

「フィー様は、フィー様以外ではお呼びできませんから、あしからず、です。」


 やれやれ。「設計図」が完成したとは。……、いや、そもそも「設計図」ってなに? そういや、フィーさんが精霊だった件に加え、このあたりの細かな概念も、そろそろ整理しておかないとね。「天の使い」とか、あんなのばかりでは疲れますから……。


 さて、こんなところで突っ立っていないで、旅館に入りましょうか!


「いつも、ごひいきいただき、誠にありがとうございます。」

「お世話になります。予定よりも遅くなってしまい……。」

「とんでもございません。この地の代表となる大精霊様に、こんな旅館に足を運んでくださるなんて、なんとお呼びしたらよいのか……。」


 もはや相場で負けた記憶以外は「夢の状態」になった俺ですが、それでも、この感覚には懐かしさを覚えました。旅行キャンペーン中につき、やや混雑はしておりますが、良い感じです。


 建物の方は……ややくたびれた感じが、逆に深い味わいとなっています。さらに、それ以上の「おもてなし」があります。疲れが吹き飛んで、さらに、わくわくしてきました。


 そして「やっと温泉」です。おっと、あの神々のことです。まごまごしているうちに、潤沢に確保していたはずの「旅行キャンペーン用のご予算」が無くなり、恩恵が受けられない状態に……などになりかねません。こういうのは「特別枠」ではない限り、前年度の実績から割り出すからね。そして、みなさまが急に「旅行キャンペーン」を利用するとなると、前年度から割り出した実績分だけでは不足するはずですから。ただ、一度でも予算が割り当てられると、みんな……余らないように必死になります。余ると、……。あれ、特別枠って……。もう忘れました。すみません!


 ふと、そんな気にさせる「一日」で、色々な事がありましたが、時間的には「その日」です。移動が「瞬時」だと、こうなってしまうのですね……。この移動の力……、はじめは便利過ぎて「嬉しい」と思うのですが、徐々に「息が詰まってくる」という、極めて難しいカテゴリに収まる力だと、俺は「実際に体験」して感じました。ただそれでも、目の前にシィーさんみたいな大精霊が現れて、何か一つ、特別な力を授けてくださるとなったら、この「移動の力」を選ばれる方……、多いだろうな。


 ところで、この旅館……。広いです。今、お部屋を案内されているのですが、やたらと長い廊下が多数ありました。そして……。


「おお……。」

「ディグさん? そんなに珍しいのですか? これ?」

「えっ、ああ……、いや、この地にもこういうのがあるんだな、と、再認識です。」

「はい、なのです?」


 階段を行き来しなくて済む、上下に動く、例のあれです。ほら、この風の精霊さんと常に一緒だとさ、移動については「瞬時」ですから、このようなものには乗らないからね……。


「フィーさん? これ、何でうごいているの?」


 あっ! うっかりしていました。なんてことでしょうか! これを聞いた直後に、俺は……、とんでもないことをしたと、強く後悔しました。フィーさんに、こんな事をたずねたらさ……。


「ディグさん、興味があるのですね? わたしは……とても嬉しいのです。わたしは『ブロック』の概念や『精霊の式』も好きなのですが、『電界』『磁界』の概念から弾き出される現象なども、大いに好きなのです。」


 シィーさんが、慌てた様子で止めに入ります。


「フィー? 今日は、休むのよ? そのような頭が痛くなる用語を、こんなところで出さないでよね? いい? もう一度だけ言うわよ? 今日は、休むのよ?」

「……。はい、なのです。」


 シィーさん、ナイスです。あぶないあぶない。これ以上、変な用語を増やさないでください!


「フィーさん……、今日は、ゆっくりしようぜ。」

「はい、なのです。では、今日は『磁界』の方だけにしましょう。」

「……。それ、好きなの?」

「はい、なのです。創造神は、なぜ『磁界』を生み出したのか、なのです!」


 フィーさんのテンションが一つ上がった気がしました。でも……、あの弱り切ったお姿は心に毒でした。それゆえに、このように回復したことは喜ぶべきなのかもしれません……。


「それを……、こんな俺のような者に?」

「はい、なのです。なぜなら、私の姉様とか、絶対に付き合ってくださらないのです。」

「なるほど。」

「今日は、お酒が出るのです。『酒の肴』として、いかがでしょうか?」


 酒の肴? ああ……、一度までしか付けてはならないソースに合うものとか、そういうものが「肴」だよね? 「磁界」とか、いったい、何がはじまるのでしょうか?


「そういえば……、フィーさんは、飲めるんだっけ?」

「いいえ、なのです。飲めても少しだけですから、飲まないのです。晩酌の席だけ、お付き合いするのです。」

「えっと、それは……『磁界』の話が進むたびに、一杯?」


 酒の肴として、何が飛び出るのでしょうか? 残念ながら、とんでもない話でした……。


「いいえ、なのです。『精霊』か、それとも『天の使い』なのか、どちらが作用的に上位で絡むのか、それともサイドエフェクト的に交わるのか……、そのあたりの話が進むたびに、一献傾けます。なぜなら、例えば『磁界』です。性質が異なる力学的な性質となぜか『古典の式』で準じる部分がとても『魅力的にうつる』のですが、あの『天の使い』が行った創造神への反逆……、あの神々が鼻を鳴らす『演算装置』による『進化の過程』の調査結果で、なんと……物質的なエレメントを構成する『サブスタンス』ではなく、『インスタンス』的なものでファクターが使い回され、効率よく進化したという事実が、わたしには到底受け入れられないのです。まだ、『サブスタンス』なら許容できるのですが……。しかし、『インスタンス』の場合、常に……まるで甘い甘いクッキーを焼くように、クッキーの型から常に生み出されるインスタンス……、それはすなわち、その周りの環境を自由に取り入れて、それに合わせられるという奇跡、すなわち『創造神を超える、あってはならない力』で、その環境に……自ら適応したことになるのです。ディグさんは……、このあたりの説は、どう感じているのでしょうか? ディグさんは……たしか『進化』には一石を投じていましたよね? わたし、それをはっきり覚えています。ディグさんは、『サブスタンス』による疑似的にみえた『進化』を、そこでの『進化』の定義として持ち合わせているのですよね? そこがわたし、心配なのです。」


 ……。……。……。うん、断りましょう。無理です。フィーさん……、こんな場所で、それはね……。何を答えたらよいのかも、さっぱりです。さらに、周りからのじろじろとした視線も感じます。


 ふと、筋肉のご様子をうかがいます。すぐに、安堵の表情を浮かべているのがすぐにわかりました。フィーさんが「甘いもの」で浮かれていたとき、なんとか、このような時間をなすりつけようと、俺が試みましたからね。フィーさんの回復が遅れてしまい、筋肉に楽しい時間を移行する承諾を得ることが出来ず、……です。このたった今、フィーさんの楽しいお話が筋肉の耳にも気持ちよく入り、命拾いしたと、つくづく感じている事でしょう。


「フィーさん? 今夜は、休みましょう。」

「えっ……、それは……。」

「フィー? 休まないのなら、そうね……、今夜はフィーに付き合うわ! その胸の内に強く押し込んでしまってある秘密を、あらいざらい全部、一つ一つ引っ張り出していこうかしらね? 気になることが沢山あるの。例えば、あの『天の使い』にまで絡まれるなんて、尋常ではないからね?」

「姉様……。わたし……、今夜はしっかり休むことにするのです。」

「そうそう、よろしい心がけだわ。では、ちゃんと休むのよ?」

「はい、なのです。」


 フィーさん、あっさりと諦めました。探られるのは、嫌みたいですね。それでも、あの血の件は、シィーさんに話します。これは決めましたから、変更しません。


 フィーさんの少し早い……楽しいお話の「延長」にまで付き合いながら、各お部屋にご案内いただきました。おや? フィーさんが手をかざして、何やら話をしています。


「フィーさん? どうしたの?」

「あの……? 『チップ』を渡しているだけ、なのです。ディグさんも、お気持ち分を『チップ』として、『犬』でお渡しください。」


 チップ? なんか聞いた事はあるけれども……、概要は思い出せません。とりあえず、気持ち分を渡せば良いのかな? なんか……ね?


「……。わかった。やってみます。」


 「犬」を渡す仕草には、さすがに慣れてきました。お気持ち分……、か。気分で決めました! 渡すとき……、やはり、少しばかり変な感じが心に強く残りました。ただ、ご満足はいただけたようで、フィーさんと俺に深く一礼後、フロントに戻っていきました。


「ディグさん? わたし、ディグさんに『チップ』の説明をしていませんでした。ごめんなさい、なのです。」

「別にそんなの、何ともないですよ。ただ、『チップ』の重要性はわかるんだけど……。ちょっとばかり、変な習慣だと感じてしまいました。」

「はい、なのです。実は……、この習慣なのですが、『本物の天の使い』の気持ちを象ったところから派生して登場した習慣という研究結果があるのです。もともとこの地域一帯は、『本物の天の使い』に対する概念が非常に乏しく、『チップ』の習慣自体がなく『本物のおもてなし』があったようなのです。しかし、時が流れるにつれ多くの『天の使い』が流れ込んで、『チップ』の習慣が根付いてきたのです。それでも、『本物の天の使い』に関する概念の浸透は今でも遅れており、その差が、ディグさんが覚えた違和感につながっていると、わたしは考えているのです。」

「そ、そうなんですか……。そうだ! そうそう! それに『甘いもの』とかも、通用するの?」

「『チップ』に甘いもの……、なのですか。甘いもの……。」


 これ以上のフィーさんは「あぶない」ですから! うまく話を遮る形で逃げました! 最近のフィーさん……、ちょっとした疑問から「楽しい時間」に発展する機会が多くなっています……。


 あっ、それよりも……。深刻な事態を思い出しました。そう……、筋肉と、同室でした。わかっていたけれども、実際にその瞬間が訪れると……。ああ、はい。


 しぶしぶ、部屋に入りました。旅館で最初に部屋に入った瞬間の、あの新鮮な感情は半減しました。一応、話でもするか?


 しかし、筋肉が……なぜかスクワットを始めました。えっと、なんですか? 俺の前でね、みせつけるように始めました。正直、むさ苦しいです。その「盛り上がる筋肉」から視線をそらし、手荷物の整頓を始めます。筋肉は、本当に精霊なのでしょうか? とにかく! 一日限りの我慢です。


 ところで、このお部屋……「青かった海」が一望できるようになっています。これが「青い海」ならば「オーシャンビュー」でしたね。


 おっ、相場で負けた記憶から紐づいて、なつかしい「青い海」「青い空」が脳裏に浮かんできました。あっ……、これらの遊んだ記憶は「気晴らし」ってやつです。ああ、はい……。それは、ゆったりとした時間が流れる暖かい場所の砂浜でゆっくりした後、オーシャンビューを眺めながら騒いぎました。暖かく、そして心を躍らせる潮の香りが懐かしい。そういや、「魚」っていたよな……。


 荷物の整頓中……おや、です? 「おもてなし」が、そこにありました。それは、「甘いもの」が上品な木皿に置いてあることです。手触りがよい紙で包まれ、間違いなくおいしいものです。このような危機的な状況であっても、絶対に手は抜かないところは、嬉しい心遣いですね。これなら、「チップ」もありかな?


 無言のまま時が過ぎるのは、こちらも息苦しいため、一言だけ、です。


「おい、筋肉? 甘いものは得意?」

「甘いもの? それよりも……。」


 それよりも……? それ以上は言わなくて良いです。わかりますから。ただ、筋肉が欲しがる食材や食品は、いまは貴重で……高級品だよね? まあ、あの神々に仕えている精霊の一族なら、……、おっと、これ以上は! です。


 俺はそこにある「甘いもの」を無心につかみ取り、迷うことなく「お隣」のお部屋に向かいます。そう……シィーさんとフィーさんがおられるお部屋です。こういう「貴重なもの」は、フィーさんにお渡しするのが一番ですから。おや、筋肉の分は? ああ、そういえば目の前にいましたね。本来、わざわざ聞く必要すらなかったです。なぜなら、甘いものは敵、間違いないですから。以上。


「フィーさん! ちょっといいかな?」


 部屋の前で叫んでみたものの、反応がありません。いつもなら俺が呼ぶとすぐに反応するので、どうやらいないようです。そのため、そこで少し待つしかなく……しばらくすると、シィーさんが現れました。


「あら? フィーは、ミィーさんと一緒に湯へ向かったわよ。時間的に遅くなってしまったので、私も、大事な用事を済ませたら、湯で温まってきます。この地域一帯は、暑いと思っていたら、急激に寒くなるの。今の時期は、特に夕方を過ぎると……寒いのよ。」

「はい、寒いです。そして……、シィーさん……。」


 浴衣を羽織ったシィーさんが……「大精霊」として、俺の目の前で微笑んでいます。銀色に輝く長髪と、案外、マッチしていました。そして、大事な用事ですか? きっと、素敵なご用事なのでしょう!


「そういえば、筋肉はどうしたのかしら?」

「ああ、筋肉なら、いきなり『自慢の筋肉』を鍛え始めたよ。」

「……。筋肉らしいわね。」


 あの筋肉、こんな時まで、何を考えているんだよ……。


「では、フィーさんに、これらを渡してください!」


 俺は、先ほどつかみ取った「甘いもの」をシィーさんに手渡します。


「これは、フィーの大好物なのよ!」

「普通に貴重なもの、ですよね?」

「うん。……、このような物まで貴重になるなんてね。」

「……。急に、こうなったのですか? ほら、俺さ……、最近来たばかりなので。」

「最近来たばかり……。異世界の、あの話ね。」

「はい。」

「では、話をしておくね。急に、このような状況になったの。海は、この汚れた状況で……、さらに、植物までもが美味しい実を付けないようになったのよ。フィーの話では、植物の防衛反応で、最小限のコストで子孫を残すために、わざわざ美味しい実を付けることをやめた、だったかな。」

「植物も、生き残るために必死、か。」

「そうなるわね。皮肉なことに、最小限の実しか付けないと、病気とかにはならず、効率よく種子を実らすことができると、フィーが断言していたわ。住み処の周りに毒草が咲き乱れているでしょ? あれらね、一応、フィーの研究対象なのよ。すさまじい生命力に猛毒と排他性を兼ね備え、細かく分断した根からさえ完全な個体として一つ一つ再生し増殖、種子は発芽しなければ数百年生き残る、触れることさえ許されないトゲだらけのお姿、大型な動物さえもわずか数粒の実で中毒を起こす毒性……、とにかく、これらの動物に対する防衛反応は、恐ろしい域に達していると、フィーが語っていましたわ。」


 あの毒草……。研究対象だったの? フィーさん……。うう。それにしても、非常に「高性能」な毒草ですね。まるで、自然に生まれたものではなく開発されたような植物ですね。


「そして、ここから一望できる海……。これを「青い海」に戻すのが、私の……。」


 おっと、シィーさん。急に、何を言い出すのですか!


「シィーさん! それは、取ってはいけない選択です。」

「そうね……。でも、急にそのような気分になるのよね……。考え直さないと。そうね、そんな事になる位なら、魔の者に鞍替えしてでも、生き延びることにするわ。」

「それそれ! そもそも「青い海」を失った原因を取り除かいないとね?」

「……。そうね。ただ……。」

「……。もしかしたら、それは絶望的、とか?」

「うん、まあそうなるわ。」


 絶望的、か。そういや、もう自然では直らないとか……、フィーさんが言っていた気がします。


「でもさ……、ここに来る前に、『地の精霊』の話が出ていたよね? これってさ、自然を司る精霊が揃っていて、それらの力のバランスが崩れているとか、なの?」

「たしかに、『自然を司る精霊』は揃っているのよ。……。それでね、力のバランスが崩れた位なら、時間はかかるけれども、元に戻せるのよ。」

「では……、なぜ、絶望的?」

「……。ちょっとそれは、ここでは……。でもね、『精霊が存在しないものに翻弄されている』、この表現が適切かしらね。だから、絶望的なのよ。」

「……。」


 なんだろう。ただ、それを取り除かない限り、シィーさんが犠牲になっても、またこの状態か。


「暗い話はよしましょう! ところで、ちょっと付き合ってね?」

「……? もちろん、構いません!」


 わくわくしてきました。大事な用事、ですよね? なんだろう。


「受付の近くに並んでいた、ベンディングマシンに用があるのよ。」

「……? はい?」


 ベンディングマシンって……。ボタンを押すと飲み物が出てくる、あれだよね? なにこれ?


「……。私……、一応『大精霊』よね?」

「はい。それで……?」

「それでね、あのベンディングマシンから、心を潤わす液体が詰め込まれた『お飲み物』を大量買いすると……、周りからの視線が痛いのよ。あの『大精霊』、売り切れになるまで、とか……。」


 心を潤わす液体が詰め込まれたお飲み物? それはつまり……「お酒」ですね。なるほど、一応は気にするんだ……。いやまて、普通の量だったら別にね? 売り切れになるまでって……。まじですか?


「売り切れまで、買うんだね?」

「うん。フィーの可愛らしい寝顔をみつめながら、ひたすら、いくわ。」

「……。了解です。俺も、付き合いますよ!」

「本当に!」

「はい。俺も、いくらでも、いける口ですから!」


 「天の使い」の舐めきった態度を記憶から洗い流すため、飲みまくるつもりです。


「では、まずはベンディングマシンね!」

「あっ、あの……?」

「なに?」

「売り切れになるまで買うとなると、カゴとか……ね?」


 両腕で抱えても、持ちきれる量ではないでしょうから。


「それはご心配無用よ。手に触れるものを、別の場所の座標に飛ばすことができるから。お飲み物を飛ばすだけなら、旅館の中でも平気でしょう。うん、名案ね!」

「……。物も飛ばせるのか……。」

「ただし、それで『宅配みたいなこと』はできないの。なぜなら、『自分自身の所有物』にのみ作用するからなの。つまり、私が買ったお飲み物なら飛ばせる、という流れだね。」

「そうなんだ。」

「この力は風属性の『大精霊』のみだから、つまり、この地で私だけね。フィーでもね、この力の行使は無理なのよ。」

「『大精霊』って……。お一方までなんだ?」

「うん。」

「それってさ……、どこも欲しがるよね?」

「うん。だから『大精霊』に対する接待が、すごいの。」

「……。それで、ここ、なんだ?」

「うん。過去に色々と……特にフィーの周辺であってね、平穏なここが気に入ったのよ。決して、接待とか報酬に、目がくらんだ、ではないわよ?」


 あの神々をみていると、俺の故郷……、いや、なんでもないです。間違いなく、「接待」とか「報酬」とか「お袖の下」とか、得意技だろうな。そう、「とくいわざ」です。ははは。


「フィーさんの周辺か……。」

「なんとなくわかる? そうだよね、フィーだもんね?」

「はい……。」


 あのような「楽しいお話」を、いきなり、始めてしまいますから。俺みたいな相手ならともかく、状況次第ではトラブルの原因になりますよね。それで、か。


「今、フィーのあの悪い癖を思い浮かべていたでしょう? でもね、あのいつもの話は、別にね……、慣れれば平気なのよ。でも……。」

「はい、思い浮かべていました。それで……?」

「……。そうね。精霊の件も含め、私たちの過去を、今夜、しっかりお話しいたしますわ。たしか、異世界……だっけ? ちょっと言いにくいんだけど、それ……、フィーが絡んでいるのよね?」


 はい……。俺がこの地にいるのは、フィーさんの「仕掛け」によるものです。ただ、どうしましょう……異世界の件までなら話せるけれど、フィーさんの件をここで出してよいのだろうか。


「……。目が覚めたら、なんか、見知らぬ地にいたんです。」


 やはり言えません。まあ、状況通りには説明します。なお、吹っ飛ばした件については、すでにおわかりのはずですから、省略します。


「そんなことがあるんだ……。逆に、この地から忽然と消えた方もいるわね。」

「あっ……、まあ、それは逆のパターンなのかもしれませんね。」


 瞬時に移動できる力が存在するのですから、その逆にパターンは、あり得ます。俺が、この地にやってきた事の方が、不思議な展開です。


「たださ……、フィーさんは『大精霊』ではなく『精霊』だったはずです。」


 フィーさんの件を伏せるため、あえて精霊で話を通します。


「そうよ。私が……して、はじめて……、なの。力が自動的に継承されるの。」


 それ……「天の使い」が薄笑いを浮かべながら述べていたな。本当みたいですね。その事を切り出されて、フィーさん、怒っていましたから。


「シィーさん、それはフィーさんを含めて誰も望んでいませんからね?」

「うん。生き延びてやるわ。しぶとくね。」

「そうそう。それを毎日、つぶやきましょう。あの神々も、少しは懲りるでしょうから。」

「……。あの神々ね、この力について……『自分自身の所有物』にしか作用しないという事実を知った瞬間、今まで見たこともないような落胆ぶりをみせたのよ。一体……、何に使う気だったのかしらね?」

「きっと、ろくでもない事ですよ!」


 俺は、即答しました。もうね、渦の件もありますから、迷うことなく言い切れます!


「……。そうよね! そのとき、私ね、私自身と一緒に持っていくなら何でも飛ばせますと答えたのよ。実際に、私以外も一緒に飛んでここに来ているからね? そしたら、さらに難色を示したのよ。それは、今でも気になっているのよ。」

「もうそれ……、シィーさんの身に危険が迫る場所への転送だよ……? やばいよ、関わってはダメなやつですよ! はじめは『至るところで有益な活動』などのキレイな装飾で近づいてきてさ、気が付いたら利用されている……だよ。」

「やっぱりそうなんだ……。だよね。うん……。」


 シィーさんって、意外と鈍感なのかな? ……。そして、それを利用されてしまった、か。でも、ごね始めたら手に負えないフィーさんがおられるではないか。なぜ……? 疑問は深まるばかりです。まさか……あれら弱点に? でもな……、あのフィーさんでも「甘いもの」と「シィーさん」を比較されて、それで……甘いものは取らないでしょう。すなわち、何かがある、です。


「これから決断する場面では『自分以外は信用するな』です。相場の『売り売り』と同じです。そういや、相場で最も大切な格言がありました、それは『トレーダーは孤独』です。相場で『周りに合わせる』『みんなで仲良く楽しく』なんてやらかしたら、慣れ合いでは済みません。あっ、俺……。」


 うう……。俺、シィーさんに言える立場ではなかった。俺は、俺は……それで大きな失敗を最後に……。俺自身は慣れ合いしているつもりなど毛頭なかった「はず」です。しかし故郷には、そういう雰囲気に巻き込まれてしまう空気が常に漂っていたのです。そして、それに「毒される」流れで、最後、やられたのでしょう。とにかく相場では、周りに流されたら終わりです。たしか、それが嫌で外部の情報をすべて遮断していた強者もおりました。この格言は、それ位、儲けるには大切な要素でした。


「『売り売り』、そうよね……。その時だけは、頭がさえわたるのよ。」

「ははは……。」


 シィーさんらしいですね。安心しました。では、買い出しに向かいましょうか!


「今晩はフィーをさっさと寝かせて、何もかもを忘れ、『全力』ね。」

「もちろんです!」


 「全力」か。なつかしい響きです。では、大切なお飲み物の買い出しに向かいましょう。しかし……、またそこでフィーさんが……。

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