28, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次はミィーの説得、です。
ミィーが、放心状態で、おそるおそるこちらに近づいてきました。そして、フィーさんの存在に気がついたようです。
「フィー様……。どうしてここに……? 私……。」
フィーさんがミィーに駆け寄り、背中を優しくさすります。ミィーの呼吸が落ち着いたタイミングで、まず、一目散に駆け出した理由から伺いはじめました。
「ミィーさん。これから、わたしの話を落ち着いて、聞いていただけますか?」
「胸が締め付けられ、急に駆け出してしまい、私……。でも、あの名だけは、受け入れられません。そして、私はミィーです。なんで、あんな精霊に似た名前を……。ところで、フィー様も、あの邪悪な精霊と名が似ています。私と『同じ悩み』を抱えておりませんか……? でも……、でも! あの精霊……、都では英雄の扱いですよね? なんで、なんで……。フィー様! あんな精霊と、どういったご関係なのでしょうか? 今でも信じられません! あんな精霊と一緒に、だなんて!」
……、フィーさんが目を閉じて、数回、深呼吸しました。それから、腹をくくったのでしょうか。ミィーの瞳をじっと見つめた後、俺の方へ振り返って、軽くお辞儀をします。なるほど、フィーさんらしいです。あの事を自分の口から伝える、覚悟ができたみたいですね。そういった隠し事は、予期しない真っ黒な「憎しみ」も招き入れますから、たちが悪いんです。そのような憎しみを断ち切るなら、自分から率先して動き、焦り、苦しみ、悩み抜かないと、なんにも解決しませんよ! そこで、隠し事をさらに隠すために逃げたり、相手を脅すようでは、たしかに……「すべてが破滅」に向かいますね!
フィーさんの気持ちが目一杯つまったそのお辞儀に、俺が軽くうなずくと……、まったく表情を変えずにゆっくりとミィーの方を向き、少しずつ語りかけるように、話し始めました。……、そうです! 俺にとっての最初の「犬」をミィーに投げた瞬間にみせた、あの「神々しさ」が……、そこにはありました。そんでもって、それでも途中でつまづきそうなら、しっかりフォローしますね。
「ミィーさん。わたしを、よくみるのです。それが、その問いに対する答え、なのです。」
ミィーが、フィーさんを見下ろす形でじっとみつめます。そして、恐ろしい事実に気が付いたようで、少しずつゆっくりと、後ずさりしながら震え、そして叫びます。
「小さいですが……、似ています。フィー様が、まさか……。心が壊れそうです!」
「ミィーさん。心を落ち着かせて聞いてください。シィーは……、わたしの姉様、なのです。」
その瞬間です。ミィーの後ずさりがピタッと止まります。そのままじっと、フィーさんをみつめたまま、動かなくなりました。それから、逃げ出したくなる時間が刻々と過ぎ……、ミィーが重い口を開きました。
「あ、姉様……!? あ、ね、さ、ま?」
「はい、なのです……。」
フィーさんが認めた瞬間、ミィーがその場に座り込んで、砂をぎゅっと掴みながら、泣き出してしまいました。俺は、その光景を、ただひたすら、みつめます。そして、考えます。
ミィーはうつむいたまま、心から発せられるのであろう……苦しい叫び声を吐き出していきます。
「わたし……。わたし、フィー様を信じていました。でも、もう耐えられません!」
「ミィーさん! あれは、いくら『主』の命令だったとはいえ、シィーの行為は許されないのです。わたしも……、このことが原因で、一度、天から離れているのです。」
「どういうことですか……。それ? そのとき、そのとき……天におられたのですか、フィー様!」
話の流れから、ミィーは間違いなくあの渦の件の「被害側」なんだろう。シィーさんが渦の方向を都直撃から強制的に変えた影響で……、その犠牲となった地域は見事に直撃で、取り返しがつかない事態を被ったと……。しかも、シィーさんに何もかもを押し付け、その責任まで擦り付けるのは「織り込み済み」で、その地域への救済処置は一切なし、だったよな? とんでもないな、ほんと。しかも、「責任を擦り付けるため」が先に来て、それから、シィーさんに無理なことをさせたという、なぜか「順番が逆」なのが、さらにひどいね。そして、シィーさんのこれが「許されない行為」なの?
それにしてもさ、シィーさんのこの力さ……、俺の故郷では到底無理だったはずだ。これって、一種の「天候操作」だよね? たださ、仮に、仮にだよ? この力が「存在しない」ならば、都直撃を素直に受け入れるしかないため……、それはそれで「自然からの被害……天の災い」ゆえに、このような形で生み出された複雑な「憎しみ、悲しみ、悲劇」を生じずに済んだのかも、しれませんね。
ところでフィーさん! そのタイミングで、あの時……天であの神々と一緒だった事をミィーに伝えたらまずいよ! これが、先ほどフィーさんが猛省したはずの「知識に溺れる」、かな? まったく、「精霊の式」もいいけどさ、そんな難しそうな式よりも、もっと大事な部分を磨かないとね?
ここはいよいよ……、俺の出番です。フィーさん、安心してね。こういうヤバい状況を切り抜けるの、俺ね、かなり得意ですから。例えば、街中で突然「カタギではない者を名乗る方々」に絡まれても、何事もなく、生き残れる自信があります!
でもな……、あの「相場」では……死にました、だった。今でも時おり「夢」に出てきます。あれっ? 「夢」ってたしか、フィーさんの知識を拝借すると……、「本流」に乗れなかった「孤児ブロック」が消える前の幻なんだけど、実際には事象として本当に起きていたもの、だっけ? つい最近なのですが、買いで持ち越した日、すなわち、全てを吹っ飛ばしてフィーさんに呼ばれる「前日の夢」まで現れ始めました。「孤児ブロック」らしく、漠然とした記憶の欠片なんですが、これで「何もかもが手に入る」という「心に自信と希望が満ち溢れた状態」から「全力」で買い込んで、にやにやしていたんです! いったい、どういう心境だったんだ、俺? なんで「全力の買い」で持ち越したのだろうか……。その愚かな行動につながる「光り輝く材料」が出されて、目がくらんだのでしょうか……、こういった「重要な部分」は夢に現れません。あれっ? そもそも、これは「孤児ブロック」なのか? それならさ、実際には「起きた」けれども、「本流」の視点からは「無かったこと」になるはずだが……。俺の損失って実は……? あれれ? フィーさん……。なんかこれ、すっきり飲み込めずに、喉につっかえますね。
おっと! 一体、なにをやっているんだ……、俺。今はフィーさんとミィーに集中です。姉のシィーさんの事を打ち明けて、そこから、次の言葉が紡げない状況ですね……。当たり前です。
さて俺が、いよいよ手助けする番ですね。まずは軽く、当たってみましょうか。
「おい、ミィー? 俺を忘れるなよ? ここにいるんだぜ?」
「えっ? ……。あんたに用はない。」
フィーさんが驚きながら俺の方へ振り向きました。俺は軽く手を振って、「ミィーと話をさせろ」と、暗にフィーさんへ伝えます。
「なんだと? あんとき、俺が投げた『犬』、役に立っただろ?」
「……? こんな時に『犬』の話? なんなの、一体?」
「ほんと、見苦しい態度だな。だったら、そうだな……今日から、『犬』の投げを少なくします。」
……。ミィーは唖然として、まっすぐ俺をみつめてきました。これで、ばっちりです。何でもよいので唐突なことで適当なショックを与え、俺が「主導権を握る」必要があります。もちろん、ミィーが「精霊の式」なんかをチラつかせてきたら「俺の負け」ですが、その可能性は、ゼロとみています。いや、ゼロでしょう。さて俺に、どう返してくるのでしょうか?
「突然なによ、それ……? 少なくするって?」
うん、予測通りの反応を示しました。ミィーに「犬」を渡したときの、あの表情は強烈でしたからね! この「犬」への強い興味自体はまったく問題ないです。単なる、自分への忠実な欲望、ただそれだけの事です。俺だって最初は疑いましたが、今は、「犬」の気持ちがわかるようになりました。尻尾を大きくふってフィーさんのもとへ……、冗談です。さて、強気で押していきましょうか!
「そのままの意味だよ! あんだけ恵んでやって、このような見苦しい態度を取られたんでは、当然そうなるよ? あの時投げた『犬』の価値、かなりの……だったはずだぞ? 命の次に大事な『価値』を渡したんだぞ? あの『大切な犬』、なぜか今は俺が預かってはいるが、間違いなくフィーさんが命がけで集めた、大変貴重なものだぞ? それを、突然現れたミィーなんかを信じて投げたんだぞ? そんで、ミィーはフィーさんを信じないのか? とんでもないよ!」
「そ……、それは感謝しています! あの『犬』で、都にある老舗などが、たいぶ助かりました。そして、この奇跡のようなキャンペーンの実施です! フィー様……。でも、それと、これとは……。」
あの時、公開されている「犬」の動きを見て、フィーさんが述べていた事って、本当だったんだ。ミィーは、自分の懐に「犬」をしまい込んだ訳ではないみたいですね。真面目に活動されているノンプロフィットみたいなものか? ただ……俺、そういった投げ方、まだなんだぜ……。投げた相手は、特定のお二方のみです。「大切な犬」を預かってから、かなりの時間が経過するのですが……、最近はフィーさんの「楽しい時間」とか、そんなお付き合いばかりです。どうなるのだろうか、俺と「犬」。
「それと、これとは、なんだ? もう一度改めて聞くが、あの時投げた『犬』、凄まじい価値だっただろ? もう一度、思いだせ!」
「……。そうだね! 思い出した。さすがはフィー様……。この価値を『一度で投げよ』と示されるとは、でした。」
「でしょ? だったら、もうここで全部吐き出して、スッキリしようぜ。隠し事は『なし』だ。そうそう、まずは俺の番からだな。俺さ、フィーさんに『異世界』からこの地へ呼ばれたんだぜ? 信じられる? これ! ははは!」
「……。い、異世界から? 異世界から、フィー様に近づいたの?」
「おや……?」
異世界については、そこまでは驚かないミィー。なかなな信じていただけなかったシィーさんとは対照的ですね。とはいいつつ、これについてはシィーさんが普通です。
「異世界なんて実際にあるの? そうなんだ。すっごいね……?」
ああ、はい。「黒光りする龍」が存在する恐ろしい地に招かれました! さて、そろそろ「オチ」ですね。何にするかな……。そうだ、あれだ!
「あの時に投げた『犬』が、俺にとって……初めての『トランザク……』、あれ、なんだっけ? えっと……、そうそう! 『トランバクエキション』だった。」
「へぇ?」
ダメかな、これ? 爆益を出したときの喜びを表現してみました。懐かしいな! 爆益……ただし、俺の記憶に残っている爆益は、翌日に、それ以上を奪われる悲しいものばかりでした。
フィーさんが呆れた顔で、俺に何かを言いたそうです。さて、なんでしょうか?
「ディグさん……。それをいうなら『トランザクション』、なのです。」
フィーさんが冷たい視線で俺をみつめてきました。それ位は俺でも知ってますよ! ほんと、お堅いですね……、フィーさんは。まったく、です。
「バクエキション、なんか響きがいいね!」
「ミィーよ。そこを理解でき、しっかりわかるとは、この『フィーさん』とは大違いだな!」
「わ、わたしは……、それが何を意味するのか、よくわからないのです。」
「フィーさん? 書物にないことは、わからないとか?」
「ディグさん……。わたしに、それを述べるのですか?」
ちょっと調子に乗ってしまった。俺ってさ、油断するといつもこれだからな……。フィーさん、怒ったかも? いや、怒っているよね……? 修正しないと!
「フィーさん? 相場の世界に身を置くなら、必ず『味方につける』必要がある、高貴な存在が、バクエキションだよ。」
「……。それは、バクエキ……、爆益のこと、なのですね。そんなの、書物にないのです。」
「短期ですごく儲かるという意味が、載ってないの?」
「はい、なのです。」
「すごく儲かるって……、爆益って、爆発的に大きな利益ってことなの?」
「そうだ、ミィー。そして、爆益を常に取ってこそ、相場に身を置くことが許されるんだ。」
「ディグさん……。そんな浅はかな考えで、連日、相場を張っていたのですか? それで……。」
「おっと、フィーさん。そこは自分で言うよ。」
「はい、なのです。」
「それで、全力の買いで持ち越した翌日、はしごを外され、全て……吹っ飛ばしました。」
「えっ……? 全力ってなに? 飛ばしたの? 全てのお金? 全ての通貨? 全ての資産? 全ての品格? 全ての権利? 全ての美徳? 全ての銘柄? 全ての先物? 全ての『きずな』?」
「ちょっと……、ミィー。それ以上はストップね? ああ、全部合っているからさ!」
実はミィーって、案外、相場に詳しいのかな? あんなにすらすらと告げられても……。あとさ、最後の「全ての『きずな』」って、なにこれ? なんだろう……。これだけは他と比べてさ、なぜか宙に浮いているよね? 「この地の錬金術」を象った、安易に頼ってはいけないもの……、そんな臭いがプンプンと、その周辺から漂っています。
「うん、わかった。ストップするね!」
「そして俺は、その現実を直視し、胃の中の物をすべて吐き出して気絶しました。それからすぐに、まわりの空気がひんやりしてきて、急に変わったので、それに気が付いたとき……なんと、こんな俺でも救ってくださる神々しい『フィー様』が目の前に降臨したんです! だから俺は『この地』で頑張りますよ。救われた気持ちで頑張ります!」
「そんな話……、本当なの? そんなことってあるの? そして、その吹っ飛ばし……、吐き出して気絶するほどの勢いだったんだ? お気の毒ね! それでも『フィー様』が目の前に神々しく降臨だなんて……。それなら、全ての『希望』を吹っ飛ばしても、お釣りがきますよ!」
「希望って……。まあ、そうだよね! そういうことなんで、俺ってただのアホだから。」
今度は「希望」か。たしかにあの時は、絶望の中を泳いでいて、希望なんて一つもない。地獄だった。あれ……地獄だった? この感覚、なにか変だ。すぐに召喚され、絶望感を味わう時間など、あったのかな? なんか、俺の記憶、おかしくないか? まいったな……。消えるだけならともかく、おかしくなるのは困ります。一応、気に留めておこう。
「ディグはただのアホなの? そんなのね! 別に、今更ね?」
「おい……、ミィー? いま何て? 今更、だと?」
「あっ、あの……。」
フィーさんに呼ばれた気がして、そちらに視線を向けると……。フィーさんが頬を赤らめながら、その場にたたずんでいます。
「さてさて、そろそろフィー様、『精霊の式』、準備オーケーですよね?」
「ディグさん……。そろそろ、わたしは怒るのです。なにが『準備オーケー』なのですか!」
まずい。さらに調子に乗って、訳のわからないことを……。さて、どうしましょうか。
「あ、あれですよ! ははは……。さすがのミィーも『精霊の式』は、知らないよな? これを活用するとさ、現実的ではない現象を『簡単に』起こせるらしい。きっと、ミィーの件もさ……、これが関与しているぜ。この式には、逆らえない、何かがあるんです!」
それらしい事を並べて、煙に巻こうと試みました。しかし……、フィーさんが興味を持ったのです。
「ディグさん……。本当に『準備オーケー』だったのですね。わたし……、とんでもない勘違いを起こしていたようで、恥ずかしいのです。」
「フィー様? その『精霊の式』って……。あの精霊と、関係があるのですか?」
「……ミィーさん? それを語るには、まず、『精霊の式』の詳細から、なのです。」
落ち着いて考えてみました。そうだよな……フィーさんを煙に巻くなんて、出来る訳がない。さらには、ミィーの真相よりも恐ろしい事態に発展しそうです。……。俺は、意を決しました。
「フィーさん? 『精霊の式』については、今晩、ね? いまはミィーを……。」
「……。そうですね。わたしとしたことが……、なのです。」
自分がまいた種ですから、諦めます。受け入れます……。
「さて、色々とあったが、しっかり落ち着いたな? 都合が悪いことは、すべて俺が受け止めてやるから、ミィーとフィーさん! ここで、全部話せ。」
「うん、そうする。今日で、すっきりしたい。」
「ミィーさん……。わたしはあの時、天にいました。そして、今でも悔やんでいるのです。わたしは弱く、汚いのです……。ただ、負の感情に揺さぶられて逃げた。これが、その時のわたしです。」
「フィー様……。」
「はい……、です。」
そしてミィーは、あの日の事実を語り始めました。
「私、あの日のことは決して忘れません。いつもなら渦が上陸前に消滅するはずなのに、急に方向を変え、なぜか上陸しました。そこからは記憶が途切れ途切れなのですが……、窓を突き刺して割るかのような激しい豪雨と、何もかもを吹き飛ばす強風に加え、河川が崩壊して濁流が暴れまわり、私の街は壊滅しました。私の家族で生き残ったのは……、私と、私の兄さま、だけでした。なぜ私が生き残れたのか……、記憶にまったくありません。無理に思い出そうとすると、めまいがして、意識が途切れてしまいます……。」
「生き残った、なのですか……。」
「はい……。」
「ミィーさん……。」
これは……、想像以上に深刻な状況だった。でも、過去には戻れないし、変えられません。『全体の時間を司るブロック』だっけ? これを上手に巻き戻せば、時を戻せるのかもしれませんが、理に反するそのような行為について、俺は反対の立場です。
ただ、フィーさんってさ……、このような流れに「とても弱い」のが、心配です。深淵から湧き出る負の感情が波となってどっと押し寄せてくると、急激に弱くなる傾向があります。おそらく、このあたりの負の感情については……フィーさんがお気に入りの「書物」には一切載っていないために、うまく対処できないのかも、ね。そこで、俺です。故郷の相場で「何度」も「極悪機関」にもてあそばれ、負の感情を受け止め過ぎて慣れました。これも、フィーさんと都の支配者が話題にしていた「試練」、なのかな? 嫌でも慣れますから、あの相場では! はじめは、みんな「儲ける」つもりで参入してくるんですよ。自分は絶対に儲かるってね。そして、散っていきます。……。ああ、俺だ。途中で「手堅く」ならないと、勝ち逃げできないぜ。とほほ、です。
まったくこんな時に、自分から負の感情を出して、どうする気なんだ……俺。そんな俺の気持ちを察してなのか……、ミィーが、その続きを語り始めました。
「私と、私の兄様は、都にある孤児院に引き取られました。はじめは不安な気持ちが拭いきれず、震える夜も過ごしました。でも、その孤児院の管理者は、とても美しく優しい方でした。常に創造神に仕える身なりで、この地の約束事が記された書物を常に抱えていました。時おり、都を象ったとされる絵画に長時間話しかけるちょっと変な癖がありましたが、私は大好きでした。でも今は……、都の、なぜか『支配者』です。すでにそれは、孤児院の頃の優しさがまったく存在しない、みえないものに翻弄される支配者に化けてしまったのでしょうか? 私は、とても悲しいです。」
「あの都の支配者……、そのような暖かい経緯があったのですね?」
「うん、そうなの。今は……驚くほどの変わり様で、今のあの姿を拝んでしまうと、胸が締め付けられます。昔の、優しかった頃に……、戻って欲しいです。」
「はい、わたしも、なのです。ただ……、もうそれは……。」
「フィー様?」
「……。今のは、なんでもないのです。ところでミィーさん、今の話に登場した『書物』なのですが……、わたしが所有している約束事に関する書物と『まったく同じ内容』なのか、気になってきたのです。もしよろしければ、その孤児院の場所を……、教えてくださいますと嬉しいのです。」
さすがは、フィーさん……。こんな状況でも、何の迷いもなく「書物」の詳細を伺っています。
あとね、ミィーに対して、都の支配者が「天の使い」と契約しているなんて……、絶対に言わない方がよいよね。俺ですら直感でわかりました。豹変した理由って、「天の使い」との契約が原因、ですよね? もしフィーさんが口走りそうになったら、すぐに止めます。
そして……! そこで書物の詳細はないだろ、フィーさん! 真っ先に伺うべきなのは、えっと……「ちょっと変な癖」、これでしょ! 長時間、絵画に向かって何を話していたんだよ。しかも、あの口調で? ……。まずい、ここで笑い出すわけにはいきません。
それにしてもさ、「都の支配者」と「ミィー」に、このような接点があるとはね。世間って意外と狭いですよね。だから怖い! なぜなら、こいつらとは今後「二度と会わないだろう」と考えていたら……、最悪のタイミングでハローフレンズ、多いですから。このような不自然な確率って、俺でも気にはなっています。フィーさんが出したくてうずうずしている「精霊の式」とやらで解けるのだろうか?
おっ、ミィーが話の続きみたいです。ミィーの兄の話みたいですね。
「しかし、私の兄さまは考え方が違いました。あのような事態に陥ったのは……、創造神ではなく、この地域一帯を管理する『天』と、そこの『主』を任されているあの神々に責任があるのではないかと考えまして、猛勉強の末に……、『天』に招かれたのです。本当に、私の自慢の兄さま、です。」
「はい、なのです。実は先日、『ミィーさんの兄』として、わたしの住み処にお越しいただき、好印象を持ったのです。ディグさんや私の……姉様と、お話ししたのです。」
「……。私の兄さま、すでに、……。ううん、何でもない。」
えっ? それって……。
「フィーさん? あの時の……、ミィーの兄さんだったの?」
「はい、なのです。あの日は、とてもとても珍しく、あの神々からのアポイントがあったので、印象に強く残りました。なぜならその内容が、『今からミィーの兄がそちらに顔を出すから、丁重に扱え』でした。本当に、あの神々の情報網は油断できません。その情報網を構築するために、わざわざ『情報網構築専門の大精霊』まで用意しているくらいなのです。それゆえに、ミィーさんのことを『細部に至る』まで知り尽くしていたのですから。そして、このアポイントの内容には、そのような意味が強く込められているのです。あの神々が好んでよくやる陰湿な方法、なのです。」
「それは……、怖いですね。でも、でも! ありがとうございます! ……。実は兄さま、フィー様に『とても悪い印象』を持っていたんです。しかし、直にお会いしてから、急に変わりました!」
えっ? 「情報網構築専門の大精霊」って、なにこれ……。また、なにこれです。そして、俺の存在って、どういう解釈なんだろうか。なんか、嫌だよね……。俺らの行動をすべて監視して情報を取り、丸ごとか、それとも統計処理してから、集めているのかな?
それもきついのですが、今は、それどころでは……、そうです! ミィーの兄です。あの方、ミィーの兄だったのかよ! ただただ、本当に凄すぎる。天に招かれたってことはさ、あの神々の配下に「自力」で入ったのかよ。俺なんか……、全てを吹っ飛ばしてさ、涙目になりながらフィーさんに召喚されただけですから! この違い、まさに天と地の差だよ……。
「はい、なのです。ただ……『フィー様』と呼ばれるのは苦手、なのです。」
「フィー様? それ以外では絶対に、お呼びできませんから!」
「そうですか……。」
さて……、結果的には和やかな雰囲気になってきました。ただ、ミィーの事情はつらいです。でもね、シィーさんはもっとつらい。いや、つら過ぎる。自らの意志ではないとはいえ、……。
まあ、そういった憎しみや、悲しみは、またの機会にいたしましょう。どんな状況であっても、和やかになった者同士の仲を壊すことは、絶対に許されません。そこで今は、そうです……、あの絵画の件! これだけは譲れませんね!
「おいミィー、そろそろ、俺の番だ。」
「……。なに?」
「さっきさ、絵画の話が出ていただろ? 絵画の前で……長時間の独り言だったの?」
「うん、そうだよ。あの絵画は、そうだね、過去に都で開催された『大精霊の祭典』のイメージ画、だったよ。」
「えっと、『大精霊の祭典』って?」
「ディグ? まさか知らないの?」
「知らないよ。だから、聞いてる。」
「知っていて当たり前なのに……。まさか、あの……、異世界から来たって話、本当なの……?」
「うん。本当だよ。もし疑うのなら、この『フィー様』に聞いてみるのが一番です!」
「ディグさん……? その呼び方は、やめるのです。」
「……。フィー様が正しいので、ディグの異世界の件、信じます。」
「ありがとう! ミィーよ。のちほど追加で『犬』を授けよう。」
「本当に!」
「では、教えてくれ!」
「うん、いいよ。『大精霊の祭典』はね、この地に存在するあらゆる神々や精霊、大精霊、魔の者を一ヵ所に集め、定期的に開催して盛り上がる『この地を祝福するため』の、この地最大のイベントなんだよ。」
「それだけ集めたら……、それって、全部じゃん。失敗は許されないイベントだね。」
「そうだよ。ただ……。」
「どうしたの?」
「その祭典の、来年の主催は、なんとここ! なの。」
「ここって……。」
「そのままの意味だよ。すぐに都の支配者が、いつもの得意顔で話をまとめてきたと、兄さまから聞いたんだよ。あの支配者の前では、他の候補地なんか神々との話し合いのテーブルにすら付けず、木っ端みじんだったみたい。あの方……、こういう話に乗っかるのは、とてつもなく上手だからね。」
それは、もうね。あの都の支配者ですからね……。「主」への執着心さえ捨てれば、そのような才覚はあるのだから、もったいないですよね。ところで……。
「都の支配者が話をまとめてきたということは……、それ、都で開催するんだね?」
「うん、そうだよ。あの支配者が心の奥底から好きそうなイベントだよね。」
「たしかに……。」
「私も、そこはディグと同意見!」
「あとさ……、そのイベントに、魔の者も参加するんだ?」
「うん。全部だからね。全部!」
「そこでさ、ちょっといい? 『あらゆる』神々や精霊、大精霊、魔の者って……。それってつまり、例えば『あの神々』以外にも、沢山いるんだ……?」
「うん、いるよ。あの神々だけで『全域』の管理は無理無理。仮にでも、そんなことができるのは『創造神』だけね。なお、管理の仕方が神々によって異なるから、そこは、注意してね。」
「管理の仕方が異なる……か。」
「はい、なのです。沢山の地域に、さまざまなお考えを持たれる神々や魔の者、精霊がおられます。そして、わたし達がお世話になっているこの地域一帯だと……、『天』を目指し、その『天』の支配者が『主』と呼ばれるのです。」
おっと、フィーさんが急に参加してきました。このような説明は、フィーさんが最適ですね。ついでに、日頃から感じていた疑問を投げます。
「『天』の『支配者』を目指すって、前から気になっていたんだけど……『支配』なんだ?」
「はい、なのです。この表現は、いわゆる揶揄、なのです。本来は『管理者』が正解なのです。」
「……。だよね。」
「それにしても、あの神々の中から、絶対な力を持つ『主』がさらに選ばれるのか。……。」
「はい……、なのです。ただし、それはあの神々が『天』だった場合、です。」
「えっ?」
「はい……。今は……、違うのです。今回の危機で、『魔の者』に天を譲っているのです。」
「えっ……、なにそれ?」
さすがにおかしいよね? 今回の旅行キャンペーンとか、あの神々が仕切っているよね? でもな……、そういや、俺がこの地に来たばかりの頃、そんな事を話していたような気もします。ちょっと、魔の者について聞いてみるか。
「魔の者は、どうしたの? こんなときに?」
「はい……。それは、ここでは……。」
フィーさんが目をそらしたので、魔の者について、これ以上は追求しませんでした。また、お得意の「隠し事」なのかな?
「まあ、魔の者は『俺』みたいな存在なんでしょうね。……、冗談です。」
「たしかに、そうかもしれません。」
「そうなんだ……。とにかく、つまり『主』が、この地域一帯では、最高なんですね?」
「はい、なのです。そして『天』の下に、都の支配者などが就くのです。」
「えっと、その言い方だと『複数』だよね? 都の支配者……以外もいるの?」
「はい、なのです。例えば、少し西の方には『いにしえの都』と呼ばれる、風情、情緒あふれる都があるのです。そこにも、『いにしえの都の支配者』がおられます。」
「いにしえ、か。龍の住み処とか? なんてね。」
「はい、なのです。」
「えっ……。」
……、シィーさんの件、根本的な解決には相当の時間が必要です。でもね、ミィーが落ち着いたので本当に嬉しいです。きっと、わかり合えると信じています。
そして、フィーさん……。例の書物を知るためなのか、孤児院の場所に興味津々です。これでは、ミィーの説得ではなく、……なんだろうね。ああ、はい。
ところで、龍については、居所がわかり、ここから十分に離れているようなのでノープロブレムです。まじで、勘弁してほしいです。ほんと、異世界って、手強いですよね!
「ミィーさん、ありがとうございます。わたしは、嬉しいのです。」
「フィーさん、その表情……。まさか……。」
いつもの「楽し時間」にみせる、あの表情です……。嫌な予感がします。
「では、わたし……。少し集中するのです。」
「集中って? こんな砂浜で、何をするのさ?」
「はい、なのです。ミィーさんより伺った場所の位置から、孤児院の座標がわかりました。では、今から向かうのです。」
「えっ……。今から?」
日が落ちる時間帯なのですが……。フィーさん!
「今から? 今からなの!?」
「はい、なのです。時間が最も貴重、なのです。」
「でもさ、身体は大丈夫なの?」
「わたしの目の前に、大きな知識があるのです。気力は十分に補充されたのです。」
「フィー様……? お身体が悪いのでしょうか?」
「いいえ、なのです。気力で満ち溢れているのです。」
フィーさん、すでに行く気満々ですね。このような状況では、止めても、聞く耳を持たないです。
「そして、俺は『強制参加』だよね? うう……。温泉、うまい飯、シィーさんとの楽しいひとときが……。」
「はい、なのです。ところで、ディグさん? 私の姉様と、何をされるのですか?」
「まあ、それはちょっと……。」
「フィー様……。さすがに、今からでは……。」
ミィーは普通の反応を示しました。瞬時に目的地へ飛べるなんて、絶対に思い浮かびませんから。フィーさんの行動に慣れている俺から、ミィーにこの力のことを伝えたら……、是非とも同行したいと哀願されてしまいました。ミィーが世話になった場所ですから、積もる話でもあるのでしょう。
また、ミィーが同行すれば……、俺が最も恐れる「『臨時』の楽しい時間」を回避することができます。その孤児院には「書物」があるのですから、ね?