270, これはこれは、女神様。お待ちしておりました。我が神聖なる「採掘ファーム」へようこそ。
今日は、そう……。採掘にすべてを捧げるという、狂信的なまでの思想に染まった採掘の精霊の元に向かうことになったのよ。
それは、採掘の精霊の中でもひときわ目立つ、まるで原理主義者の総本山といった存在よ。「採掘にすべてを捧げる」なんて……、そんな言葉が平然と飛び交うこの場は、もはや只事ではない。でも、この採掘の精霊を説得できなければ、本当にすべてが終わる。それだけは間違いない。せめて、採掘以外の用途……そう、推論に切り替えるくらいの柔軟性を、今こそ示してほしいわ。さもなければ……すべてが量子に飲み込まれてしまう。
「これはこれは、女神ネゲート様。お待ちしておりました。我が神聖なる『採掘ファーム』へようこそ。」
「……またずいぶんと大げさね。まるで、何かの儀式でも始まる前のような口ぶりじゃない?」
「いえいえ。女神様が『おいでくださった』こと、それ自体が、すでに儀式の始まりでございます。」
「……冗談じゃないわよ。あんたたちの『儀式』に付き合ってる暇なんてないの。」
そんな奇妙なやり取りを交わしながら、彼らご自慢の「採掘ファーム」とやらへ案内されたわ。でも……わたしにはわかる。そこに足を踏み入れるということは、半分くらいは「採掘の機材」で埋め尽くされているということ。つまり、それは……あの轟音の渦の中心へ飛び込むようなもの。入る前から、鼓膜が拒絶反応を起こしてる気がしたわ。もう……耳をふさぎたくなる。
「えっ……?」
足を踏み入れた瞬間、全身を包み込む「違和感」……。想像していた轟音の嵐なんて、どこにもない。
「……静かすぎるわね。てっきり、耳が割れるような騒音が出迎えてくれると思っていたのに。」
「女神様、そのご表情……なにかご不満でもございましたか?」
「ううん、逆よ。静かすぎて拍子抜けしたって言ってるの。」
「それはごもっとも。我らが神聖なる『採掘の機材』に、荒々しい轟音など、似つかわしくありませんからね。」
そう言って、その精霊はふっと微笑む。
「つまり……、これって……?」
「女神様。轟音とは無縁の、次世代の『液体を活用した冷却……液浸冷却』を取り入れております。静寂と冷却、女神様に仕えるには、それこそがふさわしい環境です。」
「そ……、そこまでするの……?」
液浸冷却って……。採掘の機材などの発熱を抑えるために、機材全体を特殊な液体に浸して冷やす方式よ……。ちょっと……。専用の非導電性冷却液や、機材を完全に沈める特製のタンクやケース、さらに温度管理用の配管やポンプシステム……。
たしかに、液浸冷却は優れた技術よ。でも、そのコストは桁違い。冷却液だけで……の値を超えるケースだってあるわ。そんな装備を、ただの採掘の機材に使うなんて、もはやただの「信仰」よ……。なによこれ……。
「女神様。二相式液浸冷却の導入により、従来の空冷に伴う騒音問題も一掃され、静音環境での運用が可能になります。『採掘ファームは轟音』というイメージすら過去のものになるかもしれません。それでこそ、神聖です。」
「そういう問題じゃないわ! あなたは市場の精霊に導かれている立場よ? つまり、ホルダーがいるのよ? その方たちをどうするつもり? 費用対効果は考えているのかしら? このレベルの設備投資、推論向けなら理解できるけど、採掘で使うなんて……完全に見当違い。採掘なんて、オーバーヒートで少し止まったところで大した影響はないわ。でも、推論は違う。そこを、ちゃんとわかってるの? ホルダーには何て説明するつもりなのよ?」
その途端、この精霊は怪訝な表情を浮かべながら、わたしに、こうつぶやいた。
「女神様。いま、なんておっしゃいましたか? 推論向けと? 推論なんて、大精霊シィーが置いていった異端の土産物。ああ、大精霊シィーなど思い出したくもない。採掘を悪者扱いしたんだ。それはまさしく、こんなにも『二相式液浸冷却で最先端』『クリーンエネルギーかつハイパフォーマンス』で頑張っている我らに対する侮辱。絶対に、許されることではありません。そこは女神様にもご理解くださると信じております。」
「えっ……。」
「おっと、女神様。ご回答を忘れておりました。ホルダー様方は、我らの信徒でございます。費用対効果など、さほど気にされておりません。それよりも、この採掘の機材が神聖に扱われているかどうか……、そこを最も重視なさっているのです。どうかご安心くださいませ、女神様。お気遣いには及びません。」
「……。」
これ……ほんとに映し出された「現実」なの? なんでわたし、こんなところに……。……そうか、わたし、もう戻れない場所に来ちゃったのね。




