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26, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、次は壮観な眺めの砂浜でフィーさんと儚いひととき……、です。

 俺は今、目的地にいます。たしか、これは旅行です。なのに、色々とあり過ぎました。そして、わかったことがあります。瞬時に移動できるこの力って、便利そうで実は不便です。時間的な余裕が出来てしまうがゆえに、あのような寄り道が実現されてしまうのです。もちろん、時間は非常に貴重なリソースですが、必要以上に獲得してしまうと、知らぬうちに余計なことへ手を出してしまう要因となるようです。


 仮にワークであっても、急いで目的地に向かったって仕方がない。ゆったりと景色を眺めながら、片手に……えっと……、なんだっけ? もうこのあたりの、できれば残しておきたい楽しい想い出たちは、すでに記憶から儚く消えていきましたね。この感覚を表現すると、そうだね、夢でみた特徴的な建物の内容を、数日後までしっかりと憶えていられるか、です。あの、ぼやけながら消えていく、じれったい感覚が、常に記憶の部分で起こっているといえば、わかりやすいかな。


 そういや……、筋肉が黙ったままです。


「黙ったままでは、何も進まないぞ?」


 少し、あおります。おや、こちらを向いてきました。


「……。俺様さ……、バカだった。クズだった。どこに所属しても『操り人形』にされていたんだ。ようやくそれに、気が付いたんだ。」

「なるほどね。それでさ、魔の者のところに? あの都の支配者のところに? この際、全部吐け。」

「それは……。」

「まったくなによ……。これだから、筋肉は憎めないのよね。あの界隈でね、弱いところを少しでもみせたら、利用され、操られ、最後は捨てられて終わるだけなのよ? 私だって、似たようなものだから……。まあでもね、『浄化』には手を出していなかったようで、安心だわ。」

「シィーさん! 『浄化』だけは危ないと思って逃げたんだ! 俺様の頭では、どうも仕組みがわからないという点が良かった。しみじみ、ついてるぜ。」


 シィーさんが会話に参加してきました。しんみりしています。


「なにが、ついてるぜ、だよ? 裏切ったのだから、少しは反省しろ!」


 今度は強めに、あおります。


「ああ、それはほんと、もう二度と裏切らない! 信じてくれ!」

「あのさ、裏切っておいて、信じてくれはないぞ? ふざけんなよ?」

「俺様は、何をすれば良いんだ……。」


 さて、どうしましょう。シィーさんは許したようですが、俺はまだ、ですから。ところで、俺ってね、こういう場面ではやたらと頭が回るんです。いい方法がひらめきました。さて、これで美味しい酒をシィーさんと思う存分、朝まで飲みまくるぞ! もう、今日は寝ません!


 おっと、その「いい方法」について、ですね。フィーさんとの「別の意味で楽しい時間」のお付き合いを回避し、なおかつ、シィーさんのそばにいる筋肉をどうするか、です。それを同時に、簡単に解決できる方法が、たった今、浮かんだのであります。


 筋肉に、神妙な面持ちで語りかけます!


「なに、簡単だ。今夜、フィー様が特別に、だ。裏切ったにも関わらず、今夜、『学術的に楽しい時間』を提供すると、おっしゃていたぞ。これは、破格の待遇だぞ? そして、これを引き受けたのなら、フィー様への忠誠とみなし、裏切った件はすべて忘れることになる。これが、わかりあえるかもしれない最後の機会だぞ。さて、どうする?」


 シィーさんが、笑みを浮かべています。俺の意図を読んだのかな?


「が、学術的にって、それが楽しい時間か……。ただ……。」

「ただ、何だ? フィー様から、直に学べる貴重な機会を、まさかおまえ、断るのか?」

「俺様……。フィー様に嫌われていないのか? 裏切って……。」

「大丈夫だ。万一の場合でも、俺が、何とかするからさ!」


 さてさて、フィーさんの出番です。そろそろ……。あれ? まだ様子が……。


「姉様……、甘いもの、なのです。」

「フィー? まだ、ダメみたいね。」

「結構……、長いんだ?」

「うん。でも、気にしないでね。そのうち、ちゃんと戻るからね。」

「そ……、そうなんだ。」


 そのうち元に戻るなら……、了解です。ただ、予定が狂いそうです。


「フィー様、なんかお疲れというか……? さっきの話は本当なのかよ?」

「あっ、これはな、そう……。」


 筋肉、どうしましょうか。俺の予定では、要領よく筋肉へ誘導できる最高の方法……「これから筋肉と一緒に行動するならさ、俺が得たフィーさんの貴重な知識を、ぜひとも! 筋肉にも授けてあげてください!」がありました。おそらく、これは断れないはずでした。なんで、こんな時に限って……。


 これが、いわゆる「定め」なのでしょうか。頑張っても何故か避けられない、こういうのって、結構ありますよね。どう考えても「このタイミングではあり得ない不幸」が絡んできてさ、何年も築いてきた計画がすべて白紙になる、あれです。


 ……、さすがに、これと比べたらおかしいか。俺がフィーさんの「楽しい時間」に、いつも通りに素直に付き合えばよいだけですから! はい、諦めました!


「俺様に……、その学術的なこと、理解できるのかな……?」

「ああ、悪い。フィーさん、こんな状態だから、さっきの話、なしね。」

「な、なしだと?」


 一瞬、まだいけるかなと考えてしまいましたが、フィーさんの了承を得ていませんので……。


「なに、そこまで心配する必要性は、まったくもって皆無。俺も、訳がわからない、だからな。」

「えっ?」

「別に驚く必要はないだろ? ほら、あの『お気に入りの場』にある、あれらの中で、極めて難解な書物が選ばれてくるんだ。こういえば、わかるよな?」

「……。あの場所にある、書物かよ! 俺様……、片付けしたので、よく覚えている。内容など意味不明で、フィー様のご命令通りに整頓しただけだ。」


 あれって、フィーさんから命令されたの? なんともまあ、フィーさんです。あの積もった書物を筋肉に要領よく整頓させたとはね。たしか「操り人形」……か。あっ、今のは俺の本心ではありません。実は俺……、難解な書物から逃れるために、書物の整頓を申し出た過去があります。はじめは簡単そうにみえました。しかし、非常に重労働で……。すみません、すぐに心が折れました! このような整頓は、その筋肉が向いています。さすがは筋肉の精霊です。あの筋肉は、確かで立派なものです。うう……。なんか、情けなくなってきた。


「そうだそうだ。それら書物に、付き合うことになる。どうだ? なかなか良さげだろ?」

「……。フィー様に仕えるには、それだけの覚悟を要求されるということだな。」


 ほう、余裕をかましている筋肉。その難解な中身をみても、平然としていられるかな? 姉のシィーさんすら、要領よく書物から逃げる生活だったからね。


 そろそろ真実を、しっかり伝えていきましょう。


「あのね……、そんな覚悟程度で、乗り切れる状況ではなかったよ。フィーさんは、俺が理解できているとして進めてくるけどさ、まあ……、俺が調子に乗って付き合ってしまったのが、原因なんだな、これ。今は……、なんだっけ? ラムダ、だっけ?」

「なんだそれは! ラムダ? がはは、俺様に、それは無理だ!」


 急に、筋肉が笑い出した。えっ……、筋肉って、こんなやつだったの?


「でしょ? 無理に決まっている。まいったね、今夜。」


 その瞬間です。急に、慣れ親しんだ声をかけられました。


「ディグさん? シータとかは、大丈夫なのですか?」

「えっ? まさか、フィーさん……?」


 まさかではなく、間違いなく、正常な……フィーさんです。


「はい、なのです。いま、復帰いたしました。」

「復帰って……。なんで、こんなタイミングで……。」

「おそらく、『ラムダ』という言葉で、我に返ったのです。」

「……。」

「そのご様子だと……、だいぶ前から、危いみたいですね。今夜は、楽しみなのです!」

「……。はい。」


 フィーさん……。もうだめだ、決定だ。おかしくなった「ふり」をしていた、ではないよね? それだと、先ほど脳裏をかすめた「このタイミングではあり得ない不幸」と似たようなものではないか。なんか、あのような不幸ってさ……、実は、偶然なんかではなく「必然」なのかもしれません。


 今日こそ、フィーさんが風の精霊だった件について、詳しく伺うつもりでした。これでは無理ですね。今夜「隠し事」を吐くのは、まさかの俺だ……。そうです、理解した「ふり」だったことを、です。ああ、はい。


「がはは。とんでもない災難だな、それ。」

「災難か。そんな簡単なイベントで済むなら気が楽だよ!」

「……筋肉さん? 災難とは、どういうおつもり、なのですか?」

「フィー様……、あのような裏切り、本当に……。俺様、どうかしていました。」

「その件は、気にされなくてよいのです。あの時は、あの神々からあおられた状況だったゆえに、致し方ないのです。そもそも、あの界隈では裏切りなんて『いつもの事』なのですよ。」


 裏切りは日常茶飯事か。そんな感じはしていましたね。あの……都の支配者だっけ? カリスマなのは間違いないけれども、最後、シィーさんに一杯食わされていたからね。あの慌てぶり、なかなかでしたよ。直感ですが、美辞麗句が得意で、すでに何度も寝返っていますよ。そういうオーラが身から溢れ出ていましたので!


 「主」になるためだけに「裏切り」を繰り返すのかな? 俺、この地の仕組みには明るくないのですが、あの時のシィーさんの話の流れから推測して、「この地域一帯」で「絶対的な命令を下せる存在」ゆえに、都の支配なんかよりも「断然上」というニュアンスで間違いないよね? でも、そこまで執着するようなものですかね? せっかく信じていただいた都の民はどうするのさ? だって、「主」を目指すとなったら、都は見捨てるよね? 同時には務まらないでしょうから。この危機的な状況で、まさか……、投げ出しちゃうの? それは無責任すぎるし、都の民に対しての大きな裏切りにもなる。それでも、絶好の機会が訪れたら何の躊躇もなく投げ出すんだろうな。


「そろそろ旅行客が増えてきたから、フィーの名は伏せてね?」

「えっ! あ、了解です。」

「……。はい、なのです。」

「やっぱり、まずいことに?」

「うん。なぜか、その名が都で独り歩きしているからね。」

「そうなんだ……。」

「ただし、その理由から、都限定の話だけどね。ここの観光地のように、離れた場所なら、普段なら特に問題はないんだけど……、今は都からの旅行客が多そうだから、ダメね。」

「あの還元率をみたら、出かけたくなりますよね。」

「そうよ。もうね、出かけるしかないの。お酒がないわ!」

「それそれ! 最も大事な要素ではないですか!」

「お酒……、ですか。ほどほどに、お願いしたいのです。さらにです、さすがは支配者なのです。自分の信用回復のためなら、内心から良く思っていないあの神々すらも利用します。あれだけ嫌っておきながら、利用できる場合は、必ず利用し尽くすのが、あの方の好みなのです。」

「えっ? なんかあったの?」

「はい、なのです。この『旅行キャンペーン』へ巧みに乗っかりました。都の民のみ、都から追加で還元するみたいです。そこで、あの『八割還元』の噂です。あの高い還元率は、都からの追加も含めてとなります。この八割というのは、非常に高いインパクトを持ちますので、例の『ブロードキャスト』の件、もう忘れ去られたかもしれません。」


 やはり……、都の支配者……。カリスマなのは間違いないですね。凄まじい「嗅覚」というか、すぐにそのような手を、ためらわずに迷わず打つとは。


「すごいね、それ。都の民は、お得だね。」

「はい、なのです。ただです……、都の財源は、大丈夫なのでしょうか? すでに底をついているとか……。」

「もう! そんなのは余裕よ。ひねればいくらでも出るものが、あるのでしょう。あの女のことだから……。精霊のカンは、当たるわよ? だから、まだまだ余裕の表情を浮かべていたわ。そして、あの女が本格的に焦りはじめたら『売り』かしらね? その焦りが、ひねって出てくる『錬金術』で禁忌を実行した証でしょうから!」


 シィーさん……。いや、何でもないです。禁忌って? そして、あの女って……。いえ……、また、そちらの話題に触れるのはまずい。


「ははは……。ともあれ、俺たちは五割か。それでも、おいしいね。」


 シィーさんを何とか抑え込むため、話題を還元率にそらします。


「ディグさん? わたしたちは、八割、なのですよ?」

「えっ?」

「だから、八割、なのです。」


 それって、どういうこと? 俺ら……、あの神々から優遇されたのか? それはまずいだろ!


「あの神々からの優遇とか? それは受け取ったら『やばいもの』だよ? わからないようにやられるから、細心の注意を払うようにしないと! 絶対に、拒否しないとダメだよ? そういうので破滅したやつら……、結構います。まだ微かに、記憶に残っています。」

「……。ちがうのです、ディグさん。それ位はわたしも心得ています。ではなぜ八割なのか、なのです。単に、わたしたちは……『都の民』なのですから!」


 都の民!? いやはや、違うって。どうみたって、あの大きな湖を中心とした「観光地」だろうね……。ただ、毒草がね……。花はキレイなんだけどね。念のため、聞いているか。


「あの場所……、都だったの?」

「ディグさん……。はい、なのですよ?」


 ……。都なんだ。


「……。そうだね。」

「わたしにとって、理想的な場所なのです。静かで、ゆっくりできますから。」


 都って、あの支配者によって凝視される範囲が広いのですね。はっきりとわかりました。たださ……、風の精霊様なら、どこにでも瞬時に移動できるのだから、どこに住んでもね……? 今度、きいてみようかな。


 そして、その前に……、もっと強烈な、ふと浮かんだ疑問です。


「あれ、ちょっとおかしいな? はじめの頃、『都に向かいましょう』だったような気が? それで俺、都があることを知ったんだよ。『都から都』で、このような表現は、果たして?」

「あっ……。そうでしたか……? でも、それは屁理屈なのです。都には華やかな振る舞いという別の見方があります。同じ言葉でも、違うニュアンス同士で接続すれば、矛盾はありません。『都から都』、前者はわたしの住み処、後者は華やかな都のニュアンスになるのです。」


 フィーさん、すっかり元に戻って良かったです。ちゃんと言い返してきますね! 安心です。


「フィー? こんなところで、ごねないの!」


 フィーという名が出た瞬間、まわりから舐められるように見られた気がしました。


「あっ、姉様……。うしろに……。」


 シィーさん……。名を伏せてって、自分で言っておいて……。これです。何かが近づいてきました。誰だろうね。


「フィー様! 私です! ミィーです! これは間違いなく……『運命』ですね!」


 ええっ……冗談だろ? とんでもなく面倒なやつが、なぜ、ここに? たしかフィーさん……、確率を否定していた面がありましたね。旅行キャンペーンで、こんだけ旅行者が多いなかでさ、ミィーと、ランダムに選び出した観光地でこの瞬間にばったりと出会う確率なんて、どう見積もってもゼロだよ、ゼロ! 限りなくゼロに近い事象が、何の前触れもなく起きるのか。


「ミィーか!」

「……、あなた、誰ですか?」


 ……。ショックです。


「ディグだよ? 覚えておけよ。俺の『犬』を忘れたのか? まあ、元々は……。」

「……、ディグ! そうよ、あんなに沢山の『犬』、嬉しかったです!」

「思い出してくれたか……。」


 なんとか、一安心です。「犬」で思い出すとは、さすがはミィーですね。


「あの……、フィー様の隣にいる、この方は……? フィー様の面影があるというか……。」


 シィーさんに気が付いたようです。


「はじめまして! シィーと申します。」


 満面の笑みを浮かべながら、上品にお辞儀をするシィーさん。……、相変わらず美しいです。「売り売り」の時とは大違いです。とはいうものの、「売り売り」の時のシィーさんも最高ですよ。


「えっ……。『シィー』って……? まさか『傲慢で意地の悪い精霊』が、なんでここに……。なんで!」


 ミィーの顔色が急激に悪くなり、俺が声をかけようとした瞬間……、それを振り切るように、密集する旅行客とぶつかりそうになりながら一目散に駆け出していきました。


 シィーさんは……、呆然と立ち尽くしています。当然ですよ、「傲慢で意地の悪い精霊」って……。どうかしているぞ、ミィー。急に、こんな恐ろしい言葉を口にするなんて!


「シィーさん! 何かの間違いだよ! 俺さ、ミィーをつかまえてくる。だからここで、筋肉と待ってて?」

「……。覚悟はしていたの。あれは……、その辺に落ちている石を投げつけられても文句は言えないから。」

「石を? なんで……。」

「うん。この移動力を生かして、私なりの贖罪はしているのよ。街並みは以前の活気を取り戻してはいるけれども、心の傷は、まだまだ癒えていないのよ……。」


 フィーさんが目を閉じて静かにうなずいています。どうやら、ミィーとシィーさんの間で、そう遠くはない過去に、筆舌に尽くし難い悲痛な出来事が心の奥底に絡まっていそうですね。おや? 俺でも、何となくわかるような……。シィーさんにとっての悲痛な出来事って、あの渦の件ですよね? まさか……!?


「姉様……。ミィーさんを説得してくるのです。筋肉さん、僅かな間ですが、姉様をお願いいたします。わたしも、ミィーさんをつかまえに行くのです。」

「フィー……。」

「わかったぜ! シィーさんを、この自慢の筋肉でお守りするぜ。おっと、これは俺様が精霊として、フィー様に魂を捧げる固い約束だ。」


 良い流れでフィーさんが加わりました。これで、ミィーをつかまえるのは簡単ですね。問題は、説得……か。


「そうこなくては! フィーさん。」

「ではまず、駆け出した方向から推測して、ここから直線で辿り着く砂浜まで飛ぶのです。ミィーさんは、一心不乱に直進するはずですから。」


 砂浜って? 海が近いのか? でも、温泉……だよね? 俺は、オーシャンビューでの酒も好みですから、別に温泉でなくても構いませんがね。とにかく今は、ミィーだ。ミィー。


 ……、俺からつかまえてくるといいながら、結局、フィーさんの力に頼ります。そういえば……、フィーさんの体調が心配でした。でも、シィーさんは力の行使どころではないし……、近場だから大丈夫と、判断しました。すみません……、フィーさん。俺、口だけで何もできません!


 そして、あっという間に目的の砂浜へ着きました。ただ、俺が考えていた砂浜のイメージから、大きくかけ離れています。コンパクトで、悠久な歴史を感じさせるゴツゴツとした壮観な岩肌が、海面から次々と突き出ていて、ミステリアスな雰囲気になっています。なるほど、この付近で温泉は出るのかもしれません。なぜなら、元々ここには起伏の激しい山々があって、それらが海にのみこまれる形で生じた海岸で間違いなさそうですから。


 ここさ……、海水浴など元々、絶対に認められていませんよね。だから、誰もいません。納得です。


「ディグさん? 海の方を見回して、どうされたのですか? さすがに、海の方からミィーさんは来ないのです。」

「あっ、ごめん。誰もいないから、ちょっとね。」

「誰もいない、ですか……。砂浜で、何をされるのですか?」

「えっ! それは、海水浴とか……?」

「海水浴、ですか? たしかに書物で、その概念は拝見いたしました。しかし遥か昔、『青い海』と呼ばれていたころの遊びだったはずです。いま、このような汚れた海を楽しむ者など……。」


 えっ? 俺はすぐさま、浜辺に打ち上げられる「さざ波」を注意深く観察し、愕然としました。これ……、薄汚れています。本来あるべき姿、透き通るようなブルーやグリーンではなく、光沢がなく元気がない、深い緑に近い色です。


「フィーさん……。これでは海水浴、無理です。」

「はい、なのです。明らかに、不純物だらけ、なのです。」


 そういや、砂も汚れています。……。


「精霊の力とか、自然の力では、元には戻らないの?」

「はい、なのです。ここまで汚れてしまうと、普通の力では、まったく期待できないのです。それこそ、あの手段しか……。」


 あの手段……。それは絶対にダメだ。他の手段を探しましょう。絶対にあるはずです!


「どうやったら、ここまで……。」

「はい……。わたしなどの精霊も悪いのです。」


 精霊も悪い? なぜ? あっ、フィーさんの悪い癖、発見です。


「そうだね、あの『冷やし過ぎ』とか……?」

「ディグさん……。それは、わたしの痛い所を……。わたしも、悩んでいるのです。」

「悩みなの? あの寒いくらいの冷やし方が?」

「はい、なのです。すでにお気付きと思いますが、この地域一帯は『高温多湿』になります。さらに、その高温の度合いが大変に厳しく、これでは、わたしの『お気に入りの場』で待つ大切な書物に多大な影響があるのです。すでに『夏』は暑い、では済みません。このような環境下では、書物どころか、木材で作られた家すらも、長くは持たないという過酷な環境に陥っています。そこで『吸湿』を試みるのですが、少しずつ湿度を吸収する従来の方法では、あの広さですから、到底、間に合いません。そこで、一気に冷却して空間ごと乾燥させるやや強制的な方法を採用しているのです。環境への負荷については……、大部分は地上と地下との温度差を活用しているとはいえ、強制的な熱交換もあるのです。正直、その負荷は高いです。ごめんなさい、なのです……。その分、他では十分に気を遣っているのです。」

「なるほど。でも、それならさ……。」


 おっと、余計なことを言いかけました。


 余計なこと……。それは、「犬の投げ」や「ブロードキャスト」などでよく使っている、脳裏に浮かべるだけで簡単に処理できてしまう、この地で授けられた「便利なもの」です。これにさ、書物の内容をすべて写して引っ越せば、どこでも楽しめる便利な「読み物」になるはずです。しかし、それをなぜか実行しないフィーさん……。俺が思い付くような簡単なことを、知らない訳がないので、危うく口から出そうになりましたが、すぐに引っ込めました。


 それにしても、脳裏に浮かぶこれの原理って、なんだろう。この地に呼ばれたときから、無意識に刷り込まれて、常に存在しています。なぜなら、これがないとこの地に俺は存在できません。いきなり、これを活用してフィーさんと「スマート何とか」だったはずですから。いやまて、そうだよ……、俺はフィーさんと具体的に何を「契約」したのだろうか……。もともと故郷に帰る気持ちだったのに、このような流れになりましたから。その理由は、俺の本心はこの地にある、か。この地に留まって何かをする契約なのは間違いないのですが、未だにはっきりとした論拠がありません。「大切な犬」を預かって、これで何を? 新しい鍵を任せた? うまい表現は難しいのですが、漠然としたものを常に目の前に置かれていて、堕落で過ごしてきた、これがピッタリです。


 とにかく、こいつは目から入ってくる映像が常に脳裏にある状態で、それらをすべて「自分の意志」で操作できるという……使い心地はまるで夢のよう、です。そうです……、フィーさんにこの地へ呼ばれる直前の出来事だった。いつもならすぐに寄って、値が付いて赤か緑の数字が点灯するはずの、重い重い銘柄の値が、すべて真っ黒のままで、時間だけ経過していく恐怖に満ちていました。焦りの気持ちも加わり、とても目が疲れます。これですね。そのような疲れに悩まない、素敵な仕組みです。


「なぜ書物なのか、気になっておられるようですね?」

「えっ……。うん。」


 こちらから伺わなくても、フィーさんから語り始めました。


「『ブロードキャスト』の内容を思い出してみてください。」

「あれは、正直、つまらないよ。」

「はい、なのです。なぜなら、あの神々が急に、『ブロードキャスト』の内容に口出しをするようになってしまい、当たり障りのない、つまらないものばかりになってしまったのです。それで、妖精達が狂いました。わたしは、その狂いたくなる気持ちがとてもわかるのです。だから、あのような悪戯が発生するのです。」

「……。それは嫌な予感がします。予感ではないか。とんでもないよ、それ。あっ! 例の渦の件だっけ? あのような災害が近づいてきたら、さかんに『ブロードキャスト』で叫ばれていたよね? 注意注意って! すぐに避難せよ、とかさ!?」

「はい、なのです。さかんに、『我ら民には風の精霊様が付いておられる。慌てる必要はまったくない。何もしなくて良い。大丈夫だ。』が、流れていました。」


 これさ……。想定外で、避難できる時間がなかったのかな。それでもさ……。


「まったく話にならないな……、それ。シィーさん……。」

「わたしも、心が折れたのですから……。でも、これで折れた、わたしも弱いのです。」

「……。」

「それで、なのです。書物は書物のまま、保管することにしたのです。内容が漏れてはならない貴重な『知識』も多数あるからです。本来、この脳裏にある仕組みは『通信および内容の秘密』が約束事で保証されているはずなのですが、『ブロードキャスト』の件から、わたしは一切、信用できなくなりました。だから、書物にこだわるのです。ディグさん……、この点は今後も、注意してください。」

「了解です。それは危ないね。たださ、散らかっている書物を筋肉に整頓させたよね? 大丈夫なの?」

「はい、なのです。貴重な『知識』は、毎回、しっかり片付けて奥の方に隠していますので、筋肉さんが触れることはないのです。それでも、この脳裏にある仕組みに書物の内容をすべて写してしまうと、『検索』ができるため危うくなります。書物は、不便さゆえの、安全性、なのです。」


 わかった、気がしました。想像以上に「ハードモード」のようです。それでも、頑張りますよ。


「ところでディグさん……? ちょっとよろしいでしょうか?」

「なになに?」

「ここなら誰もいない。ここなら、安心して話せるのです。わたしは……、とんでもない過ちを犯しました。ブロックを踏み外したと言い換えても、過言ではないのです……。」


 えっ? なに、急に?


「どうしたの? 急に……。」

「はい、なのです。ディグさんを勝手に呼び出したという、過ちです。」

「……。別に、気にしてないよ。どうせ、あのままだったとしても……。」


 いつ売れるかわからなようなものを、たっぷりと抱えた状態でした。終わっていますね、俺って……。


「そうなのですか! わたしは……、自分勝手な解釈と理論に基づいて、あなたを呼び出したのです……。もちろん、どんな罰でも受ける覚悟、なのです。」

「罰? そんなのがあるの?」

「はい、なのです。必ず、罰はあるのです。でも、悔いはないのです。ディグさんがこの地に来られてから、すべて、すべて! うまく回っているのです。わたし……、うれしくてうれしくて……。」


 俺って、そんなに凄いのか? いまだに、犬すら使いこなせないし、あり得ないですよ!


「この際、はっきり伺っておくよ。そんなに俺ってさ……、役に立っているの?」

「……。はい、なのです! もう、何もかもを超越するほどに、お役に立っているのです。」

「えっ?」

「驚かないでください。例えば、この旅行キャンペーンの実施です……。奇跡としか、言いようがないのです。明らかに『本流』が良い方向に向かっていると、わたし……、確信しているのです。」


 砂浜で過ごす儚い時間すら……フィーさんでした! 訳がわからない方向に、順調に向かっています。ところで、ミィーは……? そうですよ! ミィーは? シィーさんだって、朗報を待っていますよ!


「このキャンペーンが奇跡か。たしかにね。すごい還元率だから、あの神々も焦っているのかな?」

「……。ディグさん……、着目点は『そこ』ではないのですが……。別に、よいのです。」

「フィーさん! ところで、ミィーですよ、ミィー!」

「……。大丈夫です。『必ず』、ここに来ますから。」


 必ず……? なんで言い切れるの? 俺はこの時、強い違和感を覚えました。

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