24, 旅行キャンペーンの温泉旅行で、まずは筋肉、です。
急に、旅行してくださいですか……?、そうです、「旅行キャンペーン」です。ここから一気に事態が好転に向かい始め、この他にも、次々と打開策が出てきました。とにかく、お得で、多大な還元……すなわち、あの神々から旅費が戻ってくる割合が高く、なんと「五割から八割」です。もう、何所でもよいので、今ここで旅行しないともったいないという噂まで囁かれているみたいです。というか、八割ってすごいよね? ほとんどタダで泊まれるの? びっくり仰天です。
それだけでも凄いのに、俺が特に気になったのは、そのキャンペーンの一環である「お店にゴー」です。あの時、フィーさんに突っ込まれて発覚した食べ物の問題……、いわゆる美味しいものだけではなく、主食となる穀物にまで影響が及んでいるという点がありますので、酒は提供禁止で、さらに提供量の削減を行う代わりに、こちらも「すさまじい還元率」らしく、お店に客が殺到しています。まさにラッシュです。ほら、一軒で食べられる量が少ないために何軒も「はしご」する客が多く、その高い還元率も相まって、朝から深夜まで「席の奪い合い」です。あの、正直……、あんまり美味しくない実とか、毎日続くとさ、心が病みますからね。このうっ憤を晴らしたい気持ちが少なからずありますよ! もちろん、この実のおかげで、生きていくのに必須な栄養素を取れているので、ありがたいのですから、感謝感謝ですよ。体内で合成できない栄養素があって、それが不足すると危険だとか。
そして、旅館にだけ、これまたびっくりな特典が付きました。それはまさかの……「酒」です。たしかに、今のこの状況……酒どころではありませんし、だいぶ前、フィーさんが「高級品」と言っていたので高価なんでしょう。しかし……、期間限定とはなりますが、旅館にのみ酒提供オーケーで「あの高い還元率」が設定されたのだから、これが……、宿泊予約の奪い合いに発展していました。なんといっても酒が飲めますからね! とにかく予約しても、抽選になってしまい、そう簡単には当たらないとか。この抽選から漏れたら、お店にゴーとか、そんな感じでしょうか。
そういや、俺が都にお出かけてしてから、もうだいぶ経つのか。真剣に修行……、ではなく堕落していると時間の経過を早く感じます。うん、あの時は酷かった。都に誰もいない、なにこれ? でしたので。
ただ、フィーさんの件です。糊のように固まったべっとりとしたあの血をみてしまったら……、正直、このことをシィーさんに今すぐ話したいです。もちろん、フィーさんとの固い約束がありますので、黙ってはいますよ。そこで、この旅行キャンペーンの活用です。休んでいただくため、温泉です。これより潔い解決策はありません。これくらい施さないと、また休まずに「お気に入りの場」にこもってしまう可能性がありますから。このような俺のカンは当たります。これで休憩できますね。
……、色々とありましたが、いよいよ、その旅行当日がやってきました! えっ? あの難しいご予約はどうしたのかって? それは、シィーさんが現地で取ってきましたよ。さすがは「風の精霊様」です。目を見張る移動力を生かして、難関な予約取得を楽々突破です!
しかし、これが原因で……フィーさんです。風の精霊は、好きなだけ移動できるのですから、本来、宿泊する必要はないのです? これを……フィーさんに突っ込まれてしまい、説得するのに大変でした。数日を要しました。これくらいは素直になってください……。
ちなみに「故郷の温泉」、これは鮮明に憶えていますよ。なぜって? それは、相場で負けた時は「温泉」と決めていたからです。……。いま、すごく冷たい視線を感じました。すみません……。これで思考をリセットし、いざ、あの「高難易度」の相場に挑んでいました。「ブロック」だっけ? あれにも難易度があるように、あの相場にも別の意味でありましたよ。高難易度ほど「あれ」の増減が激しいため、癖になっていただけかもしれませんが、結局、その記憶が強すぎて、故郷の温泉を憶えている要因になったのは間違いないですね。
そうそう、シィーさんに「温泉は西か北か」とたずねられ、北と答えました。どうやら、昔は「地の精霊」もいたらしく、その影響で今でも温泉が湧く地域が沢山みたいです! グッドですね。ただその地の精霊……、あの神々が原因で機嫌を損ねたようで、今はこの一帯にいないとか。一体何で、もめたのだろうか。少し気になりますね。
「フィー? 忘れ物はない?」
「はい、なのです。ただ、そこまで気にする必要はないと思います。なぜなら、仮に忘れても、すぐに取ってこれますので。」
「もう、また言ったら言い返すわけ? それでもね、忘れ物は無い方が良いに決まっているの。」
「……。はい、なのです。」
いつものフィーさんを眺めていると、安心します。あの血の件以来、そうなりました。チェックポイントだっけ? あれ、本当に憎い存在ですよ! なんですか、あれは。吐血させてまで、あんなのやる必要があるのかよ、文句の一つ二つ、ぶつけてやりたいです!
「フィー! またなの? それらは置いていきなさい。」
「なぜですか、姉様?」
「休めないでしょう……、そんなの持っていったら。」
「……。はい、なのです。」
休めないって? ああ、そうだね。温泉旅行には必要がない、ぶ厚い書物をなぜか抱えております。まったく……です! こうなったら、俺からも一言、です。
「フィーさん? お休みなのだから、気楽になろうよ?」
「そうなのですか……。」
「気になるものがあるの?」
「はい、なのです。でも、そうですね……、置いてはいきます。ただ、どうしても気になるのです。」
「それで、どうするの?」
「はい、わたしだけ、先に戻って、それで……、なのです。」
先に戻りますって……、さっきから気になるのだが、なぜ泊まろうとしないの?
「フィー? もしかして、わたしと一緒に寝ることができないのかしら?」
「あ、姉様……。そういう意味ではないのです。」
「なら、どういう意味なのかしら?」
「それは……。」
返す言葉を詰まらせるフィーさん。出発直前に、変なごね方をしていますので、きっと、何かを隠しています。いつも接していると、直感でそれ位はすぐにわかりますよ。
「フィーさん。もしかしたら、シィーさんと一緒の部屋が、嫌なの?」
「……。はい、なのです。」
「フィー? なぜなの、それ?」
「……。」
シィーさんのことなので……。寝ながら、部屋中を暴れ回るとか……? さすがに、あり得ないか。
「どうして、こんな些細な事でごねるの?」
「……。どうしても、なのです。」
「もう……。」
時間がもったいないというか……。だからといって、シィーさんが部屋を譲り、俺の部屋に移動、そして俺がシィーさんと一晩……、いえ、何でもないです! まじでちょっと考えてしまった。しょうがないです……、あの解決策しかありませんね。
「それなら就寝時は、俺の部屋をフィーさんに譲ります。俺は……、旅館の中をぶらついて、過ごします。慣れていますので、大丈夫です。ノープロブレムです。」
「……。ごめんなさい、なのです。ディグさん……。」
「フィー? まったく、この子は……。」
「よし、これで解決。」
さて、とりあえず目の前の問題は解決しました。ただ、フィーさんはまた何を隠しているのか、です。ここまでごねたので、きっと、あまりよろしくないもの、かな?
……。ここで念のため、予約を確認してみます。なぜなら、フィーさんが自分の分を勝手にキャンセルしていないかどうか、気になったからです。
しっかりと四名、予約されていました。えっ……と、四名?
「シィーさん? ちょっといい?」
「うん、いいよ。なにかしら?」
「予約、間違えたかも……?」
「えっ?」
「四名になっているので……。」
「あっ、伝えておくの忘れていましたわ。実は『筋肉』が同伴するのよ。」
……。
「シィーさん! 筋肉さ、まさか、俺と同じ……。」
「うん、同じ部屋になるわね。」
……。よくないです。ちょっとさ、シィーさん……。冗談でも恐ろしいことはやめて……。ああ、俺もごねはじめるのか。フィーさん、ごめんなさい!
「今から部屋を分けることは……。」
「今、旅行キャンペーン中でお客さんが殺到しているのよ? 空室なんて、絶対にないわよ。」
だよな。だよな……。筋肉と一晩……。俺は、明日の今頃、生きているのだろうか。
「ディグさん? わたしの気持ち、わかりましたか?」
「フィーさん……。」
わかる。すごくわかる。俺もごねたい!
「そんなに嫌? 筋肉と同室?」
「はい、嫌です。」
何の迷いもなく、断れました。なかなかないですよね。迷いもなく断れるって。
「そう。だったら、そうね……。私が筋肉を引き受けるわ。」
「えっ……。」
「別に驚くことはないわよ? 筋肉もね、色々と訳ありでつらい立場なの。」
まあ……、元々はそういう仲、だったからね。それにしても、シィーさんと筋肉では不釣り合い。たしか、何とかと何とか、だっけ? もう、忘れました。
「そうなると、そうね、フィーをよろしくね。」
「えっ……、フィーさん?」
……。そうだよな。筋肉をシィーさんが引き受けるということは、フィーさんは、俺と同じ……。
「姉様! はい、なのです。それで、よいのです。」
「フィー? そういうことだったのね? まあ、いいわ。」
えっ、いいの? ……。なるほどね。夜ふかしで、あのぶ厚い書物を読み始めたら、注意だね。休ませないとね。もしや、夜ふかしができないから、シィーさんとの同室をごねたのかな?
「姉様……。わたし、嬉しいのです。自分から言い出せなくて……。」
えっ、なに?
「フィー? あんまり、いじめてはダメよ?」
「……。はい、なのです。」
えっ……。なに?
「ディグさん。今日は、わたしもゆっくりします。ご一緒に『楽しい時間』を過ごしましょう!」
……。これ、あれだよね? すなわち、シィーさんがつぶやく「楽しい時間」と、フィーさんから告げられる「楽しい時間」、なんでさ、同じ言葉で意味が「真逆」になるのでしょうか。
うう……。一晩中、アルファとかシグマとかシータとか、嫌だ……! そうそう、最近、記号が増えました。なんですか、あれらは! ラムダだったかな。もう、嫌です。
「フィーさん……。それでは、俺が休めないぜ。」
俺の心の叫びです。一応、さりげなく決めてきました。ああ、はい。
「そうですか……。わたしが祈りを捧げたあの日、揺らぎの現象に興味を持たれていたので、特に集中してまとめてきたのがあるのです。わたし、楽しみです。」
……。これはやばいです。揺らぎとか誤差とかの、その手の話を「記号で装飾する」という手口ですよね? あの記号って、本当に合っているのでしょうか? 訳がわかりません。そして、一晩では済みません。どうしよう……。筋肉か、記号か、です。でも、今さら筋肉には戻れません。腹をくくるしかないのか……。
「た、楽しみなんだ?」
「今回は、そうですね……ラムダが沢山出てくるのですが、楽しみでしょうか?」
「えっ? なに、ラム? はい? ラム……お酒の話ですか? それなら得意ですよ!」
「ディグさん……。お酒は高級品なのです。」
「そうみたいだね?」
「でも、今日は出るのです。」
酒……。酒や!
「おおっ! サプライズ!」
「姉様も、喜んでいたのです。」
「やっぱり。あっ、どれくらい飲まれるかについては、聞かないよ。なんとなくわかるので。」
「……。姉様は、底なし、なのです。」
「……。見事に考えていた通りだよ。」
「そこで、行きは姉様の力を利用いたしますが、帰りは、わたしの力か乗り物になるのです。」
「なるほど。飲み過ぎてふらふら、か。帰りは、無理しないでね?」
「はい、なのです。」
「力を使用できないほど酔うシィーさんか……。」
「ディグさん? 今、頭の中で何をご想像かは存じませんが、翌日、力を使えないのは、お酒が体内に残った状態で力を行使することが、禁じられているからなのです。」
……。座標ミスで大事故。それは避けなくてはなりません。すごく納得です。飲んだら使うな、か。
「フィー? なぜか私の話になっているわね?」
「姉様……、お酒には注意して欲しいのです。」
「たしかに、毎日飲むなんて毒だわ。でも、たまになら大丈夫よ。」
「……。」
「フィー? 少し前までの私なら悲観的になってきて、『これが最後のお酒』と、思わず言ってしまったわ。でも、あの日以来、そういう悲観は捨てたの。まだまだ、沢山飲むわ。」
「……。姉様! はい、なのです。」
シィーさん、なんかそれ……。話の要点をすりかえて、ごまかしていませんか?
「そして、ディグさん?」
「はい? フィーさん? 俺は楽しみだよ、酒。」
「ディグさん……、お酒だけではなく……、できれば、ラムダの次までいきたいのです。ちなみに姉様は、ラムダまでは付き合っていただけたのですが、その次で逃げました。」
えっ? なに?
「フィー? さっきからもう……。私は、あの釣り針みたいな記号が苦手なの。もうね、あのようなのは『創造神の真似事』なのよ。それでね、あれで何もかもが自由に手に入ると勘違いして、創造神の怒りに触れ、川や海や湖から……、お魚が姿を消したの! 昔の『青い海』がいとおしいわ。」
「姉様……。そこで、釣り針も創造神も、関係がないのです。」
なに? つまりさ、また変な記号が増えるのか? やめてくれ……、その次って、なんですか、それ? そもそも、ラムダの話も、ただうなずいているだけ、だぞ。
でもな……、それらがフィーさんの休憩です。休めといった以上、頑張るしかないか。
「ところでシィーさん? 筋肉は、ここに来るの?」
「それだと効率が悪いわ。まずここから筋肉へ飛び、それから温泉に向かうのが最短ね。」
「なるほど。」
たしかに、それが最短ですよ。でもさ、あの筋肉って……。絶対に、あの筋肉の周りにいる者も筋肉、だよね? 誰も足を踏み入れたことがない最果ての地に突入してしまうのか……。
それから、フィーさんが「書物の選定」に、少しお時間をくださいな、でした。結局、持っていくのですね、俺のために……、誰のために……、何のために……。
フィーさんの準備が整い、やっとのことで、座標ミスなど絶対にしないシィーさんの力で、筋肉の本拠地に向かいました。
……、ここは……、涼しい。建物の中かな? ところで、筋肉ってどんな雰囲気の中にたたずんでいるのか。そこで、窓の外に目をやると、そこには……。おいおい、ここって「都」だよね? しかもここさ、かなり高い階のようで、その眺めは最高です。整った街並みと、いかにも筋肉が好きそうな高い塔と……、遠くには立派な山々がみえます。
あっ、これ……、座標ミスして外に放り出されたら、その瞬間に終焉ではないか……。ミスはしないらしいが、なんか、気になってしまいます。
「あれ? ここは都だよね?」
「うん。はやいところ、筋肉を連れ出さないとね。」
なんだ。筋肉って、案外、こんな華やかな場所でのんびりと暮らしているのか? なんてこったい……。一応、元々が護衛だもんな。はは。
おや? ここでも、例の「ブロードキャスト」が使えるようです。暇なので少し拝見です。
うん、にぎわいを取り戻した各地の様々な状況が、嬉しそうに次々と紹介されていきました。
「いいね。こんなにも、にぎわいを取り戻しているとはね。あの時の閑散さは一体……。」
「はい、なのです。あっ、そうです!」
「えっ? フィーさん、急にどうしたの?」
「あの時に犬を投げた件、覚えていますよね?」
「うん、もちろん! どうなったの?」
「はい! あれから考え直して、突然舞い降りた『お店にゴー』キャンペーンに乗れたので、お店をたたまずに済みましたという、嬉しい知らせが届いたのです。」
俺が……初めて、役に立ちました。小さくガッツポーズします。
「あっ、姉様……。筋肉さんを引っ張り出してきたのです。」
おや? そのぶっ飛んだ光景に、吹き出しそうになりました。
「あれと、これとは違うんだ! 俺様を信じてくれ!」
あんな裏切り方をして、俺様を信じろ、だと? いま気分は良いからね、僅かだけ信じてあげます。
「ディグさん……。一連の疑わしい行動は、筋肉さんの本心ではないのです。」
「そうなの?」
「はい、なのです。今回の旅行で、わかりあえると、わたしは信じているのです。」
フィーさんにここまで言われてしまうと、まあ、そうなのかもしれない。ただ、あの裏切り方は許せないな。フィーさんが納得できる微妙なラインで妥協することになるかな。
「もう! 素直に出てくれば良いのに。おかしな暴れ方をしたと思ったら……!」
「だってさ、俺様も苦しかったんだ。」
「それで……、別の女?」
「あっ、それは……。」
とことん、ふざけた野郎だな。フィーさん、これと今後も付き合うなんて、無理ですよ。裏切ってさ、可憐なシィーさんを心配させて、別の女に……って。まじで何を考えているのか、あり得ないのですが。
「フィーさん、やっぱり筋肉、無理だよ。なにこれ、だよ?」
「そうなのですか……、ディグさん……?」
なんか、フィーさんの反応が悪いのですが……。この手の話にはあんまり触れない方がよさそうですね。はは……。
「なによ? あの女……。どこかで何度もみた顔と思ったら……。」
「だから、『女』とか、そういうものでは……。」
シィーさん、かなり怒っておられます。
「そうね、そうかしらね。この都の完全支配でお忙しい方、だからね。筋肉なんかにかまっている暇なんか、数秒たりとも、ないわよね?」
「だから! そのお方が『魔の者』に加わったらしく、俺様と、挨拶代わりの話をしていただけなんだ。」
「……。そうなの? あと、戻ったんだ、魔の者に?」
「……。」
たしか、元々は「あの神々」の仲間というか、精霊なので……、この場合、筋肉を受け入れた魔の者も情報を取られた側、だよな。そして、魔の者を裏切って、フィーさんに入り込んだ、だよね。まあ、フィーさんに入り込んだのは「予定通り」で、はじめから「魔の者を裏切ったふり」をしていた可能性も否定できませんが、ひとまず言い切れることは「ロクなやつではない」、これですね。ほんと!
今、自分で思い返していて、重点を見落としていたことに気が付いた。うん、……筋肉って「精霊」だった。……。一体何を司るのか、それとも……、いや、何でもないです。
「挨拶代わりに、あの女と何を話したの? 私を裏切ったのではないなら、はっきりと、ね?」
「は、話すよ! とにかく『主』に対する執着心がすごいお方でした。『主』がすべて、『主』のためなら目的、手段、運営……、なにもかもを投げ捨てても、『主』にさえなれれば、まったく問題ないと考えているようで……。」
「……、そんな女、どこが良いのかしら?」
「だから! ただ話しただけで……。」
「本当にそうなの? なんか常に、品が良さそうな雰囲気をかもし出してはいるけどね、その中身は先日の『ブロードキャスト』が暴いたでしょ? あの内面を隠すために、辺り一面に「正常な思考をかき乱すほのかな甘い香り」が漂っていそうね? それに惑わされたのかしら? あんなの……、……なら、真っ先に、精霊がみな一斉に逃げ出してしまうわよ?」
「そ、それは俺様だって同じ気持ち!」
シィーさんの怒りが収まりません。少しばかり、シィーさんの怖さを拝見した感じがします……。
「まあ、騒がしいわ。ここを何所だとお考えなのかしら?」
奥の方から……、えっ? まるでこの地の創造神に仕えているかのような清楚な服装をした、表向きは穏やかな美しい女性が現れました。この方、間違いないです。先日、「ブロードキャスト」で騒動となった、あの方……です。あれから、彼女への民の信仰心は、どうなったのでしょうか?
そもそも、この場所ってさ、まさか……。フィーさんが静かに俺の前に出ます。
「お久しぶり、なのです。フィーです。」
「あなたは……。まあ! でも、ここで騒いだら、あの方と同じになってしまいます。わたくし、大人の対応をいたしますわ。」
「お元気そうで、何より、なのです。」
「あなたに心配される筋合いはないわよ? わたくし、あの程度で折れるほど、弱くないの?」
「それは、存じているのです。」
「ほんと……、創造神が憎いわ。こんな残酷なめぐり合わせって、偶然かしらね? あなたさえ、いなければ……。存在しなければ……。そうね、あなたの、その可愛らしい笑顔に隠れた本性ってものを、今ここで、剥き出しにしなさい。」
「……。わたしの本性、なのですか?」
「そんな事を言ったところで、本性については何食わぬ顔ね。それでこそ憎きフィーね。わたくし、存じて、おりますわ。」
「はい、なのです。」
「だったら、これならどうかしら? わたくし……、『ジェネシス』の学説はまったく信じていないのよ。そう、この地でつまはじきにあう学説……『進化』を信じているのよ。これなら、どうかしら?」
「……。そんな恐ろしいことを……。そ、そんな者が都を……、なのですか!」
フィーさん、急に気が立ったぞ……。進化って、たしか……、もう思い出せない。
「あら? どうしたのかしら?」
「正気、なのですか?」
「なにかしらね、急に? 少数派の意見も尊重しないと、ね?」
「……。はい、なのです。たしかに、信じているだけなら、それはどうでもよいのです。しかし、念のために一つだけ、伺います。よろしいですか?」
「わたくし、どんな質問にもお答えいたしますわ。」
「では、ストレートに伺うのです。『天の使い』と手を組んだという、あの恐ろしい噂は……、本当なのでしょうか?」
「ほんと、あなたって憎いほど素敵な方ね。あれは、そうね、手を組むなんて程度の優しい縛りではなく、『わたくしの全てを捧げた』のよ。そう……、わたくしの魂そのものを、『天の使い』が毒牙を剥き出しにしながら笑顔で手招きして相手を陥れる契約をするためのブロックが連なる、あのチェーンに刻んだのよ。わたくし、精霊は大っ嫌いだけど、このチェーンを生み出した精霊だけは尊敬することにしたの。そう……魂を刻んだあの瞬間、全身を駆け巡る『絶対的』な感覚に溺れそうになりましたわ。あの感覚、また味わいたいわ。そう……『主』になってね。何度でも。」
「……。」
……。フィーさんが言葉を詰まらせる。俺ですら、これはもう……、温泉どころではない?