223, 古典には通用したものが量子には通用しない決定的な抜け穴があった。ただ、量子の理論はずっと前から知られていたのだから、沢山の仮説を立てて検証を進めておくべきだったわよ?
そうね……。ハッシュに宿る「雪崩効果」によって、とある極めて重要なパラメタが量子演算の前に計算できてしまうのよ。それが決定的な足枷となって、あとは……、フィーが導いた量子の式に当てはめるだけで……、綺麗に採掘の正解へと辿り着いてしまう。
その特性を考えれば、「ポスト量子暗号」に属するハッシュに置き換えたところで、何の意味も持たないわ。なぜなら、安全なハッシュを名乗るには「雪崩効果」が欠かせないからよ。よって、「ポスト量子暗号」に属するハッシュには、確認するまでもなく、この原因となる「雪崩効果」が必ず宿っているからよ。
そんな命取りになる場所を「量子ビット」に突かれた……。まさか、そんな急所を狙ってくるなんて……。
つまり、もし「雪崩効果」が宿っていないハッシュだった場合は、とある極めて重要なパラメタを量子演算の前に計算することができないため、「量子ビット」で採掘するにも「位相による干渉作業」が必要となってしまい、それは一度ではなく、平方根の演算回数を要求する影響によって時間を必要とするため、「古典ビット」より僅かに速くなる程度で済んでいたのよ。
それなら……、「雪崩効果」が宿っていないハッシュを採掘に採用すれば……と考えがよぎるけれど、それは断じて実現不可能なの。なぜなら、「雪崩効果」によって「推論」などのアタックからハッシュが守られているため、それは……「古典ビット」に対する防御機構をすべて解除したも同然。そんなことをしたら、今度は「古典ビットの代表……推論」などにハッシュを破られ、すぐに終焉を迎えるわ。
「コンジュ姉、一つ、確認させてもらってもいい?」
「何かしら?」
「わたしは、ただ……。中立な機構を護りたいだけなの。」
「つまり、それってお願いってこと?」
「そうよ。」
「……。」
わたしがお願いすれば、もしかしたら手を緩めるかもしれない。こうなったら、そこに望みを託すしかないわ……。
「もう……。その手を使われたら、私だって……。」
「……。」
「わかったわよ、もう……。球根に免じて、今回だけ特別よ?」
「本当に? ……、闇堕ちしても、そこはコンジュ姉だわ!」
よくわからないけど、あの球根が役に立つとは……。でも……安心もした。
「……。どのみち、現時点では『量子ビット』の数が大きく不足しているわ。ただし……。」
「……。ただし……?」
「二つの『量子ビット』による同時作用、この作用の大幅な強化に成功したと伺ったわ。」
「えっ!? ちょっと……、それって、一体どれほどの強化なの?」
二つの「量子ビット」による同時作用……。それは、量子演算を大きく飛躍させる作用よ。なぜなら、複数回を組み合わせれば量子の悲願でもある三つの「量子ビット」による同時作用を得られるからよ。
「それは……、あなたが触れた、一般向けの『量子ビット』と比較すると……、……。」
……。わたしは思わず耳を疑った。なによ、その「改良型量子ビット」は……。二つでそれでは、それを複数回組み合わせた三つの『改良型量子ビット』による同時作用は、どうなってしまうのよ……。
「なによ……。わたしが触れた二つの『量子ビット』による同時作用よりも、三つの『改良型量子ビット』による同時作用の方が……、圧倒的に速いなんて……。」
「確かに、そうなるわね。それで、そのような『改良型量子ビット』による同時作用って、量子演算の基本……、領域の変換などで大活躍するのよ?」
……。
「でも、これで本気になったかしら? 古典には通用したものが量子には通用しない決定的な抜け穴があった。ただ、量子の理論はずっと前から知られていたのだから、沢山の仮説を立てて検証を進めておくべきだったわよ?」
「……、そうね。」
「それなら、『量子ビット』の脅威に対して『あと数十年は問題ない』なんて甘い考えは、今すぐここで捨てなさい。そして、今この瞬間から『量子ビット』への耐性確保に動くべきよ。これが最初で最後の……、そうね、姉としての忠告かしら……。」
「……、うん。」
……。闇堕ちしていたはずのコンジュ姉が、今この瞬間、とても優しく感じられた。これは……なんだろう。もう、そうね。わたしは、甘さを捨てる。ここで気を引き締め、本気になるわ。




