21, わたくしのライバル、出現ね
「いつものことで慣れてはいるが、裏切ったか。あの筋肉。」
「筋肉『だけ』では、こうなるだろうな。だいたい、筋肉のくせによ、あの高いポジションにいたなんて、あり得ないんだよ!」
「そして、風の精霊と駆け落ちしたらしいな!」
「がはは。あの風の姉ちゃんか。まあ、その気持ちはわからんでもない。精霊が魔に属するわけにはいかないからな。」
「ぎゃはは。何が『誇り高き魔の者』だよ! それが裏切りかよ。笑いがこみあげてきて、腹がよじれる!」
「まあまあ、落ち着こうや。実はな、とんでもない新入りが、本日、お見えになるんですぜ。」
とんでもない新入り? そこに集まっていた者同士で顔を見合わせる。どんな者でも受け入れる魔では、そこまで騒ぐことではないからだ。そんな軽い雰囲気に包まれている中、驚くべき者が、目の前に現れました。
「わたくし、負けない!」
おいおい。最初の挨拶を飛ばして、いきなり掛け声かい? みな、クスクスと笑い始める。
「そうね。今、わたくしは笑いもの。そう、笑いもの。」
「おやおや、どこかで見た顔と思いきや、つい先日、都の『ブロードキャスト』でお馴染みの方ではないですか!」
「がはは。俺はな、まだここでのポジションは小さくてな、成ってないんだよ!」
「まあ、仮に成っても『捨て駒』でしたよね? あっ、違いましたか。いずれにせよ、お役に立てそうになく、申し訳ございません。」
あちこちから罵声が飛び交います。それもそのはず、です。先日、不本意に流れてしまった、妖精の仕業と考えられるあの「ブロードキャスト」の内容では、共感など、得られるはずがありません。
「まったくよ、何しに来たんだよ?」
「わたくし、あのようなはめ込みをした妖精を、絶対に許しませんの。どれだけ、妖精に投資したと、お思いなのかしら? あの腐った妖精ども、絶対に許しませんわ。わたくしが『主』となった暁には、まず、妖精どもから『ブロードキャスト』を取り上げてしまいましょう!」
「おいおい、何が『主』だよ?」
「あんなことになって、まだ、あんたさんに対する民の信仰心は残っているのか?」
「それどころか、民の不満を解消するための財源は残っているのかよ? それで、こんなところに顔を出している暇なんかあるのかよ? おい、何か言えよ?」
「財源なんて、もう底をついていますの。」
平然と、寒気がする事実が告げられた。冗談や嫌味を飛ばしていた魔の者すら、黙り込む。そして、そのタイミングで……、魔の者をまとめあげた「主」が、登場する。
「なるほど。財源はすでにないのか。そして、そなたが『主』になるための投資だったのか?」
「おいおい。なんだって? 『主』になるため、だと……?」
みなが黙り込んで凍りついていた空間が一変し、ざわつき始めた。
「それが、何が悪いと、いうのです?」
……。みな、その者に視線を向けて、硬直する。
「ほほう……、さすがだな。開き直りか。」
「がはは。これはすごい。本当の意味での『魔の者』がご登場のようだな!」
「俺さ……、今、少しは見直したぜ。その開き直りにな! なぜって? これがあの神々だったら、見苦しい言い訳を並べて逃げるシーンだぜ!」
「ぎゃは。逃げないところはいいな。うん、それでこそ、魔の者だ! ウエルカム!」
「ふん。どんな者でも受け入れる魔へようこそ、だな。ところで、財源がないとなると、一体、どうする気なんだ? こちらとしても、いわゆる利点がないと、協力は難しいぞ?」
「わたくしを味方につけるだけでも、利点になる、ではいかがかしら?」
追い込まれている側からの要求にも関わらず、なぜか、魅力的にみえてしまう。
「ほほう、さぞかし面白い提案だな。そうだな……、まず私から伝えておこう。私は、民が安心して暮らせることが当たり前、という指針で常に動いている。これについては、どう解釈する?」
「わたくし、そのような理想を掲げるだけでは、いけないと、考えているの。……、あの憎き小娘を思い出すわ!」
「……、小娘、だと?」
「あら? 気になるようね? あの小娘のこと。その名は……『フィー』だったかしら?」
「……。よし、わかった。そちらが述べる『利点』の意味を、十分に理解した。」
「おいおい、そのフィーってよ、俺たちが惨めな思いをしている原因を生み出したやつではないか!」
「がはは。ますます気に入ったぜ。あの追い込まれた状況から、ここまで持ち直すとはな。」
「わたくし、そこが自分の魅力だと自負しているの。」
「おお……、怖いね。」
「いよいよ、ぺんぺん草すら生えず、絶望に包まれ、産業は破綻し、通貨の暴落が止まらず、すがるものすら無くなった状況からなら、こいつが『主』でも悪くないな。どう乗り切るのか、みてみたいものだ。」
「みてみたい? ふふ、わたくし、どんな状況であっても『主』をお引き受けいたしますわ。そのためには、どんな手段でも、迷うことなく行使いたしますの。それが、わたくしの唯一の力、なの。」
「それなりの覚悟はあるようだな。それで、その覚悟をどう示す? 口だけの奴は信用しないぞ。」
「わたくし、取引いたしましたの。」
「と、取引だと?」
「わたくし、『天の使い』と、魂の契約を締結したの。しかも、スマートコントラクトで、締結したのよ。そのアドレス、ぜひとも手にとって、みてみます? あのチェーンに魂を刻んだら、もう、未来永劫まで残るの。」
「天の使い……か。たしか、相手が飢えようと滅びようと命乞いしようと、利益が出るのなら確実に取り立てることで有名だな。そして、そのような恐ろしい者と契約してまで、そなたは何を得たいんだ?」
「そんなの、決まっているじゃない! 『主』よ。」
「……。そうか、わかった。それで、あの『ブロードキャスト』で晒された、あの禁忌と呼ばれる手法で財源を確保する気なのか? 我らが嫌う『あともうちょっと』に匹敵するくらいの酷さだぞ? あれ?」
「わたくし、あの手法でもまったく心配していないのよ。都の信用は、何をしても、破綻しないの。」
「それはどうかな。そんなに甘くないぞ。」
「そうかしら?」
「……。これは、私にとって恥ずかしい話なのだが、しかたがない……、覚悟を決めて、話すぞ。『犬』と呼ばれるコミュニティに入って、犬の動向を探っていたのだが、そこで興味深いものをみつけたのだ。」
「えっ? あのコミュニティの噂、本当だったんだ!」
「がはは。あの風の精霊が、笑顔をふりまきながら拡散させていったからな。みな、知ってるぜ。」
「な、なんだと!? あの精霊……。」
「まあ、風の精霊。わたくし、あのような精霊は嫌い、だわ!」
「そ、そうか。すでに拡散しているなら、恥ずかしがることはないな。」
「がはは。別に恥ずかしがる内容ではないだろ。ちょっと可愛いお犬様をいただく、だっけな。がはは!」
「おい、こら!」
「まあ、素敵じゃない。わたくし、そういうのは好き、ですわ。」
「まっ、まあ、冷やかしはこの位にしてくれないか……?」
「がはは。了解よ!」
「……。では、ここから重要だ。『犬』以外にも沢山似たようなものがあり、最も気になったのが、天の所有物……『通貨』の価値と連動させるものだ。たしかにこれなら、価値は変動しない。つまり、上がりもしないが、下がりもしない。」
「それが、どうしたのかしら? そんなもので、都の信用に勝てる訳がないですわ。」
「私も、そう思ったさ。しかし、これには『最高の条件』が付属する。」
「最高の条件ですの?」
「年利がとても良いのだ。そうだな、都に『通貨』を預け入れるのと比較して、十から五十倍、かな。」
「まあ! 何とも怪しげな話ね。魔の者は、そんな話に心が揺れ動くのかしら? 正直、失望だわ。」
「失望したのなら、このまま、去っても構わないぞ。魔の者は、去る者は追わず、だ。」
「冷たいのね。わたくし、負けられないの。残るしかないわ。」
「それなら、黙って最後まで聞け。まず、その年利を与えるのは『犬』などに流動性を与える所としては、怪しげな新興などではなく、この地で最上位の場だった。まず、消えることはないだろう。そこで、この年利だ。固定された価値にその年利が付くので、連動させた『通貨』をその年利で預け入れたのと一緒になる。もちろん、そのまま置いておけば『複利』だぞ。」
「それがどうしたのかしら? それでも、そんなものは所詮、『犬』の仲間でしょ。都の信用なんかと一緒にしないで欲しいわ!」
「たしかにね。今の都なら、年利が非常に低くても都に預け入れる民は多いだろう。しかし、いくらでも赤字ノープロブレム刷り放題なんてしでかしたら、その信用は、一夜にしてひっくり返るぞ? まさか、あんなもの、本気で通用すると考えているのか?」
「あなたは、民を信用していない。」
「それは詭弁だな。民の信用とは無関係だぞ。」
「わたくしは、民を信用するのよ。そこに、細かな理由など、邪道ですわ!」
「なるほど。では、あの『ブロードキャスト』の内容から邪推すると、そなたが示す民らは、信じてくださった地域だけ、かな?」
「まあ! 魔の方々って、ひねくれた方々が多いのかしら?」
「何を言い出すかと思えば、ひねくれた、だと? もともと、そういう世界だろう。」
「まあ、よいわ。つまり、わたくしにライバルが出現したということね。まったく、これだから精霊は嫌いなのよ。余計なものを生み出して、後々、どうする気だったのかしらね?」
「余計なもの、か。ただ、それらを否定すると、いつまでも原始的な生活を営むことになるぞ?」
「まあ、原始的な生活でも良いじゃない。わたくしが、『主』になれるのなら。」
「そこまで割り切れるとは……。そうだな、私の右腕だった『筋肉』の席が空いている。ここに、どうだ?」
えっ……? 筋肉の代わりに、こいつだと? そのポジションは……。さきほどから騒いでいた者が、一斉に、勢いよく立ち上がる。
「いきなり登場して、そのポジション!?」
「……、皆の者、まずは落ち着いてくれ。」
「がはは。これが、落ち着けるかよ? そんなやつ、認めないぜ?」
「とにかく、落ち着け。いいな? 喉から手が出るほど欲しい『フィー』の情報を握っている、確かな者だ。今、魔の者がやるべきことは、これではないか? あの忌々しいカギを、とにかく粉砕する。これに尽きる。」
「がは。それを言われちゃうとな……。あの『フィー』って、ほんと、何者なんだろうな。」
突然、この「フィー」という言葉の響きに胸を張りながら、少しずつ距離を縮めていく。
「ふふ。……。右腕に、裏切られたのかしら?」
「まあな。少々手強そうな相手だったゆえに、いつもとは異なる接し方をしていたのだが……、それが、逆にまずかったのかもしれない。まあ、去る者は追わず、だ。致し方ない。」
「まあ! 結果がすべて、よ。わたくしが右腕。そして、いつかは……。」
「おいおい。『主』を、そう簡単に譲る気はないぞ? ただ、あのフィーのカギのおかげで、ほとんど何もできない悔しさはある。それで今でも、あの神々にやられっ放しだ。でもな、少しずつ上手くは回ってきている。例えば、安定した大量の雇用を生み出す量産系の産業だ。まず、私が世話になった地域で仕掛けてみて、順調に事が運んでいるぞ。」
「まあ!」
「がはは。そういや、あの神々も似たようなことをしていたな。それでたしか、ライバルに母屋を取られる大失態だっけな?」
「あれ、取られたのか? ご献上されたという噂もあるぞ。そう考えれば、大成功か? きゃは!」
「がはは。似たり寄ったり。それに対し、こちらは滑り出しから順調そのもの。やはり、量産系の産業よりも大事なものはないな。雇用だけではなく、その周辺一帯も潤うからな。」
「あちゃ。それをここで言ってしまいますか! 都が苦しいと、あたかも皆が苦しいように錯覚してしまうが、とんでもない。潤っているところは、余裕なんだよ!」
「まあ……! わたくしの前で、そのような話、不憫でならないわ。」
「がはは。別に、おまえにどう思われようとも、俺は気にしない、何とでも言え。そもそも、おまえを認めたわけではないからな! 勘違いするなよ?」
「ぎゃは。だいたい、食い物がまともに提供できなくなった位で財源が傾くとか……、一体、どういう運営をしたら、あの潤沢な貯蓄が消えるんだよ?」
「なによ……、調子に乗って……。」
「がはは。こうなっても、なお、『都がすべて』とは哀れだな。そこで苦しんでいるなら、探せば、いくらでも解決策はあるのにな。まあ……『探すのも実力のうち』か。そもそも、どのような状況であっても、民が安定して食べていけるようにするのが、我らの務めだろう? 我らに想定外は許されないぞ?」
「こんなのが……、魔の方々なのかしら? なんなのかしら? 『主』は、何とも思わないの?」
「なんだ? 別に、何とも思わないぞ。嫌なら、去るのも一つの手段だぞ?」
「ひどいわ! わたくしの足元をみるなんて……。天の災いには抗えない、ただ、それだけですわ! あんなの反則よ。急に実りが悪くなるなんて……。これも、その想定外に入るのかしら?」
「なるほど。天の災い、か。そういえば最近、妙に、空気が張り詰めている気がするんだ。」
「まあ! その雰囲気、わかるわ! 都の相談会などで、目的がないのにお金を稼ぎたいと言われて、わたくし、困ったことがあるの。そういう安易な考えしか持たない者が増えているようで、失望したのをよく憶えているわ。もっとも、親の顔が見たいくらいだったわ。そこが不満ね。親同伴にしようかしら?」
「そうかそうか。それならば、私の右腕になった記念として、姿見鏡を贈呈しようではないか。それでじっくり、頭のてっぺんからつま先まで、己の姿をみるがよい。これで、満足か?」