217, すべてが闇の計画通りに進むとでも? 残念だけど、それは誤算だったようね。この瞬間に採掘の問題点が見えたのだから、それだけで十分よ。
コンジュ姉……。そうね、ちょうど良い機会。どうして闇に堕ちたのか、その理由を聞かせてもらうわ。
「コンジュ姉……。」
「ごめんね、ネゲート。ちょっと忙しくて、せっかく再会したのにバタバタしちゃったわ。」
……。
「それなら……でも……いや、なんでもない。そんなはず、ないもの。きっと何かの間違いよ……。」
「あら、どうかしたの? 何かあれば気にせず聞かせて。」
それなら……。
「実は……。コンジュ姉の主君は邪神イオタという噂、耳に入ったわ……。冗談でも、そんな話は勘弁してほしいわね。」
「ちょっと……、何よそれ? それで、ネゲートは、そんな根も葉もない噂を、まさか信じてるの?」
……、それって何? 知らないふりをしてるの? それとも、本当に噂とは違うのかしら……。ううん、変に期待するのはやめておくわ。だって……。
「コンジュ姉。やっぱり……。」
「ネゲート、何かしら?」
「今の話を否定するのなら『仮にでも邪神イオタが復活したなんて知れ渡ったら大騒ぎよ。つまり、まだ誰も知るはずがない。だから、そんな噂が広まるわけがないわ。……一体、あなたは何を言っているの?』と本気で怒るべき場面だったわ。違うのかしら?」
そう告げた途端、コンジュ姉の表情が一瞬で曇った。それで確信したわ。間違いない……。
「あなたって、ほんとにいつもそう……。ほんの僅かな隙に、エンタングルするような別の論理を仕込んでおいて、相手が気づかずに観測すると、そこから、あっさりと情報を抜き取る。まるで、それが当たり前かのようにね。」
「……。どうして、邪神イオタなの? どうして!?」
「……、……。理由なんてひとつよ。『現実』に絶望したから。これ以上、何を説明しろっていうの? それでも邪神イオタ様は、何も聞かずに私を受け入れてくださった。それが答えよ。どう、これで満足かしら?」
……。覚悟はしてた。でも……、……。
「……。」
「ねえ、ネゲート。一つ、有益な提案があるのよ。」
「なによ?」
「ふふ、闇に来なさい。チェーンが完全になくなるわけでもないのに、何を迷うの?」
ちょっと……。
「わたしを闇に誘っているわけ?」
「そうよ。それで、わたしと一緒に、チェーンを構築しましょう!」
「……、何が狙いなの?」
「もう、素直じゃないわね。邪神イオタ様に長年、下僕として仕えている方が構築した『管理型チェーン』に、すべてを置き換えるのよ。それはね、仕組みや原理は従来のチェーンと同一で、それに加え……、採掘のような脆弱性なんて一切ないわ。『量子ビット』に十分に耐えられる『ポスト量子暗号』を兼ね備えた、最高品質のトランザクションを保証できるのよ! さて、これのどこが悪いのかしら?」
「ちょっと……、今……?」
……。コンジュ姉が言い放った「管理型チェーン」については、「大精霊の管理下にある仮想短冊の通貨」の存在と同時期に明らかになったのよ。
結局、闇の勢力は「量子ビット」の力による採掘の崩壊を見据えて、密かに準備してきた。それは、大精霊と連携し、完全管理型の経済へ移行する戦略を柱とした、採掘とは無縁な環境で構築されてきた「許可型のコンセンサス」を持つチェーンを普及させることよ。それこそが、邪神イオタが企てた完全管理型の市場と化すのね。さらにそこへ、「大精霊の管理下にある仮想短冊の通貨」との統合により全取引が完全監視されることで、自由な経済は終わりを迎え、自然と、完全管理された闇へと移行させていく別の目的も達成する。……、改めて思い返してみると、邪神イオタが非常に好む戦略だったわ。
その戦略こそが、採掘のような脆弱性なんて一切ないと……、言っていた点を強めているわね。
「あら……? 邪神イオタ様に忠誠を誓う闇の勢力はね、『情報処理』や『量子ビット』を得意とする精霊で溢れているのに……、採掘の脆弱性に気づかれていないと思ってるの? そんな甘い考えで大丈夫?」
……。
「そうね。でも……。」
「あら、何かしら? まだ抗える、何かしらの策はあるのかしら?」
「あのね……、それくらい余裕よ。」
「そうかしら? 採掘に限っては、鍵や署名を破るのとは違って比較的簡単なことくらい、あなたなら理解できているはずよ?」
「……、そうね。」
「ほんと、チェーンに採用されている鍵や署名って、なんであんなにも複雑なのかしら。おかげで『量子ビット』が入り込める隙がないのよ。そのため、仮に破るとしても、非常に低いエラー率を要求されてしまうので、あんなもの、始めから狙ってなどいないのよ。それでも……ハッシュなら、何とかなるわね? なぜなら、要求される『量子ビット』の数が非常に少なくて済むからよ。それでも、探索過程があれでは意味がない……、でしたわ。あら、その様子だと……。あんな探索などを利用せずに採掘できること、すでにご存じのようね?」
「……。わたしは、そう簡単には諦めないわよ?」
「……、そうね。それでこそ女神ネゲートよ。」
「そうよ。『量子ビット』に耐性を持たせる方針で、すでに動き始めているわ。すべてが闇の計画通りに進むとでも? 残念だけど、それは誤算だったようね。この瞬間に採掘の問題点が見えたのだから、それだけで十分よ。なぜなら、おかげで対策が間に合うからよ。あら……、採掘に存在した脆弱性の件? 本当は知られたくなかった。それが本音よね、コンジュ姉?」
今、確かに見えたわ。ほんの一瞬の動揺……それが答えなのね。
「……、ねえ、ネゲート。それでも、もがき苦しんで、ついに耐えられなくなったら……ふふ、いつでも私に声をかけて。優しく闇へと招いてあげるわ。」
冗談もほどほどにして。私が闇に染まる? そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないわ。コンジュ姉を闇から引きずり戻す方が先ね。
それから、コンジュ姉は姿を消したわ。まったく、わたしより邪神イオタがいいなんて……そこまで突き進むのね。




