20, わたしは、信じているのです
今回の目的を達成するために必要不可欠な「フィー様」という名の利用を拒否されてしまいました。これでは、呼び戻しても、意味がありません。目論見を悟られないようにするには、どうしたらよいのか、この場で組み立てる必要が出てしまいました。
もちろん、あのフィーのことです。わかっていて、終盤にひっくり返したに決まっています。元々油断はしていませんでしたが……、いや、同情された場面で、少し気が緩んだのは事実だ。あの場面で、強い意志を持つべきでした。悔しいです。それでもいまさら、時間は戻りません。今の私には、考え抜くという選択肢のみです。そう……、ミィーのためにも。
さて……。そうだ、フィーといえば「犬」です。まったくさ、奇抜な精霊の仕業だったかな? あんなものに価値を付与するなんて、私にはさっぱり理解できません。素直に神々の所有物……「通貨」を利用しておけば安泰なのに、なぜ、犬なのか。
そもそも、犬といっても……、それを「象った」だけで、別に……、犬でなくても支障は出ません。つまり、あの犬は、これを生み出した精霊の……趣向です。間違いなく、大した理由はないはずです。特徴としては、全取引内容を第三者にすべて公開、だったはず。これ、私の立場から考えますと「恐ろしい」の一言に尽きます。なぜなら、奇妙な妖精が散々嗅ぎ回って、ようやく手にするような内容まで、すべて公開ですから!
いやまて……、追い込まれるとひらめく「爽快な感覚」が全身を貫きました! 全取引内容の公開にこだわっていると仮定すると、つまり……。なるほど、道徳心か! そこを突いてみますか。
フィーが、じっと私を見つめています。私の出方を待つ、その瞳……。慎重に進みましょうか。
「申し訳ございません。その条件は、絶対に行使できない内容です。名を偽ることは『徳』に反します。」
「……、徳、なのですか?」
「はい。民のために力を行使するには『徳』が必要不可欠です。」
「わたしは……、『徳』ではなく『技』のために、力を貸すのです。」
……。ここまでは予測通りです。「言ったら言い返される、それがフィーを相手にすることだ。」……これを、あの神々から、耳にタコができるほど聞かされております。ではこれなら、いかがでしょうか?
「『技』を行使するにも『徳』は必要です。なぜなら『徳』のない者に、そうですね……あの高度な『演算装置』を利用させるわけにはいかないためです。」
「そうなのですか……。」
「はい。『その名』で演算装置を使いこなすことにより、民は大いに安心することでしょう。誠に身勝手なお願いなのは十分に承知しております。今回は、本当に危機的な状況ゆえ、なにとぞ、よろしくお願いいたします。」
どうだ、これで。別に、つまはじきにする訳ではない。ギャンブルとは、そこが違います。なぜなら、ギャンブルの世界は「自分以外は一切信用するな」だったはずです。そのような過酷な世界に身を置いて平然といられたのだから、その点だけは私も高く評価しております。
「……。では、わたしが離れた理由を、ここで述べたいと思うのです。よろしいですか?」
「あっ、はい……。」
まだ、何かあるのか。手強いな……。
「その理由には、わたしの大切な姉様が関わります。」
「姉……、ですか?」
「はい、なのです。この危機が訪れる前の話になります。前例がないほどに、明らかに制御不能となった『風の渦』が、大量の水分を存分に蓄えてから、この付近を通過しました。そして、なすすべもなく、流され、なぎ倒され、その被害は甚大でした。そして、それが制御できなかった原因は、わたしの姉にあるという無情な結論が下りました。」
「……。」
姉に、その原因がある? どういう意味なんだ……。
「驚くのも、無理はありません。わたしの姉様は、最近、『売り』で名を馳せる風の精霊で有名、なのです。そして、その行動ゆえに、魔の方でも有名になったのです。」
「!? それって……。」
間違いない。まさか……、魔に属したとか、転じたと噂が絶えないあの精霊が、フィーの姉で、目の前におられるのか……。こちらも、私の想像していたものとかけ離れ過ぎていて、頭がついていけません。
いや、一つだけ確かなことがある。姉が風の精霊なのですから、フィーは……。
「一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい、なのです。」
「実は、魔に属した、または転じた精霊がいるという噂があります。もしや……です。」
「……。はい、それはわたしの姉様で間違いないのです。」
「ということは、あなたも……?」
「……。はい、なのです。」
まさかね、精霊様だったとは。……。私が逆立ちしても勝てる相手ではございません。そして、あの神々は、風の精霊に……なすりつけたのか。もう驚きはしません。でも、心は虚しくなります。
いやまてよ、元々は精霊の件から、これらは始まっています。そして、あの神々が、魔に関ったとされる精霊はフィーの姉さんだと予め知っていたら、どうだろうか。たしか「ひょっとしたら……」みたいなニュアンスで後から掘り出してきた点も怪しいです。なすりつけて、いよいよ面倒になってきたから、ここで処分するのか? 筋は通る。そして、恐ろしくなってきました。私も、用済みとなれば、同じ道を辿るのは「間違いない」ですね。精霊様すら、この扱いなのですから。
「私のような者が……。とんだ不躾極まりない、汚いものをみせてしまい、申し訳ございません。」
とりあえず、頭を下げます。これで、あの人離れした輝く銀髪は、納得です。そこで、ちらっと姉さんをみます。満面の笑みで会釈していただきました。「売り」の点が惜しいです。なぜそこまで、「売り」にこだわるのだろうか? 今度、別の機会に是非、伺ってみたいのですが……「売り」の話になるので、長くなりそうですね。
「……。頭をお上げください。なぜ、謝るのでしょうか?」
「精霊様とは知らずに……。」
「……。今のあの神々に付き合わされて、おかしな習慣が身に付いてしまったのですね。」
「そっ、それは……。」
「気を楽にしてください。そうです、わたしは『山師』……なのですよ?」
「あっ……、それも……。」
「はい、冗談です。では、続きなのです。」
「……。」
まさかの展開……、相場ではよくあると耳にしていましたが、この衝撃は言葉につむげません。そういえば、姉さんの隣にいるあの男も、もしや……。いや、今はよそう。
「あの被害では、そのような流れになっても、致し方ありません。ただそれでも、姉様は最大限の力をふり絞って、最後まで善処いたしました。もしです、姉様でなかったら、都すら……なのです。」
「その被害、存じております。急に勢力が弱まり、都は助かった、奇跡だと……。」
「はい、なのです。ただ、わたしはこの件から、奇跡とか確率とか、そういう類の解釈が嫌いになりました。」
「……。すみませんでした。」
いよいよ意識せずに謝罪の言葉が口から出てしまいます……。結局、私みたいな者は、民のためにやっていた「つもり」だったのです。非常に恥ずかしいです。
「……。そして、姉様は悩みました。都は助かったとはいえ、その被害は……なのです。この対処で大いに傷付いた精神を癒すために、心身ともに休んでいただきたいのに、悩み、苦しみました。」
「……。」
「しかし、それすら、あの神々は許してくださいません。」
「それは、どのような解釈で?」
「はい。姉様が制御できなかったことにより生じた被害は、すべて『天の災い』という扱いになったのです。天からの災いでは、あの神々からの手助けはありません。自分で何とかしろ、これで終わりました。」
「それは、真なのですか……? その件は、私が記憶した資料には「丸く収まった」と記述されていたはずですが……。」
「いいえ、なのです。それどころか、わたしは、被害地域の産業内容から、穀物などの食糧に関わる大きな問題に発展すると読んで、この問題の早期解決を、あの神々にお願いしたのです。そしたら……、興味深い解を得ました。」
「……。解、ですか?」
「はい、なのです。解を述べます。『我ら神々は高台に住んでいるので、そうだね、仮に窓を開けていても余裕だったよ。つまり、その程度で民の手助けをしていたら、いくらリソースがあってもね、足りないんだよ。』です。」
「……。」
私の中で、虚像の何かが、音をたてずに崩れていきました。
「これが、現実なのです。」
「すみません、一つだけご質問、よろしいでしょうか?」
「はい、なのです。」
「そこからどうやって復興したのですか? たしかに、作物が次々と実らなくなり危機的な現状ですが、まだ、穀物は安全な水準です。なぜなら、その地域の貢献がとても大きいからであって、非常に気になりました。もちろん、穀物すら実らなくなったら本当の意味で『終わり』ですから……。」
「その解は、簡単なのです。民同士が助け合って、復興いたしました。」
うっすらと勘付いてはいましたが、そのままの「解」でした。あの神々は、非常時すら頼りにならないのか……。なんかもう、何もかも捨てて、投げ出したくなってきました。
「なんかもう……。」
「自暴自棄になってはいけません。わたしが最初に試したときに、あなたが述べた、あの固い意志が大切なのです。例外はないと、おっしゃいましたね? それならば、……、わたしの大切な姉様をお救いください。」
「えっ……! あっ、思わず、申し訳ございません。救うとは……?」
私にできることなら、すべて受け入れる覚悟で問いました。
「このままこの事態を放置すると、穀物にもいよいよ、影響が出始めるのです。そのとき、姉様が大活躍いたします。ただし、一回限りの活躍となるのです。二度目はできない、一回限り、なのです。なぜなら、……、……、その命が尽きるためなのです。」
「……。」
そのとき急に、姉さんが立ち上がって、顔をそむけました。その雰囲気から、なんとなくわかります。今まで、悟られないように、ふるまっていたのでしょうか。
「フィー……。まあ、フィー相手に、あの内容でごまかすなんて、無理な話ね。」
「姉様、やっと、やっと……。言えました。ごまかされた振りほど、苦しいものはないのです。やっぱり『隠し事』は、ダメですね、ディグさん?」
「えっ? この流れで俺に話が振られるの? もちろん、隠し事はダメだ。全部吐いて開き直ることも重要な能力の一つだぞ。なぜなら、前にいた世界で豪快に全資産を吹っ飛ばしても、なぜかフィーさんに呼ばれて、すぐに開き直って、こうやってのうのうと生きているんだぜ。シィーさんいわく、ジェネシスには逆らえないらしいね? でも、何とかなるだろ、フィーさんなら。もう開き直ろうぜ。くよくよしても、何も始まらない! 売り売り勝負だっけ? よし、わかった、俺も乗るぜ!」
「ディグさん……。そうよね! 売り、売りよ!」
「ディグさん……。姉様に、そんな売りの話を持ちかけると、大変、なのです。」
こ、この男……。暗い雰囲気を全部ひっくり返したぞ。それにしても、全部吹っ飛ばしたって……。
「あっ、あの……。」
「はい、なのです。わたしも、色々とすっきりしました。そして、わたしも開き直ります。『この名』が恥ずかしい……、そう考えるのはやめるのです。この名で、協力いたします。」
「あっ、ありがとうございます!」
そういえば……、肝心な目的を忘れておりました。目的か……。私は、今まで何をしていたのでしょうか。事態は好転いたしましたが、私の中で崩れた虚像は、元には戻りません。
「……。浮かない表情、なのですね。でも、わたしは、信じているのです。」
「信じている……?」
「はい、なのです。なぜなら、あの神々様は『急に』変わられてしまったのです。わたしが関わった初めの頃は、常に笑顔が絶えず、やるべきことはしっかりと行い、それ以外にも……例えば、ご一緒に甘いものをいただいたりなど、とても楽しい想い出ばかり、なのです。」
「……。」
……。その話は本当なのですか? 今の彼らからは、まったく想像すらつかないのですが……。
「だからこそ、わたしは、信じているのです。いずれは、元に戻ることを、です。」
「……。元に戻る、ですか。それは、私も大いに期待して、よろしいですか?」
「はい、なのです。そのためには、わたしの姉様を犠牲にしてはならないのです。仮に、犠牲になった場合、わたしも『後を追う』ことになります。」
「フィー……。それで、あの日から、私のために……。」
「姉様、それは違うのです。姉様の次は、わたしの番です。つまり、……その、わたしが助かりたいから、なのです。……。姉様……。」
私が最初に試された意味が、ばっちり、わかってきました。こんな短時間で、ここまで蓄積された戸惑いや迷いがすべて晴れるなんて。予算確保のために口を開けている精霊たちと、この方々とは、まったく異なる世界におられるようです。どうやら「つまはじき者」は、私自身だった、ですね。初心を忘れずに、初心から、この方々と再起すると、創造神に強く誓いました。
「私は、そんな残酷な話は受け入れられません。最初に試された意義も、理解できました。」
「それは、本当なのですか? ジェネシスでは、そういう定め、なのですから。そしてジェネシスは、創造神がお創りになられた、絶対的な『ブロック』なのです。」
「それは理解しております、フィー様。しかし、『分岐』は認められているはずです。」
「……、はい、なのです。」
「あっ……、こうなった以上、敬称以外で呼ぶわけにはいかない立場で……。すみません。それでも、少し前までは心の中で呼び捨てにしていました。深くお詫び申し上げます。私自身が、舞うように思い上がっていた、何よりも動かない証拠ですね。これは……。」
「……。……。でも、なのです。」
「はい……?」
「これだけは、お話しいたします。姉様を犠牲にすれば、楽に、今ある山積みの問題をほぼ解決することができます。そして、それは『数百年』は問題が出ない、とても快適な状態になるのです。」
「……、数百年、ですか。」
「はい、なのです。姉様の犠牲だけで、数百年、問題を先送りできるのです。」
「……、そのことを、あの神々は存じているのでしょうか?」
「はい、なのです。表向きは知らない振りをしていますが、知っているのです。」
「……。」
「しかし、ここで楽をして解決してしまうと、数百年の堕落が続き、また同じ状態に戻ります。そして、その時がわたしの番、なのです。」
「……。」
「それでも、わたしの犠牲が最後で、このような事態に戻らないのであれば、それも『定め』として受け入れるのです。しかしです。また数百年後、また同じ状態に戻るのです。そして、わたしの次は……」
重大な話の最中、そのときでした。扉がゆっくりと開いて、一目で脳裏に焼き付く「筋肉」の男が、なぜか上品に入ってきました。
私は、その方がすぐにわかりました。魔の者で有名ですから!
「あなたは! なぜ、ここにおられるのですか?」
思わず、声を張り上げてしまいました。
「なぜって、俺様はすでに、魔の者ではないぜ。フィー様に忠誠を誓って、雑用からだぞ。」
「えっ? ざ、雑用……ですか。」
「まあな。俺様は、あんたさんみたいな話は苦手だし、このままだとシィーさんに……。もう、何でもやってやるということで、雑用からなんだ。それにしてもよ、あの量の書物の整頓、とんでもないな。その辺の男の筋肉では、何の役にも立たないぜ。実は、この鍛え抜かれた筋肉、力では物事が決まらない魔の界隈では役に立たないとか、散々言われてきて悔しかったんだ。だから、これも何かのお導きよ! この筋肉から生み出される真の力が、役に立つぜ。一応、見せるために鍛えた筋肉ではないんだぜ。それらと俺様の筋肉を比較するなよ!」
「そ、そうですか……。」
「はい、なのです。わたしの大切な書物の整頓、ありがとうございます。」
「なんか、大事な話の最中だったみたいで、邪魔したな!」
「まあ、そうなりますね……。」
フィー様に忠誠を誓う者が、他にも多数いるのですね。これがもし他の精霊なら、基本的にお金にモノを言わせるのですが、やはり、この方々は違いますね。
「筋肉? もう……、いま、大切な話だったのに!」
「シィーさん、すみません! 何でもしますから、許してください!」
「はい、なのです。話の途中だったのですが、全員が揃いましたので、今から向かいましょうか。」
「えっ? 今から、どこへ……? まさか……。」
「はい、ご挨拶なのです。」
「フィーさん、まさか、まさか……、俺も行くの?」
「はい、なのです。フォーマルで、しっかり、お願いいたします。」
「ありがとうございます。では……。」
私は、すぐさま時間を確認いたします。
「時間は気にしないで大丈夫です。風の精霊は、ほぼ瞬時に移動する事ができるのです。この能力に他の方々を乗せることができますゆえに、時間は気にしないのです。」
「……、瞬時にですか!?」
精霊には、その役割に応じた能力があるのですが、風の精霊様……。すごいですね。そういえば、手をかざすだけで、情報のやり取りができるあの能力も、精霊様の力だったのですね。
「では、次は『場所』ですね。ここでいただきました茶に関わるお店で、よい場所があります。蒸した穀物にダシのきいた茶をかけていただく絶品のお店があります。そこで、よろしいでしょうか?」
「はい、なのです。そして、わたしは信じているのです。お一方を除いて……。」
「えっ……?」