199, 邪神の存在って……。女神や精霊が舞うこの地のことだ、今さら何を聞いても驚きはしないが……。そんな忌まわしい存在が目を覚ましてしまったのか……!
フィーさんからの相談、その内容とは……? さて、何でしょう。深刻そうな表情を浮かべ、俺に頼るような仕草を見せながら、涙を堪えきれないような表情を浮かべています。……、緊張してきました。
ここ最近生じた異変……。それは、突如現れた女神コンジュゲートの存在に他なりません。たしかに、何かしらの違和感を覚えます。それでもネゲートが幸せを享受しているのなら、たとえどんな事情を抱えていようとも、彼女を受け入れるべきだと考えます。
「あの……。これからお伝えする内容は、慎重にお話しするべき内容なのです。」
「もしかしたら、女神コンジュゲートのことかな?」
「……。それは、確かに関わりはあるのですが、違うのです……。」
……違うの? ……何だろう。言い知れぬ不安が俺の脳裏を掻き乱していく。
「それなら、ちゃんと話して。隠し事はしないって、昔、約束したよね。」
「はい、なのです。それでは、単刀直入に伝えるのです。ここ最近、この地に漂い始めた邪な気配……もはや疑う余地などないのです。それは……、『邪神』が目覚めてしまったことを意味するのです。」
「……、えっ?」
……。ええ……、まだ何か控えているのかよ。
「これは、一筋縄ではいかないことを意味するのです。これから先、激しく抵抗してくるのですよ。」
「邪神の存在って……。女神や精霊が舞うこの地のことだ、今さら何を聞いても驚きはしないが……。そんな忌まわしい存在が目を覚ましてしまったのか……!」
「はい、なのです……。」
とにかく落ち着こう。そう……考えるようにした。
「それでさ、予想される激しい抵抗って、具体的にはどんなもの?」
「はい、なのです。まず考えられる一つとして……、部分準備向けに用意されていた『仮想短冊の通貨』の一部を……、売却する行為なのです。」
えっ? なんだ、それは。
「……、それってさ、それらを投げ売りするってこと?」
「はい、なのです。おそらく、それに近い行為になるのでしょう。」
「そんな恐ろしい行為に対して、許可が下りるというのか? あり得ないだろう!」
「あの……、なのです。相手は『邪神』なのです。その程度の許可を取ることなど、簡単なことなのですよ。」
……。
「部分準備向けに用意されていた分って、一部であっても、それは大きな額だろう。それを投げ売りするなんて、それこそ犯罪だぞ!」
「はい、なのです。それでも……、相手は『邪神』なのです。邪神に、犯罪の概念など……通用しないのですよ。」
……。確かにそうだな。その存在自体が、もはや犯罪そのものだもんな。
「でもさ、売るにしても、市場の外で少しずつ売却可能な価値をそんな形で投げ売るなんて。それは、事実上の大損と言わざるを得ないだろ?」
「いいえ、なのです。相手は『邪神』なのです。つまりネゲートに対する『嫌がらせ目的』で売るため、そこに損の概念はないのです。」
「……、それって、悪い冗談だよね?」
「いいえ、なのです。」
どうなってんだよ、この地は。元トレーダーの俺でさえ、嫌がらせ目的で売却なんて初耳だよ。そもそも「売り売り」の奴らには腹が立っているが、それでも相場で儲けるために動いている点は信じていたんだ。
「とんでもない野郎だ。」
「はい、なのです。さらに……、彼らは弱った心に付け込むことを何より得意としているのです。そのために、手下を駆使し、まだ自由が利く『大精霊のきずな』の利率を大きく引き上げる嫌がらせなどを併用しながら、この地の市場を破壊してくる可能性があるのですよ。」
市場を破壊って……。
「……。まあ、邪神らしいやり方だね。そもそも、市場を破壊ってさ……。それって、ネゲートが手掛ける『仮想短冊の通貨』だけではなく、それこそ銘柄などを含めた全てを破壊したい、だよね?」
「はい、なのです。彼らの最終目的は『大精霊の通貨』と『大精霊のきずな』を破壊することで市場を崩壊させ、それにより女神が消滅し、絶望と混濁の闇に支配されるこの地を手に収めたい。結局、邪神の目的なんて、ただそれだけなのですよ。」
「……。」
……。やっぱりそうなるんだ。まあ、異世界への召喚だったので、こうなることは、覚悟の上でした。
「あ、あの……、なのです。こんな事に巻き込んでしまって……、何と謝ったら良いのでしょうか……。」
「えっ? 俺に何を謝るのさ。ここで弱気になったら、それこそ邪神の思うツボだよ。その弱った心に、まんまと付け込まれてしまうよ!」
「そ、それは……!」
はっとした表情を浮かべ、その場で一瞬、動きを止めた。何か大事なことに気が付き、どこか安堵したような様子だった。それと同時に、俺は一つの事実に気が付いた。
「それでさ……。ネゲートが『黒幕』と叫んでいた相手って……。間違いなく、邪神のことだよね?」
「……。はい、なのです。」
……。そうなるのか……。
「それなら、なおさら許せない。シィーさんを巧みに操って、あんな無残な状態にしてしまったんだよ……。」
それに合わせるように俺から顔をそむけ、拳を震わせながらぎゅっと握りしめた。それから悔しさを滲ませながら、語りかけてきた。
「……。はい、なのです。悔しいのです。本当に悔しいのです。わたしの姉様が……あのような不正などには……。」
「それはわかっているさ。誰にでもある心の隙を、見事に突かれてしまったのだろう。」
「はい、なのです……。」
それから邪神について、いくつか話を重ねました。その名はイオタ、か。ああ、まさに邪な存在そのものでした。そして、その話の中から意外な名が飛び出したのです……。それは、女神コンジュゲートでした。
「まさか……。女神コンジュゲートが……、邪神に忠義を誓っているのか?」
「はい、なのです。コンジュゲートから、かすかな闇の気配を感じ取ったのです。その気配は、まさに邪神、そのものなのです。もともとコンジュゲートは、『現実』とは相違ある、不確定性を帯びた存在……『虚構』の作用が大きく、邪神側に染まりやすい性質はあったのですが……、彼女はとても優しい女神なのです。つまり、何かに付け込まれたのは間違いないのです。」
「……。」
追い込まれた邪神が、あの手この手で、この地を引っ掻き回し始めた。そんな気がしてなりませんでした。




