19, 甘いものに、つられました
あの神々のご用命を受け賜りまして、「フィー」を呼び戻します。失敗は絶対に許されません。
それにしても、情報が少ないため、事前調査に苦労しました。逆に、この情報の少なさが「フィー様」という神格化につながったのかもしれません。私の妹のミィーまで、「フィー様」と崇める、手に負えない状況でした。
フィーは、あくまで山師……、ギャンブラーです。追い込まれると、そういう「つまはじき者」にすがりたい気持ちはよくわかります。しかしながら、絶対に、そのような者と関わってはいけません。という、私の持論が崩れる日となります。喧嘩別れは許されません。なぜなら、失敗は絶対に許されませんから。必ず、呼び戻す……、いえ、連れ戻します!
それにしても、近いようで遠いです。まず、都の中心街から、フィーの住み処がある近くのステーションまですら、そこそこあります。そして、問題はそこからで……、風景の変わらない山道を延々と歩き続けて、やっと、目印となる大きな湖が目の前に展開された瞬間は、その美しさよりも、ようやく到着するという安堵の方が大きく勝っていました。そしてミィーも、こんな危ない所を歩いたのか……。
そこから、この地を脅かす……利用価値がない猛毒な白き花が咲き乱れていて、私を驚かせました。なぜなら、その花が属する区分には本来、僅かな毒は持っているのですが、美味な実や、大切なデンプン質を蓄えるイモなどを私たちに提供していただける、ありがたき植物たちが多いです。つまり、そこに咲き乱れているものたちも、「つまはじき者」ですね。実も含めて猛毒で、トゲもあり、手に負えない増殖が特徴ですから。このような、魔すら恐れる植物が「起源」から生じてくるとは……、まさに、創造神から私たちに対する、試練ですね。
それとも、フィーに同調して、ここ一体に自生しているかな? いや、考えすぎだ。はじめからおかしな考えに支配されてどうするんだ。まったく。
そんな事を考えながら歩いていたら、ポツンとありました。間違いないですね。そして、中々の大きさです。深呼吸をしてから、落ち付いて、入り口にある呼び鈴を鳴らしました。
……。待っている間、少々不安になります。あの神々、きちんとアポイントは取ったのだろうか。なぜなら、その使い……いや、あれは子分というフレーズがふさわしいかな、アポイントなく私の所にたずねてくることが多いためです。ここだけの話、あれには参っています。もちろん、すぐに動く必要がある重大な話なら一向に構わないのですが、それでも、まずは端末に連絡でしょう。申し訳ないのですが、一般的な……が、……、です。それゆえに、貴重な休日でも、気が抜けません。
そんなことを考えているうちに、目の前の扉がゆっくりと、音もなく開きました。目の前には……、やたらと重そうな書物を抱えた、ミィーより一回り小さな方が立っております。間違いなく、フィーの「使い」ですね。それにしても、使い……シークレッタリーまで雇っているとはね。ギャンブラーすら、外部に漏らせない沢山の秘密を握っているということなのでしょうか?
「はじめまして。神々よりご用命を受け賜りまして、ここまで参りました。」
「こちらこそ、はじめまして。はるばる、このような所まで、ありがとうございます。」
「唐突で申し訳ありません。フィーさんは、こちらに、いらっしゃいますか?」
その使いの青い瞳が、私をじっと見つめてくる。私の深淵をのぞこうとしているのかな? でも、それは無理ですよ。あの神々に、常日頃から、平静を装うことを鍛えられていますから。
「はい、なのです。ただその前に、一つ伺います。よろしいですか?」
「はい。問題ありません。」
前哨戦かな、これは。本人と対峙する前に、まず使いから、か。
「今、わたしが抱えているこの書物、ご存じですか?」
「その書物を、ですか?」
書物とは珍しい。今の時代、ペンや紙を使う場面は……、情報を漏らすことが許されない、あのような場面に限定されますから。それにしても、ぶ厚いな……、その書物。
「はい、なのです。では、どうぞ。」
その書物を手渡されました。ずっしりと重みがあるため、適当なページを、二つに割るかのように見開きました。そこには……、なるほど。これ、「この地の約束事」に関する書物でした。ぶ厚い点に納得です。
「約束事に関する書物ですね。」
「はい、なのです。ところで、その内容はいかがでしたか? 要約を、お願いいたします。」
「要約……、ですか?」
いや、このぶ厚い書物の要約を瞬時に言えと? それは無理ですよ。まずいな、ちょっと焦り始めています。それって、この書物の内容くらいは頭の中にあるんだろうな、という、脅しみたいなものでしょうか? ……、落ち着いて、今開いているページを眺める。
「安心な生活を民が享受できる地盤作りを、己の命を懸け遂行できる者たちを神々と定める」とあります。……。これは、確信に近い部分が、偶然にも開いているのか? いや、それは違う。私はすぐに、その書物自体をよく観察してみる。すると、そのページが偶然にも開くような細工がありました。立ち話でこのような重い書物を手渡されたら、重みのバランスから中央付近を開くことになりますから。そこにさらに細工し、ここが開くように、ですか。では、回答しましょう。
「私は、ここにある約束事にとらわれず、民が必要とするならば、迷わず動きます。」
「……。そうですか。」
「はい。たしかに、この書物には理想的なことが述べられています。しかし、その理想では、どうにもならない事が多々あります。そこで私は、それらに対処できてこそ、神々だと考えています。」
「なるほど、なのです。ところで、あなたが定義するその『民』に、例外は存在いたしますか?」
例外って……? どういうニュアンスなんだろうか。まあ、平坦に考えます。
「例外はありません。」
「……。わかりました。では、お入りください。」
「ありがとうございます。」
フィーの使いすら、これか。あの神々に慣らされているとはいえ、先が思いやられるな……。ただ、中は非常に涼しい……いや、寒いくらいです。
そのまま、中に招かれます。……。フィーは、あれだけの崇拝を集めるギャンブラーなのでしょうか。これといって、目立つ物はありません。それでも何かあるのではないかと、怪しげなくらいに、物珍しそうに辺りを見回していた、その時でした。急に立ち止まってこちらを振り向いたので、危うく、ぶつかりそうになりました。
「すみません、忘れていました。自己紹介を……。」
「……。あっ、こちらこそ、すみません。」
フィーに気を取られてしまい、失礼なことをいたしました。これについては、私から名乗るべき、でした。
「わたし、フィーと申します。」
えっ? フィー……ですか?
「……。あっ、ご本人様で……。」
急に体が硬直しました。まさかこの者が……、あの「フィー」なのか。
「はい、なのです。さきほど、あのような場で少し試した点は謝ります。突然、あのようなご連絡をいただいたので、警戒してしまいました。」
「あっ、こちらこそ、申し訳ございません。」
あまりにも、想像していた人物像に似つかず、驚きを隠しきれずに表情に出てしまいました。
「驚かれましたか? わたしは、慣れているのです。気にしないので、大丈夫です。」
……。妹のミィーが、特に警戒せず、フィーにのめり込んだ気持ちが、少しずつ手で汲み取るように、ゆっくりとわかってきました。ただ、明らかに人離れした銀髪が揺れる度に、警戒心が増していきます。この警戒心から生じる恐怖を巧みに利用して成り上がった、ギャンブラーかもしれませんね。
それにしても、あの神々……、アポイントはしたみたいですね。珍しいです。いや、感心している場合ではないですね。アポイントした位、重要なミッションだということです。
「この度はご対応いただき、感謝いたします。」
私は、挨拶と同時に、名刺を差し出します。そういえば、この名刺……「紙」でしたね。本来、端末を同期するだけなのですが、その過程に何もないのが寂しいという理由で、未だに、この風習が根強く残っています。
「すみません、なのです。わたしは、名刺は持たないので……。同期で、お願いできますか?」
「わかりました。」
端末を取り出して、同期を試みようとしたのですが……。
「えっ!?」
その同期の光景に、情けない甲高い声を上げてしまいました。
「驚かれるのは、無理もないのです。わたしは、手をかざすだけで、できますから。」
手をかざすだけって……。まさか、自分の手の中に、何かの仕掛けを施しているのでしょうか。とても気になるのですが……。余裕があれば、伺ってみようかな。
「では……、こちらにどうぞ。」
どうやら、この先みたいですね。気を引き締め直して、交渉です。
でも、安心している面もあります。正直、この者が「フィー」だったという点は有利です。なぜなら私は、狡猾なあの神々や魔の者……、特に「精霊」を相手にしてきました。特に、お金からはじまる「精霊」とのやり取りは、……、です。思い起こすのも嫌になりますね。
そういえば……、なつかしい香りが漂ってきます。……茶ですね。そのようなものすら今は、入手困難です。自然とため息が出ます。ほんの少し前までは、このくらいは簡単に量産できたのですが……。今、こんなものが手に入るのは、あの神々と、都にあるごく一部のお店くらいです。それがここに……、か。あれだけ崇拝されているのですから、この程度、余裕ですか。
茶葉の香りが漂っているということは、先客がおられるのでしょうか? ……。油断できませんね。フィーに対する評価が、安心から不安に変わりました。
「ディグさんは、わたしと一仕事、なのです。姉様については……、どうしましょうか。」
その扉の先で待ちうけていたものは……、ぼう然と立ち尽くす一人の男性と、フィーから姉様と呼ばれた、なぜか笑顔の女性です。そして、茶葉の方は、どうやったらあのような形に至るのか理解に苦しむ形状の容器に入って、蒸している最中のようでした。
いやはや……、こんな時間帯から、何が起きていたのでしょうか? 私からは、小声で話し合っているように見えます。
「シィーさん……、俺、どうしたら良いのか……。」
「それは、今だけは忘れて! フィーがいるのよ?」
「……。わかった。気持ちの切り替えが早い点だけは、俺の唯一の『能力』です。」
「さすがね。」
なんか、喧嘩でもしていたのかな。まあ、いいや。仲直りしたようで、何よりです。ただ、フィーが首をかしげています。すると次々と、フィーに声をかけ始めました。
「フィーさん、いよいよ、ムーブが使える瞬間が来るの?」
「フィー? 今、私を外そうとしたわね? 私も、フィーと一仕事よ。仲間外れは、なしよ?」
「そうなのですか……。姉様が一緒……に?」
微妙な空気に包まれます。ただ、私にとっては勝負に出やすい状況です。
「フィー? その方が、お客様なのね?」
「はい、なのです。神々から、なにやら、わたしにお願いごと、なのです。」
「フィーさん、神々って!? あっ……、俺、そういうのには慣れていなくて、すみません!」
私は、このお二人にも挨拶を済ませ、手をかざすだけの同期をいたしました。ただ……、この男性、同期の方法を知らずに悪戦苦闘で、この中では一番に怪しいかなという深い印象を持ちました。なお、第一印象は大事です。ただ、それを前提に考えると、「フィー」です。この第一印象が……、表現できない。
でも、この姉さんには、とても良い印象を持ちました。気さくに話しかけられ、そのまま席に案内されまして、さらにタイミング良く蒸らされた茶葉から抽出された……貴重な茶が、用意されたカップに注がれていきました。
そしてそこに、私が持参した、フィーの好物が並びます。あの神々より、フィーは、昼食の代わりに「甘い菓子」を食されていたという情報を得まして、適切なものを選んできました。
適切なもの? 今の食料……食材事情を考えますと、本来は質素なものになるのですが、そこは「あの神々」です。彼らが蓄えていた美味な菓子……例えば、甘い果実をサクサクした生地に包んで焼き上げたパイや、甘酸っぱい果汁を硬めに凝固させ大粒の白砂糖をまぶす宝石に似た菓子などです。それらを妖精にばれないよう、静かに楽しんでいるところを見てしまい……そこで、知ることになりました。そこで「あの神々」に、遠回しにそれらをお願いしたところ、秘密厳守を条件に、多めに手渡されました。もし余ったらミィーにも……、なんて、冗談です。
「これは……。硬めな感触と、甘酸っぱさと、砂糖の甘さが融合して一つとなり、とても、落ち着くもの、ですね。あと、こちらは……。神々が好む有名どころの柔らかなお菓子、なのです。ありがとうございます。」
どうやら、気に入っていただけたようです。
「フィー?」
「はい、姉様。」
「フィーは、湯すら沸かせないからね。この姉が、頑張るのよ。」
「……。お湯くらい、沸かせるのです。」
「そうかしら? つい先日、再構成では湯が沸かないとか、おかしなこと、言っていたわよね?」
「はい……、なのです。」
この姉さんから、雑談から気軽に入ることができそうです。ただ……、やはりフィーです。「再構成では湯が沸かない」、全く理解できません。もしや、ギャンブラーの間で利用される隠語かもしれません。さすがに、そこまでは事前調査してこなかった……。私も、まだまだ甘いですね。
「フィーさんの『再構成』か。俺、それに何度も悩まされています。」
「……。ディグさん、それは、フォローになっていないのです。」
それにしても、この男だ。軽そうで、浮いています。邪魔だけは勘弁してほしいな、です。そうなる前に、さっさと片付けましょうか!
「本日は、お忙しいところ、ありがとうございます。」
「こんな辺ぴな地まで、ご足労おかけしました。フィーも、なつかしく感じていると思いますわ。」
「姉様……。」
「なつかしく、ですか。ありがたい話です。そこで、再度、お力を拝借したいと考えています。」
私の第一印象通りですね。この姉さんを味方に付けましょう。これは、勝ったかな。ただ、邪魔が入りました。気がかりとなっていた……、あの男です。
「シィーさんってさ、『売り』の話以外では、常識的なんだね。」
「……。私って、やっぱり、そんな風にみられているんだ。慣れているけどね。」
「あっ、そういう意味ではないです。『売り』の話が、ぶっ飛び過ぎているだけです。」
……。急に、風の流れが変わったような……。やはり、この男だ。まず、この男を何とかしよう。
「すみません、『売り』の話にご興味があるのでしょうか?」
「『売り』ね。」
「あっ、あの……。その売りって、何を売られているのでしょうか? 例えば、今、美味しくいただいておりますこの茶葉みたいな、とても品があるものでしょうか?」
「売り」というフレーズで興味を引いて、その男を突き放そうとしたのだが……。
「売れるのもなら、すべて、売るわ。」
「えっ!? そ、それは……。」
売れるものなら、すべて売る? な、何を言い始めているんだ、この姉さんは……。
「それでね、次の売りは大勝負になりそうなの。」
「大勝負、ですか?」
「そうよ。次のターゲットは、『通貨』よ。」
姉さん……、そういうことですか。
「『通貨』を適切に売り買いして、利益を出す、ですか。」
「なぜそこに、買いが入るのかしら? 私は『売り』のみですわ。」
「売り、のみ……、ですか。」
通貨を売るという意味を、この姉さんは、わかっているのだろうか。
「一方的に売っても、厳しいと思うのですが……。」
「あなた、甘いわね? 崩せばよいだけ、ですわ。」
「すみませんが、仮にそれが可能だとして……、崩してしまうと悲惨なことになる点は、ご理解されているのでしょうか?」
「それが、どうしたのかしら? 仮に私がやらなくても、売り崩しを虎視眈々と狙う『天の使い』が、各地に沢山いらっしゃいますわよ? 私は、その方向性に乗るだけですわ。」
……。油断は禁物でした。悔しいです。この姉さんは、あのギャンブラーの姉でした。とんでもない方のようです。
「『天の使い』ですか。あれらの存在には、みな、参っていますよ。」
「そうかしら? 『天の使い』って、たしかに、あの見た目は苦手だけど……、必要な存在よ?」
「申し訳ないのですが、あんなものが必要な存在……、ですか?」
思わず勢いで、否定的なことを言い放ってしまった。ただ同時に、あの男が少々震えながら、話に割り込んできました。
「……、シィーさん、ちょっといい? 『天の使い』って、どんな感じなの?」
「そうね……。まずは牙かな。そして……」
あの男……、牙という言葉だけで体が硬直したぞ。
「あっ、この方、『天の使い』を知らなかったようで……。」
「そ、そうですか……。」
「いよいよ本題ね。『天の使い』が必要かどうか、ね。」
私の本題は、フィーを呼び戻す、です。雑談とはいえ、参りました。そして、肝心のフィーはというと……、目を閉じてうつむいています。もしや、寝ているのかな。
「前置きしておくけど、私だって、『天の使い』に中央が喰われたらどうなるか位、わかっておりますわ。まず、通貨の価値が頼りにならないゆえに、個別の銘柄を買うしかないから、ディグさんが大好きな狂乱銘柄が、続々と発生するわね。」
「その使いは怖いけどさ……、狂乱銘柄は大好きです!」
「あっ、あの……。それでも儲かりませんよ? 値が数千倍とかに跳ね上がっても、ね。」
「数千倍!? 俺でも見たことないや、それ。本当に儲からないの?」
この男……。なにが目的なんだ? わざと、流れを乱して喜んでいないか? そんな疑心暗鬼に満ちた、その瞬間でした。
「はい……、なのです。通貨の価値が、銘柄の値上がり分を大きく上回る速度で、落ちますから。通貨が壊れたときに備えて、銘柄を買っておけば助かるという話は、幻、なのです。本当に危なくなったら、銘柄でも、助かりません。終わりを受け入れるしか、ないのです。」
突然、フィーが、結論を述べてきました。寝ていたのではないのか。
「フィーさんが、まさに狂乱。突然の復活。」
「ディグさん……。わたしは常に、参加しているのです。」
「フィー? たしか、眠りに落ちる寸前が、もっともひらめく、だったわね? こういう場ではやめなさい。」
「はい、なのです。」
とにかく売りの話は、このあたりで引き揚げて、本題に入らないと!
「ところで、そろそろ本題に入りたいのですが……。」
「……。そうね。私にではなく、フィーに用があるのよね?」
「……。ありがとうございます。」
この姉さん、売りの話以外では、非常に気が利く方のようです。それにしても、何で、売りなんだろうか。普通に運用したって十分ではないか。それでも、売り、なのか。
「わたしに、用があるのですか?」
「はい。先ほどもお伝えいたしました通り、力をお貸しくださいますよう、お願いいたします。」
「……。わたしの力、なのですか?」
「はい。どうしても、必要です。この危機を乗り越えるには、是非とも、よろしくお願いいたします。」
フィーという者は、知識を蓄えるのが趣味だと伺いました。すなわち、このような誘いには弱いはずです。蓄えても、活かせないと意味がありません。乗ってくるはずです。
「危機、なのですか?」
「はい。なぜか急に美味しい実が生らなくなり、この有り様です。まだ主食となるものについては、味そのものは落ちていますが、収穫高は保っています。しかし、海の幸は未だ期待できませんし、このまま主食となるものまでに影響が出始めたらと考えると……、本当に恐ろしいです。」
「そうなのですか……。ところで、都の様子は、どうですか?」
首をかしげています。あまり興味がないのかな? たしかに、穀物ならまだ沢山ありますからね。
ちなみに、都ですか……。実は、荒れています。
「先日のブロードキャストの件から、少々、荒れております。」
「荒れているのですか……。あの内容ですからね。」
「もしや、あの内容をご拝聴いただけたのでしょうか?」
「はい、なのです。たまたま、このディグさんと、涼むために入りましたお店で、みてしまいました。」
この男……。いったい、何を考えているんだ。……、いや、今はフィーに集中します。
「内容については、いかがでしたか?」
「はい……。特に、何も感じません。いつものこと、ですから。」
何も感じない、か。これで大きく関心を引く予定だったのですが……。作戦を変えましょう。
「私は、あの内容には驚きましたよ。」
「そうなのですか……。それは、あの内容に驚くほど、神々が良くなってきたということなのでしょうか?」
……。なるほど。円満で、あの神々から離れたわけではなさそうです。
「たしかに、民に善処するようには、なってきております。」
「善処、なのですか?」
「はい。例えば、もし……フィー様の知恵を拝借できますと、『演算装置』などで、さらに良くなる見通しがあります。そして、その討論で神々の熱意に負け、ここに足を運ぶ形となりました。」
フィー様、か。まさか、自分の口から出すことになるとは、です。ただ、内容的には悪くないはずです。ここで一気に、です。
「……、演算装置、なのですか?」
「はい。」
「ようやく、今から、なのですか? ……、あなたも、色々と、大変なのですね。」
「あっ、それについては……。」
まさか、フィーに同情されてしまうとは……。たしかに辛い日々ですが、頑張っております。
「わかりました。……、甘いものが、ありました。」
「……、ありがとうございます。」
「ただし、なのです。一つだけ、条件があります。」
……。あの甘いものを渡した程度で、心が揺れ動いたのか? いや、まさか。そんな簡単な交渉ではないはずです。もちろん、この程度で済むなら、楽で良いのですが……裏がありそうです。
そして、条件、か。慣れているとはいえ、緊張します。
「その条件とは……? 待遇とかでしょうか? できる限り、ご希望に添えるよう善処します。」
「いいえ、なのです。待遇とかではない、です。実は……、この名だと、恥ずかしいのです。特に、都だと……。例えば、都のお店で呼ばれた場合は恥ずかしくて、すぐに出てしまいます。それ位、あの呼ばれ方は、恥ずかしいのです。」
「さすがにそれは……。」
「これは重要、なのです。そうですね……先日、都で入った、あのお店なのですが、普通に接していただけたので、嬉しかったのです。」
「……、つまり……。」
「はい、なのです。神々より、一時的に別の名をお借りすることが、条件なのです。」
嘘だろ……信じられない。なんだ、この条件は! 冗談じゃない、まさか、別の名が欲しいだと……。あの神々は絶対に許さないぞ。なぜなら、あの神々が今、心底から欲しいのは……、問題解決への知恵などではなく、都から崇められる「フィー様」という格別の敬称、その名自身ですから。
つまり、私は試されているのか。都の状況を私から探ったあと、あの神々の目論見を熟知したうえで、この条件を出してきている。きっと、そうだろうな。フィーはギャンブラーです。一時的だが同情され、私の心が動こうとした瞬間に、このような信じがたい条件を投げてくるんだ。
さて、どうしたら良いのか。つまりここが、勝負所。