195, 幸せって、続くものなのね……。こんな日が、わたしのもとにも訪れるなんて、思ってもみなかった。
「シィーさん……?」
なぜか彼女の佇まいは「現実」からほんの少し浮いているようで、近づくのもためらわれるほどだった。いつも顔を合わせていたはずなのに。それでも俺は意を決して、一歩近づき、小さな声で、その名を呼んだ。
「あなたは……! 女神の担い手様、ですね?」
えっと、この彼女は……いったい誰なんだ? 紅の瞳が俺を見据え、その鋭い輝きが俺の思考をかき乱してくる。それが何かを語りかけるようでありながら、その瞳の奥に潜む得体の知れない闇のようなものが、俺の心をざわつかせる。
「あの……。たしかに女神の担い手を任されている者です。」
「あっ、そうでした。名乗るのを忘れており、大変失礼いたしました。私は『コンジュゲート』と申します。」
……。何度も聞き覚えがある、その名は……。
「えっ……? 今、なんて……。まさか、あなたは女神コンジュゲート様、ですか?」
「女神の担い手様。はい、そうでございます。」
……。いくらなんでも、消滅したはずのネゲートの姉……、コンジュゲートを名乗るなんてさ……。いったい、何が目的なんだろう。しばし考え込んでいたら、ふと視線を感じた。その瞬間、思考が途切れ、「現実」に引き戻された。
「女神の担い手様。あまりのことに驚かれるのも無理はありません。それでも、私のかわいい妹……ネゲートにお会いさせていただくことは可能でしょうか? ネゲートが私を見たら、私がコンジュゲートだとわからないはずがありませんもの。」
「……。たしかにそうですね。わかりました。」
まあ、そうなるけどさ……。でも、唐突過ぎてどうにも釈然としないんだよな。でもね、瞳の色を除けば、シィーさんとそっくりなんだ。……。よくよく見ると、その可憐な姿は、思わず目を奪われ、声を呑み込んでしまうほどの美しさだった。
「私の妹……ネゲートは、ああ見えて、稀に見る驚異的な才覚を持ち、その力は計り知れないほど強大だと言われているのよ。なぜなら、その力の影響は全領域におよぶ……。そう、『現実』と『虚構』をつなぎ、一つに束ねる原動力となるから。」
「現実」と「虚構」をつなぐとは……? そもそも「虚構」って、何さ……? 一応「現実」の概念については、大精霊の影響で何となくですが理解はしています。となると……俺の勘では、コンジュゲートは「虚構」と何か特別なご関係があるのかもしれませんね。
「……。そのネゲートは、今日も元気に朝からぎゃーぎゃーと騒ぎ立てていました。」
「それを聞いて本当に安心いたしましたわ。ネゲートに寂しい思いをさせたことが、ずっと心に引っかかっていたのです。」
それなら、せめて連絡だけでも入れられたのでは……という疑問がわきましたが、それはさておき、コンジュゲートの希望に従い、ネゲートの元へと共に向かうことにしました。
そして……。
「ちょっとあんた! どこに行っていたのよ? まだ話は終わっていないのよ?」
すると、俺の背後から、勢いよくコンジュゲートが前に飛び出してきた。そこでネゲートに微笑みかけながら、少しずつその距離を縮めていく。
「あら、シィー。ようやくお目覚めのようね、心配して損したわ。それで、わたしに何か用かしら? そうだ、シィーからもあの神々に強く言ってやって。シィーが承認したにも関わらず、いまだ消極的な点について、ね?」
「ネゲート……。良かった……、無事で……。私は、あなたの姉……『コンジュゲート』よ。」
ネゲートは、一瞬理解が追い付かないような仕草を見せたが、すぐにそれが本当だということに気が付いたのか、その場にしゃがみこんでしまった。
「その紅の瞳……。こんなことって……。だって、あのとき……。」
コンジュゲートは、しゃがみこんだネゲートをそっと優しく包み込んだ。その小さな肩は震えていて、何も言わず、ただ寄り添っていた。それからしばらくして、ネゲートが静かに口を開いた。
「幸せって、続くものなのね……。こんな日が、わたしのもとにも訪れるなんて、思ってもみなかった。」
……。感動の再会だった。それでも俺は……何か胸の奥に引っかかるような違和感を覚えていた。




