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186, フィーの怒りがついに頂点に達したわ。周囲にピリピリとした緊張感が漂い、泣き言を喚く者まで出てくる始末だった。

 わたしの身を案じずに工場誘致絡みのカネの話に華を咲かせていた……。それで、フィーの怒りがついに頂点に達したわ。たしかに頭にはくるけど、それよりも汚い話なんて、嫌になるほど経験してきたわよ。わたしの力欲しさの演算強要から始まって、血が流れ始めた人形の件、「大精霊のきずな」の利率に対する抑え込み、ステーブルが絡む豪快な件、自由と楽観の概念では済まされない不正な票に加え、そこから始まった本当の地獄「安価な労働力」の蔓延……。ほらね、挙げ始めるときりがないわ。


 そもそも「大精霊のきずな」って、制約なしで誕生させるべきものだったのかしら? もし財源が足りなくなれば、きずなの上限を簡単に引き上げるだけなので、ただのカネ製造機に化していると「仮想短冊の通貨」のコミュニティでもっぱら批判の的になっている状況よ。さらに、地の大精霊たちが「シィーのきずな」を売り始めたのではないかという指摘もあったわ。結局、上限や用途に関する取り決めだけでは、大精霊のさじ加減一つで簡単に変えられてしまう点が最大の問題よね。


 それで、一方的にチェーンを「雑貨」扱いのまま放置していた件だけは本当にいただけないわ。チェーンの取引と雑貨の取引が一緒なわけないでしょう。さーて、そのあたりからしっかり心を入れ替えてもらう絶好な機会としましょうか。


 そして今、わたしの目の前に広がる光景……。フィーから推薦を出せないと告げられた者たちがフィーの前で一斉にひざまつき、何とかそれだけは取り下げてもらえるように必死に哀願しているわ。フィーの推薦なく民の審判で戦うなんて、戦う前から負けたに等しいので、そのためか周囲にピリピリとした緊張感が漂い、泣き言を喚く者まで出てくる始末だった。本来は、この哀れな姿を民にみせるべきよね。もちろん……、フィーはそこまで厳しくはないわ。だってね、優しい大精霊様ですから。


「フィー様! 我らはこれまでフィー様に尽くしてまいりました。何卒それだけはお取り下げくださいますようお願いいたします。」

「いいえ、なのです。わたしに尽くすではなく民に尽くすべき、なのですよ?」

「そ、それは……。」

「それとは、何なのですか? いい加減にしてください、なのです。」


 わたしは呆れた顔で、ただ黙ってみているだけよ。できればこの光景を女神の担い手にも観察してもらいたいくらいよ。でも、あいつはイデアルに呼び出された。あら、それは偶然か、それとも? ……、フィーだってこんなにも情けない状況なんてみられたくない。それで、イデアルにお願いしたのよね。


 ところが、みているだけとは言ってられないみたい。


「女神ネゲート様、我らの女神様に対する忠義は変わりません。どうか、女神ネゲート様よりフィー様にご助言を……。」


 あーあ。やっぱりそうなるんだ。それでも、わたしはみているだけよ。軽く首を横に振って、無言で答えたわ。


「女神ネゲート様に命乞いとは……、本当に情けない。これは、わたしが大精霊として決断した結果なのです。潔くこの事態を受け入れ身を引く決断をするか、わたしの推薦なしで民の審判を戦うのか、この場で選ぶのです。」

「フィー様! 身を引くだなんて……、それではフィー様、我らに挽回の機会をお与えください! 必ずや、民のためにこの身を捧げる覚悟でございます。」


 ……、そんな浅はかな言葉でフィーを騙せると考えていたとはね。だいたい、このような場面で飛び出る「民のために身を捧げる」なんて言葉は確実に偽りよ。なぜなら、このような事態に至って、初めて「民のために身を捧げる」のかしら? このような怪しげな論理は考え過ぎないことがコツよね。


「いいえ、なのです。挽回の機会はないのです。」

「フィー様! それではあまりにも薄情ではありませんか!」

「いいえ、なのです。民の審判に立つとき、別にわたしの推薦が必須ではないのです。民から信を得ていると自信がおありなら、わたしの推薦なしで民の審判を勝ち取るべきなのですよ。」


 そうね、そうすべきよ。


「フィー様……。『時代を創る女神』であらせられる女神シィー様は、劣勢となって政敵側に寝返った頼れる精霊様に挽回の機会を設けたと伺っております。なにとぞ、その事情を汲み、我らにも挽回の機会を賜り下さるよう、お願い申し上げます。」


 ここで、フィーが強く出られないお相手……シィーとの比較を出してくるとはね。ほんと、狡猾……。まあ、狡猾でないと生き残れない界隈が政だと、聞いたことがあったわ。


「いいえ、なのです。わたしの姉……女神シィー様の件とこの件は別なのです。わたしも、政敵側に寝返ったくらいであれば挽回の機会を設けることでしょう。なぜならそれは、政ではよくあるためなのです。ところが今回は違います。女神ネゲート様の御身を案ずるよりも目先のカネが大切という、その場で卒倒しても不思議ではないほどのひどい有様。そのような者たちに挽回の機会なんて生ぬるいのです。よって、それ相当の覚悟を持つべきなのですよ?」

「フィー様! そのようなお考えは早計に過ぎます。政敵側への寝返りも今までの戦友を裏切る十分にひどい行為です。それを女神シィー様は広い御心をもってお許しになられた。その事情を汲み、なにとぞご寛大な決断を我らに賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。」


 案外、粘るわね。わたしがここでみているのに……。なんかもう、顔すら見たくない、そんな気分よ。


「そうなのですか。その往生際の悪さ……、それなら……、あの工場の件も追及するのです。」

「フィー様……、あの工場とは……?」

「なにを、とぼけているのですか? わたしが何も存じてないとでも? 精霊の方々からずっと『売り売り』するだけで簡単に儲けられると揶揄されてしまった、あの工場なのです。」


 ……、ここでまた、とんでもない件が出てきたわ。


「そ、それは……。」

「それはわたしが『チェーン管理精霊』だった頃、ふとあの工場の様子が気になり、そこに群がる精霊たちに事情を伺ったのです。そしたら、この地で普及している……は寿命が短く使い物にはならないため、……の誕生を待てと言われたのです。それで、その……をあの工場で独占的に扱うため何の心配もない、とのことだったのです。」


 ……。そこには嫌な予感しかないわ。そのような所に群がる精霊ってね……、あの神々との連判状を論拠として、少しずつその生き血を吸っていく。そのようなイメージが最も合致するわ。


「フィー様、その怒りをお鎮めください。その件につきましては間違いなく成功しております。よって、我らが完成させた……こそが本物です。寿命が短い……など、使いものにはならずお話になりません。なにとぞご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。」

「それは本当なのですか? これが完成品? その完成した……は、その性質に興味を示していた精霊が一目散にその場から逃げ出すほどの美しい出来栄えだったと伺っているのです。違うのですか?」


 呆れた……。群がる精霊たちから一方的にただ生き血を吸われるターゲットにされたら、どれもこれも、似たような展開ばかりね。


「……。」

「何も語らないのですか?」

「フィー様、それは……。」


 それから女神すら呆れる言い訳を並べ始め、その度にフィーに諭される。そんな小競り合いが続いて、やっと諦めたようね。フィーの推薦なしで、民の審判を頑張って乗り切るのよ。陰ながら応援しているわ。


「次は、チェーンが未だに『雑貨』扱いされている点なのです。」


 やっとね。ここからはわたしも参加させていただくわ。

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