180, 多忙を極めていたフィーさんにそっと話しかけると、緊張していた表情がふと和らぎ、ありったけの笑みを浮かべてくれた。そのポジティブな表情を見て、「テンソルチェーン」が順調だと確信しました。
女神の復活をお祝いする祭り「女神の復活祭」の日程が定まり、その開催場所はなんと……ここ、すなわちフィーさんの地域一帯となりました。どうやら「推論」の拠点、つまり「単精度」や「倍精度」の演算装置を稼働させる拠点の誘致を有利に進めたい。あの神々のそんな思惑がそこから垣間見えますね。それも、大きなカネが動くのでしょうから。
さて、日程が決まったということは、その日までに「テンソルチェーン」の理論を完成させる必要があります。そこで、フィーさん自身に加え、フィーさんの頼れる精霊と、フィーさんが唯一取った弟子といえる存在……神官ミィーが、その理論の構築に向けて参加し、動き始めていました。
そのうち、フィーさんの頼れる精霊って、何というか……。実は俺さ、まだ解けていないので顔向けできない状況だった。まだ解けていない? ああ、そうです。初めてお会いした日、イデアルと名乗る頼れる精霊様から、難解な問いかけをされてしまいました。
「君が噂となっている女神の担い手様だね。それで、元トレーダーらしいね? それなら試させてくれるかい?」
「あ、あの……、試すとは……?」
「なーに、ちょっとした問いさ。よろしいかな?」
「……、わかりました。」
「今、君は相場の短期トレードで勝ち続けているとする。すると君は、その流れを断ち切ることなくそのまま勝負を継続するはずだ。そして負けた。そのとき、その負けた分をどのように解釈する?」
「……。」
短期トレードの負けに対する解釈を求められました。損切りして持ち越さないとか無難な解釈を伝えれば良かったのだろうか。ところが、お相手はフィーさんの頼れる精霊様です。そんな単調な解答では間違いなく通らないでしょう。しばらく悩んでいたら、解は次回会ったときで良い。最良の解で私を楽しませてくれと笑顔で言われてしまい……。いよいよ、そのご再会が迫っているという危機的な状況でもあります。
本当に、どうしよう。絶対に「それでは、解を伺おう」となるはずです。……、このような場合に備え、俺には頼れる女神様がいます。ところが、その女神様に助言を求めたら……それ位は自分で考えなさいと、相手にすらされません。
こうなったら……。フィーさんに助言をお願いするしかない。そう悩みながら歩いていると……ちょうどミィーとすれ違いました。いつもなら挨拶を交わすだけですが、その悩みが表情として現れていたのでしょう。俺をとがめるような言葉で話しかけてきました。
「何か、顔色が悪いよ。フィー様や女神ネゲート様に迷惑をかけていないか心配。」
「それは、どういう理屈だよ? 俺が悩ましくしているだけで、なぜフィーさんやネゲートに迷惑がかかるんだよ?」
「だって、あなたはその悩みが解決するまで、フィー様や女神ネゲート様にしつこく聞き回るのよね?」
「……、はい。」
「やっぱり。そうね……、どうしても悩んでいるのなら、少し手伝ってもいいよ。」
「本当に!?」
「うん。その代わり、フィー様や女神ネゲート様に迷惑をかけないと誓ってね。」
はい、誓います。そんな流れでこの悩みを打ち明けたら……、しぶしぶですが、良さげな解を提供してくださいました。ミィーは、頼りになりますね。
「本当は自分で考えるべき解ですよ。もう……。」
「なかなか手厳しいお方でさ……。ほんと、助かったよ。」
「イデアル様は優しいお方です。」
「そうなんだ。」
「……もう、あなたは女神の担い手様ですよ? もっと、しっかりしてください!」
「わかった。今回はその解で乗り切り、次回から善処しようではないか。」
助かったよ……。それと同時に、久々に「人」と話しましたよ。だって、ずっとお相手が「女神様、大精霊様、精霊様」ばかりでしたので……。ははは。
それで、そのままミィーについていったら、忙しそうにあちこち回るフィーさんの姿がありました。普段の政に加え、「テンソルチェーン」の理論を完成させる必要があります。
そこで、多忙を極めていたフィーさんにそっと話しかけると、緊張していた表情がふと和らぎ、ありったけの笑みを浮かべてくれた。そのポジティブな表情を見て、「テンソルチェーン」が順調だと確信しました。




