164, 湿気で重く淀んでいる薄汚れた地下牢で、薄明かりの中、生々しい傷口と血しぶきがちらつき、かつての女神は両手両足を壁に固定され、今や見る影もなく変わり果てた存在となっていたわ。
私……女神シィーは、大逆の罪で捕らえた女神ネゲートの尋問を行うため、湿気で重く淀んでいる薄汚れた地下牢にそっと足を踏み入れたの。
息が詰まりそうなほどの薄明かりの中、生々しい傷口と血しぶきがちらつき、かつての女神は両手両足を壁に固定され、今や見る影もなく変わり果てた存在となっていたわ。
「女神ネゲート様。ご機嫌麗しゅうございます。」
「……。」
ぐったりうなだれたまま動かない。「推論」の時代を創るこの私に気が付かないなんて、本当に悪い子ね。それなら、マッピング経由で刺激してみましょう。
すると、女神ネゲートの体はかすかに震え、壁に固定された手足が痛みに痺れているのがよくわかるわ。それからゆっくりと顔を上げ、こちらを凝視してきた。その目には、打ちのめされた体とは裏腹に、消えかけながらも確かに希望の光が宿っていたわ。
「女神ネゲート様。『推論』の時代を創る女神シィーでございます。以後お見知りおきを。」
「シィー……。これは、いったい、何の、真似なの……?」
時折表情を歪めながら痛みに耐え、途切れ途切れの声で、そう、私に問いかけてきたわ。
「女神ネゲート様。あなたは大逆の罪に問われているのよ。」
「……。わたしが、何をしたと?」
「女神ネゲート様。『仮想短冊の通貨』によって私の通貨を危険にさらした。それだけでも、十分に大逆の罪よ?」
「……、そう。」
「それにしても、その傷口。私の頼れる精霊の手下が派手に痛めつけたようね。それでも、気は変わらないのかしら?」
これは尋問よ。そのため慈悲深い女神シィーは、女神ネゲートの気が変わりさえすれば、許してさしあげますの。大逆を許すなんて、私くらいなものよ。普通なら即座に斬首、そんな慈悲しか与えられないわ。大逆から逃れられる者など、ほとんどいないのよ。
「何の、気が変わるの、かしら? そう、ね。……、わかったことは、あんたの頼れる精霊の手下は、ただの、ギャングよ。これではまるで……、あんたのパーティーは、過激派……組織と、一緒よね?」
「……。女神ネゲート様。私の頼れる精霊の手下が、何とおっしゃいました?」
「……、聞こえなかった、のかしら? わたしは、ギャングと、言ったのよ。」
……。こんな状況からでも、私を侮辱するなんて。そう……、わかったわ。それがあなたの回答という事ね?
「あら、そう。」
さて、地下牢の入り口付近に待機させていた私の頼れる精霊の手下を、ここに呼び出したわ。ふふ。
「……、なによ? ……、……、そういう、こと。」
「女神ネゲート様。これはあなたのご希望よ。」
あら。女神ネゲートったら、私から視線をそらしたわ。
「もう、勝手に、しなさい……。こんな事まで、手下を、駒のように動かし……、自分の手は、汚さない。あんたが、そんな大精霊だったなんて! あの人形も……、こんな感じで、……。」
「女神ネゲート様、お黙りなさい。せめて命乞いくらいはするものかと期待していたのに、残念ですわ。」
「……。」
「女神ネゲート様。あなたが宿す『女神の演算』の力は、ここで失うには本当に惜しいものよ。」
「……。好きに、しなさい。」
……。これでも落ちないなんて。案外、女神ネゲートは粘るわね……。
「女神ネゲート様。あなたは私と一緒に羽ばたくべきよ。ここで終わって良いの?」
「……、あんた、わたしの、女神の、演算を、何に使うのよ? チェーンに対する……や、量子ビットの……に利用される位なら、ここで、迷わず、消滅を選ぶわ!」
……。信じられない。でも……女神ネゲートの姉、女神コンジュゲートも最後まで落ちずに……。どうやら、姉妹揃って粘る点は同じのようね。
それなら……。私の頼れる精霊の手下が、慣れた手つきで女神ネゲートの傷口を少しえぐってやった。血しぶきが飛び散ると、女神ネゲートの体は一瞬こわばり、痛みが全身に広がるのが見て取れた。しかし、すぐに力なくうなだれ、その場は再び静まり返った。そして、私は尋問を継続する。
「それでは女神ネゲート様。痛みに耐えられなくなってきているのはわかるけど、それが判断を狂わせるとは思わないかしら?もう少し、冷静に考える時間をあげるわ。その間に、本当に何が重要かをよく考えることね。」
なぜか私に備わっていない「量子ビットを遥かに凌駕する女神の演算」という奇跡。「推論」の時代を確実に創るため、私はその力が喉から手が出るほど欲しいのよ。だから、この尋問で女神ネゲートを必ず落とさなければならない。どんな手を使ってでもね。




