159, 現職であるシィーさんの勝ちは初めから決まっているのでしょうか? よほどの大差がつかない限りシィーさんを勝ちへと導く、とっておきの抜け穴があるらしい。
女神を名乗るシィーさんは、急に「それでは『推論』の時代でお会いしましょう、女神の担い手様」という言葉を残し、その場から消え去った。……、俺だけにそんな言葉を残して消え去るなんて。それではまるで、現職であるシィーさんの勝ちは初めから決まっているのでしょうか? その「推論」の時代では、ネゲートは女神としての役職を解かれ、女神シィーと俺が組んで新しい時代を担う。そんなニュアンスを少し感じてしまったよ。
そこで、最後にネゲートが指摘した疑念です。「大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民をカネで操り、裏から票を得ることで、総取り方式を採用する民の審判を十分に乗り切れてしまう」という内容でした。さすがは大精霊時代の悪い手癖だった「カネの問題」などでカネに詳しい本物の女神様のお言葉は重みが違いますね。……。
とはいえ、そんな少数の票で「時代を創る大精霊」という権力の座に就くのが決まってしまうのでしょうか? 誰もがそう感じるはずです。ところが、総取り方式という厄介な仕組みにそれを実現する力があります。この総取り方式とは、小分けされた地域内で最も多くの票を獲得した候補者が、その地域に割り当てられた代表者の票をすべて獲得する仕組みを指します。つまり、この方式では僅かな票差であっても勝てばいいそのもので、勝ちさえすればその地域に割り当てられた代表者の票を全て獲得できるゆえに総取り方式と呼ばれているのですね。そして、総取りしたその代表者の票数で「時代を創る大精霊」が決まります。ああ、僅かな票差……少数の票が如何に強いのか、実感できますね。
つまり、とにかく「接戦」に持ち込めれば、総取りするための僅かな票差は裏からの票で確実に取れることから、シィーさんは勝てるのです。それでか……「若い民の票」には異常なまでの執着を示し、それに加え連日の報道……「シィーさんが優勢」は絶対に欠かせません。さらに、若い民に人気の精霊が突如「シィーさん支持」を強く主張していました。そうやって、常に拮抗している印象作りが特に重要で、それらは全てシィーさんが勝つための原動力になっています。
そうですよね……、大きなカネが動くので無意味な事は絶対にしません。実態とかけ離れたこのような印象作りの謎が解けました。いきなり現れた「女神シィー」による優勢の繰り返しアナウンス……、そういうことだったのですね。
ちょっと長くなりましたが、要約すると「よほどの大差がつかない限りシィーさんを勝ちへと導く、とっておきの抜け穴があるらしい」となりました。おっと、抜け穴って? 民の審判は厳格なはずです。それなのに、どうやって裏から票を……?
では、その抜け穴ですね。そこはネゲートがちゃんと調べてきました。実は最近、大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民が「急増した」ようです。この理由は明快で、今回は厳しい戦いになるのが予めわかっていたので、その民の票と、利率の引き下げを組み合わせることで、シィーさんの勝ちを確実なものに仕上げるという作戦ですね。
ところが、そのようにして得た不正な票なんて、後から続々と出てくるとネゲートが嘆いていました。それらは時間をかけてゆっくりと出てくるため、それこそ数年前の不正な票が今見つかるなんて……、という流れになります。
そんな票が後から見つかったところで既に時遅しで、どんな手段を用いたとしても勝って、民の審判を乗り切って「時代を創る大精霊」の座に就けさえすれば、後は「大精霊の正義」でどうにでもなるとのことでした。
こんなの、俺だって最初はあり得ないと解釈していました。そんなにも都合良く抜け穴なんてね? ところが、民の審判って厳格に行われているイメージがありましたが、それが違っていたのです。
ここから、この先はネゲートの仮説であると前置きします。まず、民の「将来の積み立て」などの情報を扱う精霊が大問題らしい。その精霊の情報管理は非常にルーズで、信用するに足らない状況がずっと続いているようで、「倫理観など欠片もない者」にそのような重要な情報を何度も奪われたことがあって……、それらが裏で流出しているとのことです。なぜそのような精霊なんかに重要な情報を任せているのかと……民は常に疑問を感じている事でしょう。
それでさ、それだけ情報管理にルーズだとさ……、逆に使えますよね? 本来なら民の審判って、票を投じる場の確認は厳重なはずです。ところが一つだけ、この厳重な確認を逃れる術があるのです。それは……、票を「投じる」のではなく「送る」という方法です。シィーさんの地域一帯は広大で、直接投じるのが距離的に難しい民のために「票を送る」という手段が残されていて、どうやらそれに目を付けたようですね。
それは……、「票を送る」ことを選んだ民の厳格な確認に、そのルーズな精霊が管理する情報を使うのです。
本来、そのような重要な確認には「身分証明書」のみを有効とすべきですよね? ところが、その他のオプションとしてなぜか……、そのルーズな精霊が管理する情報より得られる管理番号が使えるという……、恐ろしい仕組みになっていました。
裏で重要な情報が流出しても知らんぷりで開き直っている精霊が管理する情報に、何の価値があるのか。そこに誤った情報が追加されても、すぐに気付くことはないでしょう。それで、その追加される誤った情報とは「票をシィーさんに投じる事が確実に約束されている、大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民」というわけです。これで、そのような民の票すら「票を送る」という手段で確認が取れてしまいますから、有効な票となる仕組みです。
そして、そんな票であっても僅かな票差を得られるのなら、それらが決め手となって総取りで勝ちとなります。勝てばいいと……、シィーさんは力強く、俺とネゲートに言い放ちました。それでさ、勝敗を決めるとされる地域の勝負ってなぜか拮抗することが多く、このような「僅か数パーセントの差で勝ち」となったケースが実際に起きているようですね。
ただし実は……シィーさんは俺に耳打ちするような小さな声でお願いまでして去っていったのです。その内容とは……。
私が勝つ以外にこの地を救える方法は他になく、今回は必要悪もやむを得ないとした上で、あのインフレはあの政敵が残していった過去のツケだということを考慮してほしいという内容でした。そういえば、あの神々は「女神シィー様を苦しめたインフレの元凶はその……だろう。あの政敵は、自分でインフレの種を撒き、それを女神シィー様に押し付けて猛批判しているようにしか、私には映らない。」と話していたな。
すなわち、この壊れかけた市場を救うには、超越に近い演算能力を持つ「推論」による収益しか信用できない状況となった。つまり、「仮想短冊の通貨」だけでは力不足が否めない。……。この「推論」の時価から、力強い収益が感じられる。
ああ……、どうやら俺は「仮想短冊の通貨」と「推論」で板挟みになっているようだ。本物の女神であるネゲートと、女神を名乗るシィーさん……、いずれも女神の概念ではあるため、いずれは、この地で女神の担い手となってしまった俺の判断が女神への介入という形で奥深くまで突き刺さるのだろう。
もし、「仮想短冊の通貨」と「推論」、いずれかを選べとなったとき、俺は……。