15, 姉様……、そのお方は、筋肉なのですか? そして、また「売り」なのですか?
なんか、筋肉です。先に筋肉から生まれ、そこから、生命が誕生したとみて間違いないと感じさせる、筋肉がすべてを物語る、そんな感じの男が、そばにいます。そして、その筋肉から発せられる色々なものが、俺を直撃しています。ほんと、むさ苦しいのです。こんな男が、フィーさんの姉を連れ回しているのでしょうか……。
あっ、まずいです。その筋肉と、目と目が合いました。なんか、二の腕の筋肉をみせつけてきます。これは、俺に対する何かの嫌がらせでしょうか? そんなの見たくもありませんし、勘弁してください。いったい、何をアピールしたいのでしょうか? 本当に、勘弁です!
何度もしつこくてすみませんが、この地は「ハードモード」です。俺が、この筋肉に襲われたら、間違いなくここで終わります。その場で、壮絶な最後のときを迎えることでしょう。何もないことを祈ります! どうか、お助けください。
ただ、フィーさんの姉については、そのお姿です……、特にあの筋肉を眺めた後なので、本当に癒されます! フィーさんの面影を残しつつ、そのまま、スラっと伸ばした感じです。これは……、惹きこまれてしまいます。それゆえに、なぜ、この「筋肉」なのでしょうか? なんだか、この地の不公平さに、むかついてきました。俺は「ハードモード」で、この筋肉が? 俺が、このような感情に襲われるなんて……。
さてさて、久々となる姉妹の再開みたいですね。積もる話があると思います。しかし……。
「あっ! お、おまえ……、まさか……。」
あの筋肉が、その和やかな雰囲気をぶち壊します。この筋肉は、空気すら読めないのか? まさか、だと? それはこっちが言いたいよ! あの筋肉が、いきなり奇声を轟かすなんてルール違反なんだよ!
しかもさ、その筋肉の奇声は……、俺ではなく、フィーさんと目が合った瞬間でした。
「……。お久しぶり、なのです。筋肉さん。」
えっ、フィーさん……? しかも、その呼び名!? フィーさんも、それで呼ぶのか!
「ふざけるなよ? 何が、お久しぶり、だよ? おまえのおかげで、魔の者が、どんだけ苦しめられているのか、わかっているよな? なにか言えよ?」
さらに声を張り上げる筋肉。うう……。胃が痛いです。やはり「ハードモード」です。この筋肉が、今すぐにでも暴れ出しそうです。しかも……、魔の者って、一体なんなのさ?
でもね、勝ち目はないが、この筋肉と戦うのであれば、向かうしかないです。さすがに、逃げたりはしません。そして、俺の活躍は、ここで終わります。はい……、そもそも、まったく活躍していませんね。なんの悔いもございません。
「……。特にないのです。」
「おまえな……。」
フィーさん……。淡々と答えるだけで、火に油を注いでいるような気がします。わざと、あおっているのかな? しかし……、華麗なフィーさんの姉が、ビシッと決めてくれました。
「あの? 私の妹に、何か用でもあるのかしら?」
「あっ、いや……、いま何て?」
「えっと……、私の妹に、何か用でもあるの? と、聞いたのよ?」
「えっ……! い、妹だって!? さすがに嘘だろ!?」
フィーさんが間髪をいれずに、姉さんに続きます。
「いいえ、それは嘘ではないのです。私の姉様……シィー、なのです。」
この姉さま……、シィーさんっていうんだ。いや、なんか、それにしてもさ……。フィーさん? ミィー! そしてシィーさん。覚えやすいのか、それとも、紛らわしいのか。ちなみに俺は、覚えやすい方が嬉しいです。
「あっ、いや……。そ、そうなんか、い、妹なのか……。」
「どうしたのかしら? なんか、器が小さいわ。フィーが、私の妹と知った途端に、何も言えなくなるのかしら?」
「ち、ちがう! そうではない!」
「そうではない? だったら、なにが、そうなの? ここで説明して。」
筋肉が、錯乱しています。さらに、急に弱々しくなりました。うん、とりあえず、襲われる可能性は消えました。そして、気が立ったシィーさんも、なかなかです! あっ、俺は何を考えているんだ……。こんな状況で。
「説明するさ……、こいつにカギを付けられてしまってよ、もうそれから、ひどい日々なんだ! まったく、何のために天にいるんだ、俺たちは……。クソが!」
「鍵を付けられたの? フィーに?」
「そうだよ! まったくよ、神々の推薦なんかで、こんなのに入られて、この有様よ! 何もできないように仕組まれたんだろうな。そして、魔の者が弱ったところを、あの神々が……天を奪い返しに来るだろう。まさに筋書き通り! 民が忘れるまでの時間稼ぎで、俺たち魔の者に天を押し付けただけ。汚過ぎるぜ! それを示すかのように、いまだにあの神々が、予算を含め、あらゆることに手を出して、俺たちは指をくわえて見ているだけ。みっともないったら、ありゃしない。」
「……、私、そういう筋書などに興味はないわ。でもね、『こんなのに入られて』って? どういう意味なの、これ? なんか、ひどい扱いよね? それでね、私が言いたいことはただ一つ。そのあたりをしっかりとこなせない者が……、果たして、天を運営できるのかしらね?」
「あっ、す、すみません……。」
あの筋肉! シィーさんには頭が上がらないみたいです。見ていて爽快な気分になりました。
ただ……、一時的に忘れようとしていたのに、思い出してしまった。カギの件です……。俺、フィーさんから、何やら任されたよな。さて、どうしましょう。やはり、魔の者が絡んでいるんだ。うう……。
その前に、神々の推薦って、なになに? やはりフィーさんって、何者なんだろう? そういや一度伺って、なんか誤魔化され、曖昧にされたはずです。たしか話の流れから、うっかり天が出てきてしまい、天がどうのこうで、カギが出てきて……、だったはず。まさか、その天に、その神々の推薦で……? まあ、それはあり得るな。ここまでの能力と、あの趣味! をみていたら、納得です。
でも、いや違う……。違う! 俺のお粗末な記憶が、違うと呼びかけてくる! そうです、そのカギは誰かに「やられた」と、フィーさんは言っていたぞ。しかし、その筋肉の話が本当なら、フィーさん自身が、自らの手でカギを……。これが本当の「ハードモード」なのか。
フィーさんいわく、思い立ったらすぐ行動だったかな。このカギの件は、曖昧にしたくないです!
「フィーさん、ちょっといい?」
「……。はい、なのです。」
「俺が、この地に来たばかりの頃、俺に、フィーさんが天にいた頃の話をしてくれたときだったかな……。そのときに、カギの話が出てきたよね? そのカギなんだけどさ、一体誰が、かけたの?」
フィーさんの表情が急に強張る。筋肉相手にすら、いつもの無表情だったのに。これは、間違いないです。筋肉の話、正しいみたいですね。
「……!? ごめんなさい。詳しくは、後日、お話しいたします。」
うん。今後、こういうことはやめるように、しっかり伝えます。俺って、こういうのは曖昧にしたくないから、はっきり伝えるようにしています。万一、それで一時的に疎遠になってもね、何度も話しかけていれば、そのうち、元に戻りますから。
「フィーさん……、申し訳ないけどさ、隠し事はよそうぜ。俺さ……、そういのは本当に苦手で、不器用なんで。ほんと、それだけは今ここで、約束してくれる?」
「……。ディグさん……。はい、なのです。」
よかった。そう、安心したのもつかの間、なんと、シィーさんが、俺に話しかけてきました。緊張です。
「あの? ちょっとお時間、よいかしら?」
「あっ、別に構いませんよ。俺は、ディグ……と申します。」
この名前……。慣れてきたのですが、このような華やかな方に向けて名乗るのは、正直、苦しいです。ただ、この名はフィーさんのお気に入りだったはず。ここは、我慢です。
「ディグさん、ですね。妹が好みそうなお名前で、何よりです。そこで、あの筋肉自慢との、おもしろおかしな陰謀論を耳にしていたかもしれませんが、改めて自己紹介いたしますね。私、このフィーの姉のシィーと申します。」
フィーさんから授けられた、素敵? なお名前ですから。ああ、はい。
「シィーさん……、これからも、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくね。それでね、私、あのフィーが成長した姿をみられて、とても感動しています。あなたに、期待してしまいますわ!」
「えっ! お、俺に期待って!?」
これは「ハードモード」から「イージーモード」への変更……、いや、違う、より簡単な「ストーリーモード」への変更なのか? アホな空想が頭の中を駆け巡ります。このあたりは、俺も、筋肉です!
「実は、あの日以来、いつも……、薄暗いところにこもって、何かを読んでいます。さすがにこれは、姉として、心配になっています。」
「あの日……?」
気になる、とても気になる単語が、シィーさんから飛び出しました。フィーさん、昔からあのような趣味な生活では、なかったようですね。ただ、それを打ち消すかの如く、フィーさんが割り込んできました。
「姉様……。わたしは、姉様に心配されるようなことは、一つもないのです。」
「フィー? また強情を張って、なにかあるのかしら?」
「……。姉様こそ問題なのです。いつも、どこかを暴れまわっている、そういう噂が絶えないのです。わたしこそ、姉様が心配なのです。」
「フィー……。」
なんか、気まずい雰囲気になっています。ただ、タイミングよく……、シェフです! シェフが、なんと、あの甘くて冷たいものを運んできました。ただ、なんか震えている? うん、あの筋肉が目の前で、筋肉を震わせているなんて、怖いですからね。
「割り込んでしまい、すみません。ただ、ご用意してから時間が経つと、食感が変わってしまいますゆえ、お持ちいたしました。手作りのジェラートです。左から、ミルク、オレンジ、ナッツです。」
フィーさんの前に、それが置かれる。明らかに、目の色が変わりました。しかし……、それを同時にじっとみつめる姉、シィーさんです。
「フィー? それ、デザートだよね?」
「……。はい、なのです。」
「そして、どうみても、まだ、食べ始めよね? その横にあるものは、食欲を促すための前菜よね? それとも、それはメインの後に出てくる口直しなのかしら? 違うよね? フィー?」
「……。」
フィーさんが黙り込む。
「つまり、無理に、頼んだわね?」
「……。はい、なのです。」
なんか、怒られています。でもさ、ここでデザートはおかしいよね。
「そういうのは、直さないとね?」
「はい……、です。」
「あっ、あの……、気軽に楽しんでいただければ構いませんので……。」
シェフが困ってますね。では、支えないと! 軽く、フォローします。
「シィーさん? フィーさんの件は、それくらいにしてあげて。暑いのが苦手で、早急に冷たいものが欲しかったみたいだからさ。」
「……。ディグさんが、そこまで言うのなら、わかりました。」
何やら、フィーさんが目で合図してきます。なるほど! ジェラートをゆっくり味わえる環境を作れ、ですね。わかりました。お任せください!
「ところで、シィーさんは、こういった甘いものは、好みなのですか?」
「もちろんですわ! 特に、気合を入れた売りの前には、必ずいただきますわ。」
「き、気合を入れた、売り? の前って……。」
いや、まさかね。ただ、その言葉に真っ先に反応したのは……、フィーさんでした。
「姉様……。またなのですか? 売り、なのですか?」
「売りって……。」
「そうよ。売り、なのよ。売ってこそ、売りなの。」
すみません……、そのお姿から、可憐なイメージが崩れていきます……。
「シィーさん……、売りを中心とした取引が好みなのでしょうか?」
「中心というより、『売りしかない』わね。ディグさんは、売りはいたします?」
「まっ、まあ……。ただ、売りから入れない場合などが多かったので、基本、買いが多いです。」
その途端、シィーさんが悩ましい表情を浮かべました。ただね、ほんと久々に「相場」らしい話です。まさか、こんな異世界で「生臭い相場の話」ができるなんてね、これは本当に嬉しいです! えっ、なになに? フィーさんを相手にして、いつも、相場の話をしているのではないか? いやいや、フィーさん相手だとさ、頭が痛くなる「楽しい楽しい楽しみな時間」になってしまいますから! 目の前にね、大量の記号を並べられて、いつも俺は、困っています!
「『売りから入れない』なんて、そんな市場があるわけないわ。嘘はいけませんわよ、ディグさん?」
「それが……、あります。ビックリするかもしれませんが、あります!」
「ほんとに? でもそれで、バランスが取れるの? 需給に合わせて終えるのが、礼儀ですわ。」
「厳密には……売りから入ることはできます。ただ、俺みたいなのは無理なのですが、シィーさんやフィーさんみたいな方々は、売りから入れるという、なかなかの市場です。」
「ディグさん……、それでは、歪が大き過ぎて、とんでもない動きになりますわよ。私は趣味だからともかく、フィーにのみ売る権限なんか与えたら、目も当てられないですわ……。」
そうなんだよ……。買いで入ってさ、極悪な動きに翻弄され、俺が底で投げたら、そこから天まで伸びた、よくある話です。つまり、地獄の舞台で、踊らされていたわけです。
「姉様……。わたしは、そんな売りは、しないのです。ディグさんに、変なイメージを植え付けるのは、やめてください。」
フィーさんが困った表情で、シィーさんに哀願しています。うん、悪くない光景です。
「シィーさん……。まさに、とんでもない動きでした。俺は、そこで……。」
「……。」
シィーさんが、俺の顔を覗き込んできます。なんか……、フィーさんが視線をそらした気が……。
「そうなんだ……。表情を伺う限り、それ、本当の話みたいね。でもね……、そんなのは異世界にでも行かない限り、あり得ないわ。だから、すごく気になるの。」
「い……、異世界ですか!?」
「うん。それでね、まさかこのような相場の話ができるなんて! 私と気が合いそうね? なぜなら私、フィーの話にはついていけなくて、すぐに逃げ出してしまうのよ。だから、このような場は貴重ね!」
「えっ! ああ、そ……そうですよね……。はは……。」
これについては、何て返せば良いんだ……。まさか、俺は異世界から来たなんて、冗談でも言えません! フィーさんの話からは、逃げ出したくなる? ああ、はいです。でも、久々にこのような話、俺も、とても嬉しいです。もし可能なら……、俺の故郷に、シィーさんをお連れすれば良いのかな? ……と、くだらないことを考えていたら、はい、そうです。「筋肉」の存在を、すっかり忘れていました。
「ちょっと待てよ……?」
筋肉が俺に、何の用だ? これは、俺の勝ちや。久々にトレーダーの血が騒ぎ始めました。流れに乗る、です。そして、弱い銘柄は迷わず捨てて、強い銘柄に乗る、です!
「なんだよ? シィーさんは売り相場が好みなんだから、そのような話をすべきだろ? だいたい、そんな二の腕をみせつけた所で、何も変わらないぞ?」
「……、ふざけるなよ? 誇り高き魔の者には、必ず、アピールできる点がある。そこを強調してこそ、気に入っていただけるか、だぞ? これの何が悪い?」
「誇り高き、魔の者? ああ……、そういうことね。」
どうやらこの筋肉、魔の者で決定です。そして、この筋肉が述べている点です。それ、本気なの? もしかして、この地の「魔の者」って、残酷で恐ろしい存在とかでは、ない! かもね……。
「そうだよ。魔の者だ。何か言いたいのか?」
「そうだね。そんなの沢山あるぜ。例えば、相手が、そのアピール点を理解できなければ、そんなの、何の意味も成さないよ?」
「おまえは……。なぜ、理解しようと試みない?」
「はい? そんなの、必要ないからです。ではなぜ、こちらからの理解を求める?」
さらに強気に出る、俺です。弾ける寸前の泡に乗るときは、いつもこれ。泡に乗るしかないからね、俺は! その代わり、そういう泡に乗るのは得意でした。そこでやめておけば……、うん、後の祭りです。気にする必要はありません。なぜなら今は、フィーさんから「大切な犬」を任されました。これに賭けるしかないです。
「なんというやつなんだ……、おまえは。だったら、おまえの、その連れは何だ? そこから、さらに別のもんにまで……。」
あっ……。たしかに、このようなお店だもんね。今、気が付いてしまった……。ちらっとフィーさんをみる。満面の笑みを浮かべながら、甘くて冷たいものを、味わっておりました。はい、問題なしです。
そして筋肉よ、このようなお店で騒いだツケは、しっかりと払ってもらいますぜ。