158, 大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民に対して、毎月、働かなくても十分に余裕を持って生活できるほどの潤沢なカネを渡していたようね? ところで、その目的は……。
一部の民にカネをばらまいていた事がばれて大騒動に発展している件について、なぜか口をつぐむ現職のシィーさんです。
「大精霊シィー。何か答えなさい。これだって、黙ったままで解決できるような問題ではないわよ? その一部の民って、そうね……、大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民、だったかしら?」
「……!? 女神ネゲート様、それは……。」
大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民って、それって……。本来なら強制的に元の地域へ送還する必要があるよね?
「大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民に対して、毎月、働かなくても十分に余裕を持って生活できるほどの潤沢なカネを渡していたようね? わたしの思い違いであることを祈るわ、こんなひどいの。」
「……。」
「なんだよそれは……。シィーさん……、一体、何がしたいのさ?」
俺は驚きのあまり、思わずシィーさんにその目的とやらを聞いてしまった。毎月、働かなくても十分に余裕を持って生活できるほどの潤沢なカネを渡していたって何だよ。つまり、働いたら負けなんてもう古くて、大精霊の承諾を得て移り住むことすら負けとなってしまった。なりふり構わず地域境界線を越え、そのまま開き直って居座り続ければ勝ちとなる、ですね。
「女神の担い手様、これには深い事情がありますの。私は『時代を創る大精霊』として、この件には善処してきましたわ。」
「深い事情ね……。」
「大精霊シィー、いったい何が深い事情なのかしら? また、返答に詰まると曖昧な解釈を繰り返して逃げ始める悪い癖が出始めたようね。そんなのが『時代を創る大精霊』としてのふさわしい討論になるのかしら?」
「……。あなたはそれでも女神なの? 逃れられない紛争などから難を逃れてきた民を受け入れる事に反対するなんて。そのような民は承諾の過程を通す時間すら惜しいのよ。それどころではないから。……、あなたは変わってしまった。あいつらやあの政敵と共に行動するから、そんな狂った思考で固まってしまうのよ。あなたは本来、フィーと同じくして優しい精霊様だったはず。そう……、今からでも遅くはないわ。あなたは、私と共に成長するべきよ!」
なるほど……。つまり、難を逃れてやってきた民を支援していたようですね。でもさ、その事情を考慮したとしても渡す額が大き過ぎます。気になりますよね。これで、何も裏がないとは考えられませんよ。果たして、何だろう。
「あんたね……、そのような額を毎月ずっと渡しているようでは、大精霊の承諾を得て正式に移り住んだ民は、侮辱されたと考えるようになるわよ? 大精霊の承諾を得て正式に移り住むには、時間と労力に加え、カネまでかかるのだから。」
「女神ネゲート様。つまりあなたは、逃れられない紛争などから難を逃れてきた民は見捨てろと、女神として私に命じるのかしら?」
「あのね、女神であるわたしが、大精霊が些細な事で機嫌を損ね始める理不尽な紛争から難を逃れてきた民を見捨てるとでも? ほんと、あんたこそ変わってしまったわ。そのような民のためにわたしのミームがあるのよ。当面の生活費ならわたしのミームで十分にまかなえるともっぱら好評よ。」
「……、何がミームよ。まだ懲りずに『仮想短冊の通貨』をアピールするなんて。ふざけないで!」
「わたしは女神よ。つまり、資本主義や社会主義の概念から距離を置く位置……つまり現実主義でなければならない。そうでないと、『寡頭制の鉄則……どんなに自由な組織であっても最終的にはごく少数の力のある大精霊に全権力を集中させてしまう傾向』より、非常に強力な力を持つごく少数の大精霊の意見だけでこの地全体の方向性を決めてしまう危うい女神へと成り果ててしまうのよ。そして、それはわたし……女神ネゲートによる『仮想短冊の通貨』の神託によって否定された。それなのに、勝手に『推論』の時代にしないでいただけます? 女神はわたしなの、よろしいかしら?」
「女神ネゲート様、『推論』の時代は確定したのよ。それ以上の『推論』の否定は、その相手が女神であっても許さないわ。そもそも、この地の市場は私がすべての実権を握っているのよ。そうね……あなたが何を叫ぼうと、間もなく思い切り利率を引き下げるわ。そこで立場の違いというものを、あなたはご理解いただけるかしら? インフレを退治できたお祝いなら、なおさら中途半端では逆効果ね。一気に大胆と引き下げる。もう、『買いの容認』は終わりよ。」
「シィーさん……、それで、インフレは退治できたのですか?」
「女神の担い手様、インフレの退治とは何かしら? 私は『時代を創る大精霊』として絶好調よ。それで私は女神になったの。その地点でインフレは解決したに等しいわ。さーて、準備は整った。大胆に利率を下げて、市場を驚かせてやるわ。」
「……。」
もうこれは……利率を下げるのは確定しており、予定通りか、それとも大胆かの違いになるだけでしょう。
「ちょっとシィー。渡しているカネの財源については、どこから出しているのよ? 中流階級の潜在的な富や資源からよね? つまり、『返せない借金』に陥った民の不満が発端となって、そのような中流階級から黙って吸い取られ続けているという不満へと向かっているように感じるけど、いかがかしら?」
「そんなのはあなたの勝手な想像でしょう。私から言わせれば、『仮想短冊の通貨』に黙って吸い取られ続けているという不満が常にあるわ。そうよね? 十分に遊んだのだから、短冊に宿る価値を、そろそろ私の市場に返していただきたいわ。その役割を背負ってあなたは女神になったはず。それなのに……あんな神託を下賜するなんて、狂っているわよ!」
「なによ……。また、それなの?」
「女神ネゲート様。とにかく、あなたが何と言おうと『推論』の時代は確定したわ。『推論』に対する、私の頼れる精霊の格付けをみなさい。あなたは『仮想短冊の通貨』にのめり込み過ぎよ。私が寵愛する『推論』の銘柄……、これがどれだけの市場の命運を握っているのか、あなたは理解されているのかしら? 『推論』に万一の失敗など、絶対に許されない。ところで最近、私の頼れる精霊の様子がおかしいとあなたは言い放ったけれど、それは単に、『推論』に万一の失敗すら許されないこの強烈なプレッシャーと闘っているからに他ならないわ! 私だってそうよ? もし、この『推論』が失敗して崩れたらね……、私の市場どころか、円環の市場なども豪快に巻き込んで、冗談抜きで再起不能になるわ。それに対して、『仮想短冊の通貨』にそれだけの影響力はあるのかしら? ……、目が覚めたら、ただの球根に莫大な値を付けていたとなるのかしらね、ふふふ。その球根は美しい花を咲かせるかもしれないが、それがカネを稼ぐわけではないから、そうなるのよ。この『推論』はいかがかしら? そのようなプレッシャーをゆるゆるな女神様にご理解いただけるのか、それがありますの。」
……。
「ずいぶんと自信たっぷりなご様子ね? 万一、シィーが『仮想短冊の通貨』を否定した場合、わたしは他の大精霊の地域一帯で頑張るのみよ? そしてそうなった場合、わたしはもうシィーの市場など、どうにでもなれだわ。それでよろしいのかしら?」
「女神ネゲート様、その点についてはご心配に及びませんわ。私が寵愛する『推論』の超越に近い演算能力をみれば、誰だってそれは、ずっと一緒にいたくなる『推論』の銘柄になるのよ。この驚異的な演算能力を古典ビットで実現してしまうとは……ね。そういえば、地の大精霊がこの演算能力に近付こうとして失敗したわ。地の大精霊がこのような奇跡を起こせるはずがないのよ。」
「何が言いたいのよ?」
「あなたがどう動こうと、勝つのは私で確定よ。私が優勢であることに変わりはないの。」
開き直ったのか、それとも……何か良い情報でも得たのでしょうか。シィーさんが急に強気になりました。どうやら、その状況はネゲートも勘付いているようで、苦笑いを浮かべています。こいつ、すぐに表情として現れるからわかりやすいです。
「あんたまさか……。ここ最近、大精霊の承諾を得ないまま勝手に移り住んだ民が『急増した』と伺ったわ。そのような民に、裏で……を与えることが目的なんてことは……。それで、後からそれらが不正な……として現れてくる。なぜならそのような民は、あれだけの額を毎月受け取っていたのなら間違いなくあんたに……するからよ。そしてそんなやり方であっても、総取り方式を採用する民の審判を十分に乗り切れるし、そのまま勝ちとなるわ。なぜなら、どうせ後から不正な……が見つかったところで、どうにもならない。……、こんなの違う、あり得ない。そこまで疑う事はしたくないわ……。」
「あら、女神ネゲート様。勝てばいいのよ。勝てば、ね。」
……、勝てばいいって……、そういう問題ではないだろ、それ! ……、そこでカネだったのかよ? ……。