154, 「推論」の力によって生成された美しい映像で「同位体となったトランザクション」の正体に迫りました。このような網を仕掛け、そこに迷い込んだ「仮想短冊の通貨」を瞬時に奪っていたのですね。
「推論」の力に圧倒される俺とネゲート。しかも……これで「大精霊の推論」とは。最上位の「女神の推論」ではありません。
「わたしは良貨として『仮想短冊の通貨』をこの地に残したいのよ。そのためなら、わかったわ。それでシィーの要求は、伝統的な取引と共存したい、これよね? そもそも、それはわたしの方針でもあるのよ。」
「女神ネゲート様、それなら安心ですわ。私の要求はそれだけよ。では、『推論』による考察を開示しましょう。映像で構築してみましたわ。ご覧あれ。」
シィーさんはそう告げると、俺とネゲートのマッピングに「同位体となったトランザクション」の考察を綺麗な映像で流してきました。ちょっと待て、こんなに美しい映像まで「推論」の力で瞬時に生成できるのか? 俺はさ……、そっちにも驚いていますよ。ただこれ……、このまま解放なんてしたら雇用に影響が出そうだけど……。まあ、俺のような者が心配しても意味はないのですが……。
その映像は非常に美しく、思わず魅入られてしまいます。無数の仮想短冊が組み合わさって取引が成立していく過程で……そこからごく稀に「同位体となったトランザクション」が光り出すように編集されており、俺にも手に取るようにわかりました。この光った仮想短冊を抱えるトランザクションに何かある、ですね? でもこれ、運悪く手持ちの仮想短冊が光ったら、その分は諦めとなるのかな……。
「いかがかしら? 映像の方が言葉で伝えるよりも理解が早いはずよ。その光った仮想短冊が『同位体となったトランザクション』の正体。そして『取引の場』などを『なぜ仮想短冊の通貨が奪われたのか、原因は不明』で悩ませてきた正体よ。これね……、トランザクションの構造を設計し、それをチェーンに組み込んだ経験のある精霊にしか、原因の特定は叶わない。なぜなら『同位体となったトランザクション』の存在自体は問題はなく、チェーンの規則にも準じており、『標準なトランザクション』として矛盾なく成立しているためよ。このあたりは『少し傷付いた短冊によるトランザクション』と似ているわね。それゆえに同位体と名付けたわ。同位体を含む水や炭水化物を体内にわずかに取り込んだとしても、その生理的な作用はまったく問題ないでしょう? それと一緒なのよ。」
今まで原因は不明って……、それがわからず、悩んできたとは……。
「それ……、チェーンの性質を組み合わせると、たしかに脅威だわ。」
「女神ネゲート様。ここでもう少し考えてみて欲しいわ。それは、『同位体となったトランザクション』が発生しやすい条件よ。その条件が……見事なまでに『取引の場』の運営形態なのよ。その証拠に、なぜか決まったような間隔で『取引の場』から莫大な額の『仮想短冊の通貨』が奪われているわよね? そう話を切り出すと決まって『顧客の仮想短冊が集まっているから狙われやすく奪われる』と言われてきた。ううん、そうではないの。それが原因なら他にも沢山あるわ。ところが決まってなぜか『取引の場』から莫大な額が定期的に奪われている。そこで気が付くべきだったかもしれない。」
「……。」
「それで、女神ネゲート様。こんな話はご存じかしら? チェーン管理精霊の間で囁かれる噂……『チェーンは創るより奪った方が早い』という、信じ難い内容についてよ。でも……これには、ささやかな真実が含まれていた。」
「それは……、たしかに耳にしたことがあるわ。でも、そんなのは冗談で……。」
「女神ネゲート様。このような噂を冗談で否定してしまうから、あなたはゆるいと言われてしまうのよ。上位のチェーン管理精霊ならトランザクションの構造自体を熟知しているはずだから、おそらく知っていたでしょう。」
それって……。
「それは否定できないわ。それでも……、ごく稀という事象が、偶然的にも莫大な額を宿す仮想短冊を指す可能性なんて……。」
「女神ネゲート様。たしかにそのような偶然上の問題であったのなら気にしないで済むかもしれない。ところが、これまでに起きた奪われた件を並べてみると……何やら上手い具合に『額が大きい仮想短冊を狙った奪い方』よね?」
「それは……、その……。」
ネゲートは返答を濁らせた。確かに、それが本当なら偶然ではない。
「これね……、チェーンを稼働させる設計図の二か所を『倫理観など欠片もない者』が書き換えると、そこそこの頻度で『同位体となったトランザクション』が発生してしまう事を『推論』によるシミュレーションで掴んだのよ。つまり、まるで網をかけられたようなものね。そこで……被害が大きくなる要因は、奪うチャンスは一度に限られるので大物を狙う……つまり、額の大きい仮想短冊が網にかかる瞬間を狙っているからなのよ。これで、納得のいく説明になったかしら? なぜか莫大な額が奪われてしまう、という理由としてね。」
まだまだ直すべき箇所が沢山あるということですね。
「シィーさん……、それって、正常に動作するの?」
「女神の担い手様。もちろん正常に動作し、コンセンサスなども正常よ。それで、その網の存在は外部からなんてわからない。なぜなら、同位体であっても『標準なトランザクション』としてコンセンサスに作用するからなのよ。チェーンってね、規則通りに動作していれば中身がどうであっても問題ないトランザクションとして処理されるようにできているのよ。そうしないと、僅かな異常で止まってしまうとその方が問題となるから。そうよね?」
「シィー……、その現象に対する有効な対処法は何かしら? そこまで『推論』で得られているからこそ、わたしに話した、そうね?」
「そうよ、女神ネゲート様。あなたは、私と組むべき女神様よ。そしたら私は『推論』以外にもう一つ、時代を創るわ。それは……『無尽蔵なエネルギー』よ。いかがかしら?」
……。シィーさんの目的は、ネゲートを自分の陣営に引き入れることだろう。つまり、ネゲートを取り込んだ方が勝ち、そういうことですか。わかってきましたよ。