152, 私だって役に立ちたい。そこで、唐突にチェーンからカネを奪われる「同位体となったトランザクション」は巧妙かつ標準で仕組まれるので、その予防には「推論」が必要なのよ。
しばらく静寂の後、重苦しい空気が漂う中、シィーさんが「推論」についての考えを述べ始めました。
「チェーンへの考察の前に、ちょっといいかしら? 私の頭は……なので負けるだろうという憶測が発生している状況を確認したの。それは否定しない。私が女神に昇格したあのご祝儀相場の中では、笑顔を民に向けているだけで良かったはず。それなのに、その浮いた気持ちから中途半端な経済対策を『推論』を経由せずに発言してしまった。それでも会場は大いに盛り上がり、無事に成功し着地したと感じたが、それは幻だった。私への支持が落ちた事を後から知ったわ。結局……、それが私自身の力。それでも私は、それを『弱い面』として受け入れるように、もがき苦しみ、それを補うために『推論』の力を手にしたのよ。」
つまり、常に「推論」を使っているわけではないようですね。ちょっと気になりました。
「それって、経済対策については自分の意見だった、ですね?」
「女神の担い手様……、そうよ。それで、この方針ではいけないと、後から『推論』によってそう気づかされた。そこで、ここで利率を下げ、軟着陸を目指す方針に転換したのよ。」
それが「推論」にシィーさんがはまり込む原因となったのかな。このままだと、全部が「推論」の意見になってしまう。それで……政を「推論」に任せると合理的な判断のみが集まってしまい……、何だったかな? フィーさんが夢中になって話していたので、そこまでは憶えていました。
「その軟着陸には『推論』を積極的に活用するということですね?」
「うん、そうよ。それくらい、この軟着陸に失敗は許されない。」
「ちょっと、シィー? 万一その軟着陸に失敗したら、それによって壊れるのはシィーの通貨ではなく、それを支える他の通貨が犠牲になるわ。特に円環なんて、搾りカスすら残らないほど容赦なくぎゅっと絞られそう。きっとそうよ!」
「女神ネゲート様、またそんな話? あの暴落の原因は誰だったのかしら? 『コピートレード』でぎゅっと絞っておいて?」
「……、もう、いいわよ。」
ネゲート様は「コピートレード」で突っ込まれると何も言い返せないようですね。スキャムは、そのようなゆるい所に付け込んできますね。
「それでは、私と一緒に苦楽を共にする『推論』の力をご覧あれ。」
「苦楽を共にする……か。」
「たとえそれが『推論』の力であっても、私だって役に立ちたい。それだけよ。」
「シィー……、それってどういうニュアンスを含むのかしら?」
ネゲートが不思議そうにシィーさんをみつめています。急に、どうしたんだろう。
「あなたやフィーと比較して、わたしは……劣っているのよ。女神の力はなく、そのままこの地に投げ出された。それが私、シィーよ。」
「……、えっ?」
「女神の担い手様、驚かないでください。あなたも、何となく気が付いていたはず。」
それは、比較対象がよろしくないだけで……。こいつとフィーさんは別の意味で圧倒的ですからね……。そう上手く説明はしましたが、シィーさんが軽く首を横に振った。
「それでも私は……『推論』を手に入れた。これで互角に張り合えるはず。」
「あの、張り合うって……、そんな程度の考えで『推論』を手にしたの?」
「そうよ。そして、その力を試す機会が与えられたのよ。」
「それが……『同位体となったトランザクション』に対する考察かしら?」
「そう。唐突にチェーンからカネを奪われる『同位体となったトランザクション』は巧妙かつ標準で仕組まれるので、これを私の力で対処したいの……。その予防には『推論』が必要なのよ。」
「……、まあ、いいわ。その様子だと、少しは私の話を『吸収』したようね? ……、これが『推論』の力。どうやら、私の意見をしっかりと『推論』が取り込んで再構成し、その整理整頓された情報がシィーに伝わったようね? ……、もちろん、喜べる状況ではないわ。」
吸収? えっ? 「推論」って、そんな動きをするの?
「ネゲート……、喜べない状況とは、つまり?」
「そうよ。これでは、わたしは誰と討論をしていたのかしら? シィーなのか、それとも『推論』なのか。ちょっと気味が悪いわよ。」
たしかに、気味が悪い。俺もそう感じたよ。
「女神ネゲート様、そして女神の担い手様。これは私が決めた『推論』への覚悟よ。以後、お見知りおきを。」
「……。」
「それでは、同位体という理の解釈から、チェーンのトランザクション構成を『推論』で一気にみていきましょう。価値を宿す未使用な短冊が前触れなく奪われ忽然と消えたにも関わらず、その原因がまったくわからない。しまいには内部犯まで疑われ、良好だった組織の関係まで破壊してしまう。そのような事例が後を絶たず、頭を悩ましている方はきっと多いはず。」
「そうね。その事例については、セキュリティアラートすら意味がない。なぜなら、忽然と全部が消えてしまうから。価値をすべて失った使用済み短冊に対するアラートなど、すでに意味がないわ。」
「推論」をもとに考察が始まろうとしています。シィーさん……も、悩んでいたようですね。