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14, 民のみなさま、みな一丸となって、この危機を乗り越えましょう!

 俺はいま、絶望の遥か彼方にいます。フィーさんより価値のある「犬」を沢山いただき、この地では「イージーライフ」を夢見ていたのですが、その淡い期待が膨らんだ夢は、脆くも崩れ去りました。


 そうです! フィーさんお気に入りの場で手に取ってしまった、あのやばい書物です。なぜ、壁から書物が出てきたのでしょうか? 不思議です。とても不思議です!


 その書物にあった、とても意地が悪そうな虫……「天の使い」らしきものが、どうやら俺の命運を「ハードモード」に変えてしまうようです。うん、この地も……、甘くはないようで……。何よりでした!


 あと……。いよいよ、故郷の記憶が断片化してきました。覚悟はしていましたが、やはり、寂しいです。それでも、最後に大負けしたことについてはなぜか、なぜか、なぜか「鮮明」に残っています。はい、この部分が「ハードモード」に拍車をかけないよう、細心の注意を払っていきたいです。


 それにしても……、ここに連れてこられて、だいぶ経ちましたね。特に、生活に困るわけでもないゆえ、深く考えるわけもなく、そのまま「堕落生活」です。このフィーさんの住処……特にストレスも溜まらず自由奔放の気分になってしまい、外にすら出る気力が出ません。いや、実際には、外には怖くて出ることができません。誰だって異界に連れてこられてさ、そこの外なんかに出たくはないでしょう? あのお気に入りの場ですら警戒した位です……。


 あの「犬」の使い方については、慣れてはきましたが、今もなお、必死に習得中ですよ。ただ、実践したのがミィーへのトランザクションだけです。そろそろ、このような実践を積み重ねていきたいです。いつも、フィーさん相手にテストばかりの日々です。テストが大事なのは、アホな俺でもよくわかります。しかし、緊張感が欠けるため、習得へのモチベーションが失われていきます。


 そこで今日は……、フィーさんに、実践数を増やせるような提案を、俺から、していきます! たまには積極的なところをみせないとね。


「フィーさん、ちょっといい?」

「はい? ……、ディグさんからなんて、珍しいのです。」


 珍しいのか。うん、珍しいだろう。この堕落生活では、こちらから積極的に働きかけること自体が不必要だからね。ここで一つくらい決めていきましょう!


「俺さ……、そろそろ犬の実践数を増やしたいと考えているんだ。」

「はい……。実践数……なのですか。そうですね、いつもテストばかりでは、飽きてしまうのですね。そうですね……。」


 さて、この要望は受理されるのだろうか。というのも、フィーさんって、山師……投機家らしく、よほどの事がないと表情を浮かべないため、なかなか掴みにくいというか、気難しいというか、そういった一面があります。


「やっぱり、俺の今の実力では、厳しい?」

「……、いえ。ディグさんからのご要望ですので、最優先で対処します。ところで、ここでは、わたし以外に相手がおりません。そのため、そうですね……、ここから東にある近くの都まで、わたしと……行くのです。そこならば、人が集まる『コミュニティ』が沢山あるのです。」

「えっ! そ、それはここから出る日がついに……ですか。でもさ、この近くに、みやこ? そんな華やかな場所が、近くにあるの?」

「はい、あります。そんなに遠くはないです。だから、この場所は静かで落ち着いていて、それにも関わらず、都が近く、さらに気温も低めで、わたしのお気に入りなのです。」

「そうなんだ……。」


 ほんとここ、周りに何もないので、陸の孤島に閉じ込められたという表現もありかな、と思うよ。そして、ここから近くに、華やかな都があるとは? 俺はどうだろう。うん、そうだな……。やはり、近くに気軽に飲み食いできる楽しいお店がないと、精神的にきついかな。そんで、そんな俺でさえ、外に出たくならない、この住処。おそらく、俺に託した「犬」は、持ち分のごく一部なんだろうな……うらやましいですね。これで「ハードモード」でなければな……、遊べそうな場もあるようなので、大逆転だったかもしれません。まあ、異界を挟んでも、そんなに甘くないか。それだけの「犬」を俺みたいのに託したのだから、何かあるよね。もちろん、フィーさんは信用してはいるが、この部分だけはどうしても腑に落ちません。しかし、その目的なんかは……、恐ろしくて、怖くて、聞けませんよ。とりあえず「犬」をしっかり使えるようになって、それからですね。


「ただ、都に期待はしないでください。先日、唐突に来られたミィーという者が、あの場で話していたこと……食料に関することは、すべて事実なのです。いま都は……、想像以上に追い込まれている状況なのです。」

「ああ、あれね……。あの美味しくない実……、いや! 贅沢は言ってられないな。」

「……。まさか、食べ物から連想して憶えているなんて……、ディグさんらしいですね。」


 あっ、いまフィーさん笑った? フィーさんにすら笑われる、さすがはアホな俺……。


「でも『都』と呼ばれるくらいなら、大きな街なのでしょう! だったらさ、その都に……、うまっ! と、うなるようなお店とか……ないの?」

「……。ディグさん……。百聞は一見に如かず、でしょうか。その目で都を、しっかりとみるのです。そうすれば、すぐに察しいたします。」


 察するって、何を? なのさ。……。その意味ありげなフィーさんの言葉に、ちょっとばかり、冷や汗が出ました。


「そうなんだ……。かなり厳しい状況、ってことね?」

「はい……、なのです。」


 なんか……、とてつもなく重い雰囲気になった。なお、このような状況の打破なら、是非とも、おまかせください。慣れています。


「フィーさん?」

「はい……?」

「いや……、なんというかさ、そうそう! 『防虫スプレー』みたいのは、ないですか?」

「えっ? ぼ、ぼうちゅう、すぷれーですか? そ、それは……?」


 俺にとっては必需品ですよ! 途中でさ、あんな「やばい虫」に襲われるなんて、その場で終わってしまいます。その俺らしい最後を、道端で迎えるのでしょうか。道端で、か。


 はっきり言ってそんなもん、効きそうにはないが、気休めにはなるでしょう。


 それはさておき、フィーさんの反応がとても良いね。やはり、この地にそういうものはないようですね。なぜ「スプレー」なんか言い出したのか、それは、俺が知っていて、フィーさんが知らないもの……そうはないから。思いきって、ここで出してみました。あのチャートの話だったかな、「回転何とか」でいじられたので、ちょっとしたお返しの意味があります!


「体にシュっとかけると、あら不思議。虫が寄ってこなくなるんです!」

「そ……、そんなのが、あるのですか?」

「それが、あるんです! そして、ここからが大事。そうです、俺が知っていて、フィーさんが知らないもの。」

「ディグさん……、それは……、ちょっと違うのです。」

「ほう……? 何が違うのかな?」


 これはもしかしたら……、怒っているのか?


「わたしが察するに、ディグさんの故郷にあったもの、ですよね? それは、わたしが知るよしもないので、カウントされないのです。よろしいですか?」


 フィーさんって、案外、ごねるんだな。


「フィーさん? ごねてもダメです。よろしくないです! それでは、フェアではありません。なぜなら、『回転何とか』だってさ、そんな変なもん、この地にしかないぜ。それだって、俺は知ることができない。」


 うまく流れに乗って、今回、初めてフィーさんに勝ったか? ……、こんな勝ち負けに意味はありませんが、一回くらいは勝っておきたい、俺のわがままです。


「……。ディグさん、甘いです。その『回転何とか』は、ディグさんの故郷にもありますよ。そのような知識があったからこそ、わたしが……この地にお呼びできたのです。」

「えっ……? 仮にあったとしても、俺は知らないぞ? そんな適当な……。」

「ディグさん……、これは適当ではないのです。なぜなら、間違いなく証明できるから、なのです。いまここで詳しく、細部に至る隅々まで、証明してみせます? わたしは、構いませんよ。それどころか『楽しい時間』が過ごせそうです……。」

「あ、あの……。」


 ちょっと、あれ……。何でこんな展開に? これって、相場でよくある……またたきした瞬間に、状況が変わるってやつと一緒じゃないか! ついさっきまで、俺がリードしていたはずなのに……。なになに、楽しい時間だって? 冗談じゃないです、どひゃ! です。すぐに断らないと大変なことになる! これさ……、少し前までは含み益たっぷりご機嫌かつハイテンションだったのに、なぜか最後は、最後は……、さっさと成り売りしないと取り返しがつかなくなる、あの悲しい状況に似ています。というか、そんな記憶は最優先で消えてください!


「はい?」

「フィーさん……、素直に認めます、俺の負けです。」

「そうですか……。それは……、残念なのです。でも、もしよろしければ……、最高の数のお話でも?」


 えっ、なになに? なんかやばいよね、これ。この流れに乗ってしまったら、もはや、大変では済まない。俺の本能が、今すぐ逃げろと、強く働きかけてきます!


「ああ、いや、俺の負けなので……。」

「あっ……、すみません。気にしないでください。長いときを、一人で過ごしてきたせいかもしれません。」

「……。そっか! ははは……、まあ、そうなるよな。うん、そうだね。」


 たしかにね。だから、俺とフィーさんしか、ここにはいない。適当に相槌を打って、この流れを断ち切ります。まあ……、世話になっているのは事実なので、相手になっても良いんだけどね、その「話の長さ」が問題なんです。そうだね、最後に出してきたものは……軽く「数時間」かな。しかも、それで済めば良い方で……「続きはまた明日です、明日明日、です」、これがやばい。


「ただし、独りぼっちではありません。実はです……、姉様がいるのです。」

「へぇ? それで、その姉さんは、どこにいるのさ?」


 姉さんか。まさか……、あの「お気に入りの場」が好き過ぎて、そこから一歩も出ずに住みこんでしまっている状態とかではないよね?


「はい、それなのですが……。わたしにも、わからないのです。」

「えっ?」


 もしかしたら、行方不明……? 次々と謎が迷い込んできます。なお、深刻そうな話に対しては、深くは突っ込みません。


「あっ、ご心配には至りません。わたしとは正反対というか……、ただ、行動力があるだけなのです。それこそ、首輪を付けて、鎖でつないでおかないと、何処に飛んでいってしまうのか、見当すらつかない、そういう姉様なのです。」

「ああ……、く、鎖ね。はは……。」


 ああ、そっちね……。ふう……、です。ただ、故郷の記憶を失っていく過程から、フィーさんのペットになるのではないかという不安がつきまとっていたので、「鎖」という表現に、正直、少しビビりました。意識することなく、そういう表現が出てくるのか……。


「まったく、どこで、いつまで遊んでいるのか……。こんな暑い時期に、外を暴れ回るなんて……。こうやって、わたしが心配しているとしても、まったくもって、気にすら留めないタイプなのです。」

「あ、あの……、ちょっと話が変わるけどいい?」

「はい、なのです。なんでしょうか?」

「いまさ、『暑い時期』って、言った気が……。」

「……。はい。今の季節は夏ですから、暑いのです。」

「いやさ……、今いるここさ、涼しいよね? 快適というか……いや、寒いくらいだね……。」

「はい。わたしは、暑いのが大の苦手なので……。一応、ここは避暑地なのですが、それでも暑いので、冷やしているのです。」

「そ、そうなんだ、ずっと、冷やしているのね……。うん、快適です!」


 夏か。うん、そういや俺の故郷にも、そんなのがあったな、と、ふと思いました。それで……、山師としてのフィーさんのお金の使い道は常に気になっていました。もしかしたら、そのうちの一つが、ここを「常に」冷やすことなのかな……? これ以外に、特に、浪費しているような点がないからね。なぜなら、あのお気に入りの場で、長い時間を過ごしているときが圧倒的に多いからね。あれは、色々とそれらしい理由を付けているようですが、やはり、趣味なんだろうね。あの趣味は……、最小限というか、ミニマム、です。


「今年は、ミィーさんがこちらに来られた頃から暑くなりはじめて、そこから一気でした。一時期は、なかなか暑くならない状態が続いていて良かったのですが、また最近、気温の差がとても激しく、暑くなりやすい傾向になってきました。これは……、きついのです。わたしにとって、これは大問題、なのです。だから、冷やすのです。これだけは、譲れません。」


 ……。そういや、俺が最初に連れてこられた、あの場所……。こごえる手前の寒さはあったな。あっ、でもだいぶ経つからな。あの頃の季節はどうだったのかな?


「フィーさん? 俺がこの地に来た頃の季節は、何だったの? 夏があるということは……。」

「はい、そうですね、あの頃は冬です。あの寒い、冬のことなのです。」

「冬があるんですね!」

「はい、冬がないと困ります。強制冷却された空気よりも、自然に冷えた大気が好みなのです。そして……、あの……甘いものとかも、冬ならではなのです。」

「ああ、あの甘いものね。俺が飽きるほど食べいてた、あの冷たくて、おいしいものね。特に、暑い時期に食べると最高なんだよな。それが、いくらでも食べ放題。いつでも、だったな。」

「ディグさん……。それは本当に、うらやましいのです。」

「そこでなんだが、おいしい故郷の記憶というものは、残るの?」

「えっと……、基本的に、そのあたりも消えていきます。」

「そうなんだ。まあ、しょうがないか。なんか懐かしいな……と思ってね。まだ記憶に残っています。『四季』に点在する、美味しいもの!」

「四季……? ですか?」

「えっ?」


 さすがに……、四季を知らない? それはあり得ないよね。


「四季というのは……。四の季節を示すもの、ですよね?」

「まあ……、そうなるね。」

「それだと、この地は四季ではないですね。この地の、このあたりは……夏と冬しかないのです。」


 夏と冬しかない? 極端だね……。それは。


「本当なの? それ? 暑いと思っていたら、すぐに震える寒さがやってくるの?」

「はい、なのです。それゆえに、外出については、その冬が来るまで耐えたいのですが……、ディグさんのご要望ですから、都まで、外出です。わたし、頑張りますので!」


 そっか。暑いんだっけ。うう……。でも、俺からの提案だからな、俺も、頑張ります。


「そういえばミィー……。あれから、どうなんだろう? ちゃんと食べているかな?」

「そうですね……。ミィーさん、元気だと嬉しいのです。」

「設計図に問題、だっけ……?」

「はい、なのです。あの内容では、はじめから、でした。」

「そんなに、ひどい内容だったの?」


 気にはなっていたが、聞き出せなかったうちの一つが、これです。でも、知っておいた方がよいかなという、自分勝手な解釈で聞いてみます。


「はい。要約いたしますと、『毎日がお腹いっぱい』、でした。」

「えっ……、ああ、はい。」


 「設計図」なんていうからさ、それなりのものだと考えていたのだが、まさに拍子抜けでした!


「フィーさん、ぶっちゃけ、まったく理解できないのだが、その設計図って、何でもよいの?」

「はい、自由なのです。ただし、そんな内容でも、それなりの価値を持ってしまう場合がありますので、そう簡単には承認できないのです。」

「そこでなんだけど……、その『承認』って、何なの?」

「……。承認と述べると、それらしい処理がありそうなのですが、それとは違う概念となります。ここで例を挙げてみます。まず、ディグさんと交わしました『スマートコントラクト』は、わたしを含め誰もが逆らえない『式の上』で自動的に成り立っているのですが……、あの承認は、そういう厳格な意味ではないのです。」


 誰もが逆らえない式の上で自動的に成立って、結構、やばいもんを交わしてしまったのかな? まあ、今さらどうにもならない。だから、気にしない! これに限ります。


「それで……。」

「あの承認は、単に……、ミィーさんの設計図に乗った方々で形成される『コミュニティ』で、そうですね……二番目の席に、わたしが座るかどうか……、それだけなのです。」

「えっ? それって……。」

「はい。単に……、わたしの名を貸して、なのです。」


 たしかに、ミィーのあの崇拝、狂信というか、フィーさんに対する信仰心? やばかったもんな。


「なんだ。そういうことね。フィーさんの名前があるだけで、すごいことになるんだ?」

「えっ……。多少はあるのかもしれませんが、それを期待されても困るのです……。」


 しおらしいことを言うフィーさん。案外、あの崇拝などには疲れている、かもしれません。


「ところで、一番目の席は……?」

「それは、大切な席なのです。そこには『コミュニティ』を構築された方がきます。この場合、ミィーさんですね。」

「……、なるほど! その『コミュニティ』が何なのか、少しは、わかってきた気がします!」

「そして、なのです。その『コミュニティ』の中でも、『犬』を投げることができ、そのときに使われるのがトランザクションではなく、ムーブと呼ばれるもの、なのです。」

「ようやく……、ムーブのご登場ですか。前から、気になっていました!」


 犬については慣れてきたつもりでしたが……、このような流れで、新しい手段が出てきます。特に今回は、気持ちを入れ替えて習得する必要がありますので、俺自身が、この事の重要性を強く意識しているのかな。


「そこでミィーさんなのですが……、しっかり、適度に、『犬』を第三者に投げています。」

「えっ? なんでわかるの……、って、もう言いません! 公開されているからですよね? 『犬』の流れのすべてが、ですよね?」


 俺はドヤ顔だったさ。しかし、フィーさんは首を横に振ります。


「いいえ……、ディグさん。公開されているのはトランザクションの場合です。今回はムーブなので、その流れは公開されておりません。では、なぜわたしがそれを知っているのか、なのです。それは、わたしもそのコミュニティに入っているためです。もちろん、この名では、ないのです。」


 えっ? 全部公開では……、ないんだ。


「そうなんだ……。非公開の場合もあるんですね!」

「非公開と言われてしまいますと、厳密には、異なるのです。整理しますと……、まず、ミィーさんまでの流れは公開されています。その部分はトランザクションになりますから。そして、ミィーさんからのムーブが非公開となります。」

「つまり、コミュニティで投げた分は、わからないと……?」

「はい、なのです。個別に内部で渡した分は、投げた本人にしか、わかりません。ただし、トランザクションが発生していないということは、その投げた分が承認されたわけではないため、極端な話……、投げた後でも、投げた本人が、投げた分を戻すことができてしまいます。」

「承認って……? さっきのフィーさんの承認とは何が異なるのさ。」


 小難しい話になってきましたが、しっかり、理解しなければ、先はないだろう。


「わたしの承認なんかとは、雲泥の差、なのです。なぜなら、トランザクションの承認は『第三者』が行うのです。だから、それらは全て公開され、後から変更することが、できないのです。しかし、コミュニティで投げられる分は基本ムーブです。ムーブは、投げた本人が、その流れと残高を記録します。その流れや記録に、第三者は介入しないため、注意が必要となるのです。」

「それだと……、すべてが非中央だっけ? それに反しているような気も……?」

「はい、なのです。はじめは非中央だとみて、取り組んでみると、ムーブあたりで、あれ、なんか違う……? となるのです。でも、全てをトランザクションにすることはできません。そんなことをしたら、ブロックがすぐに詰まってしまいますので、詰まらないようにする新しい仕組みが必要になります。ただ、ある程度は中央寄りでまとめて、その結果をトランザクションに流すのが、最適な方法なのかもしれません。それならば、今のままでも十分なのです。」


 なんか、やばい方向に話が進み始めました。俺流に要約すると「今のままでも十分」か! いや、それは違うって? ああ、はい。今回は、俺から、だったよな。真剣になろう。俺だって、真剣になれるさ。よし!


「なるほど。非中央を目標としつつ、一方で、中央に寄り添いたい気持ちもあるということかな?」

「……。それは少し違うのです。目標ではなく……、自然にそうなった、これが正解なのです。」

「えっ? 誰かが、目標を掲げてはじめる、でかいプロジェクトみたいのを想像していました! 俺が任された……、あっ、もう思い出せなくなってきました。まあ、あんなのは、さっさと忘れた方が良いのかな。ははっ!」


 やばい方向から何とか、俺でもわかる内容に修正しつつ……、長話になってしまいました。なお、長話自体は問題ありません。それゆえに、フィーさんの話し相手になれるのですから。


「久々なのです、有意義なお時間でした。」

「あ、あの? お出かけの件は……?」

「……。途中から、すっかり忘れてしまいました。」


 さて、はじめての外出です。はじめて、です。どのような展開になるのでしょうか。まず、都までどうやって向かうのだろうか。あんな不思議な能力や犬があるのですから、まさか暑いなかを歩いて? そうではないよね。暑いのが大の苦手なフィーさんが干からびてしまいます。もしかしたら、この地の超特急みたいのがあるのかもしれません。


「フィーさん……、たしか、お外は暑いんだよね?」

「はい、なのです。」

「まさか、歩いて……?」

「……。ディグさん、恐ろしいことを言わないでください……。それでも、ディグさんが希望されるのなら、徒歩で向かいますが……、いくら近いとはいえ、二日は、かかるのです。」

「……。それは無理。無理、無理です。」

「ふう……、安心いたしました。」

「やっぱり、超特急みたいのがあるのかな?」

「えっ……と? それは……何なのでしょうか?」

「ああ……、ごめん。すばやく行ける、というニュアンスです!」


 超特急では通じないか。つまり……、移動するための、そういうものはないんだね。


「……。そういう意味なのですか。そうなのですか……。そんなの……。」

「あっ……。まだスプレーの件、引きずってる?」


 いまここで、フィーさんが知らなそうな単語を投げるのは、やめると決意しました。


「いいえ……。引きずっていないのです。少し……取り乱しましたが、もう大丈夫です。」

「それなら良かった! それで、どんな手段で?」

「はい、簡単な話なのです。ディグさんをこの地にお連れいたしました、あの力、なのです。」

「そ、それか!」


 まったく異なる世界から、この地に呼ぶ力か。たしかに、それさえあれば、簡単でした!


「常に動いていると……、そこに、実在可能なものが発生するのです。サブスタンスもインスタンスも、またはそれらが重なった状態も、すべて同じジェネシスから生じている、とも考えられます。」

「えっ? つまりそれは、ハードモードへの移行を示す、とか?」

「は、ハードモード? ですか。そのコンセプトは気になるのですが……、都でゆっくりお話し、いたしましょう! では、目を閉じてください。」

「な、何のお話し……、あっ、いや!? まさか、このまま向かうの?」

「……。はい、なのです。明日なんて言い始めたら、またその明日になってしまうのです。決めたら、すぐに行動です。このあたりはわたしも、姉様に似ているのかもしれません……。」


 言われるがままに目を閉じて、数秒だったかな……。明らかにまわりの雰囲気が変わり、熱気が俺を包み込んできたので、これはと思い、目を開けました。


 うん。なんか……、路地裏のような、誰も通らないような、ひっそりとした場所です。ほんとに、これだけで移動できるなら、俺の超特急とは、一体、何だったのか……です。


「まさに……、ほぼ数秒で?」

「一応、人目に付かない場所を選んで移動しました。さて、いよいよ都ですね。」

「本当に……、こんなことができるなんて。」

「はい、なのです。実はこの力、人気があるのです。便利ですから。」

「この力、『犬』よりも……」

「ディグさん……、大切な犬は、犬なのです。」


 慣れない移動もなのですが、この都……。うん、寂れているのかもしれない。覇気がないというか……。時間帯が悪いのかな?


「いま、何時くらい?」

「はい、正午付近なのです。」

「えっ!? それだとさ、ランチを求めて人が動くはずなんだが……。なんか……、想像していたものと明らかに違うな……。」

「そうですか……。わたしは、すでに厳しい状況なのです。この暑さ、途中で倒れるかも、です。」


 たしか……、慣れない暑さは危険だったよな。


「涼める場所はないの?」

「そうですね……、お店ならあります。この場よりは断然よいです。ついでに何か、いただきましょう。わたし……、昨日の夜から、何も食べていないのです。」

「フィーさん、何も食べていないって……。やっぱり、あの場で夢中になり過ぎて、なのかな?」

「はい、なのです。」


 それは体に良くないぞ……。俺だって、負けた日でも、飯はしっかりでした。体が資本ですから!


「なら、そのお店でも、よさそうかな……。しっかり冷えていそうだし。」

「はい、なのです。では……、そこにしましょうか。」


 フィーさんが目で俺に合図をしてきます。その店構えから……、俺がヤケ酒などを浴びるように飲んでいた、あういうタイプのお店ではなくて……、とにかく、涼む目的で入るようなところではないのは確かです。しっかり、飯をいただく必要がありますね。ただ、飯というより、ランチという表現がぴったりなのですが……。そこに、フィーさんと入るのか。ああ……、はい。


 ところで、なぜフィーさんは……、ここにはじめて来たという、ふるまいをするんだ?


「ちょっと待って! フィーさんおすすめ! みたいなお店とか……ないの?」

「ディグさん……。今は、そんなのはありません。この状況では、すぐになくなるでしょうから。わたしのお気に入りは、この都からは、すべて消えたのです。だから、あの甘い物さえ、貴重なのです。」

「そ、そうなのか……。」


 そういう事情があったのか。お気に入りの店がなくなるのは、寂しいよね……。


 とりあえず、その店に入ってみる。……、誰もいません。外が暑すぎるからかな? でも、店内はキレイでおしゃれです。所々に白とオレンジを基調とした柱に、何かを練り込んだざら目状の白い壁、磨かれた真っ白なテーブルに、小さめの可愛げなイスがありました! 入口には、透明なガラスの花瓶です。ただ……、花はありません。花どころでは、ないのでしょう。


 なお、店内はしっかり冷えていまして、フィーさん好みなのは間違いありません。店構えから、そこまで推測したのかもしれませんね。


「フィーさん……。ここは、何のお店なのだろうか。場違いのような気がしてきました!」

「そうなのですか? わたしは、直感で決めたのです。大丈夫です。」


「おっ! これは……、いらっしゃいませ!」


 ここのシェフだろうか。……。なんか、軽そうな人です。ちょっと拍子抜けです。


「はじめまして。予約なしですが、大丈夫ですか?」

「もちろん! このご時世にわざわざ来ていただけるとは。歓迎するよ。」

「ありがとうございます。」

「いやいや、本当にありがたい。本来、この時間はランチなんだが……、いまは、そんな過程すら否定されるからね。……。おっと、大切なお客さんに何てことを……。まあ、空いている好きな場所に、どうぞ。」


 ふう。お堅いシェフでなくてよかったよ。というか……、楽しめそうなお店、あるではないか!


「一応、あれは付けます? まあ、このご時世、しゃれた音楽を流してもな……。」

「えっ? なになに?」

「はい、なのです。付けましょう。たまには、ご拝見、なのです。」

「フィーさん、付けるって? なに?」

「それは……、ディグさんの故郷にもあったはず、なのです。」


 シェフが、何やら窓際にあるボタンを操作する。すると……。


「フィーさん、これって……。」

「はい、『ブロードキャスト』ですね。脳裏から目の前に展開させるもの、なのです。」

「これ……、この感覚、『犬』を投げるときも、似たような感じになりますよね?」

「はい、なのです。」

「だよね? ただ、『犬』のときは……単に数字が動くだけだったので、特に気にはならなかったが、これは違う。明らかに、色々な情報が目の前に……。新感覚です!」

「ディグさん……、水を差すようですが、その期待は、すぐに崩れると思います。なぜなら今となっては、その内容は……あの神々が趣味で流しているだけ、なのです。だから、つまらないのです。」

「えっ、そうなんだ……。」

「はい……。なぜなら、古の時代は面白かったらしいのです。つまり、あの神々……、からなのです。」


 珍しく……、フィーさんが悔しがってます。でもさ……、それが神々なら仕方がないよね? 魔の者が支配したとかなら、やばいけどさ。


「えっ? それが神々だと……、何か、まずいの?」

「ディグさん……、いま、映るみたいですよ。百聞は一見に如かず、なのです。」

「映る?」


 目の前に……、なんというか、言葉では表現できない者が、軽くお辞儀をしてから、何やら演説を始めました。


「民のみなさま、こんにちは。いよいよ、この危機を乗り越えるため、昨日、イマージ、フローム、クライシスというものを発動させました。これで、みな一丸となって、この危機を乗り越えることができるでしょう! もう、思い悩むことはありません。すでに、民が助かるための道標は、できています。これを、最後にしましょう!」


 俺は、これをみて、本当にこの地は……、いま、危機なんだな……と思いましたよ。しかし、フィーさんは違いました。


「ディグさん、どうでしたか? これ……、毎日のように行われているのですが、内容に変化がないのです。そして、その『道標』があるのなら、なぜ内容に変化がないのか……、わたしは納得できないのです。」


 そこに、シェフが……、自らの手で、二つのグラスと、メニューと、冷えて結露した空きボトルに入れられた水を持ってきました。


「本当に、申し訳ない。メニューについてはコースで一種類しかなく、この『シェフの気まぐれコース』にしか、応えられない状況なんです。まあでも、最後のお客さんになりそうなので……、できる限りのご要望に応えてみせます。」

「最後……なのですか? また一つ……、消えていくのですね……。」

「俺らが最後って……。」

「……。実は、今日で店じまい、です。そして、もう誰も来ないだろう。でも、もう限界なんだ。自分の店を持ちたくて、必死になって頑張ってきたから、こんな所で諦めたくはない。でも、もう無理だよ。夏でこの入荷状況では、冬はより一層厳しくなる。だからここで、自らの手で、終わりにするんだ。それでもさ、最後は素敵なお客さんで、純粋に嬉しいです。正直、イマージ、フローム? そんなのはどうでもよくてさ……、もし民を救ってくださるのであれば、今すぐに、どんな手段でもよいので、何とか、何とかして欲しいというのが、民の本音です。なんか……、申し訳ないね。お客さんに……。」

「……。別に構いません。わたしは、すべて受け止めたいのです。」

「ありがとうございます。」


 いやさ、なんという、複雑な事情なんだ。この地って案外、冷たいのかもしれません。まあ、「ハードモード」だからな。甘くないんだろうな。


 これがもし、俺の故郷だったら……、何とかなる、だろうな。いつも、そんな感じだし。まさか、こんな形で見捨てたりはしないだろう。


 そんな事を考えているうちに、グラスに、ほどほどに冷えた水が注がれました。これ……冷えすぎていないのが、すぐにわかりました。これだけでも、上品ですね。うん、俺のヤケ酒の店は、水の代わりに酒でした。氷もたっぷりで、ガンガン冷やしてあります。そこに、時間限定で、安い酒が注がれていく、そんなお店でした。そうそう、その時間限定というのが面白おかしくて、まだ飲みはじめでしょ? と突っ込みたくなる、お日様が沈んだ地点まで、だったかな。なつかしいです。


「では、いただきましょうか。」


 フィーさんが慣れた手つきでグラスを取り、少しずつ、乾いた喉を潤わせていきます。その一方で俺は……、震える手でグラスに触れてしまい、こぼしそうになってしまった。情けないです。


「ディグさん……、こういうお店は、はじめて、なのでしょうか?」

「うん。馴染みなんかないさ。俺、だからね?」

「そうなのですか……。」


 なぜか、悩み始めるフィーさん。そこに、前菜が運ばれてきました。


「こちらが前菜になります。では、説明いたしますね……。」


 シェフが、一つ一つ、それら大切な素材を……、丁寧に説明してくださいました。


 そして俺は、その前菜の説明で、胸をなで下ろしました。柔らかそうなレタスの上に、真っ赤な実があります。そうです、あの、真っ赤な実です。あのおいしくない……グリーンな実とは異なります。あと、これは……、ダイコン? いや、カブかな?


 そういや、カブは漬物くらいで、このような前菜……、サラダとしては、口にしたことがない。きちんと食べておくべきだったのかな。まあ、あっちの株では大やけどしましたが、はい。


「この状況で、これだけのものを……。とても、うれしいのです。」

「ありがとうございます。最後のデザートまで、しっかりと、ご用意させていただきます。」

「デザート……、なのですか? それ、ください!」


 えっ!? フィーさん……。ちょっとそれはまずいよ……。これ、コースでしょ?


「あ、あの……、デザートを、先に、お召し上がりになるのでしょうか?」

「はい、なのです。」


 そこまでして、デザートが先に欲しいのかな。そんなの、先でも後でも一緒でしょう……。しかし、甘い方を先にすると喜ぶという、言い伝えがあったような……。まあ、いいや。


 そんな、おかしなことを思い浮かべていたら、何やら、外からだろうか。声がします。


「そうよねそうよね、これから、このお店だったよね!」

「あっ、そ、その、そうだそうだ、この店だ。」


 うん! 都らしくなってきました。頼りなさそうな男が、ぐいぐいと押されていますね。しかも、ここに入るのかな。


「デザート、受け賜わりました。……、新しい方がお見えになりましたので、少々お待ちください。」

「はい……。」


 シェフが気が付いたようです。ただ、フィーさんの様子がおかしいです。どうしたのでしょうか?


「ディグさん……。これは、まずいことになったのです。」

「急にどうしたの!? なんてね。デザートが、フィーさんの好みではなかった、これですよね?」

「……。デザートは、あの冷たいもの、なのです。」

「そ……、そうなの? だったら、何かな?」

「はい……。今、声がしたのです。」

「うん。外からだよね?」

「あれ……、わたしの『姉様』なのです……。」


 ……。まじで? そんな偶然って、起こりえるんだ? そして、この地は「ハードモード」です。たしかに、まずいことが起きそうな、そんな予感に包まれ始めました。

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