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13, ミィー……、まさか、犬に手を出してしまった、のか。

 あの神々とのやり取りの中で、できれば避けて通りたい展開が生じてしまった。常に逃げずに全力を尽くしてきたが、今回ばかりは、「本物」の神々にすがりたい気持ちだ。


 いつも、おかしな要求に精神をすり減らしているなか……、そう……、あのミィーに対する酷い提案が頭から離れない。そして、それが要因なのだろうか。僅かだが頭痛もある。これを避けて通るにはただ一つの条件、か。ただただ、私の妹……「ミィー」が、犬に手を出していなければ、それでよい。


 そうだ、この重たいお荷物……贅を尽くした食材や料理を持たされてしまった。悪いが、この地の事情を考慮したら、これらを口に運ぶのは、まったく、気が進まない。それでも、ミィーは喜ぶ、か。


 結局今日も、ほとんど飲まず食わずで、日付が変わる直前まで、です。一応、帰るのですが、帰るといっても……、またすぐに出るんだよ。何のための帰路なんだろう……と思いつつ、この激務には耐えてみせると心を入れ直します。


 でもね、こんな時間になっても、ミィーは、しっかりと出迎えてくれるんだ。これについては、嬉しい限り、だが……、さすがに寝てほしい、そういう気持ちが入り混じった、複雑な想いもある。なお、色々とあり……、今は傍に、ミィーしかおりません。


 そんな想いを馳せながら、ほどほどの距離ゆえに、到着です。そもそも遠いなら「泊まり込み」が視野に入るのだろうか。ただ、それでも帰る者が多いです。なぜなら、異様な疲れが残ってしまうからな、泊まり込みだけは……。私は苦手です。


「あっ、今日も遅かったのですね!」

「ああ。そして間違いなく、明日以降も遅くなるから、寝てて良いよ。」

「……。そういう訳には、いきません。兄さま。」


 おっ、テーブルには、穀物を中心とした食べ物が並べられている。あと……、小さな実らしきものが、最初に食べてくださいと言わんばかりに、そこにあります。これ、苦手なんだけどさ……、生きていくうえで不可欠な栄養が豊富にあるので、必ず食べております。一切、無駄にはできません。


「そういえば、その手の荷物……、なんです?」

「ああ。これらは……、お土産かな。」

「お土産ですか! 神々の、お土産!」

「そうだね……、ちょっと、みてみようか。ただし……、わかっているとは思うが、この都で、口が裂けても、話してはいけないよ。」

「……。つまりそれは、外には持ち出せない、おいしいもの! 楽しみです! 兄さまの、いつもの頑張りが、いよいよ、高い評価につながってきたのですね!」

「高い評価……か。」


 なかなかカンが良いな、ミィー。ただな、その詳細については、話せそうにないんだ。情けなさを通り過ぎて、失望するだろうから。そして、ここでの「高い評価」って、そういうもんです。でも、今はこれ以外に、この都が助かる道はないんだ。許してくれ、ミィー。


 さらに付け加えれば、こういう贅を尽くしたお土産というのは、本当に精神的にきついです。いま、かつてないほどの食料危機が迫っているというのに、いったい、何をお考えなんだ、と、悔しい気持ちで心が一杯になります。だからといって、これを断ることはできません。それだけは……、できません。笑顔で快く受け取る以外に、手段はないんです。


「まず、なんですか……、これ。とても食欲をそそる、油? の香りがいたしますね。」

「たしか、デンプンを茹でて、すり潰して固めたものに、穀物をまぶして、油で揚げたもの、だったかな。」

「……。さすがは、神々がいただくもの、ですよね! 楽しみです!」


 いや……、悪いがミィー、これを「神々の食事」としては、どうなんだろうと、ふと思いました。


 なぜなら……。神々および、神々に携わる者しか立ち入りが許されていない、古代から現在までの豊富な資料が揃っている資料室がありまして、そこで……、古代の豪勢なお料理をみてしまいました。しかも、神々からの賜り物などではなく、なんと……、民が調理し、その民が口にされていたとか。これには、びっくり仰天でした。


 もともと、このような状況になったのは……、すべてを吹っ飛ばすようなことを、しでかしたツケということになっています。それから何世代も交代する長い年月が経過したはずなのですが……、そう簡単には自然は回復しません。そして、そこからさらなる追い打ちで、この危機なんです。「本物」の神々……、ああ、「あの」神々からは「創造神」と呼ばれているようですが、さすがに、堪忍袋の緒が切れた、ですか。


 いや……、私自身が追い込まれているに違いない。高貴な「創造神」に向かって、そのような浅はかな考えを抱いてしまった。考えすぎ、考えすぎ。今もなお、温かく見守ってくださる、そのような存在が「創造神」だったはず。


 だからこそ、この都なら……、このようなものが、まだ存在できるんだ。まず、まとまった油なんて、手に入りませんから。そんな貴重なものを、贅沢に鍋に注いで、それを熱して「揚げるだけ」に使うなんて、到底、信じられません。


 その貴重なものに、かぶりつくミィー。……、それは当然の結果か。なぜならこんな時間まで、ミィーも飲まず食わずなんだ。もちろん、それだけはやめてくれと強く頼んだが、どうやら、私に合わせるの一点張りで、一歩も譲らないんだ。口は少々悪いが、このあたりは可愛げがあります。そこで……ミィーが長い間、欲しい欲しいと連呼していた、この都で古き良き時代、儚げな女性が身にまとっていたものを特別に着せてあげました。これがなかなか、似合います。


「こらこら、ミィー。そのままいただくなんて、行儀が悪いぞ。」

「……。ごめんなさい。でも、これを我慢するのは、難しいです、兄さま……。やっぱり兄さまは、すごいです。この都でも、このような油を口にできるのは、ミィーくらいなもんです!」

「ははっ! 油か。」

「もちろん……、このホクホクとした中身もおいしいです!」


 そのミィーがおいしそうに頬張るのを眺めながら、その下にある、ずっしりとした容器を取り出した。これが重かったのか。開けてみると、そこには……。すぐに、ミィーがのぞき込んできた。


「……。こんなのが、あるんですね。ミィーは、これです……。香ばしい匂いが食欲をそそる、淡い黄色の貴重な油がかかった、……です。」

「ははっ、それは『エビ』っていうんだよ。」

「……。エビ、ですか。初耳です。」


 なんと、あの資料室でみた豪勢なお料理が、目前にあります。私は……、誘惑に負けそうですが、大丈夫です。先ほどの揚げたものを少しいただければ、十分ですので……。


 我慢しきれないのか、ミィーが、そのエビをお皿に盛り付け始めました。


 実は、このエビだけではなく、この容器にも「面白い仕掛け」があります。なんと、容器を開けると……、時が進み始めるように調整されているようで……、まだ調理された直後と考えられる、鼻腔をくすぐる未知なる香りが、私とミィーを包み込みます。


 そして、この不思議な容器には「低難易度」と刻印されています。このあたりの論理的な意味はまったく掴めませんが、時が進み始める最初のタイミングを決めるらしいと、聞いた事があります。


「兄さま? さっきから、ミィーばかりが食べています。しかし、こんな豪華なもの、この都でも、兄さまだけです!」

「えっ!?」

「兄さまは……、私のないものをすべて持っています。私、物覚えは悪いし、計算なんて、もっての外です。それに対して、兄さまは……。」


 ミィーは、ごきげんになると、私が恥ずかしい気持ちになるものが始まります。


 ただ、ただ……、今日は違った。とても悪い方向に。なんで違ったんだ!


「私、計算を猛勉強しました。」

「えっ? 猛勉強? ミィーがね……。ははっ。」

「そして、いつも兄さまに頼ってばかりです。」

「えっ? それがどうしたの、ミィー? 急にかしこまって?」

「計算ができないと、できないと、私の憧れ……『フィー様』に会えないと思い、必死に、勉強しました!」

「えっ! ミィー!? いま、なんて……!」


 あまりの衝撃に、少々声を荒げてしまった。まさかここで、ミィーの口から……、あの忌々しいフィーの名を聞くなんて。たしかにね、大きく張って莫大な利益を短期間で出す「投機」の腕前が凄まじいらしい。ただ、それを理由にして「フィー様」と崇められるのには、反対なんだ。投機なんて、所詮はギャンブルだろ? そんなものは、崇拝の対象ではないぞ、ミィー。


 もっとも、フィーなど比較にならない、この都を治める者として君臨される「あの方」にも、私はついていけないのだが……。フィーといい、あの神々といい、あの方といい、なぜ狂ったものばかりなんだ、この地は……。


「兄さま……?」

「ミィー、いいか? フィーのことは、いまここで、すべて忘れるんだ。いいな? 約束だ?」

「え……、いま、なんて……?」


 呆然とした目で、私をみつめてくる。ただ、ここは譲れない。絶対に、だ。フィーだけは、今すぐにでも切り離さないと! 私は必死だ。あの存在との関わりは、ミィーを破滅させる。間違いなく、破滅だ。


「フィーのことは忘れるんだ。すべて、忘れるんだ。」

「兄さま……。そんなに、ミィーが成長するのが、嫌なのですか!?」

「えっ、成長……って?」

「兄さま! 実は私……『フィー様』とお会いしました!」


 な、何を言い出しているんだ、ミィーは……。


「ちょっと待って、ミィー。会ったって!?」

「はい、兄さま! そのままの意味です。ひっそりと抜け出してフィー様にお会いしたことは、ここで謝ります! でも、兄さまが体を壊してまで頑張っているのに、私、何もできなくて、悔しくて、もう、自分を抑えられませんでした……。ごめんなさい、です。」


 ……。私がこの危機の解決を任され、その重圧から精神的に追い込まれ、一度、吐血したことを知っていたのか。なぜならあの神々……、大部分の権限について、なぜか私にしか、それらを渡していない。つまり、私以外の者では、そのわずか一つすら行使できない。万一の場合、私が、すべての責任を負う。


 なぜそんなことをするのだろうか。答えは決まっている。私が倒れるまで使い倒し、そのままいなくなれば、あとは「自由の身」か。本当に、それだけなのか? しかし、なぜ私が目を付けられたのだろうか。ただ、思い当たることが一つある。


 それは、私があの神々にお仕えし始めた頃にさかのぼる。あの頃は……まだ甘かったのだろうか。民への通達が必要となって、その書面を全ての民へ配布することになり、それは莫大な数になるゆえに、少しでも経費を節約できるよう、小さく折り畳める構造に書面自体を改良しました。そしたら、どうせ経費など余っているのだから、なぜ、そんなことに必死になるのだ? という……おかしな噂を立てられてしまい、その火消しに一苦労した苦い経験があります。それから、この流れに至ってきたので……。おそらく「使いやすい駒」だと、あの神々に思われたのでしょう。


 とにかく、ミィーにそのような心配をかけていたとは。そんな些細なことにすら気が付かなかった自分を恥じる。まず、健康でかつ、日々、特に問題なく邁進していることを伝えなければ!


「ミィー、私は常に健康で問題はない。これではだめか?」

「それは、本当ですか? 違いますよね? 私は……、兄さまの表情をみるだけで、お元気かどうか、わかります! ここで私が頑張って、少しでもお休みいただける休息を提供できないと、兄さまは……。」


 ミィー……。そんな事まで気にかけてくれていたなんて。でも、これは自分で選んだことだ。だからこそ、だからこそ、フィーのことはすべて忘れる、そして、会ってしまったのなら、ここでフィーとは縁を切る。その一言が欲しい。


「ミィー、それなら、今ここで、フィーとは縁を切ると言い切ってくれないか? そうすれば、安心してこの先も取り組めるし、すぐに、そう、すぐに健康になれる!」

「兄さま……。」


 ミィーが笑みを浮かべる。


「ど、どうしたんだい? ミィー?」

「兄さまは……、フィー様を誤解しています。」

「ミィー!」


 ミィーは諦めが悪い。それは、わかっていたのだが……、もうこの展開では、フィーを忘れろと訴えたところで、聞く耳を持たないだろう。


「私……。この都を治める『あの方』よりも、断然、『フィー様』を崇拝いたします。兄さま……、私は、『あの方』は苦手です。」

「ミィー……。」


 「あの方」と比較してしまったか。それならば……、話だけは聞くしかないな。


「フィー様は良い意味で、とても厳しい方でした。それでも、見知らぬ私のような相手をしてくださるだけでも、本当に素晴らしい方でした。それに対して『あの方』はどうでしょうか? また今日も、同じようなフレーズを繰り返しおっしゃるだけで、私みたいな者など、そう……、あの気色悪い虫以下! です。あの虫は、本当に嫌いです。もう、心が壊れそうです……。でも、兄さまとの約束……『あの方』に対しては素直になる、でしたよね? 私、この約束だけは、つらいです。」


 ああ、あの虫か……。大きな鋭い牙を持つ、虫。虫に大きな牙? はじめはそう思いましたよ。しかし、本当に大きな牙があります。幾度となく無作為に魂に食らいついて、それらを亡き者にしている……など、悪い噂ばかりでした。そして、この都で……あの虫について話題にすることすら避ける必要が出てきてしまいます。はじめの頃は、そういう噂が回るくらいだったゆえ大丈夫だったのですが、徐々に……、そういう堅苦しい雰囲気になっていったのです。


 ああ、あの虫は……、「あの方」のお気に入りです。「あの方」のご機嫌を損ねてしまったら、生きたまま沈められても文句は言えません。だからこそ、口が少々悪いミィーに、その大切な約束をさせました。しかしそれが、まさか、ミィーの心に重くのしかかっていたのか。


「ミィー……、私が悪かった。私の都合とはいえ『あの方』については、言及せずに素直に従えと、つい言ってしまったな。」

「兄さま……? フィー様は、あの方とは全く違います。口だけではありません。たしかに、私の『設計図』の力不足がすぐに見抜かれてしまい、ねばっても、承認はいただけませんでした。私、かなりごねましたよ。それでもフィー様は、絶対に折れません。だからこそ、頑張ってみたい気持ちが大きく膨らんでしまいました。もちろん、兄さまの名は一切出しません! 私の力だけで、これは、進めていきたいです! 立派になって、必ずや……。」


 ……。ミィーがここまでのめり込むのは初めてだな。あと、設計図を書けるようになったのか。たしか設計図って……、命令手順を論理的にまとまたものと、その目的をまとめたもの、だったかな……。ただそれでも、フィーを知ってから、ミィーがおかしくなったのは紛れもない事実だ。


「その気持ちはとても嬉しいぞ。だが、フィーは……。」

「……!? 兄さま……。なぜ、そこまでフィー様を拒絶されるのですか?」

「すまないな、ミィー。どうしても、投機というのが受け入れられない。冷酷なイメージが真っ先に浮かんでしまうんだ。」

「兄さま……フィー様は冷酷なんかではありません! その証拠もあります。こんな私の設計図にさえ、沢山の『犬』を投げていただきました。それはもう、びっくりする額です。」

「ミィー……。今、なんて……。」

「兄さま? 犬、ですよ! これだけあれば……、この周辺だけでも、きっと、助けられると思います! こんな私でも、少しでも助力になれば、……。」


 びっくりするほどの……犬!? だと。ミィー……、すでに、手を出してしまった、のか。

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