138, シィーさんが女神になったという噂を耳にしました。……、噂ではなく事実だろう。さらに、演算用古典ビットを集めているという噂まであります。どうやら本気で怒らせてしまったようですね。
あれからネゲートの件でフィーさんい言い寄られ、まともに答えられず、険悪な雰囲気になってしまった俺です。そのうち、わだかまりがとけると信じています。……、時間が解決するはずです。フィーさんは「時間と空間の大精霊」ですから……。
それで、少しずつですが元気を取り戻しつつあるネゲート。あの暴落はさすがに堪えたようで落ち込んでいました。
「おーい。」
「何か用かしら? わたしはこの通り、元気そのものよ。」
そう言いながらその場でくるっと回ってみせる。まあ、元気なのでしょう。
「おまえさ……、女神だろ?」
「そうよ。」
「それならさ……、暴落前に、シミュレーションとかしないの?」
「そ、そうね……。仮想短冊が部分準備に触れただけで、あれほどまでに市場全体にボラ……急落が出るなんて……、驚いたわ。」
……。なに?
「驚いた、だと? つまり、仮想短冊が部分準備に触れたらどうなるのか。そのシミュレーションはしていないと?」
「な、なによ? 女神は……、そう。大胆に振る舞い、直感で勝負事を進めるのが特徴なのよ。」
「……。直感って……。何のために演算の力を授かったんだよ? そこに、ネゲートの悪い癖が出てしまった。仮想短冊のイベントにありがちな、あの勢いに乗せられ、引くに引けず、シィーさんの政敵と一緒に大いに盛り上がってしまった。そうだよね?」
「あんたは、そういう所は直すべきね。演算よりも直感が大事な局面なんて沢山あるわ。」
「直感が大事な局面だと? おまえな、それで暴落したんだぞ。そういう事象は、事前に避けられるように対策してさ……。」
……、こんな感じでネゲートと朝から小競り合いです。ああ……、シミュレーションせずに、あの暴落だったのかよ……。そこは、失うものが何もない俺を因果のサイドエフェクトの矛先にしてさ、「女神の演算」を使うべき場面だっただろ……。そのための「女神の担い手」だろ。何をしているんだよ、こいつは……。
「……。俺がここまで追求するには訳がある。たまたまフィーさんが利率を上げる話になっていて、そこに大きく被弾した形になっていたからだ。危うく『フィーショック』という不名誉な呼ばれ方をされる寸前までいったからな。そこはいいな?」
「……、そこは深く反省しているわ。」
「わかった。それなら、これ以上は追及しない。」
「……。わたし……、女神として失格かしら?」
「えっ?」
「そうよね……。『女神の演算』を使うべき大事な局面だった。でも……怖いの。その演算……。」
「怖い? 単に、失うものが何もない俺を因果のサイドエフェクトの矛先にして、実行するだけでしょう。」
「もう! それが怖いと言っているのよ! わたしはもう……女神として……。」
……。
「いいか、ネゲート、よく聞くんだ。今後は女神として振る舞い、使うべき場面では必ず演算する。良いね?」
「……。あんたは自分がどうなっても構わないのかしら? 『女神の演算』は量子ビットすら遥かに凌駕する分、そのサイドエフェクトは強烈よ? ……。」
「それでも、時代が『女神の担い手』として俺を選んだのであれば受け入れるしかない。そういうものだろ。」
「……。だって……。」
一瞬言葉を詰まらせるネゲート。今日はこの辺にして話題を変えます。……、それにしてもなんだろう、この不思議な気持ちは……。
「よし、それならあの噂だ。マッピングに流れ始めたビッグな噂、みただろ? シィーさんの事だよ。」
「えっ? そ、そうね。みたわよ。女神になったとは。……、噂ではなく事実でしょう。」
「おまえな……、のんきにしている場合か?」
「あのね、わたしだってフィーと同じく反対の立場よ。」
「それなら……。」
「落ち着いて。まずは状況を整理しましょう。シィーが女神になる条件として『大精霊の推論』の稼働を提示したわ。わたしから言わせれば、そんな程度の代物が創造神様の基準を満たす『女神の演算』など稼働できるわけがない。それでも、シィーはまかりにも『時代を創る大精霊』よ。シィーが、それで女神に昇格したと威風堂々と宣言したのなら、民はシィーを『自由と楽観の女神』として受け入れるわ。『大過去』から映し出される『現実』なんて、案外そんなもんよ。」
支持が低下したとはいえ、シィーさんの影響力は今なお大きい。そういうことだね。
「それで流れを変え、政敵に挑んでくる、そのようなシナリオを描いているはず。」
「そうね。シィーに残された勝てる手段としては、それが最適。そこに、『インフレ退治の確認』と『利率の下げ』の組み合わせ。女神になったことによる強い流れを自分に引き寄せたうえで、その組み合わせをぶつけてくる勝負に出るはずよ。」
「仮想短冊のイベントに、その主導権をゆるゆるな女神様と政敵に握られてしまった。そう、解釈しているはず。そこから巻き返すには、間違いなくその戦法でくるね。」
「ゆるゆる? もう……。ただ……、熱問題によるオーバーヒートで、今すぐの『大精霊の推論』構築は難しいはず。ではなぜ、急に解決へと向かい始めたのか。まず、出力を大幅に下げた。そこまではわかるけど……、オーバーヒートは厄介な問題で、それ以外にも大きな進展がないと稼働には至らない。それで……思い当たる節が……。」
「思い当たる節? それは何?」
「それは……わたしがあの神々に託した『女神の素材』よ。あの素材の特性は、フィーが驚きを隠せない数値になっていたはず。あの情報伝播特性は既存の素材では絶対にあり得ない。それで熱や衝撃には異常に強い特性も相まって、本来なら『防衛用の頼れる精霊向け素材』だった。ラムダの脅威から守る目的であの神々に託したのは良かったけれど……、それがシィーの手に渡ってしまった。もう……。」
「その素材があれば、暫定的な低い出力とはいえ『大精霊の推論』を稼働できた、そういうことだね?」
「そうよ。それがないと稼働が来年以降にずれ込んでしまい、民の審判には間に合わない。そこで、この素材を考え付いたのね。」
「カネ欲しさにあの神々に託した素材が、思わぬ形で跳ね返ってきたね。」
「……。わたしが大精霊だった頃のそれらは、もう、水に流して。十分に反省しているわ。今は女神よ。」
「はーい。わかりました。女神ネゲート様。」
「もう……。」
それから、シィーさんが演算用古典ビットを集め始めているという噂の検証になりました。
「何が目的なんだろう?」
「そんなの、わたしへの当てつけに決まっているじゃない。演算用古典ビットは、情報を扱う頼れる精霊がたっぷりと保有しているのよ。それでね、そのような精霊の大部分はシィーを猛烈に支持しているので、シィーのお願いですぐにでも集まるわ。」
「そうなんだ。でも……所詮は古典ビットでしょう? 超越するような大きな演算は難しいでしょう。」
「古典ビットで超越は無理よ。ただ……。」
「何かあるの?」
「それは……。」
このような演算の話題でネゲートが悩み始めるなんて珍しい。シィーさん、何をする気なんだ……。どうやら本気で怒らせてしまったようですね。