135, 「意図的な暴落」を引き起こしたネゲート。それによりシィーさんに味方する精霊の数が掌握でき、「買いの容認」により壊れかけた他の「大精霊の通貨」の価値を回復させたようです。
「時代を創る大精霊」であるシィーさんをネゲートが追い込んでしまったからには、何かあると予想はしていました。みるみるうちにその予想は「現実」に映し出され、それは暴落となって目の前に現れました。銘柄から仮想短冊まで、どこを見渡しても血が吹き出たような真っ赤で染まる異常事態。それは、現物ですら悲壮感を味わう状況であった。
そのとき、ネゲートからふと妙な質問を投げかけられた。それは「なかなか口を割らない相手に一度で正確な情報を吐かせる最も効果的な方法」という内容でした。それって……、ラムダの件で問題となった拷問とか……? そう伝えた所、いつもみせる呆れた表情で「それは違う」でした。拷問って案外、正確な情報は得られないようで、なぜなら一度で正確な情報を吐いてしまい用済みとなった瞬間に、そのまま消されるリスクが圧倒的に高いと相手も考えるためです。
それでは、正解は何か。そう……それが「意図的な暴落」でした。「意図的な暴落」には誰もが抗えない力があり、いつも嘘ばかりを垂れ流して儲けている精霊ですら「意図的な暴落」のときだけは正確な情報を一度は吐くようになるとのことです。その力は強大で、俺を蹂躙し弄んでいた極悪な機関であっても、その瞬間だけは正直になるってさ。
それで、そこまで見越した上で「錆びついた工場」の件を公開チャンネルで晒し、その上、シィーさんが憎む政敵と一緒に仮想短冊のイベントに登壇したって訳か。それで暴落が引き起こされ……。相手の出方を待つことにした、か。
ああでも、様子は変だったよ。俺に対して「あなたはずっとそばにいてくれる?」なんて、おいおい、いったい何だったんだ、あれは。……、そういうことか。やっと、目を覚ましたのかい。信用全力買いを握ったまま暴落に耐える経験を豊富に持つ俺を頼ってくれたのかな? それなら任せてくれたまえ。この地の頂に立つ女神ネゲート様であろうお方であっても、暴落の時だけは俺に頼らざるを得ないだろう。そうこなくてはね。
俺が経験した「あの日」の暴落は、今回の暴落すら生ぬるい。それは、売り気配だけが膨らんでいき、それでも少し待てば値が付き暴落確定ではなく、大型を含めどの銘柄も値が寄る気配が一切感じられない膨大な成り売り量によって奏でられる絶望による支配だった。そんな状況を信用全力買いで持ち越していたなんて、どうなります? このときに味わった恐怖を超えることは、この先ないであろう。ああ……、少し思い返しただけなのに寒気がしてきたよ!
「あの、なのです。朝から、何やらおかしな事を思い浮かべている、そうみえるのです。」
なんだ? どこからもなく声がする。
「……。何度扉を叩いても返事がないので、失礼ながら入らせていただいたのです。」
その独特な口調は確か……、フィーさんだ……。俺は我を忘れて朝っぱらから何を想い描いていたんだよ……。気持ちをすぐに入れ替えます。あんな過去に流されてはいけない。あんな過去に……。過去? ……、何でもない。僅かに違和感を覚えただけです。
「おはよう、フィーさん。先日起きた暴落について考えていたんだ。結果的にネゲートが仕掛けたような話になったよ。」
「そうなのですか。あの暴落が起きた要因は、姉様の通貨の部分準備に『仮想短冊の通貨』を割り当てる案が仮想短冊のイベントで発表されてしまい、部分準備の膨らみに影響が生じると察知した投資家の不安を大きくあおった結果なのです。ところが……、たまたまそこにわたしの利率を上げる案が重なってしまい、今回の暴落は……ネゲートに加えフィーも原因では? という話にもなってしまったのです。」
「なるほど。でもさ、円環は急騰していたよね? シィーさんの『買いの容認』によって、かなり弱っていたはずだよ。」
「はい、なのです。たまたま重なったことにより急騰し、僅かながらの安心を得たのです。」
「でもさ、あっちは暴落したよね? あの為替ではそうなるよ。」
「はい、なのです。……。本来ならそれは相場の本質、変動制の理でもあり『自己責任』となるのですが……。あの神々が『大判振る舞い』と称してビギナーな民を高く舞い上がった銘柄に誘導していたので、話がややこしくなっているのです。」
「……。まじ?」
「はい、なのです……。それについてはわたしが受け止めるしかないのです……。」
「……。本当、なんだ。……、別の意味で、暴落したあの値動きよりも衝撃だよ。」
だって、利率を上げる案をフィーさんにお願いしながら……? おっと、これ以上考えるのはよそう。
「……。あの値動きは、姉様が強引に推し進めている『買いの容認』によって起きた一方的な価値の流入にも原因があるのです。ところが、それでも制御できないインフレ……。このインフレの怖さは、あの公開チャンネルで語られた『もはや逃れることができない負の財』などの元凶にもなっているのですよ。その苦しさから盗みなどに駆られ、精霊に捕らえられ、隷属化が許される『錆びついた工場』に連れていかれるのです。それが姉様のお膝元で起きているなんて、なぜそんなことに……、と落胆するのです。」
「お膝元って……都だよね? もちろん地方でも良くないけどさ……。」
「はい、なのです……。」
それからフィーさんは、姉のシィーさんがあの公開チャンネルで、ネゲートが言い放った「錆びついた工場」に対してまともに討論できず逃げ去った点については大きく失望したと語りました。……、そうなるよね。
「まあ、ネゲートは暴落で少し落ち込んだが、元気にしているよ。」
「それは! それを聞いて安心したのです。本当は……『錆びついた工場』の件はわたしが姉様に言うべき内容でした。結局、わたしは自分がかわいいあまり逃げてばかりで伝えられず……、そのような汚れをネゲートが背負うはめになったのです。そんな状況に、情けなくなってくるのです。その分、相場の急変はすべてわたしが引き受けるのです。」
ネゲートのことを気にかけていたとは……。
「ただ……一ついい?」
「はい、なのです?」
「結局、今回の暴落は『仮想短冊の通貨』が相場に大きく絡んだことによるもの、だよね?」
「はい、なのです。部分準備への作用を仄めかしただけで、このような結果になったのです。でも、姉様が大精霊の通貨を『売り売り』で半壊させてしまい、それを元に戻そうと働きかけた結果なのです。苦しいサイドエフェクトが生じる投薬による治療に似ているのですよ。」
「それでも……、今回の暴落で損させられた投資家は怒っているだろうな。原因だってわかっているだろうに。」
「はい、なのです。その影響で『今度、仮想短冊が噴き上がったらショートしかない』と憤っている精霊も多いと伺いました。何とか落ち着いて、納得してもらうしかないのです。」
うわ……、それには時間がかかりそうだ。
「それでは、なのです。わたしからも一つ、……。」
「えっ、なに? どうしたの?」
「暴落する数日前あたりから、ネゲートの様子が何やら変だったのです。何かあったのですか? それは……?」
「……。それは……。」
……。それは……。