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132/412

131, ネゲートの首元には、一筋の深い傷跡が残っていた。それは、時間がどんなに経っても癒えきれない、つらい痕跡だ。

 インフレの進行とシィーさんの通貨の価値の低下が同時に進行するという非常事態。うまく乗り切るしかない。そのネゲートの覚悟に俺が快諾するとすぐに、ネゲートの身が今までにないほどに迫ってきた。その瞬間だった。ネゲートの首元に深く刻まれた傷跡に気が付く。それは、まるで時間が止まったかのように鮮明で、過去のあの痛みを物語っているようだった。俺は、その傷跡に釘付けとなる。


「あっ……。」

「その傷跡……。……。悪い。こんなときに何を考えているんだ、俺って……。」

「あらら? この瞬間ほど、あんたに近く寄り添った瞬間なんて初めてよね? それで……?」

「あ、あのな……。」


 今のネゲートは何かが違っていた。いつものゆるい仕草が、普段のネゲートとは違う情熱的な何かを内に秘めていることを示しているようだ。俺は、その変化の意味を探るべく、ますますネゲートの心の中へと引き寄せられていった。


「……。思い出してきた。あのやばい奴ら。あんな感じで襲い掛かってくるなんて。」

「うん、そうよ。そういうのを普段から飼っているのよ。いざって時にためらうことなく使えるようにね。」

「……。闇だな、それは。」

「……、そうね。」


 それから、ネゲートはなぜこのような事態が起きたのか、その予想を話し始めた。その口調は冷静で、一つ一つの言葉が慎重に選ばれているようだ。


「シィーが市場に放った鮫たちを銛で突く者……すなわち『黒幕』は、わたしがこの時代に『仮想短冊の通貨』に対する神託の下賜について『大過去』からその可能性を事前に導き出し、その危機感から、わたしを潰すようにと捨て駒を用いて襲い掛かってきたと考えると、いかがかしら?」

「なるほど。やっぱり『仮想短冊の通貨』が絡んでいるようだね。」

「そうよ。ところが、その企てはあと少しのところで失敗に終わり、わたしは今もこうして女神として『現実』に存在する。この因果には、そう……。あんたが『あの場に存在していた』という事象が絡んでいる。そして、そのような偶然こそが時代に選ばれたと解釈され、精霊にはびこる悪しき習慣を捨て、新しい時代を担う事につながるのよ。」


 俺があの場に存在していた……。そういうことだったのか。フィーさんによる召喚の理が、この瞬間、つながりました。結局さ……「偶然」って、新しい時代に選ばれるための、何かの相関により生み出されているだけかもしれないと感じた。


「その顔。『偶然』について考えていたでしょう?」

「あっ、わかる?」

「事象の決定……、すなわち無意識に行われる『大過去』への観測によってデコヒーレンスが徐々に進行し、やがて一つの事象に収束していく。それでね、それよりも上位に存在し、ある特定の事象への干渉……シグナルのようにその場に留まる女神の演算結果が『偶然』になるのよ。」

「……、なるほど。俺にもそのシグナルが存在するよね? 一に一を加えた演算結果を俺に試した大精霊様がいたぞ。あと……コイントスで表を連続二百五十六回出すという演算。それも、シグナルになっているよね?」

「あら、覚えていたのね。でも、あんたが持っているのはシグナルではなく、そのシグナルを受け取れるスロットを持っているのよ。それで、そのようなスロットを持つ者が、女神と共に新しい時代を担う事になるの。これが、この地の仕組み。ううん、『大過去』の仕組みでもあり、多元宇宙の仕組みでもあるわ。」

「……。」

「『大過去』に時間の概念は存在しないから、女神の演算によるシグナルはどの時代に形成されたものなのか、それはわからない。それでも、そのシグナルに対応するスロットを持つとされる『輝きが違う者』は、必ず女神の期待に応えなくてはならない。それには絶対に抗えず、『黒幕』であっても逆らえない。だからこうして、わたしは女神として今も存在しているのよ。」


 つまり……、そういうことか。


「俺が一緒に逃げるようにネゲートを説得したあの瞬間が……スロットになるのかな?」

「そうね。あの時のわたしは、フィーをあの場から逃がす事で頭の中が一杯になっていた。なぜなら、究極の選択を迫られていたからよ。」

「究極の選択?」

「そうよ。わたしに残された力をフィーに託し、あんたとフィーで逃げるのなら確実に逃げ切れるが、わたしまで含めて逃げるとなると、逃げ切れる確率が三分の一程度にまで低下していたからよ。」

「そうだろうね。あの切迫した雰囲気。俺もそうだろうと感じたよ。」

「……。そこまで理解した上で、わたしを助けたの?」

「そうなるね。そもそも、あの場にネゲートを置いたまま見捨てて逃げることなんて、俺にはできないよ。」


 ネゲートはゆっくりと目を閉じた。そして、深い呼吸を一つしてから、再びゆっくりと目を開けた。……。何を考えていたのだろうか。


「もしあの時、わたしとフィーの両者があの場で倒れたら……、この地から女神が消滅してしまうことを意味していたわ。それだけは絶対に避けなくてはならない。なぜなら、女神が消滅するという事は、そう……、終わることがない『黒幕』の時代に遷移するのよ。もう、それだけは……。」

「『黒幕』の時代? そんなの、ただの『地獄』だろ? ああ、そうやって『地獄』は作られるのかな?」

「あんたもついに『大過去』の仕組みがわかってきたようね? そうよ、大正解。」

「仕組みを理解? そ、それはないです。」

「もう。それで……、ちょっといいかしら?」


 そこで俺はネゲートより驚くほど強力な提案を受け取る。その内容は、また近い時期に仮想短冊のイベントがあり、そこで……、壊れた市場の「ノルム」について、この修復に「仮想短冊の通貨」を活用しようと促すアピールだった。それと……、本当に? ……。でも、効果的だよね。首元にある傷跡の件を公にするということでした。

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