表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

130/423

129, 大半の人々は三割にも達する高利のクレジットを使わざるを得ず、高額な授業料や医療費、住宅費、家賃などの支払いに縛られ、奴隷のような状況に陥ってしまった。それで、若い民の票が欲しいなんてね。

 シィーさんの願いを見つけた瞬間、ネゲートの瞳はまるで星のように輝きだした。このネゲートという女神は、こんな好機を見逃すことは絶対にありません。今まさに反論に転じようとしていた。


「鍵の集約、それよ。それですべて解決。決まり。その推論なら、フィーの頼れる精霊が喜んで話に乗ってくるわ。」

「女神ネゲート様……。光るアイデアがみつかったとはいえ、いくら何でも、そんなに単純な問題ではないわよ?」

「シィーは深く悩み過ぎ。若い民の票が欲しいのなら、大きく構えなさい。それ位の軽い気持ちだって大切よ。」


 ネゲートが反論に転じてから、コメントは盛り上がってきました。


 ところでこれは「時代を創る大精霊」の公開チャンネルです。そんなチャンネルで現職が「喉から手が出るほど、若い民の票が欲しい」と盛り上がっているのです。やっとヒートアップしてきました。


「そうなの……、ね。」

「そうよ。精霊や大精霊は同じ姿でずっとこの地に留まるからこそ、若い民の気持ちを理解する必要があるわ。」


 精霊たちは同じ姿でずっと……か。その原理を「数の叡智」で頼れる精霊を揃えるフィーさんが「大過去」の仕組みから語っていた気が……。内容は綺麗さっぱり忘れましたが、結局、精霊や大精霊はそのような者たちの集まりです。その超越した性質の代わりに、生まれ変わる事は出来ずに消滅する。そこははっきりと憶えています。


「そうね……。」

「そうよ。市場の富の八割以上をシニア世代以降に持ってかれ、若い民には残り物しかない現状に、さらなる絶望として負の財の数々……積み上がった『大精霊のきずな』や膨らんだ『部分準備』の後始末までも押し付けられ……。こんな状況にして、このまま何もせずにあぐらをかいて、それでも若い民の票がシィーに集まるとでも?」

「……。」


 このネゲートという女神はしゃべり始めたら止まりません。それにしても……「大精霊のきずな」は償還する必要があり、「部分準備」も負の財の性質を帯びているなんてね。債権側がこの仕組みを膨張させ続けるために、ますます多くの債務側を必要とするからだった。それで、しばしば市場が泡になる。それが泡の出所だったとはね……。元トレーダーだったにも関わらず、この地で初めて知りました。


「その様子だと、有力な政敵とは接戦のご様子ね?」

「……、そうよ。」

「それなら、なおさら若い民の票で決まるわ。」

「……。」

「若い民がみな共感を覚える表現……それは、『純粋な民はみな、腐敗した精霊たちによって蹂躙され、その苦しみは精霊の糧……カーネルの餌となり続ける。そのような惨事は、今ここで断ち切るべきだ。』という概念よ。」

「そうよ。それが私の政敵の支持基盤。」

「それで、その続きに着目するのよ。『各地に散らばる錆びついた工場に、貧困にあえぐ民たちを集め、そこでカーネルを生産し続ける。精霊たちにとってカーネルはなくてはならない存在。民はカーネルさえ生産してくれればよい。それゆえに、何の知識も与えない壊れた教育システムにより純粋な民をあざむくことで、多くの民の潜在能力を奪い、気が付いたら腐敗した精霊たちの隷属となった純粋な民たち。こんな現実があっていいのか? そしてこれが大精霊の正義で良いのか? 皆さまに今一度、それを強く問いたい! 私は、そのような腐敗した精霊たちに身を捧げる惨事を今すぐに断ち、自分自身のための合理的な選択……それは、恵まれた教育環境の享受、良い仕事の選択、そして安全な生活を可能とすることを実現し、それらを大精霊の正義と定めることだ。』……、こんな感じかしら?」


 えっ、カーネルって……。その工場、俺は経験があります。理性や感性がぶっ壊れた腐った精霊に見張られ、しばかれながら「錆びついた工場」とやらでカーネルの生産を強要されたんだよ……。それにも関わらず今こうしていられるのは、その腐った精霊によるカネの使い込みが発覚し、それをフィーさんに問い詰められ、ようやく逃げ切ることができたからです。ああ……、あの場でフィーさんと出会っていなかったら、間違いなく俺はその後……。そんな様子が脳裏を駆け巡っている。


 俺が驚きを隠せないでいると、シィーさんが話かけてきました。


「ねえ、なぜあなたまで、そんな表情を浮かべるのかしら?」

「えっ? ああ、それには訳があるからだよ。」

「あのね、そんな説を本気で信じているのかしら? ただの陰謀よ! 私の政敵は、そのような手法を好むだけよ!」

「それではシィーさん、カーネルの話はどこまでが本当なんだ?」


 俺はしつこく食い下がった。カーネルの件は放っておけません。


「……。たしかに、精霊の存在維持にカーネルが必須となるのよ。その上、必ず人の手で生産する過程を要求してくるから性質が悪いの。それは怪奇過ぎて例え『大精霊の推論』を用いたとしても生産自動化は望めない。なんだろう、カーネルって存在……。こんなのがあるから、経済のバランスが崩れてしまうのよ。もう……。」

「シィーさん、この深刻な問題をカーネル必要性への問題に挿げ替えしないでね。精霊にとってカーネルが必要不可欠なら、資本主義の原則に沿って適切な環境と賃金で民を雇用し、生産すれば何も問題ないはずだ。それを、民をしばいて生産させているだと? あんな酷い待遇は『自由と楽観』とはまさに正反対。崩壊だよ、崩壊!」


 「自由と楽観」を標榜とする地域一帯が、こんな本質的な奴隷労働……奴隷農園のような状況になっている言うべきか。まったく信じられません。なぜなら、俺やネゲートがお世話になっている円環の地域一帯を含む「この地の主要な大精霊」による支配下では、シィーさんの「自由と楽観」はとても華やかで親近感が湧き、観ているだけで癒され、心躍るシーンで構成された映像がよくマッピング経由で放映されているためです。


「私は違う。違うから……。民をしばくとか、酷い待遇とか……、誰からそんな事を吹き込まれたのかしら?」

「あのさ、吹き込まれたって、何? 俺は現実を知っている者だよ。」

「えっ?」

「俺はね、カーネルの生産を強要された辛い経験があるんだよ。あれはまじで辛い。その経験者として、シィーさんにその真相を聞いているんだよ。」

「……。そんなことが……。」


 その途端、コメントの反応が俺に対する内容で埋め尽くされました。そう……、カーネルの生産を強要されるような、底を這っていたような者が「女神の担い手」にまで上り詰めるとは……と驚嘆する内容で埋まっています。


 でも、俺に好感を寄せるコメントも増えてきました。俺と己自身の境遇を重ね、いつかはワンチャンスはあると、己に言い聞かせているような気がします。


 まったく、それにしてもカーネル絡みとは、残念でなりません。あんなのを毎日毎日、自由なく拘束されながらの生産体制では……、カルトであっても「女神……」にすがりたくなる気持ちがわかりました。俺だってあんなのが続いていたのなら、そうなっていたさ。


「もうやめて! この話は、やめましょう。」

「シィーさん、逃げてはいけない。これは最も大事だ。自由と楽観を標榜とする『時代を創る大精霊』が、民にカーネル生産の労働を強いていた。結局、これだけだ。」

「あのね、強制ではないわ。あなたは、何を言い出しているのよ? 私がそんな事を許さない。」


 シィーさんは逃げたい気持ちで溢れていますね。そこにネゲートが参加してきました。


「シィー。女神の担い手は何やらご不満みたいよ?」

「何よ……。私の地域一帯で奴隷なんてあり得ないわよ。そんな事をしたら目をギラギラさせた頼れる精霊に囲まれてガチガチに攻め込まれるわ。サービスとして提供した飲み物が熱過ぎただけで責任を問われた事例だってある位、安心した環境下で自由と楽観を享受できるはず。そうよね? 女神ネゲート様?」

「そうかしら? わたしが何も知らないとでも? そんなギラギラとした環境であっても、一つだけ、民を奴隷労働化できる抜け道があるのよね?」

「そ、それは……。」

「それが最上位の約束事に明記されているのだから、どんなに敏腕な頼れる法の精霊すら、その奴隷労働に対しては一切何も口出しできないわ。そこに放り込まれたら人生おしまい。イメージ的には地下にある強制労働施設のような感じがぴったりよ。そこでは、そうね……、支給される賃金は相場の数十分の一で、それでも飽き足らない強欲な施設支配者は、さらなる利益を上げるために食事や寝床のコストを徹底的に切り詰めるのよ。ぶっ倒れるまでの労働に、何かの餌と揶揄されるまずい食事、すし詰め状態の寝床、そして……、身体を壊したら治療拒否で放置。そんなのを治療するよりも新しく取り込んだ方が安上がりだから。こんな劣悪な環境が、本当に実在するなんてね。」

「……。」


 シィーさんは黙り込んでいます。俺は……もし逃げられるのなら、逃げるしかないと思うのだが、そうではないのかな? でも、そんな拘束が許されるのでしょうか? ああでも、俺はあの時、あの状況から自力では逃げられなかった。


「ちょっと待って。そこ、住み込みなの? 逃げるしかないじゃん。誰がそんな場所で働きたいのさ?」

「そうではないの。逃げることは絶対にできない。なぜなら、この『錆びついた工場』は罪を償う場だから。」

「えっ……? それって……。」

「とりあえず落ち着いて聞いてね。シィーの地域一帯では、全体的なインフレとシィーの通貨の価値低下に伴い、多くの人々が逃げられないほどの借金を抱えているのよ。大半の人々は三割にも達する高利のクレジットを使わざるを得ず、高額な授業料や医療費、住宅費、家賃などの支払いに縛られ、奴隷のような状況に陥ってしまったの。」

「三割にも達するクレジットって? そんなのは返せないよ。」

「そうよ。それで治安は悪化の一途をたどっているわ。そうすれば、自然と『錆びついた工場』に純粋な民が放り込まれていく。すると、そこに群がる組織や精霊はさらに高い収益を上げることができるのよ。つまり、生活苦から『錆びついた工場』に誘導される流れができていて、それに関わる組織や精霊はそれを大いに支持し、さらに助長しているのよ。」

「……。」

「一部のまともな精霊からは、これは大精霊によって計画されたものであり、絶望と依存を生み出しながら格安の労働力を搾取できる画期的と言うべき『資本主義をゼロで割った値』のような仕組みになってしまったと、嘆いている事を知らされたわ。」

「それ……、問題にならないの?」

「最上位の約束事が例外事項として認めている以上、合法的な搾取になるわね……。」

「……。」

「自由であるということは、自分の行動に責任を持ち、責任を取ることを指すわ。つまり隷属状態では、どのような観点から解釈しても自由にはならないのよ。畑で働く者と、家の中で働くことを許された者。前者が民で、後者が精霊になってしまったわね。」

「逃げられない、そして、絶対に抜け出せない仕組みが出来上がってしまったのか……。」

「そうよ。ところが、そこに一つの希望が湧いた。それが『仮想短冊の通貨』よ。たしかに、今はまだミームとかだけど、きっと、民を救うだけの力を纏うと信じているのよ。時々、ちょっと急騰したりするけど……それ位、構わないでしょう。」


 一つの希望か。俺も、それしかないと思う。そして……、シィーさんは相変わらず俯いたままです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ