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12, なぜか、謎の書物を手に取ってしまった。そして、名が欲しいって、なんなのさ。

 いま俺は、薄暗い空間をさまよっています。ここは見渡す限り、題名を参照するだけでも頭が痛くなりそうな、異界を彷彿とさせる書物ばかりです。ああ、そうだった。俺からしてみたら、この地が異界な訳でありまして、すなわちこれらは、異界の異界となりますね。


 そこで、ここから脱出する方法を考えています。このままだと、身体的な問題よりも先に……、精神が崩壊して、脱出できなくなくなるとみているからです。


 さて、その脱出する方法を考えてみましょう。来た道をさかのぼれば良い? そうですよね、それが一番ですよね。しかし何度試しても、同じ場所に戻ってきている、これの繰り返しです。なぜでしょうか? ついに俺は気が狂ったのか、試しに「この空間は……、常に膨張でもしているのか?」と、叫んでみました。奇跡など起きるわけがなく、虚しく俺の声が響き渡るだけで、期待が持てる返答はありませんでした。


「ディグさんが、そのような分野にも強い興味を示されているなんて、わたし……、とても嬉しいのです!」


 おや? そばにいる……フィーさんは、なぜか、嬉しそうだ。なぜ? そういや、俺の叫び声に強い興味を示していました。ますます脱出できない状況に追い込まれたのかもしれません。


「ディグさん? せっかくの機会ですので、何か、手に取られてみてはいかがでしょうか?」


 やはり、そうなるんですね。うん、たしかに退屈だ。「退屈」と「書物の解読?」、俺の秤にかけたら、どちらに傾くのでしょうか。


 ……。たった今、フィーさんに、ちらっと見られた気がする。何を手に取れ、か。ただ、何でもよいわけではないです! 例えば、フィーさんが熱心に書物を出し入れしている本棚からは「危険な香り」が漂っていますので、そこは! 触れてはいけない分野、です。


 そこで、さりげなく後ろを振り向き、目の前の書物をさっと手に取りました。さて、異界にふさわしいタイトルは……『虫の意志について』!? なにこれ? ここで、虫ですか?


 かなり古い書物みたいで、表紙が薄汚れていて、なんか……黒いシミみたいが多数ある。まあ、かろうじて読めるので、これで読んだふりをしましょう!


 そして、表紙をめくった瞬間です。そこにあったのは……。


 色々な種の虫からの特徴的なパーツを組み合わせて、それらをくっ付けて一つにしましたと言わんばかりの、この世のものとは考えられない、おぞましい虫らしき物体でした。すぐに閉じ、恥ずかしながら、驚きのあまり俺が上げた悲鳴の声に、フィーさんがすぐに反応いたしました。


 フィーさんも驚いたようで、眼をまん丸くして、その書物をじっと見つめていました。


「なんですか……、その書物……?」

「……。フィーさん? いま、そこから取ったんですよ。虫に関する本みたいです。」

「虫ですか……。ディグさん? どこからそれを、取ったのでしょうか?」

「えっ!?」


 ……。あれ。たしかに取れない。目の前は、壁です。本棚ではないです。


「わたし……、ここにある書物の『すべて』に目を通しています。だから、わかるのです。」

「えっ!?」


 そ、それはそれで驚きです。まあ、不思議な力や能力があるからね。誠なんだね、それ。


「虫に関する書物は、ここではないのです。さらに、その古そうな書物……、間違いなく見たことがないのです。少し、拝見させていただいて、よろしいですか?」

「……、いや、見ない方がいいです!」


 俺は強く叫びました。これは、見せてはいけないと、俺の本能が……止めにかかっています。


「ディグさん……。わかりました。そこまで言われるのなら、拝見しないことにするのです。」

「うん、その方が全然よいよ。」


 あんなやばいの、絶対に見せられないよ。


「では、その書物、どこに戻されますか? 虫に関する資料だと、この場所ではなく、かなり奥の方になります。」

「奥の方か。まあ、さっきから、歩き回っているので、余裕です。」

「へぇ……?」

「フィーさん?」

「さっきから、ここに、ずっとおられたと思うのですが……。」


 いやいや、この場所が苦痛になって、出口を、出口を……。あれっ?


「まだここ、入り口なのです。……。どこを歩き回っていたのでしょうか?」

「あれっ? 出ようと思えば……、すぐに出られたのか。」

「えっ!? なんか今日のディグさん、ちょっと変なのです。わたしが先ほど、チャートの話のなかで『神々』の単語を出してから、なんか浮かれたような……、とても掴みにくい状態になっているのです。」


 俺、やばいのかな。どうしましょう。


「まあ、深く考えてもしょうがない! この書物を戻しにいきましょうか。」

「そうですね。」


 フィーさんと一緒に、なぜか手に取ってしまった書物を、戻しに向かいます。


「結構あるんだね。」

「もちろんなのです。」


 数分くらいかな、ようやく到着したのですが……。


「……。その書物、もともと、ここにあったものではないのです。棚に、空きがありません。」

「えっ!? その辺で読み散らかして、別な書物が埋まっているとか……?」

「ディグさん……。その種の書物は、読みっ放しにはしません。その場ですべて記憶します。それゆえに、必ず同じ場所に戻しています。そして……、空きがない、ということなのです。」


 つまり、つまりさ、ここに元々存在しない書物を、なぜか俺が手に持っているという事になります。なぜが、体が小刻みに震え始めました。


 実は俺、先日……ついに「犬の価値」をこの目で確認でき、この地でようやく、案外……楽をして過ごせるのかな、という身勝手な妄想をしていました。しかし、この地って……、俺の故郷なんか比較にすらならない「ハードモード」なのかもしれません。すみませんが、その「ハードモード」を選んだつもりはありません。そこで提案です。難易度を変更するメニューみたいのは、この地には、存在しないのでしょうか? フィーさん、お願いです! えっと……、そんなもん俺の故郷にもない。ないです。もう、いざとなったら自分の力で切り抜けるしない!


「ディグさん……、やはり、拝見させていただくことは、できませんか?」

「……。」


 もうこれは、俺一人で抱えられる問題ではないようです。素直に、フィーさんに手渡しました。


「表紙をめくった瞬間、あれは本当に注意してね。」

「表紙……ですか。黒いシミなどで汚れていて、変わった感触があるのです。これを読みながら、流血でもしたのでしょうか?」

「えっ? 流血って……。」


 そのシミ……。勘弁してくれ。まじで……この地は「ハードモード」かもしれないという恐怖が、俺の全身を駆け巡ります!


 フィーさん……、少し深呼吸して落ち着いてから、ゆっくりと表紙をめくりました。


「……。これは……。」

「フィーさんは、大丈夫なの? 俺は、そういうのは苦手なんだ。」

「……。今のところ、大丈夫です。では、観察ですね。まず、足は六本、触覚らしきものが全部で十二本、です。目については、前後に二つと、中央の脇に……、この虫が明らかに備えているものではない、高度な『眼』が二つ……、ついているのです。そして、これは腹の部分かな……、糸を出す……ですかね? それに加えて、鋭い牙や、小さな羽まであるのです。この羽は、小さいけれども、高速に振幅するもの、ですかね……。なお、大きさはわかりかねます。図だけでは……なのです。」

「フィーさん……。それ、虫なのか?」

「ちょっとばかり、気色悪いのです。直感的なのですが、不自然ですよね。だから、この虫……らしきものは、ううっ……。すみません……。」


 なんて虫なんだ……。俺の故郷で、こんなのが飛んできたら、大騒ぎでは済まないです。


「フィーさん、大丈夫!?」

「……。はい……、落ち着いてきました。」

「では、この辺にしたらどう?」

「いいえ、ディグさん。ページをめくります。」


 正直、かなり心配なのですが、ここで止めても無駄なのは明らかです。それどころか、次々とページをめくっていきます。


「そんな速さで読めるもんなの?」

「はい。このような書物は、これくらいで読まないと、身に付かないのです。」

「えっ? 身に付かない……とは?」

「ディグさん……。これから学習しようと、壁に文字を書きなぐって、たったそれだけで満足されていませんでしたか? それでは、何も身に付かないのです。……、すみません……。あの『スマートコントラクト』のとき、少し、みてしまいました……。身に付けるには、もっとも効率が良い『文字列』を、速く、読むことです。これが、途中で投げ出さないコツなのです。」


 ああ……、そんなこともあったな。そして、そこは忘れてほしいな。フィーさん。ううっ……、投げ出した事なら沢山あったような……気もします。さすがに記憶が薄れてきているようで、もう、気にしません。


 ただし……、俺は悟ったよ。投機で痛い目に遭った理由が、これでようやくわかった、そんな気がしてきました。なぜなら、このような者が、すました顔で相場に「投機」で参加していたんですよね。そんなの、はじめから負ける。絶対に勝てない。勝てるわけがない。これに加えて、フィーさんが嬉しそうに話されていた「チャートの解読」らしきものも、あれも、さっぱり理解不能だったし。


 そこまでできてようやく、投機で腹八分目まで追求しても、利益が取れるのでしょうね。だからこそ……、俺みたいなタイプなら、腹三分目で満足し、さっさと利確して、それ以上はノータッチ。これを繰り返すだけなのに、繰り返すだけなのに、なぜか……できなかった。


 それにしても、この地が「ハードモード」だったと仮定して、なんで、俺が呼ばれたのだろうか。俺なんかに、一体何ができるのでしょうか……。フィーさん……。どうせなら、投機で腹八分目まで追求できる方を呼ぶべきだったような気もいたします。


 おっ、俺が珍しく反省していたら……、ページをめくる手が止まりました。


「ディグさん……、この書物を書かれた方、『意志』に対する異常な関心が見受けられました。」

「なになに? 意志……って?」

「実はです……。」


 なんか言いにくそうな表情を浮かべるフィーさん。


「もしかしたら、その表紙にふさわしい、やばい内容?」

「そうなのかもしれません……。この先は、読まない方がよさそうな、そんな直感が、わたしの頭をよぎります。しかし、抑えられそうにないのです……。」


「それなら……、……、読んでしまえば?」


 なんだろう。この言葉……、自分の意志で発したものではない、強い違和感を覚えました。いや……、言わされた、これがピッタリです。そしてこれが……、たったのこれだけで、自ら「ハードモード」を選択してしまったという、俺らしい行動だったと、思い知らされるのでしょう!


 とても意地の悪い時間が過ぎていきます。とにかく長く感じます。なぜなら、悩みながら、ゆっくりとページをめくるためです。


「フィーさん? どう?」

「……。あっ、すみません。あまりの衝撃な内容に、没頭してしまいました。」

「衝撃な内容、とは?」

「……。これからわたしの言うことに、驚くかもしれません。でも、落ち着いて聞いてください。あの表紙の絵は……、なんと、虫ではありません。それだけでも、衝撃、なのです……。」


 えっ? 気色は悪かったけど、どうみても虫だったはず。一応、虫らしきもの、か。


「虫でないなら、何なのさ?」

「……。どうやら『天の使い』なのです。」

「あの……、あれが、天の……使い!?」


 天の使いってさ……、翼でも生やして自由気ままに暴れ回っているイメージ像があっただけに、虫って……。


「……。そうらしいです。ここに、そのような記述があるのです。」


 その部分を指さして、なにやらしきりに促してくる。


 そこにある内容は……「いよいよ大詰め、『あと、もうちょっと』だ。しかし、ここでやめておいた方がよいという、上からのお告げもある。予算を切られたらおしまいだが、それでも、ここでやめられる者など、間違いなくいない。今回は……、はじめから目標を高く掲げると、うまくいかないという好例になりそうだ。いきなりヒトのような意志を作ろうだなんて、無理があったよな。それならば、『天の使い』の意志くらいなら案外作れそうだな……という、あいつの助言が、いよいよ、素晴らしきものを生み出そうとしている。」


「それって……。」


 俺は、思わず声を上げた。それと同時に……。これ位なら、スラスラと読めるようになってきた、ということに驚きました。いよいよ俺自身が、この地に染まってきたみたいです。ただそれでも、負けた記憶は鮮明に残っています。忘れるなっ! ということなんでしょうか。


「そして、この先なのです。」

「この先……?」


 フィーさんが、指を突っついて示してくる場所を読んでみると……「いよいよ、いよいよだ。その瞬間が来るだろう。それにしても、なぜか、時間を要している。最初の難易度は低いはずなのに。すぐにでも……、動き始めるはず。どうしたのだろうか。」


「フィーさん……、これって?」

「はい……。そして、これなのです。」


 これって……。「やはりな。コンプリート、サクセスだったな。これで、意志のインスタンスを証明できるかもな。それにしても美しい。この『計算できない』……滑らかな動き。私でも、こいつが次にどういう行動をとるのか、もはや、わからないのだ。そうだ……、こいつは、名が欲しいのだろう。」


 名が欲しい? まさか、あの表紙をめくった先にある、「あれ」が?


「フィーさん、それ、やばいよ。もうその先は……。」

「ディグさん……。わたしも、そう考えました。しかしこの書物、この先が、この先が……『空白』なのです。」


 空白!?


「空白って、続きが、何も書いていないのか……。」

「はい、なのです。そして、これはわたしの推測となりますが……。」


 推測?


「続きを書けなくなった理由があるんだね?」

「はい。おそらく、この書物をまとめながら、名を考えていたのでしょう。そして、この書物が汚れている原因となっている、血が乾いたと思われるこの黒いシミです。すなわち、ここで生み出された『天の使い』らしきものは、最初に、この方を……。」

「……。その場で、か。鋭い牙とかあったもんな、あれ!」

「はい、なのです。そしてこの方……、論理的な深い思考は優れていたのでしょうが、肝心なところが抜け落ちています。それは、『天の使い』の本性を知らなかった、なのです。本性を知らずに、その相手を生み出すなんで、わたしには到底、信じられません。このような結果に至るのは、自明だったと考えられます。なおさら、この生み出したものが『天の使い』なら、この行動は大いに予想できたはずです。だからこそ、それを知っていたら……生み出してはいませんね。」


 フィーさんが、なにやら夢中になって語り始めました。長そうです。


 そこで、確定したことが一つあります! それは、この地は「ハードモード」みたいです。この「天の使い」って、まさか……今でも生きているとか、ないよね?

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