125, それなら女神ネゲート様、「精霊の推論」を用いたチェーン観察の件を完全にお忘れでは? 潜在的なリスクを過小評価してはならないの。とても小さな確率でも、無視できないのなら、極めて稀に起きるから。
ネゲートの問いに対し、なぜか薄笑いを浮かべるシィーさん。ところで、この討論は公開チャンネルです。みな、興味津々。
「ちょっとシィー、黙っていては討論にならないわ。早く答えなさい。」
ネゲートがそう促したその途端に、コメントが波のように押し寄せる。
「そうね。そんなに『地のチェーン』の承認が欲しいのなら、この場でくれてやるわ!」
えっ……? コメントが急に静まっています。ああ……わかるよ。コメントどころではなくなった、ですね。この公開チャンネルはトレーダーが多めでした。それで、チャートに流れたようですね。
「……。それで?」
「あら? あなたがお望みの承認をくれてやったのよ。少しは感謝しなさいよ? そうよね?」
ふてくされた態度でネゲートをけん制し、主導権を握りたいようですね。
「そうね。わたしが悪うございました。女神シィー様のご高恩に対し、謹んで感謝の意を表します。これでよろしいかしら?」
ネゲートによる女神シィーとの発言により、ああ、またコメントが増えてきました。チャートに食らい付いたり、コメントに張り付いたり、大変なようです。
「あら、ようやく女神の座を明け渡す気になったのかしら? そこでご相談、よろしいかしら?」
「ちょっと、なによ?」
「あなたが持つ『非決定性な演算の力』を私に譲ってくださらないかしら? そしたらチェーンの未来はあなたに譲る。好きにして良いわ。どんなチェーンであっても無条件で私の市場に承認する。どう? いかがかしら?」
反響すさまじく、勢いよくコメントが流れていきます。全部のチェーンの値が飛ぶのか、という欲深い意見もあれば、邪神のシィーにそのような力を譲ったらこの地の終わりだ、絶対にやめてくれと哀願する意見も多数あります。
そもそも、これって……。
「あのね……、そんな古典的なスキャムに引っ掛かるのは、フィクションの中だけよ。そんなのに騙されたら、この地はどんなバッドエンディングを迎えるのか。そんなの、検討する価値すらないわ。真っ黒ね。」
「へぇ、そうなんだ。あなたなら案外、引っ掛かると考えたのよ。あら、残念。」
ちょっとさ、シィーさん……で、バッドエンディングを迎えるの? 何とも言えません……。ちなみにコメントは、欲深い意見よりも安堵の声の方が圧倒的に多いです。よかった。
「冗談じゃないわ。この地で女神を名乗れるのはわたしのみよ。その辺に落ちてる……が思い付くような貧弱な発想ばかりだから、女神シィーでは違和感を覚えるのよ。おわかりかしら?」
「そうですか、女神ネゲート様。それなら、その違和感が取り除かれるまで、私の市場での『地のチェーン』のお取引なんて、そんなの、当分お預けよ。ああ、それでも承認はくれてやったので、承認したことになるわね。これで、よろしいかしら?」
えっ? 承認しておきながら、取引は止めておくの? ……。またコメントが静まりました。だよね……。
「ちょっとねえ……。何よそれ? そんな子供じみた策略はやめて。」
「それなら女神ネゲート様、そうそう、『精霊の推論』を用いたチェーン観察の件を完全にお忘れでは?」
「なによ……。やっぱり、あんたの仕業だったのね?」
ここで、それが出てくるのか。そうだよな……あの神々の高官の権限だけで、あれはないよな。フィーさんですら是認しざるを得ない状況とは……、それはシィーさんが「時代を創る大精霊」の立場で命じたからか。
「あなたはゆる過ぎるのよ。この地で女神を続けたいのなら、そこだけは直しなさい。これは真っ当な意見よ?」
「なによ……。」
「そろそろ、『大過去』から映し出されたこの現実を直視しなさいと言っているのよ! そうよね? あなたは、『精霊の推論』から導き出されたチェーンのリスクについて、女神の立場から『仮想短冊の通貨』の全ホルダーに説明したのかしら? チェーンを続けるにしても、潜在的なリスクの説明は絶対に必要よ? そうよね? こんな真っ当な意見すら、私は過ちを犯していると、あなたは女神の正義で私を断罪するのかしら?」
それで……、俺に意見を求めてきました。もちろん、それについては同意しますので、そう伝えました。
「それでは女神ネゲート様。そうね……、公開されている残高を閲覧するだけで、恐ろしくなってきますわ。『精霊の推論』から導き出された署名に関する潜在的なリスクの件を思い出しなさい。申し訳ないけどね、そうね……、トランザクション手数料を節約したいのかしら、一つの古いアドレスに莫大な価値を置くなんて、それこそ『是非とも奪ってください』と言っているようなものなのよ? そこで一応、断っておくけど、それでも『コールドなウォレット』や『マルチシグ』なら絶対に問題ないとか、そういう憶測は、もうやめにしましょう。それで、このような潜在的なリスクの説明について、あなたは何も述べていない。でも大丈夫よ。これは公開チャンネルよ。私からみなが納得するように説明するわ。」
また、なんだろう。何とかオールとか出てきそうですね。
「『精霊の推論』から得られた有益な知見。そこで、極限的にゼロに近い確率という不思議な存在について観察しましょう。それは現実的に無視できるのか、それとも非常に小さいが無視はできないのか。そして、その境目の判断が難しい。そうよね? そこでまず『現実的に無視できる確率』よ。そうね……コインを二百五十六回投げて、すべて表になる確率なんていかがかしら?」
「そうね、そんな確率は無視できるわ。そう、わたしに言わせたいのね?」
「そうよ。そして『非常に小さいが無視はできない確率』よ。そうね……、空を飛ぶ乗り物、あれよ。搭乗したら、墜落してしまった。いかがかしら?」
空を飛ぶ乗り物って……。そして墜落か。搭乗する以上その確率は、確かにゼロではないし、無視はできない。なぜなら、大きな組織などで、一度に全員を失う事を避けるために、あえて別の便に複数回わけて搭乗させるという話を聞いたことがありますから。これは、墜落のリスクをゼロとみなしていませんよね。
「それでね、一つの古いアドレスに価値を置くというのは、空を飛ぶ乗り物に財を抱えながら搭乗するのと同じ、なのよ。もし墜落炎上したら、それは……、誰のせいでもないの。運が悪かった。そんな感じかしら?」
「なによ……。」
「ちなみに、『コールドなウォレット』や『マルチシグ』なんて、墜落のような『非常に小さいが無視はできない確率』に対しては、何の効果もなく無意味よ。起きたらおしまい、諦める。何故に、つながっていない『コールドなウォレット』から残高がすべて奪われるのか。みな、そう声を張り上げたい気持ちはわかるわ。でも、それは『実現可能』なのよ。」
「……。」
「さあ、ここでフィーを夢中にさせる『数の叡智』をみていきましょう。このチェーンの仕組みはね、『コールドなウォレット』であっても、『頭を隠して尻を隠さず』という状況になるのよ。なぜならその仕組み上、『秘密の鍵』は隠せても……『公開の鍵』は絶対に隠せないからなの。もちろん、『公開の鍵』の情報だけ知ったところで、何もできないわ。ところが『数の叡智』ってね、舐めてかかると牙をむくから、肝に銘じなさい。秘密を解くための手掛かりが別の場所から供給されるとね、非常に極まれに、『古典ビット』で対処可能な多項式時間……まあ、古典ビットでも現実的な時間で解けるというパターンが生じてしまうの。この『非常に極まれに』という解釈が『非常に小さいが無視はできない確率』になるのよ。ちなみにこの手掛かりについては秘密よ。でも、何となくわかるはず。」
「それは……。」
「それは、何かしら? そのような狙いやすいアドレスなどを自動で常に監視し、その残高を常に狙っている……『ボット』と呼ばれる存在が、チェーン上に沢山いるのよ! これだって、初めて知ったという方、多いはずよ。なぜなら、あいつらや女神ネゲート様は、このような潜在的なリスクの説明を避ける傾向にあるからよ。どうせこんなのを仕掛ける者たちなんて、ノーリスクで、運が超良ければ多項式時間でその残高をすべて奪えると考える、倫理観など欠片もない者たちばかりよ?」
「……。」
「それでね、『数の叡智』にある統計という分野よ。この統計の力が欲しくて『数の叡智』に入門したという方も多いほど、人気のある分野よね。ここで、莫大な額を一度に奪われてしまった有名な事例を時系列順で並べてみると、興味深い事に気がつくわよ。」
「なによ?」
「それはね、その発生頻度よ。その丁度よい発生間隔は……、空を飛ぶ乗り物の墜落発生頻度とよく似ているという点よ。似た確率であれば、発生頻度も似たり寄ったりになる。つまり、もしこの瞬間に莫大な額を奪われる件が生じたら、それで終わりではなく、統計的に次以降の発生を十分に予測できるということになるわ。これは、採掘のハッシュと似た感じかしらね? つまり、奪われるのは終わらない。」
「……。」
「それでね、なぜよく狙われるのが『取引の場』になるのか。気になるわよね? これにもしっかりとした理由があるのよ。もちろん、『取引の場』の短冊は残高が大きいから、というような単調な理由ではなく、確率的な理由で『取引の場』が適しているからなのよ。」
シィーンさんが淡々と説明しています。ちなみに、コメントは静かです……。




